第209話 真・剣舞
【火の玉!!】
足音と共に張り裂けそうな魔法を唱える声がした方向をめんどくさそうに見た大鬼は、鼻で笑う。
「そんな攻撃躱す必要も無いわ」
大鬼は蚊でも見るかのような目で飛んできたさくらの火の玉を見て、それを熱く抱擁するように腕を広げ胸を差し出した。
「――それじゃ全然足りない!」
さくらの火の玉は大鬼が現にそうしているように、全くもって避ける必要も無いぐらいに他愛の無いものであった。熱量は全く足りないし、エネルギーも見た目以上には籠もっているのだが、威力としては一蹴する価値すらない。
今この場においては所詮見かけ倒しにもならない、稚拙な魔法だ。
「分かってる、でも力になるの」
それでもさくらの目はこの魔法が絶対に大鬼に対して効くと、そう信じて止まない目をしていた。
「フン」
さくらの思いと言葉を聞くに堪えない戯言と受け取った大鬼は、そのまま抵抗もせずに火の玉に当てられた。
「――――」
胸に間違いなく当たった瞬間、案の定と言うべきか大鬼に直接のダメージは少しも見当たらなかった。肌が焦げたり焼けたり、爆発で爆ぜることなど後数千発を凝縮でもしなければ土台無理な話のように思えた。
しかし、爆発した後、ダメージこそ無かったが、闇よりも真っ黒な煙が大鬼の周囲を包み込んだ。そして、その煙はある一定の場所よりは決して広がらず、大鬼を中心として半円形状のドーム型を形成し、普通の煙とは違って霧散せずにその場で留まり続けた。
「――――!?」
中の状況が直接的には見えない黒煙の中、大鬼は何故か戸惑って出られないことをナビーが驚きながら教えてくれた。
「さくら、どういうこと!?」
「説明するから、動かないで」
【完全回復】
さくらはHPとMPを回復できる魔法を僕とリリスさんに掛けてくれた。その作業と平行で説明する。
「真冬が行った後で考えたの、おそらく私の魔法ではまだ掠り傷一つ付けられないだろうなって。それならタイミングを見て、二人を回復させることに私の力を全部使った方が、勝率が上がるだろうってウィルちゃんと一緒に」
さくらの魔法によって僕たちの身体に出来た傷はもちろん、主観的ではあるが疲労感も徐々に薄れている気がしていた。
「それは分かった。けど、あれ何で出られないの?」
「僕の拘束魔法を少し入れてあるからだよ……と言っても数十秒程度しか保たないと思うけどね」
「それなら、僕が貰ったあれでこの場から逃げられたんじゃ……!!」
大鬼と対峙する前、ダンジョンの外であの冒険者から貰った物を使えば、低階層まで戻れるとナビーは言っていた。なので、あの煙で包まれている間にそれを使えば大鬼から逃げられたのではないだろうか。そんな疑問が過ぎったが、そうは問屋が卸さないらしい。
「全員を転移させるには数十秒じゃ間に合わない。下手したらあいつまで一緒に連れてきてしまう」
この状況において一番許してはいけないことが、あの狂気に満ちた大鬼をダンジョンの外に野放しにすることだ。僕たちが仮に負けて、死んだとしても決して外に出させてはいけない、文字通り一所懸命の事案だ。
「そろそろ回復が終わる……けど魔力使い果たすから、みんな頼むね」
ウィルと話していたため気が付かなかったが、横ではさくらが滝のような汗を流していた。そのぐらい、僕たちの回復に全力を掛けている表われだろうし、何より僕たちなら買ってくれると信じているのだろう。
「それじゃあ後は……任せたよ……」
顔から血の気が一斉に引いていくと、さくらは魔力の使い果たしによって静かに気を失った。
倒れる瞬間、さくらは滑り込んだみゃーこのモフモフな身体の上に無事に倒れ、その後柔らかな寝顔でスースーと静かな寝息をみゃーこの毛の上で立て始めた。
「――――」
掌を数回開いて結んで、ほとんど失い掛けていた力が元に戻っているのを確かめた。
「ありがとう、絶対に勝つからね。……おやすみ」
僕はさくらの艶やかな黒髪を一撫ですると、みゃーこと目を合わせ、同時に頷いた。
「みゃーこ、さくらを頼んだよ」
「任せるにゃ!ご主人も勝ってにゃ」
さくらを背中に乗せたみゃーこは、激しい戦闘の中心地となる僕たちから距離を置くべく、一目散に逃げていった。そして、それと同時にさくらが撃った火の玉の爆発音よりも巨大な轟音が響く。
「――おのれぇ!!やってくれたな小娘。お前から先になぶり殺してやる!!!」
破裂しそうなまでに顔を紅潮させ、怒りを爆発させる大鬼。だが、元はと言えばさくらの火の玉を傲慢が故に警戒しなかった本人が悪いとしか言い様がない。
もっとも、落ち着いて考えた今だからこそ分かるのだが、存在を知らしめるようにわざと足音を立てて登場したみゃーこと、避ける必要も無いぐらいに威力やスピードを敢えて抑えたさくらたちの思惑を、見抜け無かったのはお互い様だが。
「小娘はどこに行った!……まあ良い。お前らを木っ端微塵にすればどこからか来るだろう」
無骨な剣を振り回し怒り心頭な大鬼と向かい、隣にいるリリスさんはそっと耳打ちをしてきた。
「さくらちゃんのおかげで回復したけど、多分私じゃ攻撃が通らない。隙を作るから最後はお願い」
リリスさんはエクスカリバーを通して感じた皮膚の感触を長年の経験を照らし合わせた結果、自分のステータスでは大鬼の鉄壁の皮膚が持つ防御を突破することは不可能だと、そう感じたらしい。
しかし、それは僕にとっても同じで、リリスさんのような何層にも累積した経験こそないが、おそらくはダメージを与える領域には達していないだろうと思っていた。
「僕でも……!!」
「ううん、君なら出来る!」
リリスさんは僕の目を一切の揺らぎのない真っ直ぐな眼で見た。それはリリスさんが見せたあの背中よりも力強く、トップ冒険者が見せる背中と命を預けても良いという全幅の信頼がそこにはあった。
「上位の冒険者はステータスだけで判断出来ないし、するべきではない。それは何故かというと――【真・剣舞】」
リリスさんはスキルを唱えると、今までとは段違いな力の奔流をその身に纏った。
「
リリスさんの周囲を取り囲む力は、リリスさんの髪色と同じく今にも燃えだしそうな紅。まさしく、紅い髪色を持ち、研ぎ澄まされた刃と称されるリリスさんのために生み出されたようなスキルだった。
「これは自分と同等の人と一緒に戦う時しか使えない、奥の手。五分のタイムリミットがあって、それが経ったら反動で動けなくなるから、早速行くよ!」
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