第212話 約束
「――――」
目が覚めた僕は、しみじみと思った。何かある度に、僕はこうして見慣れた天井を前にして目が覚める、と。
そう僕はいつも通り、ギルドの宿舎で目が覚めた。
「――――」
目が覚めたばかりで手持ち無沙汰なためゆっくりと身体を起こすと、布団に隠れて見えなかったが、ベッドの横で顔を伏せて寝ていたさくらを起こしてしまった。
「……真冬、おはよう」
寝惚けた顔で目を擦るさくらは、日常に戻ってきたと思わせる安心感を持ち合わせており、僕は自然と笑いが溢れた。
「おはよう、さくら」
気が付くとそんな愛らしいさくらの頭へと僕の手は自然と伸びていて、自分でも予期出来なかった余りの突飛な行動に撫でるのを一瞬躊躇ったものの、さくらは目を細め受け入れる様子を見せたので、そのまま撫でることにした。
「――――」
窓から差し込む優しい陽光がさくらの整った顔を照らし、より一層さくらの可愛らしさと美しさをスポットライトのように引き立たせる。そして、それらを何倍も助長するかのように、さくらの頬をキラリと流れ星みたいに涙が伝った。
「……さくら?」
さくらの予兆のない突然の涙に僕は訳が分からず、それほど撫でられるのが嫌だったのかと焦る。
「ご、ごめん!今度から撫でるの止めるね」
「違う……違うの!」
さくらは艶やかな髪を左右に揺らしながら首をふるふると横に振った。撫でられることに対して涙を流したのではないと安心したのも束の間、さくらの涙の訳が気になった。
「私少しも真冬たちの力になれなかった……」
僕の視線から逃げるようにさくらは徐々に俯いた。
「あの時アルフさんがもう少し早く来れば、真冬たちはあんなに傷つかないで済んだ……苦しまなくて済んだ」
後に聞いた話だが、あの時僕が気絶する寸前に到着したのはアルフさんたちだったらしい。
ギルドマスターであり実力者であるそんなアルフさんが遅れたのは訳があって、アルフさんたちは冒険者ギルドのマスターが故に冒険者たちを束ねなければならず、それに加えある程度の損害が出るまではダンジョンに行くことを、我が身が恋しい貴族たちに禁じられていたという。
そのため、この町の冒険者の中でも屈指の実力を持つ先行部隊がダンジョンの異常の解明が出来ずに敗走し、命からがら逃げ帰ってきたやっとのところで、ようやくアルフさんにゴーサインが出た経緯だ。
そして、全速力で最前線の24層に着き、気絶しているリリスさん、今にも気絶しそうな僕、さくらとみゃーこを無事に発見出来た。
だが、24層に似つかわしくないほど力のある大鬼の登場により混乱しきった大勢の魔物、つまり僕たちが突破したあのトンネルの残党が、混乱の元となっていた大鬼がいなくなったことで混乱が溶け、僕たちに向けて一斉に突撃してきていたらしい。
それを一掃したのが、気絶寸前に到着したアルフさんたちだ。さくらが言うには、もう言葉にし難い超次元の攻撃の数々で、こと対大多数戦においてはリリスさんでは目ではないほどアルフさんの殺戮能力は卓越していたという。
そして、それは大鬼さえも凌駕しそうなほどだったため、あの場に無力な自分がいたことでさくらは今引け目を感じているのだ。
「――――」
しかし、驚くべき事にさくらを唸らせるほどのアルフさんを凌駕する人物もその場にいたという。
金髪で如何にもチャラチャラとした見た目だったらしいが、実力は確かなもので、こちらもリリスさん以上の戦闘ぶりだとか。しかもリリスさんと同じく、剣を扱っていた、つまり剣士らしい。
「ううん、さくらは活躍したよ。あのまま回復できなかったらどうなってたことやら……。だからそんなに卑下しないで」
あの時、僕が回復していなかったらトドメを刺すことは出来なかっただろうし、リリスさんが回復できなかったら大鬼の隙を作ることが出来ていなかったのは間違いない。
「――――」
僕の言葉でも、さくらは何も言わない。それほど今回のことで自信を無くしてしまっているのだろう。
思えばさくらは異世界に来てからは、力が及ばないという悔しい体験を数知れず経験してきた。ガンダの時と言い、ベルーゼの時と言い、そして決め手となった今回。それだけ自分は無力だと面と向かって突き付けられたら誰しもが自信を喪失し、目も耳も全てを塞ぎたくなるだろう。
だが、そこで塞がっていたらいつかの臆病だった僕と同じだ。自分では自分含め何も変えられないから、他者に助けを求め、助けられなければ独りで終わらせようとして。
「――――」
その中で僕が足りなかったことは、一歩踏み出す勇気。
外界を完全に遮断してた自分の殻から一歩飛び出して、外の世界に目を向けてみるのが大切なんだ。
殴られるなら殴り返せば良い、あるいは逃げても良い。
弱いなら強くなれば良い。
一番駄目なのがその場でただただ嵐が過ぎるのを待つようにジッとして動かないこと。動かなかったら、行動しなかったら世界は変わらないし、何より自分も変わらない。
「さくら、僕だってねもう少し自分に力があれば、って思ったよ。でも、そう思ったところで過去には戻れないし、今更どうにも出来ないんだ。だから、ただ前を見るしかない、怖くて汗が止まらなくても、恐ろしくて足が震えても……。ただ前を向いて走ることしか出来ないんだ、僕たちは」
「――――」
「これから一緒に強くなろう。僕もさくらを心配させないほど強くなるから……ね?」
地球では何でも完璧にこなせていたさくらが今感じている劣等感や喪失感など、全てが分かる訳ではない。でも、僕も同じ道を通ってきたから分かる部分はある。そして、そんな僕だからこそ言える言葉がある。
「うん、強くなる……これからもっと強くなる。誰にも負けないぐらいに」
さくらは真っ赤に腫れた目をようやくこちらに向けた。
「それじゃあ指切りしよう。僕たちが今よりも強くなるって約束の」
僕が小指を出すと、さくらもそれに応えて小指を差し出した。さくらの今にも折れそうな細い指が僕の指と絡む。
子どもじみたそんな儀式に、少しの気恥ずかしさを持ちながらさくらと約束を交わそうとしたその時、慌てた声が飛び込んできた。
「ちょっと待つにゃーーみゃーもその約束に入るにゃ!!」
「みゃーこ!?」
その声の主はみゃーこだった。どうやらみゃーこは気が付かなかったが柔らかな日が当たる窓際でスヤスヤと寝ていたみたいで、僕たちの指切りに慌てて飛んで入ってきた。
「みゃーも二人に負けないぐらい強くなるにゃ!そしていっぱい褒めて貰うにゃ!!」
強くなる動機、に関して僕とさくらは思わず苦笑いをしながら目を見合わせてしまったが、本来動機なんて端から見てそれぐらいちっぽけな物でも良いのだろう。
大事なのは本人がそれをどれだけ大事を思っているのか、なのだから。
「みゃーこもおいで」
僕は、改めて大事なことを気付かせてくれたみゃーこを布団を叩いて呼び寄せる。
「それじゃあ気を取り直して――「僕も参加させてよ!」」
僕とさくら、そして新たに加わったみゃーこと三人で指切りを交わそうとした瞬間、遮るように少女の声が窓から飛んできた。
「僕も君たちの仲間に入れて」
そう言いながらフヨフヨと綿毛のように飛んできた光の玉は、僕たちの輪の近くでなお一層輝いた。そして、光が収まったと同時に姿を現わしたのは、金髪の少女――つまりウィルだった。
「ウィルちゃんもこっちおいで」
さくらは特段驚きもせず、いつも通りどこからともなく湧いて出てくるウィルを手招いた。おそらくはウィルと契約しているため、こちらに向かって来るのがなんとなく分かっていたのだろう。
「それじゃあ、今度こそ行くよ」
三人にウィルを加えた今回のダンジョンに挑んだメンバーで小指を結んだ。ちなみにみゃーこは指切りは無理なので、僕たちの小指の上に肉球をポンと置いている。
「――――」
三度目の正直、僕は緊張とした面持ちで当初より大きい塊となった指切りを見つめていた。そして、僕の謎の緊張が伝わったのか、さくらやみゃーこ、ウィルまでもが固唾を呑んで見守っている。
「指切りげんま――「おじゃましまーす」」
誰もが知っている指切りの歌を口ずさみ始めた瞬間、ドアの扉のノック音とともに水色の髪色を持つ美女が恐る恐ると言った様子で、部屋に入ってきた。
生憎、二度あることは三度あるの勝利だ。
「あ!……ごめんね、急に入って。外にいるから終わったら声かけてね」
フランさんは慌てたようにドアを閉めようとしたが、僕たちを心配して見に来てくれたのに加えて、何かとフランさんにはお世話になっているため、このままむざむざと追い返すのは気が引けた。
当然と言うべきその結果、
「フランさんも是非入ってください」
僕の勧誘の声に反応してドアが閉まる直前の僅かな隙間から、パッと花が咲いたような笑顔のフランさんが顔を出した。しかし、何故かすぐさまその笑顔は萎んでいき、ご褒美を期待している犬のような期待感に満ち溢れた顔になる。
「私も入って良いの?」
上目遣いでこちらを見るフランさんに僕は頷く。
「良いですよ、むしろ入って貰いたいです」
この世界に来てから今の今まで、フランさんにはギルドの受付嬢という役割以上に助けられてばかりだ。にも関わらず期待させるだけさせておいてここで追い返すのは、十の恩を百の仇で返すような物だろう。
さくらもそれを重々分かっているため、恩人として、そして良き仲間として笑顔で頷いた。
「本当に……!ありがとう!」
再度、というかそれ以上に顔を弾けさせたフランさんは、友達作りが控えめに言ってあまり得意ではない内気な学生が初めて遊びに誘われたように、喜々として指切りげんまんに加わった。
そして、フランさんが加わったのも束の間、さらなる来客が開いた扉から入ってきた。
「おー、皆揃って何やってんだ」
ここのところ、しばらくぶりのカイトだ。
「今から皆で強くなろうって約束するんだ、カイトも入りなよ」
僕がそう言って誘うと鍛冶師という職業柄、人一倍熱いカイトは二つ返事で加わると言った。
「いいね、甘えさせて貰うぜ」
今までのメンバーとは違いカイトの場合、今からやるぞ、と意気込む前だったため清々しく誘うことが出来た。もっとも、出鼻を挫かれるという事があった物の、他の人も嫌々誘ったわけではないのだが。
「それじゃあ今度こそ、本当に行くよ」
僕はさくら、みゃーこ、ウィル、フランさん、カイトの一人ひとりと目を合わせるようにゆっくりと見渡した。
ここにいる全員、互いに持ちつ持たれつの対等な関係だ。だから誰かが強くなれば、それは全員にとっての利であり、それが連鎖してまた誰かが強くなっていくだろう。
言い換えればお互い助け合う仲間であり、切磋琢磨するライバルでもある。
「指切りげんまん――――指切った!」
一人ひとり強くなる目的も違えば、目標も違う。だが、強くなりたい思いは全員同じだ。
僕たちは僕たちに誓った――必ず強くなる、と。
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