第214話 実力

 アルフさんとウィルが話し合った結果、このダンジョンで起きている異常な事はダンジョンを踏破しなければ解決出来ない、という結論に至ったらしい。


 そして、異常事態が解決されるまでは、ダンジョンマスターの許可無しにダンジョンへの侵入を禁止する事実上の閉鎖が行なわれており、それが長期に渡って継続されれば、生活に必要な魔石が足りなくなるためこの街の住民の生活が立ち行かなくなっていく。


 だから、一刻も早くダンジョンを攻略して欲しいということが、この街に住む人々の切なる願いだ。


「君たちが倒したあの魔物、そいつが落とした魔石はこの街の記録では最も純度が高い魔石だった……つまり、あの魔物以上の魔物を倒せた者は、この街には存在していない」


 今現在流通している魔石が無くなった結果、最低限の生活に必要な分が足りなくなり、この街が崩壊するまでのタイムリミットはおよそ一週間後。


 しかし、アルフさんが言うには、その大鬼が落とした史上最大の質を持ち、莫大なエネルギーを内包している魔石があれば、この街の全住人が今まで通り一週間は過ごせるという。


「ダンジョンを二週間で攻略……」


「合わせればそういうことになるね」


 アルフさんは付け足す。飽くまでも計算上の話で、出来るだけ早くダンジョンを攻略するに越したことはない、と。


「――――」


 ダンジョンを攻略、それに当たって僕は一つの基準というか、目安が欲しいと思った。これからどれだけ強力な魔物が出てくるのか、という重要な目安だ。差し当たって一番評価の基準となり得るのはやはり、


「ちなみにですが、大鬼は何層ぐらいの強さを持っていたんですか?」


 僕たちが今まで戦った魔物の中で、力が制限されていたとは言えダンジョンのボスであるあのベルーゼを含めて一番強いのが、他の誰でもない大鬼だった。その大鬼が単純に比較しやすいだろう。


「――――」


 ウィルは24層に入る前、漂う雰囲気からして魔物達の強さは70層弱と言っていたことを思い出す。


 ならば、70層付近の魔物達が殺し合い、暴食によって互いに強化されていった成れの果てが大鬼だったのだから、希望として言えばせめて90層以上の強さ、言い換えればダンジョン終盤ほどの強さを持っていたのが一番望ましいが、そうは問屋が卸さない。


「前例も記録も無いから、正直言えば僕では見立てが付かない。でも、マルス……さっきの青年が言うには、魔石の質からして80層前後だと言っていたよ」


 金髪の青年――マルスさんが拠点としている街のダンジョンは、この街のダンジョンよりもレベルが高いらしい。


 つまり、ダンジョンの構造が複雑で魔物が強いということで、その他諸々を含め差を階層で換算すると、この街とは約10層ぐらいの差があり、そのため魔石の質から大鬼の実力に対応する大体の階層が割り出せた。


「――――」


 80層前後、ということは僕たちはあと最低でも20階層分強くならなくてはならない。道のりがどれ程遠いのか見当も付かないが、とりあえずは突っ走るしかないだろう。


 僕は自分の中で完結させると、一つ気になったことがあった。


「そう言えば、そのマルスさんって人って強いんですか?」


「あいつは強いよ……私よりもずっと」


 僕の問いに真っ先に答えたのは、リリスさんだった。その真剣な物言いには悔しさが多少なりとも含まれていたが、残りの大半は憧れに近いような、圧倒的な強者に対して抱く畏敬の念が込められているのが明白だった。


 リリスさんがそこまでの感情を抱くのだから、マルスさんは相当強いのだろう。


 そして、それを後押しするようにアルフさんも口を揃える。


「彼ならば真冬くん達が苦労して倒した大鬼を、楽々倒せただろうね。もちろん贔屓目無しに」


 僕は彼のことが少し分かったかもしれない。

 彼は剣の天才であり、従って剣を扱った戦いでも天才なのだろう。


 何故なら、彼は終始僕たちのことを弱いと詰り、そして大鬼との戦いをアルフさんに話していた際、僕やリリスさんの必死の立ち回りをこれ見よがしに非難していた。


 非難を浴びせるにはチートがある僕はまだしも、リリスさんのように着実に実力を付けのし上がった人の血の滲むような努力の背景を想像出来ないことが、何よりの証拠なのではないだろうか。


 所詮、天才は凡人のことが分からないのだろう。


「――――」


 僕が卑屈なことを考えているのを察したのか、アルフさんは首を横に振った。


「――真冬くん、それは違うよ。彼はああ見えて努力家なんだ……って言ってもおそらく信じて貰えないだろう。であれば、明朝街の外に行ってみなさい」


 アルフさんは、紛れもなく頭が良くて誠実だ。そのためここで嘘を吐く必要も無ければ、意義もないと分かっているはずである。


 だから、僕の事を目の敵にするように度々悪態を吐いてきたマルスさんが強いのは、アルフさんとリリスさんの二人が言うのだから、辛うじて認めよう。

 それでも努力家ということだけは素直に頷けない。本当の努力家だったら人の事をあそこまで残酷に見下せないだろうから。ましてや、努力をしているリリスさんのことを。


「分かりました、明日この目で見てきます」


 僕が頷くのを見届けると、アルフさんは微笑んだ。


「それじゃあ今度は僕から少し良いかな」


 少しの間の後、ウィルは声高らかに注目を自身へと集めた。


「結構前に僕は魔神を倒すことが目的っていう話をしたよね? その答えを聞かせて欲しいってずっと思っていたんだけど……それはまあ今回のことが一段落してからでいいや」


 ウィルはその答えは今回のダンジョンのことが完全に解決してからで良いと言った。そして、そこには今回のことと関係のある何かしらの理由があるようで、全容は話してくれなかったが、ただ一言だけボソリと言った。


「今回のダンジョンで心変わりをする人がいるかもしれないからね」


 全員疑問を頭に残していたが、そこで今回の集まりは解散となった。


「――――」


 まずはダンジョンのことで忙しそうなアルフさんが「真冬くん、お大事に」と言って出て行き、すぐにギルドの受付嬢であるフランさんが「ゆっくり休んでね」と後にした。


 その後、リリスさんが「明日ちゃんと見に行ってね」と僕に念を押し、カイトが「早く元気になって工房に顔出しに来てくれ」と快活に出て行った。


「そう言えば、お腹空かない? 何か作ろうか?」


 部屋に残ったのがさくらとウィルとみゃーこと僕の地球組となった今、さくらがお腹をさすりながら提案してきた。このギルド宿舎には調理場があるのですぐにでもそこで料理が出来るのだが、


「母さんが作ってくれたやつがあるんだ……さくらも疲れてるだろうし、それ食べよう」


 僕と同じくさくらもダンジョンから帰ってきたのが昨日の今日であり、いくらステータスで体力が数倍に跳ね上がろうとも疲れているに決まっている。布団も掛けずにベッドに突っ伏して寝ていたのが何よりの証拠だろう。


 しかし、疲れを配慮した僕の提案に、さくらは悲痛な表情となった。


「私たちが食べちゃって良いの……? 次いつそれが食べれるか分からないんだよ?」


 僕たちはここに来る前に、地球上の全人類が持っている僕たちの記憶を綺麗さっぱりと消した。そして、それはもちろん親も含まれており、記憶が無い今地球に帰り親に会ったところで、向こうからしたら知らない人とすれ違った程度の認識で終わるのが関の山だ。その記憶は一時間も保持されない。


 だから、ここで僕の母親が作った手料理を食べきったら、さくらが言う通りこの先いつ食べられるのか誰にも分からない。

 ざっくりと言えばここでのことを全て解決した後におそらく食べられるのだが、この異世界はほとんどテレビの中でしか見られない地球とは違い、が目の前で、しかも在り来たりに起こり得る日常だ。そのため、明日は我が身と言うように、これっきり親の手料理を食べられなくなる可能性だって十分あるのだ。


「――――」


 しかし、僕は何時食べられるのかも分からず、更に言えば食べること自体出来るのかが怪しいからと言って、独り占めするような母さんが悲しむような卑怯な事はしたくなかった。


「ううん、皆で食べよう。母さんの味を忘れないように」


 それに僕独りで食べて唯一僕だけが味を覚えているより、皆で食べて皆で覚えておいた方が母さんが喜ぶような気がした。なので、僕はコートのポケットから母さんが作ってくれた料理有りっ丈を、テーブルの上に目一杯広げた。


「わぁ……」


 時間が停止する便利な収納スペースに入れておいたため、ホカホカと出来たてのように湯気を立たせる食べ物の数々に、さくらの目は一気に華やいだ。


「これすっごく美味しだにゃー」


 みゃーこも一定の間隔で涎を啜り、目をキラキラと輝かせていた。


「また食べられるなんて……」


 その一言は決して言ってはいけないことだったため、二人から一斉にジト目を喰らったウィルだったが、


「さあ、冷めないうちに食べよう」


 僕の提案によりジト目は一瞬のうちに料理へと移され、すぐさま恍惚とした表情へと様変わりした。そして、僕たちは幸せその物を体現したかのような母の料理に、舌鼓を絶え間なく打った。

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