第223話 困惑(マルス視点)

「なんだこいつ……リリスちゃん、こいつに何を教えた?」


 マルスは困惑していた。目の前で気を失っている少年の鳥肌が立つほどの異様な成長の早さに。


「――――」


 昨日初めてときはまだ、たまたま運良くステータスだけが上がってしまったただのガキだと思っていた。身体の使い方も、剣の扱い方も、作戦の練り方も、何もかも冒険者としてはまだペーペーの子どもクラス。だから、下手したら枝を折るみたいに殺してしまう恐れがあったので手を抜くどころか、そもそも手を入れてすらいなかった。


 しかし、今日みたら、技術も経験もそれなりの冒険者とやったような確かな手応えを感じた。朝来たときに歩き方が変わったのは分かっていたため、リリスちゃんから身体の使い方は多少教わったのだろう。


 だが、昨日あの後一日中何らかの修練をしたからと言って、ここまで人は成長するものなのか。しかも、あれだけステータスを高めてしまった場合、身体に染みついてしまった力に頼る身体の動きを矯正するのは、至難の業だ。

 冒険者界隈で神童と呼ばれる才能に恵まれた人間が、どれほどその才能に潰されてきたのかを目の当たりにしているため、それは間違いない。


「私はコツと、少しのアドバイスだけ……あとは彼の頑張り」


「おいおい、マジかよ」


 この世界では、晩成型が優秀とされる。


 何故なら、早熟型は早いうちに頭角を現わすが故に最初に自分なりの型がカチッと出来てしまうため、それ以降はその型の中でしか成長出来ない。

 しかし、晩成型は成熟が遅いが故に、それまでに他人の色んな型を見て、学んで、自分の血肉とする時間がたっぷりとある。だから、最終的に出来る型が柔軟で多種多様な色を持てるのだ。


 この少年は、最初はダメダメで努力によって実力を付ける後者である俺とは違い、どちらかと言えば最初から溢れる才能を持っているリリスちゃんと同じ前者だと思っていた。


 変な勢いで冒険者なりたての時に力を付けてしまったがために、傲慢になり成長が出来ない早熟型だ、と。


「――――」


 だが、違う。この少年は、リリスちゃんのような早熟型であり、俺のような晩成型でもあるのだ。


「もしかしたらこいつなら本当に……」


 ――全冒険者の中で無敵の1位。例え全冒険者が命を無限に与えられ、束になって掛かったとしても恐らく敵わないあいつに、手が届くかもしれない。何故なら……。


「マルス、あの時何割出した?」


 リリスちゃんは言葉少なげに、尋ねてきた。トップランカー同士でもうなんだかんだ付き合いは長いため言葉が少なくても大体は何を言っているのか分かるようになっているが、でも未だに分かりづらいときはある。


「砂嵐の時だよな……一応1割だ」


 ここ数ヶ月、ダンジョンの内外問わず本気のほの字も見せなかった。と言うのも少しでも本気を垣間見せた場合、目の前にいる人間が生きている確率が非常に低くなるからだ。


 だが、今日思わず出てきそうになってしまった。あと少しの間、あの少年が焦りを見せなければ間違いなく。


「明日は3割出させるから」


 これだけの長い付き合いにも関わらず初めて見せた感情、その挑戦的な笑みでそう言ったリリスちゃんは、あの少年の元へと行き、昨日俺が使用した物よりも上等な回復薬を掛けてあげていた。


「久しぶりに本気、出せるかもな」


 本人は気が付いていないがマルスの顔には、雑用しか出来なかった冒険者最底辺から、全世界に知れ渡る実力を付け冒険者の中で2位まで登りつめた際に見せた、虎が獲物を見つけたような獰猛な笑みが溢れていた。

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