第185話 デコピン
「何であの問題がオマエに出来たんだよ!!」
グシャグシャにされたプライドを表すかのように、テストの結果用紙を握りつぶしながら担任は僕の目の前で、再度唾を撒き散らし糾弾してきた。そして、それを掌と一緒に黒板に叩きつけ、耳が割れんばかりの声量で声を荒げる。
「あの問題はAクラスでも解けない物なんだぞ、どうして落ちこぼれのオマエが!!!」
顔を目と鼻の先、というよりも鼻と鼻が触れ合うような至近距離で、もう悪意を隠す気も無い発言で汚い言葉を吐く。
担任と呼べるのかすらどうか怪しい担任の言葉通り、出された問題は困難を極めていた。しかし、賢さを常人の何倍も上がっている僕の前では、どの教科のどの問題も、ほぼ答えを言っているようなヒントが問題を見ているだけで勝手に頭に出てきた程なので、正解を書くことなど造作も無かった。おそらくは知能が著しく上がったことによって、知っている一を十や百にしてくれたのだろう。
そんな事は露知らず、僕を今日ここに来させないように策略し、何らかの方法で来てしまった際の対処まで考えていた担任は怒りを更に募らせていく。
「オマエ、何かずるしたな。そうだ、そうじゃなきゃあんな問題出来るはずがない……スマホか、スマホで調べたんだ!!テスト中きょろきょろしていたのはタイミングを窺ってたんだろ!!!そうだよな、そうだと言えよ!!!!!!!!」
僕の両肩を握り潰さんとする強さで掴んで来るも、実の所全く痛くはない。むしろマッサージをされている気分だ。
「いや、携帯は鞄に入れてましたし、電源も切っていました。周囲を見渡したのは問題が明らかに僕ら高校生が解けるような問題では無いと思ったので、何か知っているかもしれない先生にお尋ねしようかと」
僕がスマホを見ていないと話している最中、肩を掴んでいる担任の力が徐々に強くなっていき、その顔も怒りによっての力の入れ具合か、反論の余地もない恥ずかしさから来ているのかは分からないが、いずれにせよどちらかに比例して真っ赤に染まっていた。
そんな僕たちの様子を見て、僕の背中側で点数の見せ合いっこなどをしていた他のクラスメイトのざわめきが、こちらへと向き、怪訝な声が飛び交い始めてきた。
「――――」
怒りの余り、ブルブルと携帯のバイブレーションのように強く震えるこいつを尻目に、一人がグシャグシャに丸めながら黒板に叩きつけられた点数の総評を拾い上げ、紙を広げる。
「オール100!!?」
その紙を拾った奴に、プライバシーなのに失礼だなと思いつつ、反面、ナイスアシストとも思いながら、目の前の奴に向かって、平然と話しかける。
「もちろん、僕がこんな点数を取れたのは先生の教えが素晴らしかったからですよ」
この時の僕は、今まで学校で見せた表情の中で、一番の笑顔だったと思う。もっとも、笑顔を見せられるような楽しいこと何て一つも無かった学校生活での話、なのだが。
「――――」
沸き上がってくる怒りは身体の中だけでは抑えきれなく溢れるようにして震えていた担任の全身が、僕のとびっきりの笑顔を、自身への皮肉とともに贈り物にされたため、突如としてピタリと静止する。
そして、雰囲気が変わったと思った瞬間、担任の右腕が誰かに操られているマリオネットのようにゆっくりと天に向かって力無く上がっていく。
「オマエが悪い……悪い子にはお仕置きをしてやらなきゃいかない……担任として……大人として……悪い子にはお仕置きを……!!」
片腕を上に上げながら、心ここに在らずと様子でブツブツと何やら呪詛のように呟いていたと思ったら、床へと落としていた視線を急遽こちらに向ける。向けられたその目は、ドブの水のように汚く濁っており、怒り、嫉妬、報復、そして殺意と、担任の、いや人間としての目つきとは到底思えなかった。
「お仕置きを……!!」
力で人を従わせることに快感を得ているのか、薄らと笑っている担任は、丸太のように太い腕を僕の顔面に向かって振下ろす。その勢いはなかなかの物だと思うが、僕はゆっくりとため息を吐いた。
「はぁ……」
いじめは犯罪だ。殴ったり蹴ったり、物を隠したり、筆舌にし難い罵倒も、どれもそれらに対応する罪は必ずある。それは学校という教育機関の中だからと言って許されるべきではないし、許すべきでもない。
だから、いじめは犯罪で、絶対悪だ。それは言い切ることが出来る。
しかし、よく虐める側が言う、虐められる奴にも原因がある、と言う言葉は当たらずとも遠からずだとも思う。もちろん先述の通りいじめは絶対悪、という前提の物だが、虐められていた僕は、その状況を受け入れていた。言い換えれば、弱い自分で居ることにある種の安心感を得ていた。
そこは確かに僕が直すべきところで、自身の境遇や扱いを変えるために行動するべきだったと今では思う。
「――――」
だが、今回は話が全く別物だ。
担任が僕に暴力を振るおうとしているという、虐めというカテゴリーには到底収まりきれない事件だ。
「キャー!!」
クラスメイトの女子の叫び声が響く。その声からして僕が殴られることに対して叫んだのだろうが、こんな奴に殴られてやるか。どうせ殴られるなら、担任と生徒という絶対的な立場を利用して躾という名目の上殴ってくる奴よりも、殺すか殺されるかの命のやり取りをしているゴブリンに殴られる方が圧倒的にマシだ。
「先生、そこまで反面教師にならなくても良いんですよ」
僕は殺意で目が曇っている担任に薄く笑いかけながら、降ってくる腕をデコピンで弾いた。
「――――ッ!!!」
もちろん地球の人間相手であるためステータスはある程度は抑えているが、あくまでもある程度。軽いデコピンでも骨が折れたのは確実だろう。
「ガッッッ!!!」
およそプロボクサーのストレートパンチほどの威力を持ったデコピンを、僕を殴ろうとした右腕に受けた担任は、何をされたか分からないような混乱した様子ながらも、おそらく折れていると思われる腕を押さえながら床で転がり回っていた。
「…………」
そんな担任を見向きもせず、他の人たちは唖然と口を開けて、この状況を起こした僕を見ていた。大勢の人たちの視線を一身に浴びながら、床で大泣きをしている担任を作り上げた僕は思わず引き攣った笑いで、
「正当防衛……だよね?」
本人達は昨日の出来事を忘れているのだろうが昨日さくらに手を出した面々を始め、散々僕を虐めていた奴らはコクコクと首を縦に振ることしか出来なかった。それもそのはず、デコピンで大人をひっくり返すほどの力を持っている奴に、お前がやったことは間違っていると誰が言えるもんか。
正義感が強いさくらならともかく、いじめをするような奴らにそれほどの度胸や度胸など有るはずも無い。僕は担任を尻目に、ゆっくりと席に座った。
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