第197話 24層

 僕たちは24層に足を踏み入れた瞬間、驚きの余り空気を吸い込んだまま思わず絶句していた。


「何これ……!?」


 24層は、今までとは毛色どころか、目の前の世界が何もかもががらっと変わってしまったかのように、一本道の洞窟みたいだったダンジョンの内装が、吹きさらしのだだっ広い草原のようになっていた。


「…………」


 しかし、生きの良い新緑が生い茂り、自由に吹き抜ける風が気持ち良いただの草原のような場所だったのなら、さすがにここまで驚くようなことにはなっていないだろう。


 言葉も出てこないようなそこは、まるで宇宙に放り出されたと見紛うほど幻想的で、残酷な世界だったからだ。


「魔石を取る暇も無かったんだろうね」


 星の無い夜空みたいに、手を伸ばせば届きそうながらも絶対に届くことはないだろう真っ暗な上空と、それに対比させたような薄気味悪く感じるほど真っ白なくるぶし程までの高さの芝生。

 モノクロの世界であるここに色や大きさ、形など多種多用な魔石が転がっていた。頭上に広がる夜空のような暗闇に星一つ無いのは全ての星がこの芝生の上に落ちてきてしまった、と言われれば納得するぐらい無数に。


「――――」


 もしここが現代アートの類いだったら、ただ素直に感嘆し、その芸術性に恍惚としていたのは間違いない。だが、現代アートでもなければ、誰かの創作物ですらない。


 闇のような上空は底知れぬ恐怖を煽り、色を塗り忘れさられた白い芝生は途轍もない不気味さを感じさせ、そこら中に転がっている魔石はここが危険な地であることを如実に物語っている。


「おそらくこの階層のどこかにいる」


 ウィルは手近にあった魔石を一つ手に取ると、そう言った。


「――――」


 魔石は一定時間以上ドロップしたその場所に放置されると、自然に消滅し、内包するエネルギーはダンジョンへと還っていく。なので、ここに魔石が転がっているという事実は、ここで戦闘をしてからまだそこまでの時間が経っていないという何よりの証拠だ。


「それなら先を急ごう」


 落ちている魔石はどれも今までで見た記憶がないほどの純度であり、かつ大きさも拳大を中心に、ボウリングの球の大きさまでもが散見された。そのため、ここで出る魔物はやはり、僕たちが戦った経験が無い位の強さを持つことがほぼ確定したと言える。


 それに加え、以前は洞窟であったため魔物は壁から出てくることが絶対だった。しかし、こんな白い芝生の広場ではどこから魔物が出てくるのかが分からず、何時出てくるのかも皆目見当さえ付かないため、とりあえずは僕たちよりもこの階層の情報を得ている先人たちと合流するのが賢明だと、そう判断したのだ。


「そうだね、それが一番かも――」


 ウィルが頷くな否や、


 ――――ドン!!!!


 階段を上がり入ってきた入り口から左斜め前の方で、巨大な轟音と共に、盛大な土煙が激戦の幕が切って落とされた事を告げる狼煙のように、モクモクと立ち上った。


「多分あそこだろうね、急いで行くよ!」


 ウィルの言葉と同時に左足を踏み出し、残った右足で地面がえぐれるほど力一杯蹴ると、身体が重力を忘れたようにふわりと突如として軽くなり、気が付いたときには周りが走行中の新幹線の窓から見える景色のように、高速で後ろへと流れていっていた。


「ちょっと!それやるならやるって言ってよ!!」


 ウィルの精霊魔法である“飛行”のおかげで、自分の予想を遙かに凌駕した初速で目的地へと駆け出してしまったが故に、さくらは体勢を崩しかけ顔から前のめりの姿勢で転びそうになっていたが、さすがと言うべきか、どういうわけか次の瞬間には元通りに普通に飛んでいた。


「戦闘準備!」


 一番前を飛んでいるウィルのかけ声を聞いた僕は、コートの収納ポケットから剣を取り出した。


「…………!?」


 すると、僕が取り出そうとした剣の鍔に引っかかっていた物が、狙った物を取り出すのと同時にポケットから出てきてしまった。


「――あ!」


 気付いた時にはすでに遅く、その物は新幹線よろしく高速移動している僕たちに置いてかれ、後方へと相対的に飛んで行ってしまった。


「――――!?」


 と、思いきや、その物体は後ろに置き去りにされることはなく、それどころかそれなりの速さで移動している僕たちをあっという間に追い越し、徐々に近くなっていく砂煙の方へと、そこに目的があるかのような意思を感じさせるほど、錆びたエクスカリバーは迷いもなく一直線に飛んでいった。


「やっぱりそう来たか」


 ウィルは至極納得した様子で、落としたかと思いきや僕たちを他愛なく追い越していったなまくら同然のエクスカリバーのように、頭に数個のハテナを抱えている僕を置き去りにして呟いた。


「このままで大丈夫なの?」


 エクスカリバーのあの動きからして、ただ偶然にも僕が取ろうとした剣に引っかかって落ち、砂煙の方に偶々飛んでいったとは到底思えなく、あの場所に自分が行くことに確かな目的を持っていたかのように見えたので、おそらくは大丈夫だろうと思っているが、ウィルが一連の動きを案の定としているのが気になってしまって、聞かずにはいられなかった。


「大丈夫だよ、着けば分かるから」


 その言葉を残して、ウィルは更に速度を速めた。その速さは、新幹線とは比べものにならないぐらいになっており、今までも追従するのでやっとだったのだが、何とか食らいつくように必死に後を追っても、今は差が徐々に開くだけだった。


「――――」


 刻一刻と小さくなっていくウィルの背中を追っていくようにして、それから少し経った後、今度は急速に近付いていった。


 その訳は、遠くから見た時には実感が湧かなかったが、いざ目の前にしてみるとまるで巨大な積乱雲のようにモクモクと立ち上りその圧倒的な存在感を表す砂煙を前に、ウィルがぴたりと動きを止めたからだ。


「……どうかしたの?」


 離されまいと全力で飛行していたため荒く乱れた呼吸をゆっくりと落ちつかせたさくらが、ここまで全速力で飛んできたのに何故止まってみているのかと言いたげに、ウィルに尋ねる。


「よく見てて、これがトップの実力だよ」


 その瞬間、世界が破裂したかのように思えるほどの風が一気に吹き荒れ、あれほどまで立派に立ち上っていた砂煙が中心を起点に一瞬にして綺麗さっぱりと姿を消した。そして、煙の下から現れたのは、数百は下らないだろう多数の魔物と、それに周囲を完全に囲まれた一人の少女だった。


 その少女は、僕たちがここに来た目的である人物――リリスさんだ。

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