第27話 過去

「時間稼ぎか?……まあいいぜ。話してやるよ、ある男の喜劇を――」


 その話は、大男――ガンダがこの街の犯罪率ワースト1であるスラム街に生まれ落ちてから、5年ほどの月日が経ったとこから始まる。


 スラム街と聞けば誰もが想像する通り、犯罪の温床になっていることは確かに違いない。だが、類は友を呼ぶという言葉があるように、似ている者は似ている者の近くに自然と集まる。そうすると、狼藉は自分と似ている者が集まるスラム街に集まり、政府が管理しやすくなるということだ。そういう理由から、スラム街は必要悪として長年存在を黙認されている。


 スラム街では、スリや強奪など軽犯罪はもちろんのこと、殺人や誘拐など、重犯罪も日常茶飯事まではいかないにしろ、平均して一日一件は起こっているほどだ。


 その中で五歳のガンダも、スリや強奪をしてひび生きるための日銭を必死に稼いでいた。


 ――しかし、それは長くは続かなかった。

 その当時、街一番の強大な勢力だった盗賊クラン――レッドアイに目をつけられたのである。


 ガンダは、自身の生きる執念を己の力に変え、連日連夜ダンジョンに潜っていたため並の冒険者では歯が立たぬほど、スラム街でも頭一つずば抜けていた。

 言い方を変えれば、その当時から既に頭角を現わしていたということだ。



「お前、レッドアイに入れ!」


 訳も分からず急にやってきたレッドアイのボスの傲岸不遜な態度に、当時周囲の人間が弱く見え自分が一番強いと天狗になっていたガンダは、相手の実力を見誤る。

 そして、数え切れないほどの命を奪い盗った相棒のナイフを手に、偉そうにふんぞり返っているボスに向かっていった。


 ――決着は秒で着いた。

 

 ガンダは強かった。確かに強かったのだが、所詮は井の中の蛙だったのである。


「その心意気ますます気に入った。俺の子分になれ」


「俺はお前に負けた。だから……しょうがなく入ってやる」

 

 言葉は嫌々だったが、心のどこかでボスに惹かれていたんだろう。

 

 その強さに、その背中に。



 それからの日々は、ガンダにとって、とても充実していたものだった。


 盗賊ギルドとは名ばかりに理由の無い強奪や殺人は、ボスが決して許さなかった。もっとも、悪徳貴族と言われているやつらは別だったが。

 

 ボスの信条は、弱い者を救い、悪い者は糧にする。


 その言葉通り、ギルドの構成員は日銭をダンジョンで稼ぎ、必要最低限の稼ぎ以外は、スラム街の人のために使っていた。料理が得意な構成員は毎日炊き出しを行い、崩壊していた古家も立て直し、住まいがない者へその全てを提供していた。

 ガンダはその恩恵が自分にも回ってこなかったのは、何故だろうと聞いたときに思った。が、それは立場が与える側に回ったことですぐに判明した。その理由は、とても単純なものだ。――与える側の数に比べて、与えられる側が多すぎなのだ。


 世間では悪と扱われている奴らと一緒に、善と言われるべき行いを毎日毎日欠かさずにしていた。


 ――だが、いくら良いことをしていても、その日々もまた長くは続かなかった。


 ボスが床に臥せた。


 日課でダンジョンに潜っている最中、毒矢トラップをまともに喰らってしまったのだ。

 すぐさま周りの人が応急処置し、ダンジョンから出たが、その頃にはすでに毒は全身を回っていた。


 同じ日の晩――亡くなる日、ボスはガンダを自室へと呼び寄せた。


 お世辞でも綺麗とは言えない布団の上で、ボスは真っ青な顔をしながら耳を貸すようにガンダに指示する。


「このギルドは――のためにある。俺が死んだら今度はお前が――のために働け!あとはお前に任せたぞ……」


「ボス!!ボス!!!」


 ガンダは自分の運命と不甲斐なさを呪った。

 悪魔にでも取り憑いているかと死のうともした。

 だが、一度幸福を知ってしまったら無に帰すことは、到底出来やしなかった。


 そしてガンダは三日三晩泣いた。

 食事も取らず、水も飲まず、泣き続けた。

 

 泣いて――泣いて――泣いた――。


 4日目、泣き止んだ頃、亡くなったボスと自分に決意した。


 ――俺がこのクランを大きくすると。


 そう腹を決めた瞬間、疲労のピークに達したのか、何かに誘われるように瞼が闇を作った。



「――これが俺の過去だ。言い訳ではないが、ボスと出会ってから悪行の類いはしていない。まあ、人の涙を笑いながら飲んでいる奴らには、別物だがな……」



 ガンダはあえて話をしなかったが、この話にはもう少し続きがあった。


 ――闇の中で、ガンダは夢を見た。


 その夢でガンダは、おぞましい姿をした生き物に出会った。


「小さき人の子よ。そなたは力が欲しくないか?」


 その声は今までのどんな悪人よりも恐ろしく、有り体に言えば悪魔のような声をしていた。

 ガンダは必死に震えそうになる身体と声を抑えて、答えた。


「は、はい。――欲しいです」


「さすがはクランのボスになる男だ。我を前にして意識を保てるのは、称賛に値する」


 たしかに今すぐにでもここから逃げ出して、できる限りこの化け物と距離を取りたいほどの恐怖はあるのだが、もうこれ以上、誰も失いたくない気持ちの方がそれよりも勝っていたので、なんとか答えてみせた。


 それにある疑問がそれを後押ししていたのだ。


「な、なんで俺がボスをやるって知っているんですか?」


「わしらは上からいつでも見ているからな。さて、本題に入ろう。貴様はどんなことをしてでも、力が欲しいのか?」


 上から見ている……という言葉は気になったが、力が手に入るという大事には些事など気にしない。


「はい、どんなことでもします。……この手はもう汚れてますので」


「そうか、ではいずれやってくる真冬という男を殺せ。それが成功した暁には、我の力の一端を授けよう」


「――仰せのままに」


 これが、ガンダがさくらを誘拐し、真冬をおびき出した上、殺す動機だ。



「さあ、殺し合いをしようぜ」



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