第190話 異変

 異世界に繋がっているゲートを潜ると、瞬きの間にギルドの宿舎へと視界が移ろった。事前に何日か部屋を多めに取っていたため、もちろんこの部屋に僕たち以外の人は一人もいない。


「ところで何すれば良いの?」


 威勢良く異世界へと来てみたは良いものの、手始めに何をして良いのか、素朴な疑問が沸き上がってきた。そして、それはさくらも同じ事を思っていたようで、僕と同じように判断を仰ぐべくウィルを静かに見ていた。


「とりあえずは……いつかの約束を果たそうか」


「「約束……?」」


 ウィルは僕たち二人の視線を受けると、照れ笑いしたように舌を出し、


「この前五日後に集まろうって言ってたやつだよ……うっかり忘れてた」


 テヘッ、というよくある効果音がぴったりと思えるほど、お手本のような照れ笑いをして、その約束とやらをウィルは話した。


 この世界で過去に魔神が起こした事、そして、ナビーがアテナという神様だったと判明したときの事、ウィルがそれらの話をした時に、五日後にと約束した集まりをとりあえずしようと、そういうことだった。


「そう言えば、ここの所色々あって忘れてたね」


 苦笑いをしたさくらの言う通り、その約束をしてから僕を含め周囲の人たちに悲喜こもごも色々な事があり過ぎて、その日から何日経ったのか数日前なのに曖昧になっており、そもそもその約束について議題に上がるまで、とっくに忘れていたほどだった。


「でも、僕たちは今すぐにでも集まれるけど、他の人たちは忙しいんじゃない?」


 僕たちも色々な事に直面したため、目まぐるしく変わる状況のせいで今の今まで完全に記憶を手放していた。


 かと言って、他の人たち――フランさんやアルフさん達も渦中の外にいた訳ではなく、関係していたためその影響は確実に受けているだろう。それどころか、通常の物事を進行しながら僕たちの影響も受けていたので、僕たち以上に忙しなかったに違いない。従って、例え覚えていないとしても攻められはしないだろう。


 なので、何日か約束の日にちがズレたことも相まって、今から招集を掛けたとしても集まれる可能性は限りなく低いというのが正直な見解だ。


「今呼びかけてみて、フランちゃんとアルフは一応大丈夫みたいだけど……」


 この数秒の内にいつの間に連絡を取っていたのか多少驚きはしたが、チートを持っている僕たちを軽く凌ぐほどの、ほとんど何でもアリなウィルの能力に対して今更そこまでは動じなかった。


 が、きっぱりと物を言うことが多いウィルの煮え切らないその言い方は、さすがに見過ごせなかった。


「だけど……?」


 さくらの不安そうな表情を代弁するかのように、僕がその先を促した。すると、ウィルは、


「とりあえずギルドに顔出しに行こっか」


 ウィルは言いかけた先について言明せずに、少し悩む素振りをした末に明るくそう言った。



「何か静か過ぎない……?」


 僕たちはウィルに従って、ギルドへ顔を出しに来ており、その道中、妙に引っかかっていた人の少なさ、ひいては街自体の活気の無さは、ギルドの建物に入った途端に、確信へと変わった。そして、僕たちは確信した異変に首を傾げながら入り口で佇んでいた。


 さくらはまばらにしか居ない冒険者を見回していた。


「そうだね、それにいるとしても初心者とか下級の人たちだけだし」


 僕もさくらと同じく、酒場が併設されているため中々に広さのある部屋をざっと見渡したが、ポツポツと居るのはまだ装備品が揃っていないような冒険者だけだった。


「このことも僕たちがここに来たのと関係があるの?」


 この異様なほどガラリとした冒険者ギルドを見ても、先ほどから何も慌てることなく狼狽えることもない平然としたウィルに尋ねた。するとウィルは軽く頷いてから、


「うん、すぐ分かると思うから少し待ってて」


 ウィルがそう言いきると同時に、上級冒険者から使える二階へと続く階段からパタパタと急いでいる足音が、普段だったら冒険者の喧噪によってかき消されているがこの時は静かすぎるためはっきりと耳に入ってきた。


「ご、ごめんなさい……ちょっと準備に手間取って」


 そう言いながら走ってきたのは、今にもはち切れんばかりにパンパンに膨らんだ麻袋を両手で抱えた、今にも倒れてしまいそうなフランさんだった。


 そして、僕たちを見つけると、ふらふらとふらつきながらも小走りで向かってきた。


「もうダメ……受け取って!!」


 階段を下りきり僕たちまで十歩ぐらいの距離まで近づいてきたフランさんは限界を迎えたようで、喉に蓋がしてあるような閉まった声と共に、その荷物を入り口付近で突っ立っている僕たちに向けて、放り投げた。


「――――!!」


 まるでやんちゃな子どもが飛びかかってきたかのような大きさの麻袋は、僕たち……


「あ、ちょっと三人とも!!」


 先ほどまで両隣に確かにいたはずのさくらとウィルとみゃーこは既に、麻袋の中身が一斉に飛び出てしまっても届かない距離までいつの間にか避難しており、麻袋は僕一人に目掛けて飛んできていた。


「――――」


 飛んでくる麻袋は、背格好が僕と比べてもそこまでの差が無いフランさんがギリギリ抱えるほどのため、僕でも腕が余裕で回りきれる大きさではない。それに地面に置いてある状態からなら工夫次第でどうにか抱えきれるが、不幸にも空中を飛んでいるため、確実にこれは直接的には受け取れないだろう。


 しばしの熟考の後、僕はおもむろにコートの内側を麻袋に向けて開いた。


「これでどうだ!」


 コートの内側にあるポケットは見た目以上に収納出来るようになっており、試したことはないが結構な量、あるいはもしかしたら無限に入れることが出来るかもしれないので、この麻袋も余裕で入るとそう踏んだのだった。


「――――」


 そして数秒経ち、視界を覆い尽くすほどの麻袋が目の前まで来たと同時に、誰かが麺類を勢いよくすすったような音がし、目の前の物体は一瞬で消滅した。


「ふぅ……」


 正直なところ大きさはそれなりにあるものの、麻袋がそのまま当たったとしてもステータスの恩恵で痛みは余り無いとだろう。しかし、痛みがあるかないか関係なく、大きいか小さいかに関わらず、人は物が急に飛んできたら誰でもびびってしまうだろう。


 余り痛くなくピンポン球自体小さいはずだが、卓球選手のスマッシュが飛んできた時のように。


「真冬くん……成長したね!!」


 麻袋で身体の半分以上が隠れていたフランさんが、ようやく姿を現わした後に、清々しい程までの笑顔で僕に言った。そんな僕はあんな巨大な物体を許可も準備も無く投げ飛ばしてきたフランさんを、ジト目で見る。


「…………」


 すると、フランさんは首と手を左右に振った後、おどけた表情と雰囲気を消し、


「ごめんごめん……でも冗談は無しで最初に会ったときよりも本当に成長したね」


 つま先から頭の先までなめ回すようにという嫌な感じではなく、受付嬢として品定めをするような視線でフランさんは、言い直した。


「本当に色々ありましたからね」


 地球から居場所を求めて逃げるようにこの世界に来た僕。それが今は自分の意思で覚悟を決めて、この場所にいる、その事が僕が成長したことの何よりの証左だろう。そして、それを一目見ただけで見抜いてしまうフランさんはやはり、受付嬢として伊達ではないだろう。


「色々話したいことはあるけど、とりあえずダンジョンに向かってくれる?」


 フランさんは僕の心の持ちようを見抜いた真面目な表情のまま、そう言った。


「別に良いですけど、何でこんなに人が居ないんですか?何かありましたか?」


「人が居ないのは、上級冒険者がみんなダンジョンに調査に駆り出されているから」


 フランさんが言うには、今ダンジョンではある異変が起っているという。そして、その異変の原因を究明するため、ある程度経験と実力を兼ね備えた冒険者が大規模なパーティーを組み、遠征へと出ているというのだ。


「その異変って……?」


「魔物が異様に強くなってるの。例えるなら以前の30階相当の魔物が、初心者もいるような10階に来ているような感じで」


 この街にあるダンジョンの主は、僕が戦ったベルーゼに他ならない。そのため、僕たちが戦ったことに何か関係があるのではないか、僕はそう思い、今すぐにでもダンジョンへと駆け出していきたかった。


「ちょっと待って!一つだけ忠告――絶対に油断はしないで」


 僕が今にも駆け出しそうと、そう分かったのかフランさんは、僕の両肩をがちっと掴んで真剣で、懇願するような目でそう言った。それに対して僕は頷き、いつの間にか隣まで近付いてきていた三人に言う。


「命大事で行こう!」


「うん!」


「任せて!」


「みゃー!」

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