第199話 蠱毒

「リリスさん!」


 ウィルがリリスさんの元へ着いて間もなく、僕たちもリリスさん元へと到着した。


「き、君たち……!」


 顔を髪色と同じぐらい真っ赤にさせ、慌てふためく彼女の様子に、先ほどまでの凜々しさと鋭さが嘘だったのではないかと疑問に思うほど、人見知りを十二分に発揮していた。


「怪我とかしてないですか?」


 さくらはそう言いながら、リリスさんが有無を言う前に回復魔法をせっせと掛けていた。根が世話焼きというのもあると思うが、同世代の女の子という自身と重なる特徴が大いにあるからであろう。


「あ、ありゃがとう……」


「この人本当にさっきの人なのかにゃ……」


 極度の緊張からかただの一言のお礼でさえ舌を噛む有様に、みゃーこは先ほどの勇ましさと、目の前にいる普通の女の子を上手く重ね合わせられないのだろう、驚きを通り越し少し呆れながらため息をついた。


「――――」


 みゃーこの忌憚のない言葉に、リリスさんはシュンとしてしまった。しかし、それも束の間、


「そろそろ良いかな……すごいの出来上がっちゃってるんだけど」


 引き攣った苦笑いをしているウィルが指さす方へと、額から滲み出る嫌な予感を抱えながら僕たちは視線を向けた。


「――――!!」


 額からは禍々しい角を二本生やし、上と下二本ずつ斜めへと伸びた牙、目は黒が主体にくすんだ金の角膜で、こちらを鬼の形相で静かに睨んでいた。


 そして、無言のまま数秒が経った後、四股を踏むようにして片足を地に踏み込み、その時に発生した殴られたような爆風と目眩のような地震と共に、筋骨隆々の身体に渇を入れるようにして叫んだ。


「ア゛ァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」


 ――鬼。


 周囲の魔物達を食い尽くし、力と憎悪を煮詰めに煮詰める蠱毒を経て出来上がった最厄の魔物は、おおよそ二階建ての家ほどの巨漢で、手には巨体に見合った出刃包丁のような無骨で巨大な剣を持っている大鬼だった。


 大鬼は威圧の目をこちらに向けた瞬間、右手に持った剣を横に振り払った。


「キエロ」


 刃が僕たちに届く間際、僕はポケットの中から剣を一振り出して、鬼の剣が通る道筋に力を込めガードするように置いた。


「――――ッ!!」


 しかし、僕の数倍は誇る巨大な体躯から繰り出された重い一撃は、僕の力と剣ではどうにもならない。


 その結果、まるでガラスの瓶を割るよりも容易く僕の剣を粉々に吹き飛ばし、道中に何も存在しなかったかのような軽快な振る舞いで、僕の首目掛けて一直線に鉄の塊が襲いかかってくる。


「真冬!!」


 僕の剣が散らばる音、大鬼の剣の風切り音、その合間を縫ってさくらの叫び声が薄らと聞こえてきたが、すぐに金属と金属がぶつかり合う耳を塞ぎたくなるような甲高い音で、さくらの声はかき消された。


「リリスさん!」


 大鬼の剣と僕の首の間に、いつの間にか割って入ったのはリリスさんの剣だった。


「危なかった、ちょっと離れて」


 リリスさんは言葉少なに言うと、僕をさくらがいる後方へと片手で投げ飛ばした。


 その後、両手でしっかりと剣を握ると、黒板を引っ掻いた時に似た高い音を出しながら大鬼の剣に乗った体重と膂力をいなすように頭上へとずらし、剣をずらされたことで体勢を崩し懐がぽっかりと空いた鬼の本体へと、最高火力での切りつけに掛かった。


「やっぱり強い」


 自身の剣に点で掛かっている強烈な力を自分の思いのままに動かす技量、懐に潜る際に相手の目に入らないように死角を突いての移動と、その際の行動の迷いの無さ、動きの速さ、全てに置いて僕を圧倒的に凌駕していた。


「――――」


 しかし、スキル暴食は倒した相手のステータスを自身の糧とする。


 そのため、あの大量の魔物達の物理的な力はもちろん、頭の良さ、つまり知力も全て大鬼自身の血肉としていた。


「――――!!」


 リリスさんの目が驚きで見開かれる。


「スキアリ」


 剣を振るっていた勢いを完璧にいなされた所為で体勢を大きく崩したはずの大鬼だったが、大きな身体で作り出した死角から懐にいるリリスさん目掛けて、左腕で殴りを繰り出していた。


 殴打の速さは、僕が防御のためポケットから剣を出すのに何とか間に合わせられた先程の横薙ぎよりも速く、あの横薙ぎが単なる僕たちへの小手調べのような、あるいはちょっとした挨拶代わりだったのかと、そう思うほど力の込め方に歴然とした違いがあった。


「少し油断しただけ!!」


 リリスさんは、視界いっぱいの壁で襲いかかってくる車のような大きさの拳を剣の腹で撫でることでするりと受流し、見事完璧な死角からの本気の一撃を水のようにやり過ごした。


「――――」


 様子見と本命など繰り出す技の威力でもって戦いの組み立てを出来る相手の知能の高さから、これ以上の深追いは禁物だと感じたのだろうか、それからすぐに鬼から離れた場所にいる僕たちの付近まで空を蹴り距離を取った。


 そして、リリスさんは僕たちより少し離れた場所でおもむろに目を閉じ、剣の切っ先が上に向くように煌めく剣を胸の前で両手で持つと、身体中の余分な物を吐き出すように息を深く吐いた。


【剣舞】


 リリスさんの纏う周囲の空気が長い時間を掛けて砥石で研がれたようにさっきよりも更に研ぎ澄まされ、リリスさんを一段上の存在へと昇華させた。


「――――」


 何かしらの技を使ったリリスさんの周りには、いつの間にか空気の流れというか、力の翻弄というか、よく分からないが目に見える形で、それに触れればたちまち切り刻まれてしまうと思わせるほどの、途轍もなく力強いエネルギーを感じる渦のような物が出現していた。


「――――ッ」


 その渦がリリスさんの足へ移動したかと思うと、音も予兆もなく僕たちの目の前から消え、次の瞬間には大鬼の眼前へと肉薄していた。


 そして、目が飛び出るほど驚いている大鬼を真っ二つに切ろうとするリリスさんの足を纏っていたエネルギーの渦は、意志を持っているかのように頭上で振りかぶっている剣へと移動し、その力を一気に浴びせんとするリリスさんは剣を振下ろした。


「ナ!」


 真っ直ぐに振下ろされた剣に渦を巻くようにして纏った力は、大鬼をぶった切りながらいとも簡単に貫通し、その背後に広がっている不気味な草原に、大鬼以上の広さと深さを抉りながら徐々に内包するエネルギーを減らしていった。


「あれ反則技にゃ……」


 さっきは忌憚のない言葉でリリスさんをしゅんとさせていたみゃーこだったが、今は口をぽかんと開け、違う意味で呆れ顔になっていた。


 みゃーこの意見はもっともでそれに声を挙げて同意したいのも山々だが、同じ人間なのかと疑うほどの驚き、呆れ、恐怖、畏怖、と様々な思いが電流のように頭を駆け巡っている僕たちは、本当の意味で言葉を失っており、それは叶うことはない。


「――――」


 僕のステータスは素早さを上げてあるため、それに伴って認知の速さが上がっている。要は、動体視力が上がっているとも言えるだろう。

 そして、ステータスの数値だけで見れば僕の数値は冒険者の上位とも引けを足らないと言われていたが、それでもリリスさんが僕たちの目の前から大鬼の目の前へ移動したあの速さは、気配さえも認識出来なかった。


 気付いたら目の前から消えており、また気付いたら大鬼の方に居たのだ。


 それに加え、力を溜めることもほとんどしない上でのあの火力。鋼鉄で出来たようなあの硬そうな肉を貫通してもなお、威力を落とすことなく鬼の後方で猛威を振るう様は、広大な大自然に対して感じる畏怖さえも感じてしまうほどだった。


「少し疲れた……」


 いくらか気だるそうに見えるリリスさんはそう言いながら、あえて無視をしていたエクスカリバーを地面から何の躊躇もなく抜いた。そして、僕たちがエクスカリバーを抜いた事に驚いているのも気付かない素振りで、両膝を地に着け身体の中心を境に真っ二つに割れていく鬼を背に、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。


「リリスちゃん危ない――ッ!!」


 ――ウィルの声が響く。


 確かに二つに割れかけていた大鬼の身体が、裂けている両方の肉の内側から出てきた黒い無数の糸が互いを手繰るようにして、二つの半身が何事もなかったかのように瞬く間に一つの完全体へと戻った。


「リリスさん後ろ!!」


 大鬼はニタッと笑って、


「マダマダタリナイ」


 背中を向けているリリスさんに、横からあの殴打を喰らわせた。

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