第20話 草食動物

「ナビー、さくら、カイトありがとな!」


 オークの眼には真冬たちが圧倒的に不利で、立場が下で、あとは食らうだけの草食動物のような存在に映っているであろう。

 だが、草食動物は自分よりも大型で強大な肉食動物にも仲間で一丸となって立ち向かい、時には牙を剥くことがあるということを忘れてはいけない。


 窮鼠猫を噛む。馴染みある言葉だとこれが一番当てはまるだろう。追い詰められたネズミ弱者は時にネコ強者に噛みつく。


 オークはニヤッと背中に悪寒が走るような粘ついた笑みを見せた瞬間、再度爆発的なスピードで剣を上段に構えながら特攻してきた。


「――遅い」


 キィィィィン!!!


 二度目の今回は、真冬の眼はしっかりとその速さも捉えていたので、完全に角度を調整した上、力をいなすことができ、剣に伝わる衝撃を完璧に殺せた。


 オークの顔は見下した笑みから驚愕へと変わり、自分が何を相手にしているのかをようやく理解した。

 

 ――だが、それは特攻する前に気付いていなければならないことだった。


「お前は俺らを見くびりすぎた。じゃあな!」

 

 真冬は二人から貰った力と地震の力を全身全霊込め、その手に持っていたネズミの牙を驚きで状況が読めないオークネコに向けて、振り下ろした。

 オークは右肩から左の脇腹まで一切の抵抗を許されず斬られ、次の瞬間、ガラスのように割れてこの世から消えた。



 オークが消えるのと同時に、真冬は限界を超えたのか、力尽きて倒れた。



「――神の因子を取り込む子よ。そなたは最上階へ必ず来なければならぬ。今回はどの程度の者か試すために試験を与えさせてもらった。そなたが倒したオークを指一本で倒せるようにならぬと、最上階へは決して来れぬだろう。精々強くなるために足掻くがよい。」


 ――真冬は意識が薄れゆく中で、そんな声を聞いた。



「真冬!真冬!!」


 さくらは今まで感じたことのない気怠さを無理矢理押しのけ、オークを倒した後今し方倒れた真冬の下に近付く。


「真冬、ダメ!!死んじゃヤダ!!」


 見る人全てを悲痛な面持ちにするほど悲しげに哭くさくらに、カイトは痛ましげな表情になるも、真冬の胸が一定の速度で上下に動いているのを確認し、さくらに声を掛ける。


「さくら、安心しろ。真冬はちゃんと生きてる」


 え?と間が抜けた顔と返事をするさくらに言葉を続ける。


「息を確認してみろ」


「う、うん」


 さくらはいつか教えて貰った呼吸の確認方法――耳を真冬の口に近づけて、息の有無を確認する。


「い゛き゛て゛る゛―」


 さくらは再度、安堵から泣き叫んだ。



 さくらが一頻り泣き落ち着きを取り戻した後、二人は状況を整理することにした。


「まずここはボス部屋の中。ボスは……おそらく倒したから今は安全だ。行動には俺が思いつく限り選択肢は二つあって、一つ目はこのまま俺らで真冬を担いで帰る」


 さくらは一つ目の選択肢を早々に無いなと判断して切り捨てた。


「それは、多分無理だと思う。本命は次?」


「あ、ああ。しばらくこのまま待って他の冒険者が来るのを待つのが二つ目だ」


 カイトは難しい顔をして言葉を続ける。


「でも、こっちだと冒険者が通りかからない場合どうなるか分からない」


 どうなるか分からないとは、魔物のリポップとボスのリポップのことだ。一定時間は出てこないがそれが何時になるかなんとも言えない。あんな強い奴が出てくるなんてイレギュラーあったしな。


「じゃあ一時間ほど待ってみて、それで誰も来なかったら二人で行こうよ。一時間あれば体力回復するでしょ」


 さくらってダンジョン来たの初めてだよな……?


 カイトは内心で驚いていた。

 冒険者ギルドでダンジョンの基本は学んだが、こういう有事の際の心得は記されていない。なぜならダンジョンでは何事も起こり得るので、記していたらキリが無いからだ。にもかかわらず、数十回は仲間だった者と来たことがある自分と違い、初めてなのに最適解を導き出せるさくらの胆力と知力に。


「俺もそれが良いと思ってた。じゃあ、それで行こう」


 そう方針を決めてから不思議なことに10分も掛からず、下からベテランの冒険者が上ってきた。それに寄生して入り口まで護衛をして貰った。無事入り口まで着いた一行はベテラン冒険者にお礼といくらかの金品を言い渡し、冒険者ギルドへと向かった。



 真冬が目を覚ますとそこは知らない天井だった。


 ――なんとラノベチックなんだろう。そう思うのは当然だ。


 そんな感動を一入に感じながらふと横を見ると、さくらが椅子に座って寝息も立てずに寝ていた。一瞬生きているのか曖昧で焦りを感じたが、胸が上下しているのが見えて安堵した。


 ――俺は…………。


 と、ダンジョン内で起こったことを思い出していると、ちょうど部屋のドアが開き、フランさんが入ってきた。


「あ、おはよう。さくらちゃん、自分もダンジョンに行って疲れてるはずなのに、真冬くんの看病するって聞かなかったんだから」


 呆れたように、でも愛おしげにさくらを見るフランさんのその言葉を聞いた途端、急にさくらが愛おしく感じ、触り心地の良い頭を撫でた。


「そう言えば、俺どうやってここに来れたんですか?」

「ダンジョンのボス部屋はね、ボスを倒すとリポップまでの一定時間、安全地帯になるの。そこで上がってくる他の冒険者を待って、一緒に帰ってきたみたい。ちなみにギルドに着いたとき、カイトがおんぶしてくれてたよ」


 前は他の冒険者と数人しかすれ違うことがなかったのに、よく上がってくる冒険者がいたよね……本当に運が良い。


 それからダンジョンで起こった出来事を話していると、さくらが目を覚ました。


「ん……ふぁー……ま、真冬!!!」


 目を擦り、あくびをした後、目に涙を溜めながら抱き付いてきた。

 なんか、前にもこの光景みたような……


「心配したんだからぁ……ごめんね、もうあんな無茶しないからぁ……」


 あれは僕も同意したからみんな同罪なのに……すぐ自分のせいにするのはさくらの悪い癖だ。


「あれは俺も許したからみんな同罪だよ。いいや、むしろ一番ダンジョンの経験がある俺のせいだよ」


「それはちが――って、あれ?今俺って言った?」


「え?僕、今俺って言ってた?ごめん、全然意識してなかった……」


 そう言えば、なんか僕って言ってたってより俺って言ってた気がする。あんま意識してないからわかんないや。


「さっきから真冬くん、俺って言ってたよ?一人称って無意識で出るって言うから、真冬くんの何かが変わったんだろうね」


 なにが変わったんだろうか。うーん……考えてみても分からない。


「あ!カイトはどこ行ったんですか?」


「カイトは真冬なら大丈夫だ。って言って家に帰ったよ。あとダンジョンのドロップは真冬くんに全部あげるって言ってたよ」


 全部もらって良いんだろうか。僕一人だけだったら確実に死んでたから、ここは山分けが妥当じゃないのかな。


「それとこうも言ってた。――真冬は自分一人だけじゃ勝てなかったから山分けって言い出すだろうから、剣が壊れた詫びに全部もらってくれ、って」


 僕が壊したのにお詫びで僕がドロップ貰うって……でも、なんかカイトらしいな。

 後でお礼を直接言いに行こう。


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