第11話 遊園地

 夢は目が覚めた瞬間から徐々に記憶から抜け落ちていく。それは手に掬った水が隙間から溢れ落ちていくかのようだ。


 目を覚ましまだ鉛が詰まったような重い身体を起こすと、右手にはやけに存在を主張してくる違和感があった。異様な雰囲気を放つ右手をゆっくりと開き違和感の正体を見てみると、何の変哲のない指輪がそこにはあった。

 そして、それを見た瞬間、手から溢れていた水が逆再生してまた元通り、手に収められるみたいに、夢での出来事の記憶が秒を追うごとに鮮明になっていた。


 夢だったのに本当に現実世界に干渉できちゃった……。これはもう神様で間違いないだろう。まあ今更疑う余地は無いんだけどさ。


 と、こんな感じに益体もないことを考えながらぼーっとしていると出発の準備をしなくてはいけない時間を少し過ぎていたので、急いで寝間着からちゃんとした洋服に着替えようとすると――


「あ!僕、家からあまり出たこと無いから、外に来ていくような洋服持ってない……」


 普段、室内着で着ているジャージや、現在持ち合わせている服は贔屓目で見てもラフすぎる。それで行くと、遊園地なのに――って怒られるのは請け合いだ。待ち合わせ場所に行く前にちゃちゃっと買えば良いか。

 

 とりあえずは間に合わせで、長い間お世話になっているせいで色落ちが激しいジーパンと、楽だからという理由でまとめ買いしてあったシンプルな白のTシャツを下ろして着た。

 それらを着たところである違和感が頭を過ぎった。


 このTシャツ大きめ買ったはずだったんだけど、着てみたらわりとそうでもないな。むしろ、少し小さくないかな。それにジーパンも股下が足りなくなってる。極めつけは、どの服のサイズも小さくなってるのにも関わらず、ズボンのウエストだけは大きくなってる。

 まさか身体がこんな短期間で大きくなるわけないよね。……ないよね!?


(そのまさかで、ステータスの変化に付随して、真冬さんの体躯はより動きやすいように進化したんです。…………今まで気付かなかったのですか?)


 ナビーが心なしか無遠慮になってきて、当たりが強くなってきてる気がするんですけど……



 ナビーからの扱いに首をかしげながらも待ち合わせ時間が差し迫っているので、それを指摘することなく早々に準備を終え、真冬は家を出た。



 現在、遊園地に相応しい服を買うために各種様々な店が揃っている市街地を歩いている。

 街の至る所にある時計を確認すると、服を買うのにある程度の時間が掛かっても約束の時間に間に合いそうなのが分かり、肩の力が抜ける。その結果、今までは見向きもしなかった周りからの視線が多いことに気が付いた。

 その視線には体験したことのない感情が窺え、変に嫌悪感を感じないそれに真冬は得も言えぬ恥ずかしさを覚え、洋服屋が軒並み揃う場所に向け足を早める。


 そんなに服のサイズおかしいかな……



 洋服屋さんが見えてくると、目に映るその場所は自分には場違いな気がしてならないので、今一番頼れる人に服のアドバイスを求めることにした。


(ナビー、僕に似合う洋服があるお店、分かるかな?)


(今の真冬さんならなんでも似合うと思うのですが……あ!あそこのお店が同じ年代の人にウケが良いです)



 ナビーが指した店に足を踏み入れると、外観からも見て取れたお洒落感が中ではより一層増しており、外のお洒落さは中の濃密な洒落た空気が薄らと漏れて、小洒落ていたに過ぎなかったんだと、戸惑いからか詩的にそう分析していた。

 服を手に取り選りすぐるわけでもなく、尻込みして入り口でただ突っ立っているところに、店員さんと思しき全てが洗練されている女の子が、ニコニコと愛想の良い笑顔を浮かべながらやってきた。


「なにかお探しですか?」


「あ、はい。えーっと……洋服を探してます」


「ふふふ。洋服屋さんで洋服以外は探さないと思いますよ」


 初めて話すのに加えて女の子と言うこともあり極度に緊張してしまい、至極当然の当たり前のことを口走ってしまった。それを聞いた女の子は、口に手を当てて上品に微笑んだ。


「そ、そうですよね。じゃあ、僕洋服のことあんまり分からないので、適当なやつ選んでもらえますか?」


「わかりました」


 店員さんはそこら辺に展示してある服をパパッとあっという間に選んできて、手慣れた様子で試着室へと案内してくれた。


 渡された服は、どこぞのモデルさんが着てるような格好いい洋服で、到底僕には似合わない気がしてどうしようもなかった。


(つべこべ言わずにさっさと着てください。待ち合わせに間に合わなくなりますよ)


(あ、はい。すいません)


 不承不承ながらも洋服を着替えて、選んでくれた店員さんの女の子には見せないとと思い、試着室から出てみると、


「わー!すっごくお似合いです!これからデートとか行かれるんですか?」


 両手を合わせ恍惚とした表情をする姿は、さながら大好きなスーパースターを目にしたときのそれと同じで、何故という気持ちと気恥ずかしさがない交ぜになり、鼻白む他なかった。


「……デートっていうか、幼馴染みの女の子と遊園地に行きます」


「その服装なら幼馴染みさんもかっこいいと思ってくれますよ!」

 

 そのまま面白いほど褒めちぎられ値段は結構したが、今更断ることなど出来ず薦められた全部をその場で買ってしまった。

 まんまと乗せられた感じは否めないが、自然と嫌な気持ちはしなかった。それは女の子の褒め方は過剰と言える程までのものだったが、おそらく本心から言っていたためであろう。ものすごく恥ずかしかったけど。


 店のご厚意で、買った服を試着室で着替えさせてもらってから、外に出てみると、街行く人の視線がさっきとはまた別の物に変わった。


 猫も杓子も遠巻きにこちらを窺い小声で何か話しているので何を話しているのかどうしても気になるので、歩きながらこっそり聞き耳を立ててみる。


「ねえ、あの人すっごくかっこよくない?芸能人かなー?」

「たしかに!ずっと気になってたー!声かけてみようよ?」

「えー……恥ずかしいからやめようよ!」

 

 と、聞いてはいけないものが聞こえてきたので、このことは墓場まで持って行こうと決意した。

 それにしても、格好いいって僕のことだろうか。僕の周囲にはなぜか誰もいないし、こっちを見てるから自意識過剰でなければ十中八九そうだろうけど……。店員さんのセンスとこの服のおかげかな。



 身につけた物の良さのおかげで、行った先行った先の道行く人からの視線は人気の俳優さんが浴びているであろう脚光と同程度のもので、それに飽き飽きする頃には待ち合わせの場所に着いた。設置されている時計台を確認すると急いだおかげか、決めた時間のちょうど10分前だった。


 ふと近くにある噴水の方を見てみると、どこかの映画のヒロインが、間違って出てきてしまったのかと思うぐらい綺麗な女の人が、待ち人を今か今かと待ち望むかのように佇んでいた。

 穢れを知らない真っ白なワンピースと、当人の醸し出す涼しげな雰囲気のせいで忘れそうになる季節を思い出させてくれる麦わら帽子の二つを纏った姿は、清楚という言葉をそのまま具現化したような雰囲気をまとっている。そして、それはまるで芍薬でもあり、牡丹でもあり、百合の花でもあるかのようだ。


 そんな人が僕の待ち人で有り、僕は向こうの待ち人であるとは自分自身でも到底信じがたい。


「さくら、お待たせ。10分前なのに早いね」


「――え?ど、どうしたのその服!そんな感じのやつ持ってなかった……よね?こっちに向かってきたとき誰かと思ってたよ!その…………すごく似合ってるよ」


 情報量満載のそんなことを言いながら、驚き、疑問、そしてまた驚きに加え、最後は真夏に照らす太陽のようなとびっきりの笑顔で褒めてくれた。


「さっきお店で買ってきたんだ。さくらもその服装…………すごく似合ってるよ」


「あ、ありがと……」

 

 僕もさくらも付き合いの月日は凄く長いはずなのにまるで付き合いたてのカップルみたいに、自分が言ったことにも、相手が言ったことにも、合わせて二倍ほど照れて見せた。 


 一頻り二人して顔を真っ赤にし、俯きあった後、立ちあおりが早かったさくらはまだ少しだけ赤みがかかっている顔を上げ、


「さ!早くいこ!?」


 と、飛びつくように白く折れそうなほど細い腕を組んできた。


「う、腕組むと暑いしさ、そ、その……離れよ?」


「今日は心配かけたお礼なんでしょ?言うこと聞くの!」


「あ、はい……」



 遊園地のゲートを潜ったときには、2人のテンションは最高潮へと上がりつつあった。


「真冬、あのジェットコースターに乗りたい!!あ!あっちのメリーゴーランドも!あそこには観覧車もあるよ!全部乗りたい!!」


 横で手を繋ぎながら子どものようにぴょんぴょんと跳ねながら、アトラクションを指さすさくらは、動きから分かるように、テンションはもうすでに最高潮を越え、天井知らずだった。そんな様子を見ると、昨日の見ていて痛々しいほどに落ち込んでいたさくらはもうここにはいなく、通常運転に戻っているので一安心だ。


「そうだね。でも、その前に痛いから、飛び跳ねるのを止めるか、手を繋ぐのを止めようか!?」


「ほら、行くよ!!」


 手を離すという選択肢は端から無いらしく、跳躍という上下運動は止めてくれた。だが、今度は猪突猛進にアトラクションへ向かうための左右運動のせいで、普通ではあり得ないほどの力で握る手を引っ張られ、肘の関節やら肩の関節が悲鳴を上げる。しかし、先導して歩くさくらの幸せそうな顔を見ると、そんなことはどうでも良くなり、そっとしておくことにした。凄く痛いけど。



 それから僕たち2人は、遊園地に初めて来た小さな子どものようにはしゃぎ倒しながら、乗り物を次々と制覇していった。退屈なはずのアトラクションの待ち時間でも、周りのカップルは挙って携帯とデートしているにも関わらす、僕たち二人の話は尽きることなく、終始笑顔で過ごしているのだった。



「はあ疲れた。忘れてたけど、お腹すいたよ……」


 乗り物と会話に夢中になりすぎて、時刻はお昼をとっくに過ぎていた。


「そうだね。じゃあ、んー……あっ!あそこのお店に行こうよ!」


 さくらが指を指したお店は、遊園地の中に建てられている時間無制限のバイキング形式のお食事処だ。この遊園地の中でも屈指の人気処であり、食事時をとうに過ぎていてもそれなりに中に人がいることが遠目からでも見て取れた。



 お腹が空きすぎてもう何でも良くなっていたので、一も二もなくそのお店に即決した。

 お店に入り、2人分の料金を支払い案内してくれた席についた。


「ありがとね。遊園地のチケット代も食事代も払ってくれて」


「どういたしまして!いつもご飯作ってもらってるし、お詫びも兼ねてるから、ね」


「じゃあ、取りに行こ」



 さくらは、女の子なのによく食べる。それはもうよく食べる。

 席に着き最初の食べ物を持ってきてから1時間は経っているのに、ペースを落とすことなく次々とよそった食べ物をその小さな身体に収めていく。その華奢な体のどこにそんな量の食べ物が入るのやら。

 さくら七不思議の一つに選ばれているだけのことはある。


「真冬、もうごちそうさま?まだ食べはじめてから少ししか経ってないじゃん」


「どこが少しなの!?もう1時間は経ってるからね!?」


「真冬は本当に食べないなー。そんなんじゃ大きくなれないよ……ってそういえば、結構身長伸びているよね?」


「なんかステータスが上がって体が動きやすいように変わったみたいなんだよね」


「そうなんだー」


 さくらは生返事をした頃にはもう興味を失っていたようで、すぐに食事へと気を向けた。


 それから結局のところ、トータルで2時間弱ほど食べ続け、僕たちは遊園地に併設されている水族館へ向かった。


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