第196話 一新 ☆
「――――」
僕たちは三日月型の薄笑いを浮かべながら時折顔を出し、こちらの様子を窺ってくるような意地の悪い恐怖を、信じられる仲間の存在のおかげで何とか見過ごしながら、階段を先に進んだ。
「――――」
足を一歩踏み出すごとに、段を一段上るごとに、ダンジョンの壁面から、あるいは地面から、そして天井からと、注射器のような鋭い針みたいなもので全身という全身を隈無く射貫くようなプレッシャーと、決して壊すことの出来ない目に見えない壁が迫ってくるような圧迫感を感じていた。
そのため時が経てば経つほどに、足が重くなり、どうしても進みが遅くなってしまう。
「この雰囲気は多分60……いや下手したら70層弱ぐらいのレベルかもしれない」
「そうですね、真冬さん達、ここでステータスを確認しておいた方が良いかもしれません」
今までに感じたことのないほどの強烈なプレッシャーと圧迫感は、今までに到達した事が無い階層級の物だと、ウィルは神妙な面持ちで言った。同じく、何時に無く焦燥感を声音に滲ませながらウィルの推測に賛同したナビーは、僕たちにステータスの確認を指示した。
「――――」
その提案が僕たちには有り難いもので、僕らは持ち手の部分が折れるまで秒読みというほど限界まで引き絞った弓のように、張り過ぎた気を適当な加減まで緩めるという意味も込めて、ステータスを確認することにした。
おそらくだが、ここでその提案が無ければ、僕たちはセーブもコンテニューもないこの世界で、あらゆる圧力に為す術無くゲームオーバになっていたこと請け合いだっただろう。
「――――」
僕たちは、気付かずに震えていた足を投げ出すように階段に座り込み、各自ステータスを確認する。
【【【ステータスオープン】】】
名前 神宮寺 真冬
種族 人族
グレード 3
レベル 0→99
HP 5008/5008→8015/9075
MP 3487/3487→3497/4267
STR 2183→2871
DEF 1696→2107
INT 1160→1864
AGI 6409→7009
CHA 1375→1928
LUK 6280→6280
SP 1348→2012
スキル
「しばらく見ないうちに……」
恐怖に支配されないように心を強く持とう、と思いながら自分のステータスをざっと眺めていると、ふと気付いたときには恐怖から来る震えは何処かへと行ってしまっていた。
「僕ちゃんと成長しているんだ」
僕から見た僕、つまり主観的には色々なことを経験して強くなったと間違いなく思っている。しかし、それは飽くまでも漠然とした主観的な物であって、具体的に何処がどういう風に成長しているのかは分からなかった。
けれど、こうして自分から見た自分の主観的ではなく、自分から切り離した客観的に、そしてステータスという数値を通して自分の成長を見て取れれば、次第に得体の知れない恐怖は薄れていった。
「……さくら!」
真っ黒な霧のような恐怖が晴れたとき、僕はようやく周囲に気を配らせられるほど視界が開けた。そのため、真っ先に心配が浮かんだのは、さくらのことだった。
「私も、もう大丈夫」
さくらも僕と同様、恐怖に呑まれまいと必死に抗っていたようだったが、自分が歩んできた成長を見て取れたことで、慢心でも過信でもない自信を取り戻せたようだ。
「みゃーこも大丈夫?」
「さっきまでは正直怖かったにゃ……」
みゃーこは一瞬だけ毛を逆立てどれ程の恐怖感を味わったかを全身で表した。
「でも、今はばっちりにゃ」
だが、みゃーこも自分のステータスを確認したおかげで、その恐怖は何処吹く風と、いつも通りの悠々自適な猫、つまり普通のみゃーこに戻っていた。
「先ほども言ったとおり、70階層相当ということで真冬さん達が戦ったこともないほど強力な魔物達が、チームのように連携し襲ってきます」
ナビーの声が、しんと静まった空間に響く。
「それに仮説のことだけど、予想していたよりも余りにも危険すぎるから今話すね」
ウィルが続ける。
「あまり考えたくないけど、話を聞く限りあれは多分、魔物同士が倒し合ってると思う」
ウィル曰く、ここはあのベルーゼが管轄している暴食のダンジョンであるため、魔物達は高階層になれば暴食のスキルを持っていても何等おかしくはない。
そして、このダンジョンの異常、それはダンジョンを強化することによって攻略をさせないためが一つ。
もう一つは、ベルーゼが僕たちを完膚なきまでに叩き潰せるように力を溜めるため、ダンジョンにいる魔物達に階層関係無く暴食のスキルを与え成長出来るように強化し、互いに倒し合って強化された魔物をダンジョンが取り込めばそのままベルーゼの力に、あるいはその強化された魔物にやってくる冒険者達を倒させ、冒険者の力を奪うためだという。
「何か魔物同士に争わせるって蠱毒みたいだね」
蠱毒、それは中国の呪術の一種で、毒を持った生き物を多数同じ壺に閉じ込め、最後の一匹になるまで争わせることを言う。今回のそれは、その魔物版とでも言えるだろう。
さくらは、自信の肩を抱きおぞましさを感じている引き攣った顔をしながらいった。
「他者を取り込むっていう点では、暴食にこの上なく相応しいね」
食べる事は元来、生きるために他者の命を頂く行為。しかし、蠱毒を含め今のダンジョンで起っている状況は、生物として生きるためではない。
それらの食事は、自身が生き長らえるための生存を越え、幸せを追い求めるような嗜好さえも超越した、ただただ自分を強化するためだけに行なわれている、暴れ食いなだけだ。
しかも、それが毒虫は毒虫同士で、魔物は魔物同士で、つまり同類同士なのだから余計歪んでいる。
「――――」
そして、それをこのダンジョンの主が配下の魔物達に行なわせている、というのが更に歪みを加速させていた。
「早くこの異常事態を収拾させよう。虫のいい話ってのは分かってるけど、さすがにこの状況は歪んでる」
通常のダンジョンでは、冒険者は自身の命を掛けて魔物を倒し、その対価としてアイテムや生活に必要な魔石を手に入れることが出来る。そして、アイテムや魔石を自分で使うなり、売るなりして生活をしていくのが、この世界の掟であり、幸せを追求するには必要不可欠な営みだ。
だが、現状では、ベルーゼがダンジョン内の魔物達に互いに互いを争わせ、蠱毒のように少数を圧倒的に強化し、その強化された奴に冒険者を倒させるか、ダンジョンに取り込ませるかの二つに一つ。
人で言い換えれば、自分の手下などにデスゲームをやらせ、残った者を外からの敵と戦わせるか、生け贄に捧げるかの、始まりから終わりまで悲惨なルートしかないようなものだろう。
「そうだね、私もみんなのために前みたいに戻したい」
蠱毒を強いられている魔物達にとっても、生活が掛かっている初級冒険者達にとっても、この状況はなるべく早く打破しなければいけない。
「さあ、じゃあ気を取り直して行こうか」
「いくら状況が状況と言えど、魔物達に同情してはなりません。死にますからね」
ウィルの明るい声によって滅入っていた気持ちは上に向き、ナビーの注意によって上に向きすぎないように調整が為された。
「行くよ!」
僕たちはやっと24層へと足を踏み出した。
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