第139話 力の器

 完全にフリーズしたフランさんが、いつも通りの状態への復活を見せるまでは相当な時間が掛かり、先ほどの事と合わせたらもしかしたら腕の取り合いをしていた三人をなだめた方が早かったのかも知れない。そんな考えが一瞬だけ頭を過ぎったが、別に時間に追われているわけではないので、考えないことにした。


「――――」


 そして今は落ち着きを取り戻した四人と、その渦中の中心にいた僕でベッド上で各々が顔を合わせる、いわゆる車座をしており、記録上では誰もエンカウントしたことがないこの町のダンジョンのボス、ベルーゼとの戦いのことを話す。


 それはダンジョンに深く関わっている冒険者ギルド側の人間であるフランさんに説明するのはもちろんのこと、現場にはいたが直接戦ってはいないさくらやみゃーこたちに聞かせることも兼ねている。


「――――」


 言葉で会話をしなくても心が見透かされること。掠ったら即死の無慈悲な一撃を雨粒の如く無限に近い数出せること。そして、ベルーゼとの戦闘では一撃でも与えないと、その場からは逃げることが出来ないまさしく背水の陣のこと。


 正直改めてベルーゼの持つ能力を一つ一つ列挙してみると、無理ゲーにも程があるほど困難な条件が首を揃えている。普通ならばどれか一つでも持っていれば、ボスとしては十分過ぎるほどの強力な要素だろう。端的に言えばラスボスと、称されてもおかしくない。


「――――」


 ベルーゼを攻略することで現状は手いっぱいだが、先のことを考えなくてはいけなく、ベルーゼを倒せたとしてもまだ六体の、ベルーゼと同等、あるいはそれ以上の力を持つボスが待ち構えているということになる。そう考えるだけで身の毛もよだつ。


「――と言うことです……危険なことには変わりないですが、次ベルーゼと会うときはおそらくダンジョンの最上階だと思います」


 確信を持って力強くとは言い難いが、それなりに確信を込めて言った言葉。それに対する僕の隣に座っているウィルの横顔を覗き見ると納得の表情をしていたので、その予想は概ね外れていないみたいだ。


「そっか、一応ギルド職員として訊くけど、他の冒険者への危険は?」


 フランさんは仕事人然とした目つきで、僕とウィルを交互に見やり尋ねてきた。話の流れからしてベルーゼの狙いは僕たち一行、もっと詳しく言えば僕一点ということだと頭では分かっているものの、フランさんの前置き通り、ギルド職員として言葉による確証が欲しいのだろう。


「――――」


 もし他の冒険者にもベルーゼのその刃が向けられているのならば、ウィルがいち早く何らかの発信や忠告をしているのだろうし、フランさんの質問に何も言わないことから、僕が考えていることと同様、狙いが僕たちに絞られているということに他ならないのだろう。


「それはほとんど無いと思います……ただダンジョンの壁を破壊すればまた話は別ですけど……」


 僕の回答にフランさんの目はまんまるとなり、ぱちくりと瞬きを繰り返すだけとなってしまった。


 その反応は無理もないだろう。ダンジョンの壁、それはどれほど卓越した剣技を持つ者の攻撃や、周囲を焼き尽くさんばかりの大爆発でさえ傷一つつけることが出来ない。そしてその特徴から、ダイアモンドよりも強靭だと言われており、この世界の人の認識として、何かしらの理由で守られており、決して傷つけることが出来ない、とされている。


「――ということは、真冬くんたちはやっちゃったの……?」


 顔の上半分は純粋な驚き、もう片方の下半分は「まさか、あり得ない」と言わんばかりの疑わしい表情。そんな具合のチグハグな表情から、フランさんはおずおずと尋ねてきた。僕は嘘を吐くわけではないので顔色一つ変えずに、しかし何故だか申し訳なさそうな表情になりながら答える。


「まあ……はい……」


「え……」


 フランさんのチグハグだった顔は、先ほどまで上だけだったが疑わしいような表情をしていた下まで伝染し、目を見開き、口をあんぐりと開けるなど驚き一つで染まった。


「それでフランさんに頼みたいことがあるのですが……」


 壁を壊してしまったのは、カイトの作った武器が強力という良い意味で一番大きな理由があるが、その残りの分は悪い意味で僕が主な理由となっている。


 その理由とは、僕の身の丈に合っていないステータス。


 ナビー曰く僕のステータスは一級冒険者と並ぶほど、下手したらそれを優に越すほどの数値を持っているらしい。そんな僕が思いっきり剣を振りかざせば、暴力的な破壊力を生んでしまうのも無理がないだろう。


 対して一級冒険者は、技術が上がるに伴ってステータスの数値を上げてきたため、身の丈にあっておりその強力な力の使い方も身を以て熟知しているはずだ。その違いから、僕が力任せと考え無しに金棒を振りかざすしか能の無い悪鬼だとしたら、一級冒険者は経験と技術を主体に力を適切な量注ぎ込んだ鉄杖を振りかざす酒呑童子最強の鬼だろう。


 そして、その差は振りかざした刃が誰を攻撃するかを直接左右する。


「――――」


 今回の件では意図せずベルーゼと死闘を繰り広げることに点と点が繋がってしまったが、生きて帰って来られて、かつクラスアップが出来たので結果だけ見れば御の字だろう。


 しかし、次にまた同じように自分が扱えないほどの大きな力を何かしらの原因で力任せに振るった場合、誰が傷つくか分からない。一番確率として大きいのが、一番行動を共にしており、様々な面において経験の積んでいないさくらとみゃーこが矢面に立たされるだろう。


 誰もが傷つけることが出来なかったダンジョンの壁を、いとも容易く抉り消した僕の攻撃。それがさくらやみゃーこに掠りでもしたとしたら、その先に起こることは想像に容易い。そして、それが起こった場合、僕の心は今度こそ本当に耐えきれないだろう。


 心を壊した今の僕が取る行動は正直予想が付かない。地球ではさくらに拒絶されたことによって心を荒ませ、何も起こせる力を持っていなかったその結果、自分にの付いていないやいばを向け、自ずから命を絶つことを選択した。


 だが、今の僕は余しているものの力を持っていないと決して言えないほど鋭く危険な刃を持ってしまった。なので、さくらやみゃーこ、その他今まで関わってきた好印象を持っている人を傷つけてしまった場合、直接攻撃したのは僕だが、それに至る原因となった人物や出来事を酷く恨み、誰かを守るはずだった力をそいつらに向けて振りかざすだろう。


 そこには多分善悪などの物差しなどは存在しない。あるのは憎しみを薪に、炎を滾らせる僕の姿だけだ。


「――――」


 そうならないためにもベルーゼを直接倒すための武器ではない、もう一つの武器――


「僕に剣技を教えられる人を紹介してください」

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