第8話 ダンジョン!!! ☆
僕は今、一切の誇張抜きで今世紀最大と言えるほどの危機的な状況に陥っている。
――時は遡ること3時間前
豚の絵は一端頭の隅にやりつつ、塔に足を踏み入れ中に入ってみると、ダンジョンの内部は黄昏時ぐらいの明るさで薄ぼんやりとしており、洞窟のような物々しい雰囲気が漂っていた。
結構な高さがありそうな天井までは、微妙な暗さも相まってか視認出来なく、左右の壁までは、大人3人ぐらいが目一杯手を伸ばしても少し余裕があるほどの広さがある。
端的に言うと、ものすごく広々としている洞窟ということだ。
塔を間近で見た時の目測では、外周を徒歩で1周するには10分もあれば事足りると思ったのだが、いざ蓋を開けて塔の中身に入ってみると、終着点が見えないほど長々とした一本道で、その長さはおそらく外で見た塔の直径を優に超しているだろう。
何らかの魔法やカラクリがあるんだろうが、それでも外観と内部の不釣り合いさに唖然とする他なく、ただただ摩訶不思議な空間だなと思った。
そんな風に呆けている真冬にナビーは衝撃の一言を発した。
(今回は10層まで行って帰るだけなので、危険も少なく、死ぬような状況に陥ることはほぼ無いと思われるので、私はサポートしません。学んだことを生かして頑張って下さい)
(……え?ほんとに?大丈夫かな)
ナビーなりに考えあってのことだろうがその一言は、元の意であるナビらしかぬ発言だった。案内しかり、指南しかり、その役割を放棄したのだ。
その言葉を受けた真冬は、自分だけで大丈夫なのかなと一抹の不安と、逆に自分がどこまで出来るのかという期待を同時に覚えながら、歩みを進めたのだった。
真冬は先ほどから道の真ん中を堂々と闊歩していた。
――その訳は、ダンジョンでは横の壁から魔物が一定時間で
ある程度の間合いを
しかし真ん中に身を置くということは、時には魔物に周囲を囲まれてしまうこともあるだろう。そこでも壁を背にして、近くの壁から魔物が出てくるか出てこないか気を使いながら戦闘するよりかは、確実に背後にいる状況下で戦う方が消耗も少なく、油断もしないだろう。
生粋の日本人である真冬としては、理由があろうと堂々と真ん中を歩くことに多少の嫌悪感があるのだが、フランさんと大事な約束をしたため、どんな些細なことでも気をつけようと決めているのだ。
入り口から少し歩いたところで前方には、異世界に来たとき初めて戦った魔物――ゴブリンが僕から見て前2体、後ろ1体の逆三角形状に隊列を組みながら、こちらに背を向け歩いていた。
『グギャギャギャ』『グギャギャ』『ギャギャ』
自分たちの左右だけを執拗に警戒し、背後を確認する気配さえしないほどに警戒心の薄いゴブリン達は案の定、背後にいる僕に気づいていないようだ。
「――――」
気付かれないうちに先手必勝と思い、素早く近づいていく。
そして、後ろの1体との距離が目と鼻の先にまで近づいたところで、帯びているカイトお手製の剣を、鞘から躊躇わず一気に抜き、
スパッ!!!
――一閃。その軌跡は吸い込まれるようにしてゴブリンの首を捉え、気付かせる間もなく命を掠め取っていく。
『グギャギャ……?』
斬られたゴブリンは自身の身体に違和感を感じ、それを確かめるべく声を出しながら振り向くが、その振り向き様に頭と胴体部分がズレるようにして断ち切れ、すぐそこに有ったはずの命が無くなっていることに遅ればせながら気づく。
パリンッ!
命を散らしたゴブリンは、ガラスが割れるようにしてその存在をこの世から消した。
仲間の異変に気付いた前の2匹が振り返る挙動を見せたので、顔がこちらを向く前に返す刀で水平に横に振り抜く。
スパッ!スパッ!!
『グギャ!!』『ギャッ……』
パリッパリン!
残りの2体もガラスが割れたような耳に残る音を立てて、消えていった。
ゴブリン3体を難なく倒した訳だが、木綿豆腐を切るように、撫でるだけで切断していくほどの教委的な切れ味は、最初の1匹を斬った時と次の2匹を斬った時と何ら変化は無く、作り主の手腕の一端が窺い知れた。
ネットで日本刀は、実のところ2、3人も斬ると刃こぼれはもちろんのこと、脂や血液の付着により切れなくなると見たことがあるが、カイトが造ったこの剣はそんなことなどお構いなしにいくらでも切れそうだ。
ゴブリンが消えた地面には、こぶし大の真っ赤な魔石が3つ落ちていたので、それを拾う。
この世界に来た時初めて倒したゴブリンが落とした魔石よりも目に見えて色が濃いため、順当に考えればおそらく今回の奴らの方が強いのだろうが、剣が強すぎていまいち相手の強さが分からない。
これは、切れ味が良すぎるこの剣のデメリットだろう。
それから結構な回数戦闘をしたが、剣のおかげもあって……というより、十中八九カイトの剣のおかげで、危なげなく倒せた。
そして、ようやく折返し地点である10層にあるボス部屋の扉前までやって来た。
10の倍数の階層にはボス部屋があり、その入り口である扉周辺は魔物は絶対に近付かないらしいので、念の為今はそこで帰りのための英気を養っている。
何故休憩を念の為に取っているのかと言うと、身体の方はステータスの恩恵である程度強化されているためあまり疲れていないのだが、精神の方だけは自分ではどうすることも出来ず、度重なる
扉の前で腰を落ち着かせダラダラと休憩していると、ふと疑問に思った。
――何で他の冒険者とほとんどすれ違うことが無かったんだろう、と。
実際、真冬がダンジョン内ですれ違った人数は2パーティーの計7人だ。最初にすれ違ったパーティーは男3人組で、次は、4人組で男女半々のパーティーだった。どちらも、真冬の振る舞いや服装から、ルーキーということに気付いたのだろう、気さくに挨拶をしてくれた。
――ここまでは何ら不思議のない事なのだが、問題は次なのだ。
この2パーティーに出会ったのは4層と8層で、そこは下階層中の下階層なのだ。
余談だが、1~30階層は下階層。31~60階層は中階層。61~72は上階層となっている。それより上は、まだ人類が到達していない未到達階層となっており、その情報はギルドが喉から手を出して欲しがっているそうだ。
閑話休題――
何故階層が低いことが問題なのかというと、必ず1階から入るしかない構造になっている3階建てのビルを想像してみてほしい。ある時、そのビルの1日の入場者数を1階、2階、3階と階別で集計することにした。
まず1階ではこのビルに入ってきた人は確実に通るため、ビルの入場者数=1階の入場者数となる。では、2階ではどうだろうか。1階で用事が済んでしまった人は、2階にはわざわざ上がることは無いだろう。なので、必然的に1階の入場者数よりは少ないだろう。同じ事を3階にも言えるだろう。つまり、1日の入場者=1階>2階>3階と図式が成り立つ。
――この事から、下の階層、つまり入り口に近い階層の方が、それより上の階層よりも人は多くなる、ということが分かる。
なので、下階層も下階層の10階以下で、2パーティーしか巡り会わないことを不思議に思うのは、至極当然だと言えるだろう。
ここでいくら考えてもまだダンジョンの1割ほどしか知らない訳だし、ギルドに帰った後で、フランさんに直接聞けばいいか。
――と、真冬は考えることを止め、身体の休息に力を注いだ。
休憩している間、初見の魔物との戦闘だけ〈ハイライトで〉紹介しよう――
『ガゥガウ!!』
これは犬型の魔物――ハウンドドッグだ。素早さはあるが、攻撃力が低く、耐久もそんなに高くない魔物だ。
トータルのステータスは真冬の方が圧倒的に高いので適当にやっても勝てるが、ちゃんとした戦い方を覚えるために力技のごり押し戦法では無く、しっかりと相手の特徴を掴み、弱点を攻める手法で太刀打ちした。
ハウンドドッグは正面からの攻撃に強いから横から攻めろ、と本に書いてあったのを思い出し、ハウンドドックの横に回り込むように素早く移動し、剣で唐竹割りで切りつけた。
パリン!
ハウンドドックは上半身と下半身に分かれ、絶命しその命を魔石へと変えた。その魔石の色は、そこまでは濃くない橙色だった。
『グギャ!!』『グルゥー!』
こいつらは、ゴブリンライダーだ。
ハウンドドッグにゴブリンが騎乗している、ただそれだけで何の変哲も無い魔物だ。
何か1つハウンドドッグとゴブリンの両者には無い特徴を挙げるとしたら、こいつらは2人で1つ――もとい、2体で1体なので、どっちか片方に致命傷を与えるか、HPを減らし切ることが出来れば倒せるカラクリだけだ。
真冬はハウンドドックの戦闘時とは
落ちたドロップ――魔物が死んだ際に落とすことがある、その魔物にまつわるアイテムはハウンドドッグの牙で、魔石は結構濃い橙の魔石だった。
ハウンドドックの牙は粉砕すれば薬になるし、加熱し鍛錬すれば強度が出て、武具にも使える万能で重宝される牙だ。
『ポヨンポヨン』
遂に待ちに待った魔物の中の魔物――スライムが出てきた。
ただ見た目は“ぷるぷる。僕、悪いスライムじゃないよ”のスライムとは一線を画していて、赤透明でゼリー状の丸い物体の中にビー玉大の
ほとんどの魔物の体内にはコアがあり、それを破壊すれば確実に倒せるので、弱点と言い換えても良いそれが見えているスライムは、魔物の中でも比較的倒しやすい部類だろう。
シュパッ!!パリン!
ドロップで落ちていたのは、プリンみたいな形状のゼリー――通称スライムゼリーと真っ赤な魔石だ。
スライムゼリーは魔力がふんだんに含まれており、食べると魔力を回復することが出来る魔法使い御用達のものだ。
――以上が初見の魔物のハイライト。
この他に20回ぐらいは戦闘したと思うが、回数の割には魔物の種類は少なかった。広辞苑ほどの厚さの本を覚えたのだが、少しだけ骨折り損感は否めない。
稼ぎを決める肝心のドロップの内訳としては、赤色の魔石22個、橙色の魔石36個、ハウンドドッグの牙10個、レッドスライムゼリー8個。一つ一つどのくらいで売れるのかは分からないが、まずまずの成績と思いたい。
それらは全て、コートの内側にある専用収納スペースに入れてある。
ナビー曰く、どうやらここは付与魔法で拡張が為されているようで、見た目にそぐわず多量に物が収納出来るようになっているらしい。
おかげ様で、持てないから置いていく、という選択肢が消えたことが一番有り難い。
もう少しだけ休みたい気もするし、周囲に人がいないのでステータスを見ることにする。
【ステータスオープン】
名前 神宮寺 真冬
種族 人族
グレード1
レベル2→18
HP 420/420→840/840
MP 310/310→570/570
STR 253→283
DEF 154→216
INT 408→435
AGI 213→287
CHA 110→140
LUK 200→200
SP 4→68
スキル
ステータスを見るとレベルが結構上がっており、それに伴ってステータスの実数値も上がっているため更に地球に帰り辛くなってしまった。出来るだけ早くナビーの言うステータスを抑えるスキルを手に入れなくては。
とりあえずSPが貯まっているので、レベルアップでは上がる気配のないLUKに全振りする。
LUK200→880
ここまで来る時に倒しながら通った箇所でのリポップまでは多少時間があるだろうし、入り口からここまでは体感的に15kmぐらいなので、全力で走れば30分ぐらいで帰れるだろう。
案の定、帰り道には魔物が一切いなかったので、予想していた通り30分ぐらいで入り口近くまで来れていた。
50mほど先には巨大な両開きの扉が見え、一応まだダンジョンの中なので気は抜いていないが無事に帰れそうだと安堵していたら、何気なく視線を送ったある一箇所にどうにも釘付けになってしまい、動いていた足が止まった。
行きに通ったときには無かったはずのそれは、人一人がちょうど通れるような大きさの穴だ。何かに誘われているような少し怪しい気もするが、一度気になってしまったらには簡単には諦めきれない。
ここは1層なので、そんな危険な仕掛けはないだろうと判断して入ってみることにした。
(はあ……まったく……)
(ん?ナビー、何か言った?)
ダンジョンに入り職務怠慢宣言をしてからようやく発した初めての発言に、一瞬だけ立ち止まりそうになったが、二瞬後にはもう穴のことしか頭に無く、無意識に穴へと足が進んでいた。
(いえ、何でもないです)
その穴に入り少し一本道を進むと、片開きの木扉があった。ダンジョンの入り口ほどの大きさは無く、僕が屈まなくても通れるぐらいだ。
実は隠し部屋でひょっとするとお宝とかあるかもしれない、という淡い期待のもと扉を開ける。
ガチャ!
いつになく心が沸き立っているのを感じながら、扉を開け恐る恐る中に入ると、部屋の中央には金をこれでもかと贅沢に使い
あれは絶対に良いものが入っているに間違いない!!
心が踊る様を身体を使って全力で表現――スキップしながら、宝箱に近付いていくと、
バタンッ!!
後ろの方で木が勢いよくぶつかる大きな音がした。びっくりして慌てて振り返ると、近くに誰かがいる気配が無いにも関わらず、先程通ってきた扉が閉まっていた。
――え?これってもしかして……!
そう思ったときには、時すでに遅し。
――そこは真冬が考えた事と同じ
そして冒頭に至る。
僕は今、正方形のだだっ広い部屋の中央にいる。周りにはおそらくだが、40体……いやそれ以上の数の魔物が
「これってやばいよね……」
周囲を埋め尽くすほどの数の暴力に当てられ、危機感を覚えてはいるが、何故だか自然と焦ったり慌てたりなどはしなかった。
それは、ひとえにナビーがこの危機的状況を切り抜けられる打開案を提案してくれるだろうと思っているからだ。言い換えれば、ナビーへの絶対的な信頼感から来る安心感、ということだろう。
(しょうがないですね……少しだけアドバイスしてあげます)
飽くまでも仕方が無いから嫌々やってあげる、という体を取っている割には、心なしか少しだけ、ほんの少しだけ、頼られて嬉しい気持ちがうちの万能スキルであるナビーから滲み出ているようにも思える。
(ありがとう。ナビえもん!)
(そんな青い狸みたいな人知りません。それよりもまず、血液と同じように身体の中を巡っている
ナビーのツッコミを機におふざけもここまでにして、集中するために少し息を吐いてから
目を閉じ始めてからどのくらい時が経ったのだろうか。1時間かもしれない、はたまた1秒にも満たないかもしれない。 実際に時間にしたら3秒ほどなのだが、極限に集中すると人は時間の感覚が狂うということなのだろう。
その無限にも思える有限を経て、真冬は血管を絶え間なく通っている血液のように、こちらも身体中を途切れること無く巡っている魔力の流れを感じとり、体内から体外へ、そして魔力を体外に出す課程で性質を持たせ、この世に顕現させることが簡易なものではあるが、可能になった。
真冬は新たにスキル――
「――――!!」
真冬は剣を最上段に構えながら魔力を練り、その魔力に破壊の性能を持たせ、ありったけ剣に込めた。そして、そのまま袈裟斬りの要領で一気に振り下ろす――
「ハッ!!!」
――振り下ろされた剣からは、可視化するほどの破壊エネルギーを帯びている斬撃が、魔物を
そして1秒にも満たない時間が経過した後、斬撃の直線上に存在していた魔物は全て跡形の無く消えていった。
続けざまに残りの3方向にも同程度の
地面には一つ一つ数えるのも億劫なほど、魔石とドロップアイテムが大漁に残っている。そして足下には、心酔と表現するのも生温いぐらい執心だった宝箱がある。
実は人を惹きつける魔物かもしれない、と今回の一連の出来事で警戒を覚えた真冬が、恐る恐る宝箱を開けてみると、箱の中にはコルクで蓋をされた透明な小瓶があり、その中にはあめ玉ぐらいの大きさの種のような物が1つ入っていた。
「――――」
おもむろに瓶を手に取り観察してみると、コルクの蓋には焼き印らしき文字で
種のような物は"スキルの種"と言い、ナビー曰く畑にある食べ物よりも確実に安全らしいので、蓋を開け口に入れてみる。スキルの種はお菓子のラムネのようにみるみるうちに溶けて無くなっていった。
(ステータスを見てみてください。おそらくスキルが増えているはずです)
【ステータスオープン】
名前 神宮寺 真冬
種族 人族
グレード1
レベル18→46
HP 840/840→1250/1250
MP 570/570→980/980
STR 283→357
DEF 216→340
INT 435→502
AGI 287→443
CHA 140→221
LUK 880→880
SP 0→105
スキル
今にして思えば、僕が出入り口手前でこの部屋に続く穴を発見し、入ろうとした時のナビーのため息は、モンスターハウスが先にあるとナビーは分かってて、それに対して1層だからと何も警戒しないで安易に突っ走ってしまったことに対しての呆れなのだろう。
しかし、その浅慮の行動のおかげで23層で手に入るはずのステータスを下げることができるスキル――能力低下がナビーさえ予測できなかったここ1層で手に入ったのだから、結果オーライであろう。次からは気をつけなくてはいけないが。
そうして僕は浅慮は危機を招く、という事を覚えながら授業料としてちょうど欲しかったスキルを手に入れることが出来たという非常に幸運な結果を残し、ギルドに戻るべくダンジョンを後にした。
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