第34話 帰路
帰りの道中で、さくらがかさぶたに塩を塗り込むようなことを聞いてきた。
「ねぇ、真冬?私のことを地球に帰すって言ってたけど、どうやって帰すつもりだったの?」
本人に悪事を自ら話すような非常に答えづらい質問だったが、地球に帰すという選択肢は、さくらを最悪な事態に陥らせないための最終手段と今はなったので、言っても差し支えないだろうと判断した。
「普通に二人で一緒に向こうに帰って、僕だけこっちに来るつもりだった……そうすればさくらはこっちに来る手段がなくなるから……」
「真冬にしてはなかなかエグい方法だね……。その方法だと私が嫌がることは、もちろん分かってたんだよね?」
うっ……さくらさんの
「わ、分かってたよ!でもそれを伝えたら余計、さくらは離れないことも分かってたから」
これが僕が出せる精一杯の反撃だ。
「それはそうかもしれないけどさ……。で、その後はどうしたの?」
「その後は、ダンジョンを片っ端から攻略していったと思う。そうすれば、この世界の謎が解けるような気がするし」
この世界の謎とは、七つの大罪を模したダンジョンのことだ。
こちらに来たときは、地球とは違い頑張れば頑張る分だけステータスに反映され、努力が実を結ぶので一生懸命努力し、僕をいじめてきたあいつらや大人を見返してやろう位しか思わなかったが、いつからかこの世界のことが頭から離れなくなっていた。
なぜ地球の産物である七つの大罪というキリストの文化が、こちらの世界にあるのか。
その謎の先にあるのは、いったい何なのか。
なぜか僕はそのことが、気になって仕方が無い。
「その攻略って“ひとり”で?」
この“ひとり”はニュアンス的に“独り”の方だろう。
確かこの街のダンジョンでは72層が最高到達階層で、それ以降は踏み入れた記録は出てない。だからそれ以降の階層に挑む場合、僕以外は実力的に追いついていないだろう。パーティー登録すれば、ステータスは多少マシになると思うが、実力があるからって信用できない人とパーティーは組みたくない。だから結局、
「多分……?他の人を無闇矢鱈に危険に晒すことも出来ないし」
「だからってそんなの死にに行くようなものじゃない!!」
「――僕が真冬くんについて行くつもりだったから、それは大丈夫だよ」
さくらがヒステリックになったところで、最後尾に連なっている精霊から
「僕と真冬くんなら簡単に……とは言えないけど、攻略することならできるよ。でも、さくらちゃんがこれから本当に頑張って強くなれたら、心強いことこの上ないよ」
確かに、トップクラスと言われているガンダを倒すことが出来た僕と精霊がタッグを組めば、ダンジョンを攻略できる可能性は誰よりも高いだろう。むしろ二人だけの方が高い可能性だってある。そのことを敢えて伝え、さくらに頑張れと発破をかけているんだろう。
この精霊は、飴と鞭の使い方がすごく上手だ。
「分かった!私、頑張るね!」
手をグーに握り、やる気に満ちた顔でさくらは答えた。
そんなさくらを見て、いくら何でもチョロすぎないかと思う真冬だった。
「ところでさ、精霊さんって名前とかないの?すごく呼びづらいんだけど……」
「一応あるって言えばあるんだけど……あんまり好きじゃないから、君たちでつけてくれないかな?」
精霊は嫌な記憶を思い出したのか、ほんの一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情になった。が、すぐさま元の幼い少女のかわいらしく、あどけない表情に戻り、僕たちに名付けを頼んだ。
さくらは、精霊が刹那の間だけ覗かせた暗い表情に、名前をつけられる喜びで、気付いていないみたいだが。
「だってよ、真冬!!どういう感じにする?」
「うーん、ウィル……とかどうかな?」
「なんでウィルなの?」
さくらは“ウィル”という響きが好みなようで、顔つきからほぼ決定しているような感じだ。
「地球で光の精霊って言うと、ウィル・オ・ウィスプが有名だからそこから取ってみたんだけど、どうかな?」
名付け下手くそランキング上位に位置しているであろう自分だが、我ながらなかなか良い線いってると思う。
「私はぴったりだと思うよ!精霊さんはどうかなー?」
さくらがそう聞くと、精霊は何かが吹っ切れたような清々しい顔つきで、それに答える。
「ウィルか……。何か、生まれ変わった気分だよ。ありがと!」
精霊――ウィルは爽やかな顔でお礼を言った後、「君たちに言われると、素敵な名前に聞こえるのは何でだろうな」と、誰かに向けて言っている様では無いほど、小さい声量で呟いたのを真冬は聞き逃さなかった。しかし、思わず出てしまった感情の吐露だと瞬時に理解したので、それを問い詰めることはしない。
「じゃあ、ウィルちゃん、改めてよろしくね!」
「僕も改めてだけど、よろしくね」
「二人ともよろしくね!」
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