第221話 暗中

「それじゃ私は用があるから」


 夜の帳がすっかりと落ち、魔石の節約のためいつもよりも半分以上暗くなった街中で、リリスさんは冒険者ギルドの前で立ち止まると僕にそう告げた。


「そうですか。今日はありがとうございました、リリスさんおかげで一歩……いや数歩強くなれました!」


 そのままスタスタと立ち去ってしまいそうだったので、僕はすかさずリリスさんに頭を下げ、心からのお礼を言った。


 一緒に戦った経験のあるリリスさんがいなければ、僕に足りない物がこんなにも早く、的確に見つかることがなかっただろう。そして、暗闇の中で一つずつ何が必要かを手探りするような余裕が僕らには残されていない。そのため、暗闇の中で必要な物にスポットライトを当ててくれたリリスさんには感謝してもしきれない。


 返ってくる返答は分かりきっていたのだが、どうしても言わずにはいられなかった。


「別に大したことはしてない……」


 今までずっと一人でダンジョンに潜り、独りで戦っていたリリスさんはお礼を言われることに慣れていないため、案の上の返答と共に顔を背けた。


 と、思いきや数秒の後、思い出したようにこちらを向いた。


「それより明日どうするの」


 明日、と言うのは明日の修行のことだろう。ピンと聞いただけで分かったのだが、僕は答えに困った。


 正確に言えば、答えはもう決まっている。だが、言いづらいというかお願いしづらい部分が、リリスさんの口から勉強になった、とは言って貰えたものの、やはりどこかしらにはあるのだ。


 しかし、リリスさんに教えて貰えば僕は今よりももっと、そして早く強くなれる。


 修行はしたい、でも時間を奪うのも忍びない、そんな板挟みの葛藤の中、口から出たのは情けないほどの弱気なお願い――擬きであった。


「…………お願いしてもよろしいですか?」


 間を置かずに呆気なくリリスさんはコクンと頷き、


「じゃあ今日と同じ時間で」


 リリスさんは、冒険者ギルドの中へスタスタと姿を消した。



 明日の修行を取り付けさせていただいたリリスさんと別れ、しばらくしてから冒険者ギルドの寮へと着いた。


「そう言えば、さくら大丈夫かな」


 ドアを開けながら小さく呟いた僕のちょっとした心配は、もぬけの殻となっていた部屋に鳴り響いた。


「…………?」


 外の暗闇を構成するように、しんと静まりかえった部屋の中は何処を探しても、さくらは見当たらなく、みゃーこ、それにウィルも同じく姿を見つけることは叶わなかった。


「みんなどこ行ったのか分かる?」


 この世界に着たばかりの時ならばさくらもステータスが低く、そこら辺のろくでもない冒険者に何か悪さをされる恐れが高かったのだが、今は違う。

 さくらのステータスは相当高くなっており、ウィルも加われば、余程のことが無い限り危ない目にすら会わずに相手を片付けることが可能だろう。


 だから、僕がこんな遅くになることを伝えていなかった事以外で、特に出掛けていることに対しての心配はない。はずだが、そうは言っても気になる物は気になる。


「真冬さんと同じく修行ですね、ほぼ入れ替わりで出て行ったようです」


「こんな時間から!?」


 魔石を節約しなくてはいけない、というのもあるのだろうが、それを考慮しても夜のご飯時とは言い難いほど先ほど歩いた街中は静かだった。

つまり、時刻的には結構夜遅くになっているはず。


 にも関わらず、さくらのこの時間から始まる修行とは、一体どうしてなのだろうか。


「訳あり……って感じですね」


 そんな僕の疑問にすかさずナビーは答えてくれた。しかし、どうやら話が込み入っているらしく、それ以上の細かいところはさくらの口から直接聞いた方が良いとのことだ。


「そっか……僕も頑張らなくちゃね」


 何はともあれ、さくらが頑張っているのなら僕もさくら以上に頑張らなくていけない。気合いを入れ直したのも束の間、あれよあれよと急速に眠気が襲ってきた。


「ってあれ……?」


「ステータスが低い状態で、限界近く動いたからでしょう」


 ステータスを初期化する禁忌薬は、薬自体の効果が切れてステータスが元に戻ったとしても、HPやMPなど消費系のステータスは初期化した状態で消費した同じ割合減ったままとのことで、薬効が抜けてもその爪痕をくっきりと残すのだという。


 HP100ある人が10まで消費した場合、薬が切れ元に戻って1000になっても、完全回復せずに100になる感じで。


「…………」


 なるほど、どれ程ステータスが高い冒険者でも拘束出来るように、と開発されただけあって、さすが禁忌薬だ。ただでは消えないという強い意志が感じられる。


「真冬さん……真冬さ……ま…………」


 ナビーの声が徐々に後ろに引いていくのを感じながら、僕は布団に倒れ込み、そのまま目を閉じた。

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