第200話 チーム

「リリスさん!」


 僕たちよりも次元の違う力を持っているリリスさんが後ろからの攻撃に反応する間もなく、真っ二つになったはずであった大鬼の、車のような掌で弾き飛ばされてしまった。


「――心配してる暇は無いよ!」


 ウィルはリリスさんが平手打ちを食らった時に手から落とした剣を拾い、僕に向かって投げた。それを受け取った僕は、自分には分不相応なほど立派な剣を構え、脅威の再生能力を見せた大鬼と対峙する。


「みゃーこ、さくら、リリスさんでさえ倒せなかった相手だ。本気で行こう」


「サポートは任せて【憑依】」


 後衛を務めるさくらは、ウィルを自身の身体に憑依させたことで見た目が神々しく輝き、力を何倍も高めた。


 そしてみゃーこも、


「みゃーはあいつを翻弄するにゃ【白虎化】」


 自分の身体を白い虎にすることで小さい身体での俊敏さは無くなる反面、瞬間のパワーは比べものにならないぐらい強化され、身体が大きくなることのデメリットを補って尚余り得るほどの力を獲得した。


「オマエタリナイ」


 大鬼は僕たちに向かって剣を振下ろした。


 いくら二階建ての家に及ぶほど巨大とは言え、結構な距離離れている僕たちにその刃が直接届くことは当然ない。しかし、大木のような太い腕の膂力から繰り出された一振りは、恐ろしい衝撃を生み出し、それは先ほどリリスさんが大鬼に食らわせた一撃を凌ぐほどの威力を持って、僕たちに斬撃となって襲いかかってきた。


「――――!!」


 人が入ってもまだ余裕がある深さで地面を抉り進んでくる斬撃を、僕たちは左右に分かれることで躱した。


【火の玉】


 右側に躱したさくらは相手に攻撃する余裕を持たせないためにすぐさま魔法を唱え、同じくさくらと同じ場所に回避したみゃーこは一瞬姿勢を低くした後、爆発的な初速から大鬼を翻弄すべく駆け出した。


「私が指示します」


 離れていても肌がヒリヒリするような高熱が伝わってくるほど高い火力を持った火の玉が、大鬼に着弾した瞬間、僕はナビーの指示に従って大鬼に向かって走り出す。


「余りダメージは無いようですね」


 ナビーの言う通り、さくらが放った火の玉は大鬼からすればちょっとした火の粉のようだったのだろうか、当たった瞬間高温の物体が一気に爆ぜ、その影響で広範囲に渡って肌が焼けるほどの熱風が吹き荒れるも、結果は大鬼の肌に少し煤が付いたぐらいしか影響が無かった。


「僕でも攻撃が通らないと思うんだけど」


 今手に持っている剣は極上の仕上がりであり、これを使っていたリリスさんの剣の腕は僕とは雲泥の差がある。それにも関わらずリリスさんのあの攻撃では、大鬼の身体をほぼ真っ二つにすることは出来ても、致命傷には至らなかった。


「それでも今は他に道がありません。さくらさんたちを失いたくないなら、戦うのみです」


 道標であるナビーが言うのだから、あの大鬼から逃げられる可能性は万が一にも無いのだろう。


 僕たちでは敵わないかもしれない、かと言って逃げることも許されない、そんな先行きの見えない戦いに懸念が頭をもたげ、どうにもならないこの気持ちを紛らわすべく、自分の攻撃が大鬼に少しもダメージを与えられなかったさくらをふと横目で見た。


「…………」


 さくらは傷一つ与えられなかったことに落ち込んでいたり、立ち止まってなどいなく、サポートを任された自分が次に出来ることを一生懸命やろうと、ただ前だけを向いていた。


「ごめん、弱気になってた……行くよ!」


 勝てるのだろうか、という不安からいつの間にか遅くなっていた足を速め、逃げられない、という恐怖から大鬼の足下へと下がりかかっていた視線を大鬼の目を睨むように上げ、どんな攻撃が来ても対応出来るようにと剣を握る手に力を込め、来るチャンスに備え剣に魔力を込め始める。




 ――大鬼と目が合う。




 こちらを文字通り見下す大鬼の迫力は、ベルーゼとはまた違った恐ろしさがある。だが、度合いとして言えば、ベルーゼの方が恐怖を本能に直接刻んでくるほど圧倒的であった。


 それに今は、あの時とは違って僕とウィルだけで無く、さくらもみゃーこもいる。


【火の玉】


 今度は先ほどよりも高温で、且つ大きさも数も比べようも無いぐらいの巨大で無数の炎の玉が、さくらの手によって出現していた。そして、それらはまるでマシンガンのように絶え間なく同じ場所を襲いかかった。


「――――ッ!!」


 大鬼の右膝を集中的に狙ったさくらの魔法は、寸分の狂い無く何度も同じ場所にまとまって当たり、一つ一つのダメージは取るに足らない軽微な物でも、数十、数百と幾重にも重なることで、火の玉で起った炭化は決して無視できない範囲となり、大鬼を苦悶の表情にさせた。


「ウットウシイ」


 大鬼は広範囲において焼き焦げた膝を地面に付きながらも、遠くに居るさくらに攻撃するため先ほどの地を割る斬撃を繰り出そうとする。


「余所見は禁止にゃー!」


 しかし、剣を振り上げたのも束の間、みゃーこの攻撃によってそれは阻止される。


 みゃーこの腕は大鬼と比べれば小枝のように感じられるだろうが、自身の通常の姿と比べれば大木と化したと言っても過言ではないほど立派になった前足を使い、さくらが集中放火した右膝の、反対の膝を攻撃に取り掛かった。


「少し黙ってるにゃ!!」


 少し低い声で唸るように言ったみゃーこは、僕の身長以上の場所にあるであろう大鬼の左膝に一撃、なたのように分厚く鋭そうな右の爪で引っ掻き、大鬼の硬そうな肉を引きちぎる。

 そして、着地と同時に持ち前の爆発的な瞬発力を用い、再度膝の裏に目掛けて跳躍し、今度は左爪で肉を削いだ。


「ヤメロー!!」


 肉を削ぎ落とされる痛みからくぐもった声で腕を振り回し、みゃーこを何とか仕留めようとする大鬼を翻弄しながら、みゃーこは休む暇も無く左膝を中心に立派な大爪で肉をこそげ落としていく。


「――――」


 そして、数十回みゃーこの猛攻が続き、一発食らったらお終いというプレッシャーの元、読み辛い無作為な攻撃を躱し続けたため疲労がピークに達した頃、大鬼の膝からは黒い血が溢れんばかり滴り落ち、足を伝って出来た血の池に血液の出所である左膝を大鬼は付いた。


「真冬さん、今です」


 さくらの猛撃によって右膝は真っ黒になるまで炭化し、みゃーこの連撃のおかげで左膝はふくらはぎが血で染まるほど肉が削がれているため、大鬼は立っていることが出来なく両膝を地に付け動けない。


 大鬼は僕たちから逃げることはおろか、攻撃を躱すことも決して出来ない。


「僕はリリスさんを越える」


 手に持っている魔力を充分に込めた剣を今一度しっかりと握り、僕は満身創痍と言える大鬼に向かって飛んだ。


「――――」


 空中では、大鬼の焦燥と痛苦に塗れた表情が目に入る。


 しかし構わず僕は剣を頭上で振りかぶり、自分の全魔力を余すこと無く充分に込めた剣を一気に振下ろす。


「これが僕たちの力だ!!」


 リリスさんの剣は、僕たちの期待に応えるように僕が込めた魔力や力以上に絶大なる力を発揮した。そのおかげで、振下ろされた剣からはリリスさんの一撃や大鬼の地面を割る斬撃の、威力も大きさも遙かに超える一太刀が、足を負傷して動けない大鬼目掛けて飛んでいった。


「――――ッ!」


 ギリギリ扱えるか扱えないか瀬戸際の技による反動は、宙にいる時点で耐えきることなど出来る訳も無く、僕は背中側に向けて大鬼が小さくなるように錐揉みしながら飛ばされてしまっていた。


 そして、魔力をほぼ使い果たした僕は目眩にも似た頭のフラフラのせいで、されるがままの状態であり、地面に落ちるのを待つことしか出来なかった。


「――――」


 そんな時、柔らかく温かな光に包まれ身体に気力が湧いて来ると同時に、ぼさっと今度は物理的に柔らかく温かな物に包まれた。


「真冬大丈夫……?」


 物理的な温かさ――モフモフに浸りたい気持ちもあるが、そんな誘惑を振り切るように顔を上げると心配そうなさくらの顔があり、視界の端では白くモフモフとした大きな生き物が居た。


「ご主人はやっぱすごいにゃ、あんなでかい化け物をバーンって」


 白くてモフモフとした生き物――白虎化したみゃーこは、僕とウィルが憑依しているさくらを背中に乗せながら鼻息荒く興奮気味で語っていたのだが、白虎というなりもあって、興奮した様はさながら獣が獲物を見つけた時か、あるいは仕留めた瞬間にしか思えない様子だった。


「おかげで一応少しは回復したよ……それより鬼は?」


 みゃーこにこうして拾われる前は、身に余るほどの大き過ぎる力を扱った代償として相当な反動を喰らったため、僕は上下左右が分からないぐらい揉みくちゃにされながら飛ばされていた。なので、大鬼のその後が気になっていた。


「それにゃらあそこにゃ」


「ほら見て」


 みゃーこが空中を飛ぶ向きを優しく変えてくれ、さくらが身体を起こしてくれる。


「…………」


 大鬼の身体は、今度こそ完全に線対称になるように真っ二つに斬れており、黒い血を飛沫のように吹き出していた。

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