第167話 型作り
「本当にそれで良いの……?記憶、消えちゃうんだよ……?」
今にも消え入りそうなか細い声でウィルは言った。それに対して僕はハッキリと言い切る。
「それでも良い。例え記憶が消えても僕たちが繋がっていたこと自体は消えない」
もしもさくらの記憶から僕だけが跡形もなく消えたとしても、僕たちはきっと大丈夫。お互いの心が、魂が、お互いのことを求めると思うから。
「だからどうして消さなければいけないのか理由は分からないけど、僕たちはきっと大丈夫」
「ごめん……ありがと」
ウィルの目からはキラリと一筋の星が地面に向かって流れた。そして、ウィルは金色の髪をなびかせながら僕から身体を真反対に逸らし、
「これじゃ駄目だ!」
と、頬を両手でパチンと周囲に音が響き渡るほど思いっきり叩いた。
「――――」
それは気持ちを切り替えるためのものだと容易に予想がつき、ウィルは優しいから切り替える前の気持ちもいとも簡単に推し量ることが出来た。しかし、それについて触れるのは野暮にも程があるので、僕はウィルの背中に尋ねる。
「結構痛そうだったけど、頬大丈夫?」
見た目は幼いとは言え、実は異世界では敬われるほどの存在である大精霊なので、純粋な力は僕たち何かでは比べものにならならないほど、その小さな身体に有している。そのためいくら気持ちを切り替える為とは言え、先ほどのビンタは余りにも音が痛々し過ぎていた。
「ちょっとやり過ぎたかも……」
そう言いながらゆっくりと振り向いたウィルの両頬は、真っ赤に燃えた紅葉のようになっており僕が予想していたダメージの上をいく程だった。
「うわっ……魔法で治しなよ」
僕の心配に、ウィルは横に軽く首を振った。
「ううん、これは消さない……消しちゃ駄目なんだ」
「そっか」
僕にと言うよりかは自分に言い聞かせるように呟いた言葉に、僕は肯定も否定もせずに納得した。そして少しだけ、気まずい空気になってしまったので、それを一新しようとずっと気になっていたことを尋ねる。
「ところで気になってたんだけど、さくらがウィルの髪を乾かしたのってあれどうやったの?」
すると、ウィルも多少の気まずさを感じていたようで、これ幸いと食い付くようにしてさくらの型破りについて僕に話し始める。
「あれは簡単に言うと、さくらちゃんは魔法で出る風の質を変えたんだ」
「風の質……?」
ウィルは僕の疑問に人差し指と中指の二本の指を立てた。
「そう、風の質……熱いか、冷たいか、渇いてるか、湿ってるか」
風の質とはつまり温度、湿度、という事だろう。温度ならまだしも、湿度を変えることは魔法が少ししか出来ない僕からしたら、いくら魔法の発現にはイメージが大事と言われようともそのイメージが逆立ちしても出来そうにない。
「その二つでも温度はまだ変えることが簡単なんだ。イメージしやすいからね」
ウィルは僕が直前に考えていたことを見透かすようにして、そう言った。その言葉通り、温度はドライヤーという地球にある温風も、冷風も出せる機械が身近にあるため、地球生まれの僕とさくらは簡単にイメージができる。
しかし、湿度はどうだろうか。渇いた風、湿った風はどういう風にイメージが出来ようか。さくらはともかく、少なくとも僕は全くと言って良いほどイメージがつかなかった。
「そういうわけで、まあ向こうの人からしても渇いてるか湿っているか何てイメージがつかないんだよ」
「それをさくらは出来たってこと?」
「うん、しかも湿度?で言うと、ほとんどゼロに近いところでね」
僕は心に沸き立った驚きを隠せなかった。さくらは凄い、そう思っていたがそのハードルをいとも簡単に越えてきた。
「それってどれだけ凄いことなの?」
想像も出来ないことをやってのけたさくらの凄さももちろん想像がつかなかった。判断材料として自分に置き換えてみたりもしたが、魔法とは違って元々スキルの剣術自体には型という物が存在しないし、誰にも何も教わっていない僕の中には型がない。
なので、まるで見たことも聞いたこともないスポーツのプロの技をいきなり目の前で見せられたみたいな、そんな唖然とするしかない状況となっていた。
そんな僕に対して、ウィルは淡々とまるでそういう風になると見越していたかのように、ただただ目の前で起こった事実を述べるかのように、さくらが行なった事についてどれだけ凄いのかを語った。
「んー……魔法でトップって言われてる人が一年とか二年とか年単位で徐々に型破りしていくのを、さくらちゃんはあの瞬間で行なったぐらい」
総合の戦闘力では圧倒的にステータスに差がある僕が勝てるだろうが、剣の巧さと魔法の巧さという技術面では僕とさくらは雲泥の差になってしまっている事が先ほどの事から判明した。
「ウィル、僕も強くなりたい。リリスさんに勝てるぐらいに」
戦った戦っていないに関わらずにすれ違っただけの人も含めて今まで出会ってきた剣士の中で、リリスさんが圧倒的に群を抜いて強い。だから僕はリリスさんを越すことを目標として、早くそして圧倒的に強くなりたかった。
「リリスちゃんに教えて貰って、真冬くんはまずは型を身につけるんだ」
僕はさくらの技術を越えるため、そして最終的には師匠のリリスさんを越えるために、とりあえずは型を身につけることとなった。
「分かった、頑張る」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます