第189話 離郷

 ウィルから、僕たちについての記憶を地球にいる人達から消さなければいけないと、そう聞いたいつかの小高い山で、僕たちは異世界に出立するべく向かい合っていた。


 場所としてはこの山では無くいつも通り僕の家でも良かったのだが、一度しっかりと区切りを付けた手前戻るのも心情的に尾を引きそうであったため、少し悩んだ挙げ句この場所となったのだ。


「もう思い残すことはないよね?」


 異世界への扉を開ける僕はさくら、ウィル、みゃーこと心を見透かすかのように時間を掛けてゆっくりと面々を見やった。それぞれの顔には迷いや不安など一切無く、これから臨む地球の平和な生活とは程遠い異世界での生活に、気合いと覚悟が十分だとありありと伝わってきた。


「――――」


 地球では僕たちに関する記憶を持っている人はそれぞれの親を始め、誰一人としていない。もちろん記録としても。誰かの記憶にも、何かの記録にも無いということはある意味、この地球では存在しないはずの存在と言っても過言ではない。そのため、僕たちはもう後には引けない。


 つまり、異世界へと一度進んでしまったら、僕たちがやるべき事を終えるまでは、決してこの地球には帰れないことを意味している。


 そして、そのやるべきこととは文字通り、世界を変えることとほぼ等しい――魔神を、神様たちが束になっても倒せなかった奴を、倒すこと。


 その道中では今までとは比べものにならないほど苦しく、辛い出来事がごまんと待っているだろう。加えて、ゲームのようにセーブなどというやり直しが利くような便利な機能など無く、あるいは非常に高価な道具で復活することはもちろん、教会で生き返ることも出来ない、死んだらそこでゲームオーバー。


 それでも、僕たちはやると決めた。逃げないと誓った。


「――それじゃあ行くよ」


 異世界へと繋がるゲートを開き、ぼやぼやとした空間を見つめ、僕たちは頷き合う。


「――――」


 ひたすら進むしかない。どんなに暗くても、どんなに闇が深くても。


 それでも仲間を信じて進むだけだ。


「――――」


 僕たちは異世界へと進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る