第166話 するべきこと

「君たち……?」


 街の明かりが僅かしか届かないほど人里離れた場所にあるこの丘には、僕とウィルの二人しかいない。ウィルが咄嗟の思いつきでここにしたような感じだったため先にさくらが来てるとは考えづらいし、そんな騙すようなことはさくらの性格上しないはずだ。かと言ってあの流れからしてみゃーことも考えづらい。


「うん……たちとは言っても、さくらちゃんにはもう話したんだけどね」


 そう言いながらウィルは、何かを堪えるようにとても悲痛な表情をした。それは奇しくも、玄関の扉が閉まる直前に、意図せず溢れてしまったようなみゃーこのあの表情と重なって見えた。


「――――」


 ウィルがここまでかしこまって、しかも場所を変えてまで話すことがどんな内容なのかは皆目見当がつかない。しかし、ウィルがそこまでのことをして、そしてウィルもみゃーこも僕を心配している表情をするようなことなので、余程覚悟のいることなのだろう。


 そのようなことを、さくらとウィルとみゃーこが揃った時が多分お風呂に入っていった際なので、さくらはその時にはもうすでに聞いていて、お風呂から出てきた後に顔色一つ変えずに、さくらはウィルからの挑戦に応えてみせた。


 やっぱりさくらは強い。だから僕もそれに勇気が貰える。


「ウィル、僕は聞く覚悟が出来た。言いづらいとは思うけどウィルのタイミングで何時でも言って!」


 さくらがそうやって勇気をくれるから、ウィルが言うことは絶対に信頼できることだから、みゃーこが僕を心配してくれているから、僕は強くなれる。そして覚悟が出来る。


「分かった、じゃあ――」


 ウィルは一回深く深呼吸をすると、緊張のためか恐怖のためか目に見えて分かるほど震えた唇で、


「――真冬くんが地球上で関わった人物の記憶から、君だけの記憶を消さなければいけないんだ」


 地球で関わってきた人というウィルの言葉を聞いて、僕が一番最初に浮かんできたのは、僕を産みここまで育ててくれた優しく微笑んでいる両親の顔だった。


「……どうして?」


 僕の口から発したとは思えないほどの震え様に、とても聞きづらかったとは思うが、ウィルはその反応を予想していたかのように、そして用意していたように言葉を返してきた。


「それはまだ言えない……でも、絶対に必要なことなんだ。これ以上君たちを傷つけないようにするための」


 さっきまでの唇の震えは止まり、純粋に僕を心配してくれているため力強くきっぱりと言い切ったウィル。その思いは確固たるものだが、僕は応えに困窮していた。


「――――」


 ウィルのことは信頼しているし、今の言葉にも表情にも嘘偽りなど微塵もないと思う。だからといって簡単に頷けるようなものではないと、心の感情が声を荒げ訴えていた。


「今すぐに答えが聞きたいわけじゃない、でも君たちの言う異世界に帰るときには答えを聞きたい」


 大精霊であるウィルには厳密に言うと親という親がいないため、僕やさくらの気持ちを完璧に理解することは難しいだろう。それでも出来るだけ理解しようとしてくれ、僕たちの複雑な気持ちを一生懸命に考えてくれていることは十分過ぎるほど伝わってきた。


 だから心配、恐怖、自身への不甲斐なさ、それらを隠すことなくこちらを真っ直ぐに見つめるウィルに、僕は横に首を振った。


「ううん……もう決めた」


 僕が首を数回横に振ったのを見て、ウィルの目が驚きに満ちる。そしてこれでもかと見開いた目で、


「本当に今決めて大丈夫なの……?」


 と、おずおずと尋ねてきた。


「――――」


 僕に関する記憶が消されるのは正直辛いし、悲しいし、やるせない。それに加えてそれをする理由が現状では知れないとなると、その感情は嫌が応にも強まるばかりだ。でも、ウィルがこれほどまでに真剣に言うのだから必要なことなのだろう。いつかきっとこのことが幸いだったと思うような場面があるのだろう。


 そう思えるほどにウィルには信頼を寄せていた。


「――――」


 それに不幸中の幸いか、僕からすれば地球できちんと関わった人と言えば、両親とさくらの両親の四人だけだ。その他の人の記憶から僕が消されようとも消されないとも、あまり影響があるとは到底思えない。


 そして、考えるだけで心に痛みが走るほど辛いが、僕の両親やさくらの両親から僕の記憶が消えようとも、繋がりが完璧に断ち切れたわけではないと思う。


「それが意味のある物だってウィルが言うなら、僕はそれに従うよ。それがきっと最善だろうから」

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