第201話 波
「さすがにあれから復活することはにゃいよね」
僕たちを背中に乗せたみゃーこは衝撃を殺すように静かに着地し、背中から下りたのを確認すると、白虎の姿のまま暢気に毛繕いをし始めた。
「私もそう思いたいけど、さっきのがあるから……」
身体が二つに切られたことによって辺りを血で真っ黒に染めながら地面に倒れている姿から、事切れている様にしか見えない大鬼を見ている遠い目のさくらは、引き攣った顔で疑心を抱いていた。
「――――」
それをやったのは僕だが、復活の可能性があるという点においてはさくらとほぼ同意見だ。
しかし、今回は鯨の潮吹きのように大鬼の身体から血が吹き出していた。その確かな事実がリリスさんがやった前回とは違う。
もっとも、希望的観測に過ぎないのかもしれないのだが。
「――!!そう言えば、リリスさんは!?」
いくら油断していたとは言え、剣を極めているあのリリスさんがまともに一撃を食らったことから、一撃を食らわせた張本人である大鬼相手に一瞬の気も抜けなかったため、今の今までそのリリスさんのことを完全に忘れていた。
魔物同士が争う蠱毒によって大鬼の力が大幅に強化されていたにしても、あの一撃だけでやられる訳はさすがに無いと思うが……。
「――――」
魔力を大方使ってしまったものの時間の経過によって大分良くなった身体で、さくらと一緒に辺りをきょろきょろと見渡していると、間もなくさくらが声を挙げた。
「あ!あそこだよ」
僕の肩を軽く叩き、指を指したさくらが居場所を知らせるために手を振ろうと上に挙げたのも束の間、赤い少女はその場から忽然と消え去り、驚きによる瞬きの間にすぐそばまで近付いてきていた。
「ご、ごめんなさい……油断してて……その、いつもは独りだったから、人がいるから緊張しちゃって……」
俯き加減でもじもじしながら話すリリスさんは、やっぱりとてもじゃないが、あの姿とは似ても似つかないとそう思ってしまうほど、極度の人見知りであった。
が、ひとまずあれだけの重量感のある攻撃をまともに食らいながら、鎧への影響はおろか掠り傷一つ見当たらないリリスさんに安堵した。
「――――」
しかし、怪我がないことに安堵したのも束の間、一つ疑問に思うことがあった。それはアーティファクトであるエクスカリバーが当たり前のように平然と手に持たれていることよりも気になったことだ。
「正直焦りましたけど、無事だったのなら全然大丈夫です。それよりも戻ってくるのに時間掛かったみたいですけど、何かあったんですか?」
リリスさんはさっき、さくらが居場所を伝えるために手を振ろうと腕を上げようとした次の瞬間、数百メートルは間違いなくあっただろう距離を一瞬にして詰めていた。魔力を感じなかったためおそらくスキルでは無いのだから、驚くべき移動速度だろう。
しかし、スキルを使わずしてそんな速度で移動出来るにも関わらず、僕たちが鬼と戦い、僕が鬼を真っ二つにするまでの長時間、飛ばされたリリスさんはここに返って来なかった。あるいは何かしらの事情があって返って来られなかった。
おそらくは後者だ。
「その……飛ばされた先で戻ろうと思ったとき、地面から魔物が大量に湧いたの……それを相手にしてたら……」
僕たちが大鬼と戦っていたように、リリスさんも突如として地面からポップした魔物と戦っていたため、戻るのに時間が掛かったということだ。
「それに数が異常に多くて……時間が……」
もう少し話を聞くと、リリスさんは名を馳せている他の一級冒険者よりも火力では劣るようで、派手で爆発的な大火力によってまとめて倒すと言うよりは、鋭い攻撃によって一体一体確実に倒していくスタイルらしく、そのため巨大な魔物単体と戦うよりも、小柄な魔物で多数の方がどちらかと言えば得意だそうだ。
しかし、飛ばされた先で湧いた魔物達の数が、一体一体倒すには骨が折れるほど多数だったらしく、いくら得意とは言え時間が掛かってしまったと言う。
「――――」
そんな風に遅れた原因についてリリスさんと話していると、横からさくらが袖を引っ張る。
「ねー真冬……?気付いたんだけど、魔物って倒したら魔石とか落として消えるんだよね?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
毛繕いを一生懸命しているみゃーこはともかく、リリスさんも小首を傾げ、さくらが尋ねてきたダンジョン内では極々当たり前の質問、その意図が上手く掴めないでいた。
「――――」
さくらはそんな僕たちの視線を指に誘導し、その指で竹を割ったように完璧に真っ二つになっているものの、それ以外は全て原形をしっかりと留めている大鬼の身体を指した。
「なら何で、あれ残ってるの……?」
「「…………」」
大鬼を斬った直後はあれほどの大量の血を噴出していたため、完全に倒したと思っていた。
しかし、今になって思えば思うほど不思議と思わざるを得ない。何故なら、これまででこの大鬼以外の魔物は血を噴出することがなかったし、倒せばすぐにその姿をガラスが割れるような甲高い音を出して消えてしまっていた。
だが今回は、今までに無く血を吹き出し、大鬼の身体が斬れている以外何の不備もなく完全に残っている。それがスキル暴食の効果だという可能性は無きにしも非ずだが、嫌な予感が背中を伝った。
「真冬見て!」
嫌な予感が冷や汗となり身体中を這い始めたその時、さくらは鬼を指していた指を横にずらし、モクモクと砂煙が立っている場所を指す。
「あれは……?」
鬼のすぐそばから徐々にこちらに近付いてくる砂煙、それらはまるで海の波のように横へと伝搬しながら、僕たちの方へと向かってきていた。
「――来る」
リリスさんの顔が真剣、その物と化した。そして、僕たちは理解した。
――――再度、戦いが始まる、と。
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