第14話 再来と噂

異世界への門ワールドゲート


「その唱え方と中身、すごく中二病くさいね」


 さくらは僕を見て言いづらそうにそう言ってきた。一番聞きたくない言葉を一番聞きたくない人の口からなので、少し語気を強くして注意をする。

 補足だが、聞きたくないと言っても何か大きな理由があるとかではなくて、ただ単に恥ずかしいからだ。


「その言葉、今後一切禁止ね」


「はい、分かりました」



 そうした一幕を挟みつつ、僕たちは懸念を消化していった。

一つ目の懸念は、さくらを最初に行かせると、もしもの事があった時対処できる術がなく危険だということだ。これは僕が先に行くことで、おそらく大丈夫だろう。さすがのさくらでもステータスの関係で、十中八九相手に勝てないと思う。勝てるとしても念のため、要は転ばぬ先の杖ということだ。

 二つ目は一つ目に付随して発生するもので、僕が潜ったらゲートは消えてしまうかもしれないことだ。だが、我らが知恵袋――ナビー曰く、あくまで予想の範疇だが大丈夫らしい。まあ、例え無理だとしても、もう一回戻れば良いだけなので、なんてことは無い。


 そんな感じで一つずつ完璧とは言えずとも、ある程度の予防線と対処法を張っておくことで、なにがしかが起こった時、最悪な事態には陥らないだろう。ある程度と言ったのは、あらゆる恐れを考慮して切り詰めっていっても、際限も切りも無いので、後は思い切りが必要だからだ。


「僕が入った十秒後にここを潜ってね。何かあったら閉じるから、その時はここで大人しく待ってて。安全になったらまた開くから」


 そう伝え、三度目の世界渡りをするために不思議な空間を潜った。



認識できるようになった視界の先は、前回地球に帰るとき開いた路地裏に扉は繋がっていて、じめじめとしていて陰気臭い所だった。

 

 最後に使ったところに開く、と地球に帰還したときに予想を立てていたのだが、その予想は今、確信へと変わった。もし、またあの森に開いたらと思ったら、めんどくさくて笑えない。

 

そんな事を考えながら辺りを見渡しても、危険なことどころか、人っ子一人いないので、さくらが来ても大丈夫だろうと判断をして、そのまま扉を開きっぱなしにする。



 十秒ほどしてから、さくらとみゃーこが来た。


「本当に……異世界なんだね。全然地球と違う」


 さくらの顔は、外国人が日本にやってきたときと同じような顔をしていた。つまり、写真や動画ではなく、初めて生でその土地の風や空気を肌で感じているような感じだ。


「そんなこと言うってことは、僕のこと信じてなかったんだね?」


「いや……?信じてましたよ……?」


 目を合わそうとしないのは、そういうことだろう。でも、普通は異世界だなんて言われても信じられないから、当たり前の反応か。


「まあ、何でも良いけど……。とりあえず、冒険者登録しよう」


「冒険者もちゃんとあるんだね」


 さくらは僕の影響かオタクのバイブル――ライトノベルを少々嗜んでいる。さくら的には一応隠しているつもりなのか、あからさまに読んでいるとは言わないし、家に行っても本棚には置いていないのだが、こういう発現で丸わかりだ。


「そうだね。大体地球にある異世界ものと同様と考えても良いくらいテンプレだよ」


 みゃーこを見てみると、私はどうすれば良いの?という目で見ていたので


「みゃーこは従魔登録しようね」


 撫でながらみゃーこに処遇を言い渡す。


「みゃお!」



 僕たち一行は冒険者ギルドに入り、受付にいた手の空いていそうな人に担当となったフランさんを呼んでもらった。


「おはよう、真冬くん。…………あれ?隣の女の子は?」


 フランさんは僕から隣にいるさくらに視線を移すと、尋常ではないほどの早さで真顔になり、周囲には冷気を放つ程まで冷めた雰囲気を纏っている。

 そんなフランさんを見て、これは出来るだけ早く誤解を解かないとまずいことになると、何時になくサボりがちな勘が警鐘を驚くべき早さと大きさで鳴らしてきたので、一も二もなく弁解をしようとする。


「おはようございます、フランさん。こ――「さくらです。真冬の彼女です」」


 これは違うんです。と言おうとした瞬間、異世界という見たことも聞いたこともない光景に、目を満たしていたさくらからガソリン並みの油が火に注がれた。


「真冬くん、それは本当のことなの……?末永くよろしくお願いしますって言葉は嘘だったの……?」


 この状況を見ている人、あるいは聞いている人ならば、この後に起こることは想像に難くないだろう。ましてや当事者ともなれば幻視まで可能。


「真冬さん?それはどういうことなの?」


「真冬くん?あの事は嘘だったのかな?」


 上がさくら。普段僕相手に付けることは絶対ない、さん付けが怖い。

 下はフランさん。僕よりも歳上なだけあってこっちもめちゃくちゃ恐い。

そして、二人とも鬼の形相と表現するのも生温いぐらいの圧力プレッシャーで、目と鼻の先までジリジリと詰め寄ってくる。


 こういうときの対処法は――三十六計逃げるにしかず。中国の兵法だったかな。


「あっ、そうだ!僕、用事を思い出した。じゃあフランさん、さくらの登録お願いします!!」


 ジワジワと寄ってくる二人に両側から肩を掴まれるすんでのところで、ステータスに身を任せ、ギルドから逃げるように走り出した。いや、ギルドではない。この二人からだ。



 用事があると言って飛び出してきたは良いものの、その実どこにも行く当てはなかった。悩んでいたところちょうど返さなきゃいけない借りがあったことを思いだし、鍛冶師ギルドに入り、知り合いのカイトの区角まで来た。しかし、その場には探し人はいなかった。


 カイト以外の人が作った武具をゆっくり見ても、実際触れてみても、食指が動くことはなく、いよいよやることがなくなってきたと手持ち無沙汰を覚悟したところで、鍛冶師と思われるガタイの良いおじさんが近くに来たので、探し人の行方を尋ねてみる。


「すいません。ここの区画のカイトって人は今どこにいるか分かりますか?」


「カイト……か。奴なら今頃、家の蔵で剣でも作ってるんじゃねーか?ところで、何でまたあいつを探してんだ?」


「カイトから剣を買ったんですけど、お金がなくてツケってことにしたんです。その支払いをしようとして……」


「そうか。悪いことは言わないから――カイトはやめた方がいいぞ。これはお前さんのためにも、奴のためにも」


 あくまでも言い聞かせるように優しい口調で言ってくれているのも関わらず、内容が内容なので、意図せず語気が強くなった。


「何でですか?」


「カイトは呪われているって噂だ」


 何かあったわけでもないのだが昔から、噂や又聞きを鵜呑みし、自分では何も知ろうとしない人には歩み寄る余地を微塵も見いだせない。それは今だからこそ分かっているのだが、コミュニケーションの根幹にあるものは、他者を理解しようと努力することで、先のことはそれを全面的に放棄しているに相違ない。

 もっとも、自分と反りが合わないと思ったらそれだけにあらず、身を引くことが最も賢明な判断だろう。そこで、相手を貶めたり、攻撃または口撃をするのは、あってはならないことだ。

相手にも問題があるというのは、何の反論にもならない。負け犬の遠吠えの方がまだまし、とまで言える。


 ――そういう理由から、真冬はこのおじさんとは対話を止め、形だけの口上を述べ、早々に立ち去ろうとする。


「そうですか。でも、僕は誰が何のために流したか分からないような噂話を信じるより、本人に直接聞いて判断しますので――では、失礼します」


「――ちょ、ちょっと待てよ、兄ちゃん。カイトの家の場所わかんねーだろ」


 おじさんは慌てて懐から一枚の紙を出し、近くにあった筆で何かをさらっと適当に書き込むと、こちらに向かってそれを投げてきた。


「これ持ってけよ」


 手のひらを返したように慌てるおじさんから投げられた紙を見ると、赤い印が付いた一枚の地図だった。


「こんな事俺が言うのもあれだが……あいつを頼む……!」


 あったときよりも幾分か小さく見える体躯を懸命に折り曲げ、そんなことを言うおじさんはさっきとは明らかに違って見え、カイトと僕を心配する様子が身体の至る所から伝わってきた。


この人は少し……いや、結構不器用な上、相当なお人好しなんだろう。出会ったばかりの僕と、同じ職業であるカイトを心から心配してるからこそ出てきたのが、さっきの発言だったのか。おじさんには悪いことをしたな。


「ありがとうございます」


カイトを心配してくれている事、僕を案じてくれた事、印を付けた地図をくれた事、などいろいろな意味を込め、未だに頭を下げ続けるおじさんにお礼を言い、ギルドから立ち去る。

後ろでは、一人のお人好しが誰かのために流す涙の音がしていたが、それを指摘するなど無粋なことはしない。おそらくこの人もどうにか出来ないか四苦八苦していたに違いない。この人のためにも、自分のためにも、そして何より一番苦しんでいる本人のためにも、出来るだけ良い方向に向くように全力で頑張ろうと心に決め、ギルドを後にする



 貰った地図を確認しながら歩いていると、街の中心部――塔から離れ街の中では、比較的城壁に近い場所にカイトの家はあった。家の見た目は鍛冶師ギルドと同じく火に強いレンガ造りで、周りの家と比べて幾らか豪華さがある。


 入り口の木扉を数回叩いても反応がなかったので、恐る恐るドアに手を掛ける。鍵が掛かっているかもという心配は無用だったようで、昔のトイレのドアみたいな音を立てながら来る物を中に招き入れた。


「お邪魔しまーす」


 一通り家の中を歩き回っても人がいたような気配は感じられず、さっきのおじさんの言葉を思いだした。


 確か……蔵にいるって言ってなかったっけ。

 

 日本だと蔵はほとんど家の外にあるような気がしたので、家の中を回っていたときに見つけた家の裏側にいけるだろう裏戸を開ける。開けた先には案の定、庭みたいな場所が広がっており、中心にはポツンと悠然と佇む蔵が存在していた。

 その蔵もやはりレンガ造りであったが、今までいた家の方とには無い堅牢さが際だって見える。おそらくここで鍛冶をしているんだろう、と門外漢の真冬でも分かるほど、どっしりとしていた。



「うわっ!あっつ!!」


 家に入ったときよりも慎重に蔵の扉を開けると、中は日本のところのサウナより熱気が凄まじく、その熱は呼吸をするたび肺を燃えつくさんと怒っているように思えた。

 そんな疑似地獄をなんとか我慢しながら、少し奥へ進むと、


 カン……カン…………カン…


 一人の人影が、太陽のように赤熱した塊を鎚でひたすらに黙々と叩いていた。この様子だと僕が入ってきたことも気付いていないんだろうと思えるほど、一生懸命に。


 塊を地獄の業火を彷彿とさせる烈火の中に入れて熱しては叩き、再度火の中に入れて熱しては叩き、の単純な作業の繰り返しだが、一発一発自分の魂を削るように鎚を振る姿は、鍛冶神と言われているヘファイストスを意識せざるを得なく、自然と目が離せなかった。



 どのくらいの時間が経ったのだろうか。十分のようにも、六十にも、はたまた一日にも思える長くも短い時が人影――カイトが長い一息を吐いたところで終わりを告げた。


「おつかれ!」


「んあ?――おお!!なんだ、いたのか。声掛けてくれればよかったのによ」


 労いの声を掛けるとカイトは飛び跳ねるようにこちらを向き無理難題をのたまった。普通の人ならば、あんな魂を削るような直向きさを目の当たりにしたら、声を掛けるなんて愚行起こせないだろう。


「ううん。気付いたら見入ってたから声掛けれなかったよ」


「そうかそうか!ところで何しに来たんだ?」


「ツケの支払いしようと思って」


 お礼を言いながら、あの時とは考えられないほど暖まった懐から金貨を二枚手渡した。


「あとさ……カイトに一つ聞きたいことがあるんだけど…………」



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