第15話 真相
「あとさ……聞きたいことがあるんだけど…………」
あれだけ啖呵を切っておきながらいざその状況になると、言いづらさが顔に出てしまっているが自覚できるほど言い淀む。そんな自分に自己嫌悪を起こしていると、
「それって俺が呪われてるって話だよな……」
ハハハと自嘲気味にカイトは笑った。
「そんな聞きにくいって顔に書いてあると誰でも分かるっての。概ね鍛冶師ギルドに行って俺がいなかったから、人に聞いたらその話を……って感じだろ?――いいよ、話してやるよ。それでもし真冬が離れていっても、俺はお前さんを恨むことは絶対にしないから、安心しろ」
弱々しくそう言うカイトの顔を見ると、確かに僕がどんな答えを出したとしても、恨んだり、忌み嫌ったりしないと見て取れる。いや、顔を見なくても長くはない付き合いからでさえも、そんな低俗なことは絶対にしないし、曲がっていることを嫌っていることぐらい分かる。
でも、同じくらい分かっていることもある。それは、カイトの性根は誰よりも優しくて、友達思いだってことを。そして、結果的にだが、騙すようなことになってしまったことに自己嫌悪を起こしていて、長く――いや、下手したら一生の間、己の罪としてカイトは引きずるだろうってことも。
カイトは静かに語り出した。
「……俺はな、噂の通り魔物の呪いに掛けられてる。この呪いはな、まず魔物が何よりも優先して襲ってくる。ダンジョンで他の冒険者が相手をしてても、俺を狙ってくる。同じパーティー内ならターゲティングを管理すれば、何の問題もないが、他のパーティーの魔物さえも寄ってくるから、必要以上にパーティーメンバーに危険が及ぶ。」
「――――」
「あとは魔物の素材を扱うときに相当な下方補正が掛かる。魔物の素材で剣や防具を作ったり、使ったりする時に、だな。だから俺の作る物は魔物素材だと同じ
ぽつぽつと弱々しく語るカイトの表情は今までに見たことがないぐらい恐怖に怯えていて、これまでに何度も何度も、呪いの恐ろしさを目の当たりにしてきたことがそれから窺えた。実際、自分のせいで他者を死に追いやってしまったと思っているのかも知れない。
――だが、それはカイトの所為ではない。
「そっか、呪いについては分かった。……でも、それはカイトの所為じゃない」
「――え?」
今まで聞いたことのない言葉を聞いたような表情のカイトに、言葉のナイフを突き刺す。
「カイトが呪われたくて自ら望んだのなら違うけど、そうじゃないことはさっきの顔を見れば分かる」
「――――」
「確かに自分が優先的に狙われると付随して近くにいる味方も危ないと思うよ。でも、カイトならそんな事があるってきっと事前に説明していたと思う」
「あ、ああ」と肯定をするカイトに、引き続き身体に刃物を次々と立てていく。
「それなら、了承した人たちは自分の実力不足だっただけだ」
「でも、俺を守って死んでいった奴も少なくない!」
否定をするカイトの身体と魂には、今も自分を守って目の前で散っていった命の重みが、重くのし掛かっているのだろう。だが、それをも否定する。
「仮に僕が危険な目に遭っているとして、カイトが近くにいたらどうする?」
「――そりゃ、助けるに決まってんだろ!」
「もし、それで助けに来た君が死んだら、君は僕を恨む?自分は死んだのにのうのうと生きてやがって、ってそんなこと思う?」
「それは……」
「――君なら絶対に思わない。僕も君を助けられたなら死んだって構わない」
「――――」
カイトの目には、今庇ってくれた人たちが映っていると思う。
「その人たちの最期の言葉を思いだしてごらん。……その言葉はきっと――」
「――お前が生きていて、良かった…………」
カイトは今まで確かに命の重みを自分への罪として、罰としてずっと背負ってきたのだろう。でも、それではカイトを助けて亡くなった人たちが余りにも浮かばれない。
彼らは、彼女らは、カイトにただ生きていて欲しかったんだ。ただ幸せになって欲しかったんだ。――決して自分たちの重みまで背負って欲しかったんじゃない。
死人に口なしと言うが、そう思っていたに違いないと確信している。それは、たった一日でも分かるほど優しさに満ちあふれている人となりを見て、光のように真っ直ぐな心根を感じれば、接した相手は自然とカイトを助けたいと思うだろう。――それほどカイトは良い奴なのだ。
「だから、カイト――もうその呪いは捨てよう」
カイトの
「ありがとな……真冬」
時間にすると三十分が過ぎた辺りで、徐々にカイトは落ち着きを取り戻し始めていた。それからもう五分が経ちカイトが顔を上げたかと思うと、髪色と同じくらい真っ赤に腫れさせた目をこちらに向け、ぼそっとお礼を言った。
「どういたしまして!それでもう大丈夫?」
「ああ。万全とは言えないが、一応区切りは付けたつもりだ」
そういうカイトの顔は言葉通り区切りを付けたのだろう、憑きものが落ちさっぱりとした顔をしていた。そして恥ずかしげに言葉を続ける。
「その……なんだ……。真冬、お前に何かお礼がしたい。何でもするから遠慮無く言ってくれ」
「いやいやお礼なんて!友達だし……」
「お前にお礼をしないと、完全に区切りが付かないから頼む!!」
お礼をさせてくれ、と先方から頭を下げられるという奇妙なシチュエーションに困り果てながら、断るのは無理だと察し真冬は負担にならないものを探す。
何にも無いと諦めかけたその時、カイトの家に来た意味を思いだし「じゃあ……」と前置きをして、
「ツケの分をチャラに――「それは恩と思っていないから却下だ」」
若干、いやツケのことを言うと思っていたと言わんばかりに食い気味に封殺された。それを言うなら今回のことだって……と思わなくもないが、それを言っても取り合ってくれないことは、自明の理だ。また別のを探すしかない。
カイトは鍛冶師で、僕は冒険者。ついでにさくらも何故か冒険者をやるから必要な物は――これだ!
「じゃあ、専属の鍛冶師になってよ」
“僕と契約して……”と言わなかっただけ、是非とも褒めて欲しい。
なぜこんなことを頼むのかというと、僕は特に魔物の素材は~が良い、とか特にこれって素材に固執していなく、ただ純粋に強いものを使いたい結果、カイトの作るものが良いということだ。
冒険者に専属の鍛冶師が付くのは、双方にとってメリットが大いにあり、対外的に見ても悪い虫への牽制になる、とフランさんが言っていたのを丁度良く思いだしたのだ。
「ほ、本当に良いのか?!迷惑すっげー掛けるかもしれないぞ」
「顔に嬉しいって書いてあるよ。それに僕も色々わがまま言うと思うから、それでお相子だよ」
「はっはっは。これは一本取られたな。――おう、任せとけ!」
豪快に笑ったり、任せろと張る胸を叩くカイトの顔は、長く降り続けていた雨が止み台風一過ではないけどとても晴れ晴れとしていて、まるで精練され混ざり気のない純粋な鉄のような輝かしさがそこにはあった。
「よろしくね!じゃあ僕、冒険者ギルドに戻らないといけないから、ここで失礼するね」
「お!じゃあ、早速冒険者ギルドでパーティー登録しちゃおうぜ。思い立ったが吉日って言うし」
「そうだね」
結構な時間が経ったし、さすがにさくらとフランさんはもう収まってるよね。いや、収まっててほしい。
そんな事を案じているのを知ってか知らぬか、心配そうな顔をしているカイトと僕たち二人は冒険者ギルドへと向かった。
これから起こり得る最悪の事態に、顔が青ざめていくのを感じながら冒険者ギルドの中へ入ると、そこには予想だにしていなかった異様とも言える光景が待っていたのである。
――なんと来たばかりで初めましてだったさっきは、犬猿の仲のような仲の悪さのさくらとフランさんだったが、現在は一転、冒険者が使うテーブルで仲良くお茶をしていたのである。しかも焼きお菓子のようなものも付けて。
「やー……仲良くなってくれて僕も嬉しい限りだよ」
口調こそ違えど、商人がする揉み手が似合うぐらい腰を低くして話しかけると、
「「私たちを二時間もほったらかしにしてどこをほっつき歩いていたんです?そこに正座してください!」」
二人は息ぴったりに、親が子どもに叱る感じで人差し指を突き刺すような仕草で正座を促してくる。真冬調べ――怒ったら怖いランキングトップツーに言われては逆らうことなど夢のまた夢。従う他ない。
「はい……」
「真冬はいつも――――」
「真冬くんはそうやって――――」
そこから片や絶世の美少女と片や傾国の美女に、一時間ほどみっちりノンストップの小言メドレーをされたのである。周りの冒険者たちはニヤニヤしながらこちらの様子を窺っていた。
どこぞの界隈では、ご褒美と聞いたことがあるのでそちらの人からしたらそれはそうかもしれないが、生憎僕にとっては地獄としか思えない。正座のせいで足は痺れるわ、二人の声量で耳は痛くなるわ、周りの人は酒の肴にと無遠慮に見てくるわ、で閻魔大魔王もきっと苦笑いに違いない。
「さ、言いたいことは言ったし、お互い報告があるだろうから、個室に移動しよう」
たっぷり、みっちり、がっちりと説教をして満足をしたような顔付きでフランさんが個室の手配をする。その言葉に解放を察し立ち上がろうとするも、ここから見える景色は相も変わらず低いままだった。
――足が機能しない。
一時間ほど正座をしていたことで、神経が痺れを起こしていたのだ。
そんな事を考えていた直後、あの痛みが下半身を襲う。痺れるとは言い得て妙過ぎて先人たちの言葉の使い方に感服せざるを得ない。痺れるとは電気が走ったあとに感じる痛覚のような物だが、今まさに電気が走っているような感覚が下半身を駆け巡っていた。
血の巡りを確保しようと懸命に足を伸ばし痛みに悶えていると、みゃーこが駆け寄ってきて、
「みゃお!」
足が早く治りますように、と祈っているかのようにペロペロと足を舐める。
うちの子は天使かも知れない。いや、きっと天使だ。――思わず、反語が出てしまうほど可愛い。
「ほら、肩貸してやるよ」
そう言いながらカイトは手を差し伸べてくれ、ゆっくりとこちらに合わせるように立たせてくれた。
「ありがとう。助かるよ」
「おう!……それにしてもお前さんも大変だな。同情を禁じ得ないよ」
「ははは……」
僕からは引き攣った笑いしかでなかった。
「まずはさくらちゃんの登録のことだけど、こっちは首尾良くできたよ。そこでパーティー登録をしようと思うんだけど、そちらの方は?」
「そうですか、ありがとうございます。えーっと、じゃあパーティー登録の前にとりあえず各々自己紹介をしようか。まず、カイトから」
「おう!俺は鍛冶師ギルドに所属しているカイトだ。これからよろしくな。おっと、それと真冬のツレなら敬語はやめてくれよ、なんかむず痒いからよ」
カイトはさくらとフランさんには立ったまま、そしてみゃーこにはしゃがみ込んでその大きい手で握手を求めた。
「じゃあ、よろしくね」
「よろしくおねがいね」
「みゃお!」
「それから実のところ俺は───」
カイトはさっき僕が言った通り、仲間に自分の呪いのことについて包み隠さず事前に打ち明けた。――自分が呪い持ちの事。――そのせいでみんなに危険が及ぶかも知れない事。それら全て、忌避感を持たれる覚悟を持って話した。
最初に僕に打ち明けたときは、黒い絵の具のまんまの色だったのだが、今は白い絵の具に黒の絵の具を少しだけ垂らしたみたいな表情をしていた。まだ黒の影響が色濃く出ている黒に近いねずみ色の曇った表情をしていたが、初めと比べればその差は歴然だろう。
後は時間という最強の魔法が、どんどん白を強くしていって最終的にはどうにかしてくれるに違いない。
「「……なんだ――」」
身構えるように肩肘を張っていたカイトだが、その言葉に力が抜け、目を丸くする。
「それってカイトの所為じゃないんでしょ?自分の望みでそうなって私たちに害を与えようとしてるって言うなら仲間に入れる余地は全く無いけど、そうじゃないって見てれば分かるもん。もちろん歓迎するよ」
「さくらちゃんに全部言われちゃった……。私も同じ気持ちだよ、改めてよろしくね」
笑顔で僕が言ったようなことを繰り返す二人に、カイトは目に滴を浮かべ照れ隠しに言ってはいけないことをのたまう。
「ほんとにありがとな。……さっきは怖いって思ったけどよ、実は優しいんだな」
「「怖くないから!!」」
いや、怖いよ?
と、そう思った瞬間、二人は一瞬でこっちを向く。もとい、睨んでくる。
「――何にも考えていません。はい」
これ以上は墓穴を掘ることになりそうだと早々に判断をし、全面降伏を示す。
「それじゃあ、お遊びはここまでにして。パーティー登録しちゃおうか」
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