第210話 期待

 タイムリミットを考え、早速動き始めたリリスさん。ナビーのサポートがあってしても少しも追いつけないその速さはまるで光のようで、先ほどまで居た場所に真っ赤な残像を残しながら、大鬼の懐に一瞬の内に入り込んでいた。


「――――ッ」


 いきなり自分の間合いへと入られたことで飛び出しそうな程目を見開き、吃驚とする大鬼をよそ目に、リリスさんは速度に物を言わせ、連撃に連撃を重ね始める。事攻撃においてあれだけ手も足も出なかった大鬼の、鋼鉄のような肌に次々と刃が走った跡が出来ていく。


「……ッ!……ッ!!……ッ!!!」


 ひたすら自分に剣を立ててくる姿見えないリリスさんを追い払おうと、大鬼は剣を力任せに一回振ると、リリスさんはとっくに背中へと移動しており、その時にはすでに何回か背中に攻撃を入れていた。それぐらいリリスさんの素早さは大鬼を圧倒していた。


 しかし、速さで勝っているため幾度となく斬撃を当てられているが、攻撃自体はどれも致命傷には至らず、斬った場所に少し血が滲む程度の効果しか与えられていなかった。


「あー!!煩わしい」


 傷の状態から分かる通りダメージはそれほど与えられていないが、チクチクと肌を切られる痛みは回数があるため相当な苦痛だったらしく、大鬼は無鉄砲に剣を振り回し憤慨していた。


「――――」


 斬られる痛みのせいで剣を振り回すもそれが当たらないという悪循環の中、怒りに怒りを上乗せしていくそんな大鬼を無視し、リリスさんは未だに無数の攻撃を続けていた。


 その時、


「――――ッ!!」


 苛立ち怒っていたはずの大鬼の顔が違う感情によって歪んだ。何が起こったのか原因を確かめるべく、歪みが徐々に酷くなる大鬼をよく観察すると、リリスさんの作戦がようやく分かった。


「重ねてるんだ」


 リリスさんではいくら速くなろうとも、結局は取るに足らないダメージしか与えられない。ひとえに大鬼の防御を通るようなステータスも技も持っていないからだ。


 しかし、果てしない大木を切る時それよりも何十倍、下手したら何百倍も小さな斧で地道に木の幹を一歩一歩削っていくように、リリスさんも高速で動きながら大鬼の身体に出来た小さな切り傷にぴったりと攻撃を重ね合わせることで傷を深め、ダメージを大きく蓄積させているのだ。


「真冬さん、私たちも準備しましょう」


 致命傷を与えられないリリスさんは、トップ冒険者であるプライドを捨てながら自分に唯一出来る最善の道を見せてくれた。そして、タイムリミットと反動のため真・剣舞は一度しか使えないということから、後にも先にもチャンスはこの一度しかないだろう。


 ――それに僕は応えなくてはならない。


「――――」


 僕は隙を作ると言ったリリスさんを信じて、今までで一番の集中力を発揮するために戦いの最中だが目を瞑り、入ってくる情報を極限まで少なくしたところで剣に力を移していく。


「――――!!」


 傷口に塩ならず、傷を重ね合わされている大鬼の、苦痛に喘ぐ声が徐々に大きくなっていた。それはリリスさんが攻撃を上手く重ね合わせており、ダメージを蓄積させているからだろう。


「あと……三分で……切れます……」


 ナビーの念話による声が薄らと聞こえてきたが、僕は力を溜めることに完全に没頭しており、何か声が聞こえてきた、程度しか言理解することはなかった。


 そして、そこから堰を切ったかのように一気に世界が遠のいていき、リリスさんが高速で移動し戦う音も、大鬼の苦痛に満ちた声も、ナビーの制限時間に対しての焦る様子も、僕には全く入ってこなくなった。


「――――」


 恐らくだがリリスさんは魔力を使用して、それを剣気へと変換しているのだろう。それがあの剣舞、というスキルの正体だ。そして、剣舞・弐は変換した剣気を局所に集めているのだが、今現在発動させている真・剣舞は、何を使ってあれだけの力を引き出しているのだろうか。

 この戦い、延いては剣を扱う者として重要だと直感的に思ったため、僕は真・剣舞の源となっている物が気になって仕方が無かった。


 真・剣舞を発動した際のリリスさんの感じからして、魔力とは全く別の力、加えてそれ以上のエネルギーを生み出すものなのだろう。


「魔力以上の力……」


 音一つとして存在しない真っ暗な世界で、僕の懊悩した声だけが響いた。その声が波紋のようにどこまでも響いていくように、今までで何かしらのヒントがなかったか思考に疑問を垂らすことによって頭を巡らせる。


 魔力より上を越える物、タイムリミットが存在するのは何故……?


 その時、ある可能性が頭を過ぎった。


「――HPか!」


 魔力では無く体力、つまり命を剣気へと変えているならば、剣舞や剣舞・弐の二つが霞むぐらい真・剣舞が強力なの頷けるし、命を削っているのだから文字通りタイムリミットが存在するのも理に適っているだろう。

 そして、長時間命を燃やし力に変えるのだから、反動で動けなくなるのも道理だ。


「――――」


 リリスさんの真・剣舞の種は分かった。しかし、リリスさんが剣に長年懸けてきたからこそ身につけたのがそれであって、種が分かったからと言って一朝一夕で出来るような代物ではないだろう。


「――――」


 だが、やるしかない。ここであいつを倒さなければ、僕たちは全滅。その後、暴食で僕たちを取り込み今よりも更に強くなり、誰にも手が付けられなくなった状態でダンジョンの外を闊歩する。その結果は言わずもがな、大虐殺の限りを尽くすだろう。


 後に、大虐殺を繰り返しながら暴食によって指数関数的に強くなっていくものの、いつかは大鬼を倒せる人がどこからともなく現れるかもしれない。だが、そんな人が何時現れるか定かではない。

 それに、もし仮に現れ、そして倒せたとしてもそれまでに犠牲になった人は戻ってこないし、辛うじて生き残った人の、心身共に出来た傷が綺麗さっぱりと癒えるわけでもない。


「――――」


 また僕たちは、一早くダンジョンの外に知らせるために誰か独りを犠牲にして、残りはこれ以上暴食によって強化されないためにここから逃げるという、最善から二番目の選択肢を放棄した。それならば考え得る中で最善である、僕たちが大鬼に勝つ、という策を達成するのが、僕たちの責任ではないだろうか。


「――――」


 剣道で言うところの中段の構え、至って普通の構えで剣を握る手に力がこもる。


 文字通り命を燃やし、今も孤軍奮闘しているリリスさんがいる。

 僕たちに任せ力を使い果たしたさくらと、さくらを守るために全力を尽しているみゃーこがいる。

 情報を必死に集め精査し、勝利へと繋がるたった一本の糸を探しているナビーがいる。


 そして、外では高くて上等な回復薬を渡してくれたフランさんを初め、僕たちの帰りを待つ人たちがいる。


 その人達の命が、重くのし掛かる。


「――――ッ!」


 プレッシャーによる力みからか剣を持つ手は白くなっており、ガタガタと細かく震えていた。


「僕がみんなを……」


 助けなきゃ――その思いが強くなれば強くなるほど手に入る余分な力も強くなり、頭の中はそれだけで一杯一杯になっていった。


 出来ることなら逃げたい、そう思った時、先ほど頭を撫でたさくらの和やかな寝顔が頭を過ぎった。


「…………」


 カラスの濡れ羽色のような艶やかな黒髪、それを撫でた心地良い感触が手に入っていた力を解いてくれ、安らかでまるで赤子のような寝顔は僕の背中に乗った重さを吹き飛ばしてくれた。


「さくら、こういう時まで……ありがとう」


 何処まで続いているのか分からないほどの闇が晴れ、視界が一気に拓けた。そして、ナビーの声が飛び込んでくる。


「真冬さん、時間まであと少ししかありませんよ!……って何を笑ってるんですか!」


 少し離れた所ではリリスさんが真っ青になった顔で、絶え間なく大鬼を切り続けることで動かないように無理矢理抑えつけていた。しかし、徐々に力は弱まっており、ナビーの言う通りタイムリミットが迫ってきているのが自明だった。


 切羽詰まっているのが火を見るよりも明らかなそんな中、おもむろに顔に手を当ててみると、僕は薄らと笑みを浮かべていた。


「…………」


 何で笑っていたのかこの時は分からなかった。だが後々考えてみればその理由はただ一つだけで、しかも本当ににちっぽけな理由だったと思う。


 ――さくらにまた会いたい。


「ナビー、絶対に勝つよ」


「もちろんです。それより後一分でリリスさんのリミットが切れます」

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