第12話 プロポーズ?

「ふー、お腹いっぱい……あ!あそこのお魚さんおいしそう」


「……さっきあんなに食べたよね。……てか、水族館の魚をそんな感じに見る人は初めてだよ!」


「えへへ、それほどでも!」


「褒めてないから!」


 そんなこんなで水族館で、僕が100人両手を伸ばしても端から端までたどり着かない大きい水槽や、ボールを巧みに操ったり飼育員さんと息ぴったりにショーをするイルカなど様々な魚を眺め、1時間半ほど過ごした。



「ねー、真冬?まだ乗ってないの1つあるよね?乗らないの?」


「観覧車だよね?暗くなったら行こうって思ってたんだ!昼も良いけど、やっぱり夜に乗った方が綺麗だし、ちょうど渡したいものもあったから……」


 その言葉を契機に、2人の間には今まで覗きもしなかった男女の緊張感が薄らと漂う。


「あの……まだ少し、肌寒いので手を繋いでもらっていいですか?」


 初夏の夜はまだ少しだけ肌寒い。そう言ったさくらの顔は俯いていて少ししか見えないが、その少しでも分かるほど真っ赤になっていた。その赤は、寒さの所為か、恥ずかしさの所為、どっちなんだろう。おそらくどっちもなんだろう。


「う、うん」



 観覧車に乗るまでの道のりは、今までの空気とは一変してお互い終始無言だった。

 でも、その無言には気まずさなど無粋なものなどは一切無く、むしろ言葉を交わさなくても心が通じあっているみたいで、2人にとっては心地の良いものだった。



「わー!綺麗……」


「そうだね……」

 

 観覧車が下からゆっくりと上がっていって90度(乗り口が6時だとするなら9時)に観覧車が到達したところで、さくらが思わずといった感じで感想をポツリと呟いた。

 月明かりに照らされているさくらの横顔は、ゴンドラの外に映る夜景よりも遙かに綺麗で、乗ってからずっと視線は奪われ続けていた。


 そして、ゴンドラが一番上に辿り着いたとき、


「あのさ、さくら。これ、異世界行くならつけなきゃいけない指輪。これがさっきいってた渡したいものなんだけど……」


「なんかプロポーズしてるみたいだね」


 そう言ってさくらは少し恥ずかしそうに、だけど凄く嬉しそうに、はにかんだ。その言葉に、これから言おうと準備していたことを言い当てられたような気がしてドキッとするも、遊園地に来る前から高鳴っていた胸の鼓動がそれを一瞬のうちに打ち消した。


「…………プロポーズは、僕が君に守られる必要が無くなるほど強くなったときに改めてするよ。――だから、それまで待ってて」


「はい。待ってます」


 さくらは僕の言葉に一瞬驚くような表情をするが、刹那の間に納得するような面持ちになり、左手を差し出してきた。そして、ある指を強調するようにしてそれだけ浮かせると、


「ここに嵌めて?」


 その言葉、その表情、その行動から、さくらの想いが余すことなくありのまま伝わってきて、もうこれ以上早くならないと思っていた心臓がはち切れんばかりの鼓動を刻む。


 緊張が緊張を呼び、その緊張がまたそれ以上の緊張を――という果てしないハウリングのように高まっていく鼓動の早さを、これほどまでに緊張するほどさくらは大事な人なんだと、許容しこれを受け入れる。

 その瞬間、今まで一つの感情が全てを占めていた心の海に、一滴だけ、たった一滴だけ全く違う感情がポツリと垂らされた。その垂らされた感情は無限の連鎖を繋いでいく波長を宥めるように優しく解き、そのまま波紋のように心の隅々まで広がっていく。


 ――人はその感情を幸せと呼ぶのだろう。


 その感情が海全体に広がる頃には、震えていた手や張っていた肩などの入っていた不自然な力が憑きものが落ちるようにして抜けていき、その後には自然な笑みが溢れ、おもむろにさくらの左薬指に指輪を嵌める。



 それからの帰り道は先ほどまで漂っていた張り詰めた緊張感などそこには存在していなく、長年支えあってきている夫婦のような安心感が2人を包み込んでいた。



「じゃあ、また明日ね!親は適当に説明して、誤魔化しとくから!」


「うん、頑張ってね。また明日」


 さくらの家庭は、お父さんは会社で働いているため平日は家に居ないが、お母さんの方は専業主婦で基本的に家に居ることが多いので、何の音沙汰なしに何日も家を空けることができない。なので、異世界に行くためには長期間、家に帰らないという趣旨の連絡をするようだ。

 だが、有り体に異世界に行くと突拍子もないことを言ってしまったら、それこそ医者に通わせられたり、心が疲弊していると思われて家を出られなくなるので、さくらは友達の家で宿題を泊まり込みでやる、という説明をしてなんとか誤魔化すみたいだ。



 その晩、目を閉じ意識が睡眠という沼に沈んでいった次の瞬間、また白い空間に佇んでいた。


「やあ、また呼んですまないね。今度は君にミッションを与えようと思う」


「ミッション……ですか?」


「うん、ミッション。異世界には7つのダンジョンがあるのは知っているよね。それを全部攻略してほしいんだ。なるべく早くに」


“なるべく早くに”と言った声音はやけにアクセントが効いていて強調しているように聞こえた。


「その理由を聞いてもいいですか?」


「まだ話せないかな。ただ真冬くんが異世界に行けるようにした僕に少しでも、感謝の気持ちがあるなら、もちろんやってくれるよね?」


 その訊き方だと拒否権がない。そう不服に思いながらも感謝しているのは間違いないので、快諾まではいかなくても承諾する他ない。


「……わかりました。なんとか頑張ってみます」


「よろしく頼むよ。あ!これあげる。それじゃまたね」


 白い空間がゆっくりと目を瞑ったときのように暗転していくなか、神様は手に何かを持たせてきた。真冬は、悪いことにはならないだろう、とそれを受け入れ現実世界へと意識を戻されていくのだった。



 目を開けると手には前よりも少し大きな違和感があり覗いてみると、コンビニなどで売っているような大きさのエナジードリンク大の小瓶が握られていた。前回は思い出すまでは少々のラグがあったと記憶しているが、今回は慣れてきたのか目が覚めたときにはもうこんなことがあったと覚えていた。


 まさかのまさかだけど神様がここに来て、直接渡しているわけじゃないよね。あり得そう……


 と、無きにしも非ずな想像に身震いをしながら手にある瓶を見ると、モンスターハウスで手に入れたスキル能力低下ステータスダウンが入っていた瓶にそっくりだった。

 ただ一つ違うのは上のコルクに賢者と書いてあった。


 これは効果が分からないし、僕が使うよりもさくらに使って貰った方がいいよね。おそらく神様もそういう意図で渡したんだろうし。てか、神様は一体どこから僕たちのことみてるんだ?


(そのスキルは適正関係なく全属性の魔法が使えるようになるスキルです。さくらさんに譲渡すると、前衛は真冬さん、後衛はさくらさん、と役割分担できるようになりますので、そうした方が賢明だと思います)


(そうなんだ。一応聞きたいんだけど、属性ってなにがあるの?)


(火・水・風・雷・土の基本属性に加えて、光・闇・回復の特殊属性の合わせて八種類になります。補足で説明させていただきますと、これらは下級、中級、上級、亜神級、神級の五階級があります。階級が上がっていくとより原初の魔法、つまり神の御業に近付くことになります。先ほどの種を使うと、誰でも八属性の下級なら使えるようになります。)


(一番すごい神級を使える人はいるの?)


(神級はいませんが、亜神級なら一人いて、すでにその人とは会っています)


 亜神ってことは神様の一歩手前ってことになるよね。そんな人いたかな……


(あの神様じゃ……ないんだよね?)


(そうですね、それは違います。その人もあまり公にしたくないそうなので、これ以上の詮索はよろしくないかと……)


 そうだよね。この件は頭の片隅に入れておくだけにしよう。



 そんな事を考えていると鍵がドアに挿される音がして間もなく、


 ガチャ。


「お邪魔しまーす」


 リビングの扉が開き開けた主であるさくらは、海外に長期旅行に行くのではないか、と思うぐらいの大荷物を両脇に抱えてやってきた。


「あれもこれもって持ってくの決めてたら大荷物になっちゃった」


 荷物を邪魔にならないところに置き、テヘッと効果音が付きそうな程ずいぶんかわいらしい照れをさくらは見せた。


「よく親に怪しまれなかったね」


「うん、なんとか誤魔化せたよ!友達の家に泊まって、一緒に旅行行って、そのまま続けてキャンプ行くって言った」


「よく誤魔化せたね!?僕が親だったら一瞬で嘘って分かるよ!?」


 さくらの親はわりと天然?のようだ。


「てか、周りと合わせるためにも服とか向こうのやつ買おうかなって思ってたんだけど……」


「あ、そうなの!?でも、こっちで遊びに行くとき無かったら困るでしょ?だからいいの!」


「――――」


 戦をしに行くわけではないが、海外旅行に行くというほど軽い物でもなく。少々の心配が残るも、僕でさえ立ち回れていたんだからさくらならお茶の子さいさいだろう、と鼻歌を歌いながら荷物の整理をする彼女を見て思った。



 さくらが荷物整理終えたところで、タイミング良く忘れていたことを思い出した。


「あ!そうだ忘れてた。この中のやつ口にいれて」


 蓋に賢者と書いてある小瓶をさくらに渡した。

 渡された小瓶を隅々まで観察をしたさくらはこれ以上無いほど怪訝な顔をして尋ねてきた。


「これ何……?やばいやつ?」


 確かに白い粉が固められたような見た目の中身は、ともすれば麻薬などの系譜に見えなくもないけど、身近で一番似てるのは――


「開口一番にそっちが出てくる方がやばいと思うよ!?普通はラムネっぽいと考えると思うよ!?……魔法が使えるようになるスキルの種なんだって。だから、安心して」


 その言葉を意に返さなかったさくらは小瓶を空け、ラムネみたいな何かをポイッと口に放り入れた。

 多分だが、意に返さなかったと言うよりは、端から危険な代物じゃないと分かってて聞いてきたのだろう。それを信用されてると受け取れば良いのか、そんな物を渡す度胸がないと思われていると受け取れば良いのか。精神衛生上、前者と受け止めさせて貰おう。


「わ!溶けるの早い!」


「なんか変わったことある?」


「んー……。火とか水とか色々だせそう……?」


(ナビー、スキルの種食べたからって急に魔法って使えるようになるものなの?)


(子どもは自転車に乗れるようになるまで努力し練習しますが、スキルの種はその努力の経験値を補ってくれるようなものです。なので、さくらさんはあと魔法を発現しようと行動を取れば発現させれるということです)


 異世界のことを地球の物差しで測ることは、再三にわたり不可能と感じ、自分の認知の甘さを感じた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 指輪は着けると見えなくなります。ファンタジーなのでなんでもアリです。


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