第6話 ダンジョン!!?
カイトから剣をツケ払いで買い、目的も達成したところで鍛冶師ギルドから出るとふと思ったことがある。
――あれ?僕、向こうの世界では日中学校に行っててこっちには夜来たから、ほぼ丸一日活動してるのに、あんまり疲れてない……?
(それはステータスが向上しているからですよ)
(そんなにステータスの恩恵ってすごいの?)
(真冬さんが思っている以上に、その恩恵に与っている者とそうではない者の差は、
トップクラスというと、運動ならオリンピック選手、賢さならば特殊捜査官や弁護士あたりだろうか。この世界に来る前までは別の世界の人だと思っていた職業の人たちに、今の僕は及ぶどころか見下してさえいるんだ。
ただ、この力は努力して手に入れたものでは無く、所詮貰い物で紛い物の類いなので、これに傲慢にならずにしっかりと自分のものにしなくてはいけない、と気を引き締める。
それはそうと、このままでは地球に帰っても様々な面で苦労しそうなため、ナビーの言うとおり早々に何とかしなくてはいけないだろう。
(そうなんだ、確かに今帰ったら力の加減が出来なさそうで怖いね……。
(少し待っててください……)
いくら神様から貰ったスキルとは言え、そんなことまで調べたり出来るのだろうか。
ナビーの能力を疑うまではいかなくても、少々懐疑的に思っていると、いつも通りの――些細な変化を
(ダンジョンの23層にあるそうです)
(って本当にそんなことまで分かっちゃうんだ。ナビーって一体何者なの……)
まるでこの世界の全てを知り尽くしているのではないかと思うほどの莫大な情報量を持っていることから、
そんな少し不信感を募らせている感情に対して当人はあっけらかんとした声で、
(しがない
(しがなくないよね!絶対すごいスキルだよね!?)
謙遜、軽口、受け流しなどどうとでも取れることをのたまったため、ナビーの正体不明さと怪しさはより増す一方となった。
それからナビーとどうお金を稼いだら良いのかという小金稼ぎ会議をした結果、ダンジョンでドロップアイテムを狙うのが一番効率良く、しかも先ほど言っていたスキルも手に入るという一石二鳥なので、なにが必要か、どうすればダンジョンに入れるかなどを聞くためにフランさんのいる冒険者ギルドに戻ってきた。
「あ!真冬くん、また来たの?」
フランさんは僕を見つけると引き攣った顔からパッと花が咲いたような笑みに変え、対応していた冒険者さんを他の窓口の方に押しやりながらこっちこっちと手招いてきた。
「あ、はい。ちょっと聞きたいことがあって……それより、さっきの人は良いんですか?」
「大丈夫、大丈夫!求婚されてただけだから。それで?聞きたいことってなに?」
流すようにさらっと求婚ってワードが飛び出した気もするが、確かに目の前で微笑んでいるフランさんを改めて見てみると、前にも思った通りお姉さん系の美人で、その佇まいからは包容力と家事力がこれでもかと言わんばかりに滲み出ている。そんな容姿端麗、良妻賢母と完璧とも言えるフランさんを並の男なら狙わないわけがないだろう。
――そう分析している真冬が何故狙わないのかは、彼が自分は無価値と思い込み、釣り合いが取れないと思っているからに他ならない。
「ちょっと気になる言葉が出てきた気がするんですけど、ひとまずそれは置いといて。ダンジョンに入るにはどうしたら良いですか?」
「いきなりダンジョンって……どうして?」
フランさんの先ほどとは違う、掠れた声音、髪と同じ綺麗な水色の瞳の
――それほどダンジョンは危険で、命がいとも容易く摘み取られてしまうところなのだろう。そしてそんな場所だから、受付嬢としての仕事柄、何人もそういう人を見てきたことは容易に推測できる。
フランさんが僕のことをそこまで考えてくれるのは大いに嬉しいし、とても幸せなことだとは思う。でも、ここでそれに甘えてしまえば、受けてしまえば、地球にいた頃と何も変わっていないことになる。あの弱くて、小さくて、殻に籠もるだけの自分と。
たかがスキルを取りに行くだけかもしれない。ナビーに案内を頼めば魔物とエンカウントせずに、目的地まで行けるかもしれない。
でも、どんなに小さなことでもたった一度でも逃げてしまえば、思考には逃げ癖が染みつき、再度壁に相対した時、隣から、後ろから、前から、悪魔が優しく囁いてくるだろう――逃げちゃえよ、お前は悪くない、って。
だから僕は――
「――欲しいスキルがあって……そのスキルのために行きたいんです!」
「ダンジョンは真冬くんが思っているよりもとっても危険で、しかもスキルってなかなか出ないんだよ?もし出たとしても目当てのスキルじゃないかもしれないし……」
23層にある、ということがほぼ確実なのはナビーの情報から分かっているが、その情報の信憑性を証明するためには出所を明かすことが必要となり、したがって必然的にナビーのことも打ち明けなくてはいけなくなる。
しかし、まるでこの世界の攻略本のようにありとあらゆる物事の知識と見識を持ち、叡智の結晶とも言える地力が備わったスキル――ナビーのことは易々と明かしてはいけない部類のものだと本能が訴えており、それに抗い打ち明けることは薄命を手招くことと同義だと理解させられているので、情報の全容には口に蓋をするしか他ないと決断した。
――そのことが真冬の
対する真冬は、その話を聞いても前言を撤回する気は微塵も無く、その目には堅牢な意志の光が灯っていた。
「……どうしてもって言うなら……せめて最低限の勉強はしないと」
フランは、そんな真冬の揺らぎの無い意志を止めることは出来ないと悟ったのだろうか、
「べ、勉強……?」
「はい。しなきゃ行かせてあげません!」
立てた人差し指をこちらに叱るように向け口をキュッと結ぶ姿は、こちらも譲れない意志があると言わんばかりの姿で、フランさんはやっぱり面倒見のいいお姉さんだなと思った。
「わかりました、色々教えて下さい」
「任せて!手取り足取り教えてあげるからね」
「ちょっと座って待ってて」
そう言いながらフランさんが出て行ったこの部屋は、ギルドの個室だ。ギルドの中にいくつかあって、冒険者ギルドに登録していれば、いつでも借りられるらしい。しかも無料で。
これからフランさんにマンツーマンで魔物についてや、ダンジョンの罠や心得などの基本的なことを教えて貰うのだが、この期に及んでちょっと疑問に思うことがある。それは、
(少し思ったんだけど、ナビーがいるなら勉強なんて必要無いんじゃないかな)
(いるなら、の話ですけどね。もし何らかの能力でスキルを封じられたら。もしくは私たちが認知も出来ないようなスピードで攻撃を仕掛けられたら。ダンジョンはそういう
(わかったよ。がんばる)
ナビーのドが付くほどの正論に返す言葉も無く、理解も納得もしたので素直に勉強しようと決めたのだった――が、その決意は次に部屋中に響いた音によって早くも揺らいだ。
ドンッ!!!!!
その音は、広辞苑ぐらい分厚い本が計8冊、一気に机に下ろされた音だ。
「現在の最高到達階層72層までの情報がこの7冊に。残りの1冊はダンジョンの指南的なことが書かれてますので、全部覚えてね!」
「え……」
異世界での初めての絶望は、異世界らしい強力な魔物との戦いなどではなく、地球でも嫌と言うほど経験している勉強ということになりそうだ。
――そんな風に
「あ、一度に覚えようとしなくて大丈夫だよ。1冊約10層分が入ってるから、最初に指南書を大方覚えたら、読み終わったそこの階層までは行って良いから」
「本当ですか!てっきり全部覚えてからだと……」
真冬の顔に生気が戻ったのを確認すると、フランは頑張ってねと言い残し、部屋を出て行き仕事に戻った。
それから3時間程で指南書と、10層までの情報が乗っている本の計2冊を読み終え、粗方覚えたと自負していた。
地球にいた頃より読む速度も精度も段違いに上がってるし、3時間前、最初の方に読んだ内容も大体は覚えているので記憶力も上がっているらしい。しかも直前に読んだことに関しては、一字一句も間違えずに暗唱できる自信さえあるほどに。まさにステータス様様だ。
独りで地球には無かったステータスの恩恵に感心していると、入ろうとしている人物の優しさを表しているかのようにゆっくりと扉が開き、フランさんが顔を出した。
「――あれ、もう読み終えたの!?……ほんとに覚えたの?」
僕の前にある指南書と10層まで攻略本の2冊と、他の階層の6冊が別々に置かれている状況から、その2冊は読み終わったものだと察したが、一瞬考えた後、こんな短時間で読めるはずが無いと思ったのであろう、怪訝な面持ちでフランさんは聞いてきた。
「はい!もうバッチリです」
「じゃあ……モンスターハウスの出現する最低階層は?」
自信満々に上首尾だと答えた真冬に対して、フランは言葉では無く実力で示せと、注釈で書いてあるような取るに足らない問いを出した。
「モンスターハウスが確認されているのは、現状で30層以降です」
フランの問いに真冬は一も二も無く正解を答え、フランの表情は驚きに染まる。
その表情に真冬は得意げな顔――いわゆるドヤ顔になり、そのドヤ顔特有のむかつく表情を見てしまったフランは悔しげに唇を噛み、何とかして「分からない、覚えてないです」と言わせるために、自分の記憶から覚え辛かったこと、本に書いてはあるが実際にダンジョンに入ってみないと分からないことなど、重箱の隅をつつくようなものを引っ張り出した。
「じゃあこ――」
「ここは――」
「――――」
「――――」
「……すごいね、ほんとに全部覚えたんだ。」
フランが問題を出し、真冬がそれに答える。から、フランが問題を出し、真冬がそれに答え、なおかつ、それに関連しもっと掘り下げた問題をフランに出す。というような知識戦争のようなものに変わり、2人の息が切れてきた頃、フランが降参と手を挙げるポーズを取りながら、そう呟いた。
その後、「それじゃあ、背中を押すしか無いよね……せめてあの人みたいにはならないように」と真冬に聞こえないような小さな声で前置きした後、
「はい。じゃあ、私から餞別」
そう言ってフランさんが僕に差し出したのは、この世界ではごくごく一般的なTシャツとズボンのような服だ。
それを戸惑いながら受け取ると、次にフランが袋から出したのは、服に関して門外漢な僕でも高いと分かるほどの高級感が漂っている、光を全て吸い込むような黒のローブを手渡してきた。イメージとしては、魔法使いが着ていそう、とでも言えば分かりやすいだろうか。
「え!ただでさえ、服も貰っちゃってるのに、それに加えてそんな高そうなのは受け取れないです」
手を横に高速に振り拒否の姿勢を貫く真冬に、フランはどこかここにはいない人を思い浮かべているような遠い目で呟いた。
「冒険者さんってね、いつ帰ってくるか、いつ帰らぬ人になるか、分からないの。私はまだ少ししか受付嬢をやってないけど、帰って来ない人を何十人もこの目で見た。だから、私は少しでも関わった冒険者さんには、帰って来られる可能性を僅かでも上げられるように知識だったり、物だったり、他にも何かしらの形で支えてあげてるつもりなの――だから貰ってくれないかな?もし、それでも貰えないって思うなら、私を助ける気持ちでも良いからさ」
――ッ!なんで僕の気持ちはここまで言われないと素直に受け取れないんだよ。
冒険者たちは、来る日も来る日もダンジョンに挑み、戦いに勝ち生還することで、名誉とお金を手にする。あるいは戦いに負け、逃げることも叶わず何もかもを失うか――その二者択一だ。
それを一番身近で見ていて知っているのは、他でもない受付嬢であるフランさんだ。だから、敗走も叶わずして、亡くなったであろうと記録された人を何人も知っているだ。
――そのフランさんにそこまで言わせるのは、人として、男として
「すいません、僕の考えが及ばないばかりに……その餞別、謹んで頂戴致します――ただ、死ぬつもりも、帰らないつもりも毛頭無いので、これからも末永くサポートよろしくお願いします」
「あら?プロポーズかな」
「からかわないでください!」
僕のツッコミに、口に手を当て上品に微笑むフランさんは、僕と大事な人を重ねているように見えるのは、気のせいだろうか。
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