第218話 朝空
「――――」
マルスさんの目に見えない剣撃のおかげで朝霧が綺麗さっぱりと晴れ、すっかりと青空になった空模様を地面に大の字になりながらぼーっと眺めていた。
「…………」
――負けた。それも完膚なきまでに。
リリスさんと戦ったこの前は手も足も出ずに負けた。しかし、今回は手も足も出ずに、と言った生温い形容詞では到底表せないほど完璧に打ち負かされ、ボコボコにされた挙げ句、傷が一瞬で完治してしまう上等な回復薬まで施された。
文字通り、完全敗北。
その言葉で始まり、その言葉で尽きる具合だ。
「…………」
身体の痛みは回復薬で真っ新に消えた。だが、違う痛みが胸をズキズキと痛ませた。
あれだけ僕はマルスさんのことを毛嫌いしていた。
その発端としては僕に対して、やれ弱いだ、やれ判断ミスだ、やれ情けないだ、など初対面にも関わらず上から目線のネガティブな言葉の羅列に発していた。だが、今回手合わせしてみて、というか一方的に遊ばれてみて、マルスさんは僕の事を掛け値無しに弱いと言えるだけの実力を十分過ぎるまでに有していた。
それに加え、リリスさん曰く、マルスさんは僕が持っているようなチート能力を持っておらず、ただひたすらに努力をしてあの実力を付けたと言う。だから、ズルをしている僕は身の程を弁えていなく、正々堂々と自分の力で成長したマルスさんに対して怒りを抱えたことがとても恥ずかしかった。
「…………」
青くて綺麗だった空が滲み、自分が泣いていることにようやく気が付く。
――悔しい。
自分を馬鹿にされ、そして僕を助けてくれる人たちを馬鹿にされたことに対して怒りはした物の、月とすっぽんほどの差がある実力で口を封じ込められたことが。
――恥ずかしい。
チートというズルをしているのに、きちんと努力して強くなった人を弱いと蔑んだ挙げ句、完膚なきまでに叩き潰されたことが。
――強くなりたい。
自分に沸き上がる悔しさも恥ずかしさも、向かってくる敵さえも全てを打ち負かすような強さが欲しい。
「…………!!」
霞む景色。それを取り除くように僕は袖で涙を拭った。
青い青い空が視界を埋め尽くすようにいっぱいに広がる。この空に僕は自分と似ているとふと思った。
――陽が昇り始めたこの空と同じく、僕もまだ始まったばかりだ。
「――――」
太陽は相変わらず朝から全力で空を照らしている。その力強い眩しさに目を細めていると、フワフワとした軽い足音が徐々に近付いてきた。
「……大丈夫?」
リリスさんだった。
おそらく邪魔にならないように遠くから僕たちの戦い……擬きを見ていたリリスさんは、やられたときのまま寝そべっている僕を心配そうに見下ろした。そしてゆっくりと僕に向けて手を伸ばしてくれたが、敢えて手を受け取らずに自力で立ち上がる。
「リリスさん、僕に戦い方を教えてください」
僕はリリスさんに頭を下げた。
「――――」
「僕は、僕が思っていた以上に弱いことを痛感しました。もう弱いのは嫌です。負けるのは嫌です。だから……僕に剣を、戦い方を、強くなる方法を教えてください」
悔しさ、恥ずかしさは地球でもこの世界でももう十分に経験した。そして強くなったと勘違いして、傲るのももう足りただろう。これからはただひたすらに上を見て、上に登れば更に上を見て、そうやって成長を続けていくだけだ。
「リリスさん、僕はいずれこの世界で一番の冒険者になりたいです……いや、絶対になってみせます」
リリスさんに教えを乞うはずが、つい勢いで口走ってしまった冒険者の頂点という壮大な目標に、リリスさんは思わずと言った様子で微笑みを零した。
「――まずは私を越えてから言って」
「ということは……?」
僕が聞き返すと、リリスさんは鞘から剣をゆっくりと抜き、目の前で構えることでこれ以上無い程までに、問いに的確に答えてくれた。
「まずはステータスに頼らずに戦えるように」
「はい!!」
こうして冒険者ランキング4位のリリスさんによる、文字通り死ぬ気の特訓が幕を上げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます