第19話 信頼

 ダンジョンに入ると、前と同じく人とすれ違うことなくすいすい進めた。

 今回は二人の育成ということで、僕は基本的に手を出さないと二人には伝えてある。

 どうしても危ないときは助けるつもりだが、10層までなら大丈夫だろう、と思ったとこでこの前のナビーの気持ちが、少し分かったような気がした。10層までは魔物も動きも緩慢かつ単調なので、集中さえ切らしていなければ危険という危険がないのだ。



『グギャー!』


火の玉ファイアボール


 さくらがこちらに気付いたゴブリンに向け、下級の火魔法を唱えた。


 ちなみに下級では、他にアローランスが使える。

 先の勉強会でフランさんに頼んで、魔法についての本を持ってきてもらい読んだのだが、通常火の玉ファイアボールの大きさは通常はこぶし大、熟練した人でもソフトボール大のはずが、さくらの火の玉ファイアボールはおよそボーリングの球ぐらいあった。


 今はまだ来たばっかりであの大きさなのだから、末恐ろしい……。と後ろで見守りながら身震いする真冬に、ナビーが補足で説明をする。


(賢者の恩恵で魔法の威力が大幅に上がっているようです。それに加えてさくらさんの才能もありますね。あの調子なら神級魔法も夢ではないでしょう)


 神級魔法は一番最初の魔法に近いやつか……。さくらは昔からなんでもそつなくこなしてしまうけど、異世界までにそれが通用するとはびっくりこの上ない。


『ガゥ!!』


 今度は犬型の魔物、ハウンドドッグだ。

 こいつはゴブリンと比べて多少素早く、魔法を当てられないことはないが、役割を分担してカイトが倒すようだ。


 走って飛び付いてきたところに、カイトは剣ですれ違い様に真っ二つに斬った。

 カイトはさすが鍛冶師と言うべきか、剣の扱いが非常に安定していた。切りつけるときの重心の移動や、剣身を相手に当てるときの身のこなしも堂に入ってて、なによりすごくかっこよかった。


 それからも二人は余裕綽々で次々と戦闘をこなし、僕たちは10層のボス部屋の扉前まで来ていた。


「ねー、真冬もいるし、ボスに挑んでみない?」


「お、いいなそれ!俺もまだ物足りない感じがするんだよ!」


 それって何かしら起こっちゃうフラグなんじゃないかな……と思ったけど、二人のステータスはさることながら、僕のステータスはモンスターハウスを乗り越えて、大幅に上がっているから問題ない、と判断する。


「はぁ……分かったよ。そこまで言うなら試しに行っても良いよ。でも、危ないと思ったら、もしくは僕がそう判断したら二人で後ろに隠れること!いい!?」


「「はーい!」」


 こんな遠足みたいな気分で大丈夫なのだろうか。


 真冬はそんな一抹の不安を抱えながら、ボス部屋の重厚な扉をゆっくりと押し開けた。


 ギィィィィィ!


 真冬の不安とは裏腹に、今まで出会ってきた魔物と大差ない威圧感を持つ豚型の魔物――オークが1匹、剣を持った状態で佇んでいた。


『ギャーーーーーー!!!!!!』


 想像していたよりもずっと弱そうなので、二人に任せる意を伝えるために目配せし、後方に下がった。


雷の玉サンダーボール


 さくらは、発動から着弾までの時間が比較的ラグがない雷系を選んで、唱えた。

 相手までの距離があり、確実に先手を取れるのは請け合いなので、なかなか良い判断だと思う。さすがだ。

 

 次にカイトは雷の玉サンダーボールの着弾の余波による爆煙で死角になった場所を的確に割り出し、そこを巧く使って相手に向かい走りこみ、鮮やかな一太刀を浴びせた。


 さくらの先制攻撃からのそれを巧みに利用したカイトのトドメ、と二人のコンビネーションは、まるで幾千の戦いを背中合わせで潜ってきたと言われても違和感のないほど、噛み合っていた。


 二人の攻撃を受けたオークはガラスが割れるみたいに消える――――そう誰もが思ったとき、上からピンポン玉サイズの大きさの黒い光が一直線に落ちてきて、オークの口から体内に入っていった。


「「え……?」」


 結構な至近距離で対峙する二人は起こった事態を飲み込めず、立ち竦むことしか出来ない。


 そんな二人とは違い、ステータスの高さも場数の踏んできた数も圧倒的に上回っている真冬の警鐘はうざいほどうるさく鳴り響いており、このままじゃヤバい……と、そう思った瞬間、


『グギャーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!』


 足を付けている地面が大きく揺れるほど怒気と威圧を孕んだ咆哮が、この部屋の隅々まで響き渡った。

 そして声の元凶であるオークは、真っ黒い障気を身体中から妖しげに放出しながらおもむろに立ち上がった。


「さくら!カイト!二人とも、僕の後ろに隠れて!!!」


 突っ立っている二人にそう言った瞬間、部屋の中央にいたはずのオークは近くにいる二人には目もくれず、電磁力を利用したリニアモーターカーの如く爆発的なスピードでこちらに突っ込んできて、いつの間にか手にあった黒い剣を振り下ろしてきた。


「――ッ!は、はやいッ!」


(――緊急事態なので、サポートします)


 キィィィン。


 耳をつんざくほどの超高音が部屋中をくまなく反響する。

 戦いに身を置いていても並の人間ならば、この音を聞いただけで気を失ってしまうだろう。


 真冬は爆速的に振り下ろされた剣を、自身の剣で辛うじて受け止めることが出来たのだが、早さと重さが余すことなく乗った一撃を完全にはいなしきれず、刀身に微少のヒビが入ってしまった。


(次は左から来ます)


 ナビーが言った通りオークは左から回り込んできて、僕の利き手である右手を存分に使えないようにしてきた。どうやらこのオークは知恵も回るらしい。


(SPをSTRとAGIに振ります。その間サポートできないので、なんとか持ちこたえてください)


 真冬は耐えた。


 とにかく耐えた。


 右から来る――圧倒的な力の差の一太刀を。


 左から来る――人では敵わない膂力から繰り出される斬撃を。


 後ろには自分の愛するさくらと、初めてできた仲間がいる。


 一生懸命――いや、一所懸命に。


 そして何合も、何十合も、無限にさえも思える死の駆け引きに、ついに終わりが見えた。

 

 STR 372→697

 AGI 460→760

 SP 125→0


(振り終わりました。これで形勢を逆転してください!)


 ナビーがSPを振り終わる頃には、真冬の呼吸は荒々しくそれはまるで虫の息のようで、風前の灯火にも近かった。

 さらに絶望を助長するかのように、ステータスを上げ終わった瞬間のオークの一太刀で剣は完全に壊れ、ただの鉄くずになり、仕事が出来なくなってしまった。


「グギャギャギャ」


 剣が折れ、心をも折れそうになっている真冬の絶望的な表情を見て、オークは嘲るように顔を歪める。その顔はつい最近まで見てきた人を人と思っていない、あいつらの表情のそれと同一と思えるものだった。


 絶望に対して為す術がなくなり下唇を噛みしめる仲間に向かって、カイトは震えが止まらない身体に渇を入れ、声を掛ける。その言葉と同時に自身が持っていたある物も投げる。


「真冬!これを使え!!!」


 カイトは自分が使っていた剣――大事な人の形見を真冬に投げ渡した。

 真冬が万が一負けることがあれば、カイトは丸腰で戦わないといけなくなるので、それは命を預けるにも等しい行為だった。


「真冬!」


完全回復パーフェクトヒール


 まだ魔法を使えるようになったばかりのさくらには、これを唱えると今までの消耗もあるのでMPはからっきしになり、これ以上はどんな魔法も唱えられないので、こちらも命運を託すのと同じようなものだ。


(絶対に勝ってくださいね!信じてます!!)


 体力、気力、それぞれ満タンになった真冬の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。


「ナビー、さくら、カイトありがとな!」



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