第184話 始まり

「出欠取るぞー」


 ニヤニヤとまるで子悪党が悪巧みをしているような下卑た顔で出欠を取り始めた。しばらくそのままの心底楽しげな顔で点呼をしていたが、点呼の順番が僕の番になると同時に、その顔は驚愕へと変わった。


「なッ……何でオマエが居るんだよ!!」


 異世界で最初に出会ったゴブリンよりも醜悪さで唾液をまき散らしながら、担任は叫んだ。居ることがおかしいというあからさまな言葉、僕が居ると判明してからの驚いた表情への変貌具合、案の定僕には今日学校が開かれることは知らせない腹積もりだったのだろう。


 しかし、さくらから学校があることを訊いた僕は、今ここに居る。それがどれだけ担任のプライドを傷付けたのか、そして、担任の描いたシナリオの通りにならなくてどれだけ苛立っているか、実に想像に容易かった。


「――――」


 薄らと吐き気を催しそうなほど醜く歪む担任の顔を、一瞥。今にも破裂しそうなほど怒り狂ったその顔を見ても、僕は恐怖や竦みなど一切も感じなかった。あるのは哀れみ、ただそれだけだった。


「早く出席取ってください」


 僕は平然として答えた。その結果、担任の顔が更に歪むが、夏休みを返上してのテストで、その時間は限られているため、やむ無くと言った様子で出席を再度取り始めた。が、その過程では、一秒たりとも他の生徒の顔を見る事は無く、その二つの目は親の敵のようにずっと僕を睨み付けていた。


「――――」


 そんな中で一方他の生徒はと言うと、さすがにあれはないんじゃないか、と言った呆れた様子で担任の顔をチラチラと見ており、その様子から僕が担任としては僕は招かれざる客と言ったようにお呼ばれされていないことは知らないのだろうと、結論づける。


 しかし、そんな担任を気にしなくなったとは言え、一つだけ困ったことがある。それはいつも向いていたストレスの矛先が僕の方に向いていなく、それどころかふとしたときに感じるクラスメイトの視線の質があからさまに変わったのだ。


「――――」


 いつも肉体的ないじめを施していた男子からは妬みや羨望の眼差し、精神的にネチネチと攻撃してきていた女子からは何て言うか、思わず恥ずかしさを感じる視線が飛んでくるのだ。


 要するに、この教室では男女問わず全員が僕の敵だったのが、今はごく一部の男子と、担任だけが敵と思うぐらいになったと言うことだ。もっともそのごく一部の男子も、攻撃的と言うよりも、羨ましげな感じの方が幾分か割合としては多いように思える。


「それじゃあ……始める……ぞ」


 ギシギシと思わず背筋に悪寒が走るような歯軋りの音が聞こえてきそうになるほど、歯を食いしばりながら担任はテストの初めを告げた。


 そして、そんな担任の視線を感じながら配られたテストを見て、思う。


「これ習ってない」


 さくら曰く、今回行なわれるテストは学力を測るための物だ言っていた。それならば飽くまでも高校生レベルの問題が大半であるのが普通なのだが、一番初めの一問目から大学生の、いやもっと専門的な知識が必要な問題までもが出されているように思えた。


 僕はこことは違う世界の言葉のように感じるテストからゆっくりと顔を上げ、前の方でカンニング防止のため僕たちに向かって座っている担任の顔を見る。すると、目を合わせるのに時間が掛からなかった担任は唇を三日月型に歪ませ、


「カンニングは駄目だぞー」


 来るはずもない僕が来たことによって一気に天井をぶち破るほど溜まった鬱憤を晴らすような、清々しい程までの粘つくような声音と共にそう言ってきた。


「――――」


 万が一僕が何かしらの手違いで学校に来てしまった時のため、こいつは僕では絶対に解けないようなレベルのテストをあらかじめ用意していたのだろう。さすがと言うべきかどうか迷うが、僕を陥れるための作戦の抜かり無さに、その情熱を他の所に注げば良いのにと思いつつ、席に着いた瞬間に抑えていたステータスの、何か弊害が起こりな物の中で賢さだけを元に戻す。

 因みにカリスマとラッキーは戻さなくても別に問題ないかなと思って、戻していない。


 ステータスを抜いて実力だけでこのテストを皆と同じように受けていたら、僕は大体真ん中ぐらいには位置取れたと思う。今までのテストでもそれぐらいの学力は持ち合わせている。しかし、まともに今日学校があるという案内を寄越さないどころか、テストまで周囲のとは違うものを出すなら、仕方あるまい。


「――――」


 大学院生さえ悩む物から名だたる教授たちが挙って研究するような問題まで、僕は賢さをフルに使って百マス計算をしているようにドンドンと解いていく。周囲のそれとは全く異質な、すらすらと一秒も止まることのない鉛筆の音に、視界の端の方で担任が戦慄いているのが見える。


 テストが始まる前はニヤニヤ、しかしいざ始まったらわなわなと、そうしたことがテストの回数分続いた後、僕らはテストを終えた。




「さすがに疲れた……」


 現在は僕たちが解いたテストの採点のため生徒は昼休憩に入っており、僕は母さんが作ってくれた料理を弁当に詰め直した物を、教室の隅の方で一人黙々と食べていた。


「――――」


 さくらが友達と食べているのはそれは仕方ないので、とやかく言うつもりは毛頭無い。しかし、動物園にいるパンダのように他人に至るところから見られるのは、以前の不快な感情を込められている視線とは違い、まだマシとは思えるものの、むず痒い気がして少し居心地が悪い。


 おそらくは問題ないと思っていたステータスのカリスマが原因であるため、下げればそれらの視線は前と変わる。だが、今更それを下げて、また前のように攻撃的な嫌な視線の中、美味しいはずのご飯を食べるのは何とも言い難いため、それは却下だ。


「――――」


 そうした時間をしばらく耐えていると、そんな僕の気を知る由も無いチャイムが、昼休みの終わりを告げた。

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