第13話 猫
「夜ご飯はなにがいい?」
「なんでもい――「なんでもいいは禁止ね!」」
「じゃあおいし――「おいしいものも!」」
…………賢者を手に入れると、予知能力でもついたりするのかな。
(そんなことはありません)
ですよねー。
「そう言えば、材料は買ってきてあるの?」
「ううん。聞いてから行こうかなって思ってる」
「じゃあ、僕も行くよ!ちょっと待ってて」
「うん!」
部屋着から外に出られるような格好に着替えてさくらとスーパーへ向かう。
「ねー!あの人たちもしかして芸能人カップルかなー?すごいお似合いじゃない?」
「そうだねー!同じ人間だと思えないよね」
スーパーに向かう途中ですれ違った老若男女のほとんどから、そんな声が背中越しに微かだが、聞こえてきた。隣を見るとどうやらさくらはステータスがまだ低いので聞こえていないようだが、おそらく聞こえない方が良いだろう。内容が聞かせてはならないほど小っ恥ずかしい。
それと皆さん先に謝っておきます、すいません。
そんなこんなで疑似芸能人の体験をしながら歩き、ようやくスーパーに着いた。
「あ、今日はお鍋の具材が安いから……夏だけどエアコンガンガンにして、お鍋にしよ」
「良いね、賛成!」
さくらはおおよそ基本的な鍋の具材を買い物カゴに放り込んでいった。もちろんカゴは男の子の僕が持ってるよ。こっそりステータスを直したから、目測でも5キロはあるだろうけど楽ちんだ。
「なんか、付き合ってるみたいだねー」
さくらは顔をさっきカゴに入れた桜色の豚肉みたいな色にして、恥ずかしそうにしながらそう言った。心なしか嬉しそうだし、楽しそうにも見える。
てか……あれ?遊園地の時から僕たち付き合ってなかったっけ……?
「――え?付き合ってなかったっけ?」
僕が思ったことをそのまま言うと、さくらは顔をさらに真っ赤にしていた。
そんなさくらの顔は桜色から、これもまた先ほど鍋のアクセントにとカゴに入れたキムチみたいな色になった。
言ったら絶対に怒ると思うから、絶対に言わないけど。
「聞いてないよ!!好きって言われてないもん!!!」
両手をグーに握り、下に振り下ろしながら全身を使って怒りを表現する。
「じゃあ……好きだよ?」
次はさっきよりさらに赤みが増し、おそらく怒りに照れが追加されたんだろう。
さくらは名前の通り、桜みたく四季折々にコロコロとその表情を変える。名は体を表すとはよく言ったものだ。
「なんで疑問系なの!?」
「え?恥ずかしいから……」
プロポーズ紛いの事はしたけど、やっぱり気持ちを口に出すのは恥ずかしい。とくに周りに野次馬根性むき出しの人だかりが出来ているこんな場所では。
微妙に聞こえるイケメン×美少女のケンカップルだー!とか本当に止めて欲しい。さくらに気持ちを伝えるよりも恥ずかしすぎる。
「この!意気地無し!!」
…………女の子って本当に難しいなー。特にさくらに関して言えば、シャーロックホームズでさえ戦慄き、迷宮入りは必至だろう。
口を尖らせ鼻息荒くレジの方へと向かうさくらの背中を見て、真冬は読んだことのある小説の主人公になぞらえてそう思った。
それから不機嫌を全身から放っているさくらに必死に謝りながら帰る途中、道ばたで真っ白な猫が喉を鳴らし気持ちよさそうにごろごろしていた。
「みゃー」
さっきまでの不機嫌はどこに行ったのやら、さくらは顔をだらしないほどにでれでれしながら駆け寄っていき、喉の下を撫でてあげる。
猫は喉をより一層ごろごろとさせ、気持ちよさそうに目を細めていた。
「みゃー!」
僕、さくらが来ないときはいつも家で一人だから猫を飼ってもいいかな。ちょうどこの猫、首輪してないみたいだし。
「ねぇ、その猫、家で飼おうと思うんだけど……。首輪もしてないみたいだしさ」
「え、ほんと!?飼いたい!」
さくらは若干食い気味で撫でていた手を止め、魅力的な提案をした真冬の方に振り向く。具体的にどこか言うと、“家で”の辺りでもう完全に真冬の方へと顔は向いていたほどの食いつきだった。
ある種の入れ食いだっただろう。もっとも、えさを入れる前に食いついていた感はあるが。
「さくらが飼うわけじゃないでしょ。せっかくだから名前付けて」
真冬は自分が名前を付けるセンスが絶望的、かつ壊滅的なのを理解しているので、さくらに頼むことにした。頭に思いついたのをここだけの話にして挙げるとするならば、候補は三つ。――ぬっこ。――ニャンニャン。最後は――猫。
さくらは家に来たときぐらいしか会えないだろうから――という考えもある。
「付けて良いの!?じゃあ……みゃーって鳴くから――みゃーこ。で、どう?」
「安直過ぎない?」
「みゃー!」
白い猫は甘えるような声を出しながら、さくらの足に頭をスリスリしていた。
「ほら!みゃーこも喜んでるよ!」
「じゃあ、今日から君はみゃーこだね。よろしくね」
「みゃー!」
みゃーこは小さい歩幅で一生懸命僕たちの後ろをついて歩いてきた。かわいい。
家に着くと、夜ご飯にするにはぴったりの時間だった、
僕はみゃーこをお風呂へ。さくらは料理を台所で。
「みゃーこ、熱くない?」
「みゃー!」
この子、本当に頭良いし、何よりかわいい。そして、かわいい。
大事なことだから2回言った。
僕の家のシャンプーは、刺激が強い界面活性剤を使ってない100%天然素材のシャンプーなので、多分猫にも使えるだろう。今度、猫用のやつも飼ってあげる予定だけど今回はしょうが無い。
シャカシャカシャカシャカ。
「みゃおみゃおー!」
洗って貰えて、とても喜んでるみたいだ。かわいい。
「どこか痒いところは無いかな?」
「みゃおー?……みゃお!」
みゃーこは、前足を器用に使って耳の後ろを掻いた。
「お客様ここでよろしいですか?」
シャカシャカシャカ。
「みゃお!」
全身の泡をお湯で流してあげてから、タオルで隅々まで拭いてあげた。
ドライヤーも音が大きいからビックリするかなと思いきや、みゃーこは一切暴れたりせず、大人しくされるがままにじっとしていた。
本当に賢いな。まさか実はケットシーで、そのうち二足歩行で立って話すとかないよね……?
「みゃー!」
その鳴き声は、考えを読み取って返事をしたのかと思うような、絶妙な間だった。
お風呂から出ると、タイミングを見計らったかのように机の上に鍋がさくらの手によって置かれた。化学的にも第六の味覚と証明された圧倒的なうま味を放つだしの芳醇な香りと、非化学的だが確かに存在する空腹という人類史上最高のスパイスが、食欲を刺激して離さない。
「ちょうどよかった。今できたところ。座って!――あ!みゃーこは食べられるか分からないから、別に用意してあるね」
「みゃー!」
二人と一匹――いやにゃーこもすでに家族なので、三人だろう。三人は机を囲み声を合わせ、食事のかけ声を発する。
「「いただきます!」」
「みゃー!」
ちなみにだが、みゃーこは真冬とさくらが囲んでいるローテーブルよりもう一回り小さいサイドテーブル的な机に皿を置いて、食事をしている。
冷房をガンガンに付けて、熱々の鍋を食べる。それは、冬にこたつでアイスを食べることと同じような感じだ。あるいは、夏に湯気が立ちこめるラーメンを頬張ることでもある。
それらは端的に言って、最高な物だ。何故なのかは分からないが、とにかく最高なのだ。
理由のないものこそ一番確固たる理由だと、僕は思う。理由が一つでも挙げることが出来れば、または羅列できてしまえば、それは別の何かに置き変えられるということの裏返しだからだ。
そんな誰に説くわけでもなく、自分の中で、自分だけで完結させるという、非常に益体も無いことを考えながら食べていると、お腹が膨れた。
「「ごちそうさまでした」」
「みゃー」
三人が食事終了の言葉を放ったのはほぼ同時だった。そして、今各々が思っていることも恐らく同じようなことだろう。
「じゃあ、片付けが終わったら向こう――異世界に早速行こう!」
「それは良いんだけど、みゃーこはどうするの?真冬の家に置いておくの?」
――あ!みゃーこのことは何にも考えてなかった。みゃーこに出会ったのは異世界にさくらが行くって決めた後だったから、失念していた。
「……どうしようか」
「みゃー!みゃおみゃお!」
何か良い案は無いかと悩んでいると、さくらとみゃーこが面と向かって頷き合っていた。その様は、言葉ではない何かを使って会話をしている様だった。
そんな様子を見て、みゃーこの頭の良さと、さくらの自然的な直感の良さを鑑みると、全然その可能性は多分にあり得るので、嫌な予感と共に変な汗が出てくる。
「みゃーこが一緒に行きたいって言ってるよ」
直感的な嫌な予感と、空に向けて吐いた唾は、往々にして当たるものだ。前者は、自他関係なく。後者は、自分にだけ。という但し書きが付くが。
「……本当に言ってるの、みゃーこ」
「みゃおみゃーお!」
みゃーこはその言葉を聞き、ミーアキャットの如き直立で立ち、任せろと言わんばかりに前足で胸?を叩いた。
何時そんな芸当を覚えたのかはさて置き、そんなことが出来るほど賢いのなら、悪いことには巻き込まれないかなと思った。
「分かったよ。そこまで行きたいなら連れてくよ。ただし!僕のそばにずっといるんだよ。それだけは守ってもらうからね」
「みゃお!」
それから食事の片付けをした後、他の細かい決まり事を三人で話し合って決め、人間組はお風呂に入った。もちろん二人別々に、だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
門外漢なのでよくわかりませんが、100%天然素材だからって猫に安全とは限りません。物語の流れ上、人用のやつを使っただけですので、猫を洗ってあげる時は猫用のシャンプーを使ってあげてください。
おもしろいと思っていただけたら、ブクマと評価お願いします。
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