第213話 金髪
「――んなことで強くなれんなら苦労しねーよ」
全員で声を合わせて指を切った瞬間、僕たちの思いを土足で踏み躙るような、まるで児戯のようだと嘲笑う冷徹な声が投げられた。
「――――!」
馬鹿にされた事による怒りよりも呆気に取られた僕たちは、声がした方を一斉に見た。すると、部屋の入り口近くの壁に気怠そうに寄っかかりながら、こちらを見定めるような目つきで見ている金髪の青年がいた。
「見て欲しいって言うから来たのによ、こんならそこら辺のガキの方がマシじゃねーの……なー?ギルドマスターさんよ」
自分以外の全てを見下すような、傲慢さが服を着て歩いているような傲岸不遜な青年は、そのまま壁に身体を預けたまま冷笑で扉の外に話を振った。
「僕はこの子達に結構期待しているんだから、そういうこと言わないでくれないかな」
金髪の青年が声を掛けた人物とは他の誰でもないこの街のギルドマスター、つまりアルフさんだった。アルフさんはゆっくりと部屋に入ってくると、青年とは対照的で、爽やかでサッパリとした笑顔をこちらに向けた。
「もう身体は大丈夫なのかな?」
こちらを慮る優しそうな笑顔を浮かべるアルフさんに、僕は何回も頷いた。
「はい、大丈夫です!この度は本当に助かりました」
「良いんだよ、冒険者はみんな僕の子どもみたいなものだからね……特にさっきも言ったと通り、君たちには本当に期待しているんだ」
「こんなうだつの上がらない雑魚達に期待なんざ、長く生きすぎて耄碌してんじゃねーの」
僕たちだけに飽き足らず、ギルドマスターであり人格者でもあるアルフさんまで冒涜するその姿勢に、冒涜されている当の本人のアルフさんが気にも留めていないため、おくびには出さないが僕の腹の中では怒りが沸々と湧いてきていた。
「――――」
「ところで早速で申し訳ないのだが、ダンジョンの中で何があったか聞かせてくれないかな」
息をするように悪態を吐く青年をアルフさんは無視し、僕たちに尋ねてきた。
「それが――」
僕は自分たちが目の当たりにしたダンジョンで起こっている異常な事について、情報に漏れがないように出来るだけ詳しく話した。
その間ちょくちょく、正確に言えば一分に一回ぐらい青年に僕たちの至らなさを罵倒、もとい指摘されたが、アルフさんが一言一句逃すまいと丁寧に聴いてくれたので、青年による邪魔が入ろうと何とか話し終えることが出来た。
「――という事があったんです」
「そうか、病み上がりなのに話してくれてありがとう。とりあえずは全冒険者ダンジョンへは入れないようにしてあるから、そこのところは君たちが心配しないで良い……それに口は悪いが少しの間この人がいるからね」
そう言ってアルフさんは全幅の信頼を置いている目で青年を一瞥したが、壁に寄り掛かったままの青年は鼻を鳴らしながら反抗期のようにそっぽを向いた。
「――――」
ダンジョンでのことも話し終わり一段落付いたところで、僕は先ほどからこの街の冒険者ギルドのトップであるアルフさんに悪態を吐き、にも関わらずその相手から信頼されている金髪の青年のことを尋ねた。
「ちなみに、あの人一体何者なんです……?」
また何かにつけて一々小言を言われるのが嫌なので小声でアルフさんに尋ねたが、それが裏目に出てしまい、傲慢で他者を見下すくせに繊細な青年の気にどうやら障ってしまったらしい。
「お前、俺のこと聞きたいんなら目の前にいんだし、みみっちいことしてないで直接聞けよ。んなちっちゃいことしてるからいつまで経ってもお前は弱いままなんだよ」
青年は寄りかかっていた壁からズカズカと足音を尊大に鳴らし、指切りのために集まっていたさくらやフランさん達を掻き分けて僕の所へやってきた。そして、ベッドに座っている僕をスラッとした高い身長で見下しながら、鼻で笑った。
「僕はまだ……うッ!!」
初対面にも関わらず余りな言い草に、僕は立ち上がって青年に反論しようとする。しかし、リリスさんの僕の身には余る強力なスキルを身体に鞭打って無理に纏わせた代償か、全身に雷が走ったような激痛が走り、立ち上がることは叶わずすぐにベッドに座り込んでしまう。
「真冬――!!」
瞬時に身体を巡った激痛のせいで呻きながら座り込んだ僕に、今度はさくらが青年を横に押し退け、すかさず手を差し伸べてくれた。しかし、それすらも気に入らなかった青年は、またしても僕たちを罵る。
「んなもん唾付けときゃ治んだろ。けどよ、そうやってマブに助けて貰えりゃー痛い痛いも少しは得だな。まあ、俺は女に守られるなんざまっぴらごめんだけどな」
「――――ッ!!」
さくらは青年をキッと鋭い目つきで睨んだ。
「おー、怖えー怖えー。んじゃ、仲良しごっこには俺はお邪魔みてーだからお暇すんぜ。あばよ、さくらちゃん♡……と、その他」
さくらに睨まれても言葉とは裏腹にケロッとしていた青年は身を翻し、皮肉を言いながら背中越しに手をぞんざいに振り、この場を後にした。
「無理を承知かも知れないけどあんまり悪く思わないであげて欲しい……彼はああ見えて人一倍心根は優しい人なんだ」
青年の出て行った扉を見ながらアルフさんは、困ったように頬を掻いた。
「――――」
絵に描いたような誠実さを持つアルフさんが言うのだから本当のことなのだろうが、あそこまでネチネチと言われた僕は嫌うことは無いにしろ、どうしても苦手意識を持たざるを得なかった。
「アルフ!あいつが来てるなら言ってよ」
和気藹々としていた和やかなムードが一転、あの人が来たことで微妙な雰囲気になったところに、少し苛立っているようにも見受けられるリリスさんが引き攣った顔で部屋に入ってきた。そしてそのまま一直線にアルフさんの元へと迫り、恨みの籠もった目で睨む。
「ごめんごめん、でも言ってたらここに来ないでしょ?」
「…………」
リリスさんが来たタイミングと不満そうな態度からして、今さっきあの青年と何処かですれ違い、その時さくらに向けられたようなチャラチャラとした軽い言動で、あの青年に近付かれたのは間違いない。また、極度の人見知りであるリリスさんは自分とは対局にいるあの青年がとても苦手、ということまで簡単に推理できる。
その証拠にリリスさんはアルフさんの問いというか、ほぼ確信的な確認に返事することなく押し黙った。
「……それより、君平気?」
リリスさんは図星を付かれたばつの悪さを払拭するためか、僕に話を振った。
「まだ少し痛みますけど、直に快復すると思います……ってそれよりリリスさんはもう大丈夫なんですか?」
悲惨なほど人見知りだったリリスさんが、普通に話しかけてくれたことに驚きつつも普通に答えた僕。しかし、話している途中からまた別の驚きが芽生えてきて、それは実力はトップ冒険者で、圧倒的な経験も積んでいるリリスさんが立てなくなるほどの代償を払う強力なスキルを使ったにも関わらず、今現在平気そうに歩いているのが不思議で仕方が無かった。
「うん、ほとんどね」
「凄いですね!」
トップはやはり格が違う、素直な感想を口にしたところ、今までずっと独りでダンジョンで戦い、街に帰ってきてからも人見知りのせいで人を寄せ付けなかったため、褒められ慣れていないリリスさんは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
そんなリリスさんに向かってさくらは姿勢を正し、頭を下げた。
「今回は助けていただき、本当にありがとうございました。いくら感謝してもしきれません」
「い、いや……そんな……」
まださくらには慣れていないのだろうか、更に顔の赤さを深めたリリスさんは掌をこちらに向けてバリケードのような物を作り、たじろぐ。
「――――」
しかし、バリケードなんてお構いなしにさくらはリリスさんに一歩近付いた。
「あの場では正直役立たずだったし、真冬には力になったって言って貰えたけど、リリスさんなら私の貢献がどれぐらい意味のあったのか分かってると思います。私がいてもいなくてもさほど変わらなかったって。だから、私強くなります。アルフさんみたいに魔物を一掃できて、前衛の真冬達が自分の身体のダメージを気にしないで戦えるぐらいに……もしその時が来たら私にも頼ってください!!」
「うん、分かった……待ってる」
さくらの決意表明を聴いていたリリスさんは途中から恥ずかしがるのをピタリと止め、真剣に話を聞いていた。
「そうだね、君たちには今よりもっと強くなっても貰わないと……何故なら――」
アルフさんは先ほどもチラッと話したダンジョン封鎖に関連して、今この街で起きている事を手短に話してくれた。そして、その事態はダンジョンを完全に踏破しなければ解決出来ない可能性が高い、ということも。
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