第5話 運命の出会い
今更だが、武器を買うのに鍛冶師ギルドの場所を聞くのを忘れていたので、ナビーに聞くことにする。
(……ナビー鍛冶師ギルドは何処にあるか分かるかな?)
(はぁ……塔に向かって歩いていきますと塔の周りを囲んでいる少し拓けた広場に出ますので、そこに出たら塔に向かって右側にある大通りを行き、少し歩けば着きます)
徐々にナビーに感情や心情のような人間味のあるものが芽生え始めてきたこと自体は大変喜ばしいことだと思うのだが、その所為で尻に敷かれる未来が駆け足で近づいているのが手に取るように分かるのが恐ろしい……。
(あ、ありがと)
真冬が自分の胸の中だけで消化したと思っている憂いが、実はナビーに筒抜けだったことは言わぬが花、知らぬが仏ということの最たる例なんだろう。
それから塔に向かって10分ほど歩いたところでようやくナビーが言っていた広場に出ると、街に入ってすぐの離れた場所から見えた塔とは一味も二味も違い、いざ間近で見ると威圧感というか物々しさがひしひしと伝わってきた。
(ナビー、これはどうやって建てたの?こんな高さがある建物、人の手じゃとてもじゃないけど無理だよね?)
(これは人工物ではなく、神が創造したダンジョンになるそうです。ちなみにこの塔の他にも、あと6つ各地に点在しているそうです)
僕の知ってるダンジョンと言えば、ダンジョンの核となるダンジョンコアなる物があって、そいつが実は一種の生き物で、力を蓄えるために魔物とかを配置して……って感じなのだが、なぜ神様がダンジョンを作る必要があるのか甚だ疑問だ。
そういえば神様と言えば――
(――神って僕を異世界へ行けるようにしてくれたあの神様のこと?)
(あの神はま・・・・れる神です)
ナビーのその声は普段の聞き取りやすい声では無く、急に砂嵐のようなノイズが乗ったみたいになり、言葉が全くと言って良いほど聞き取れなかった。
(ん?どうしたの?ナビー?)
(すいません、何でもありません……)
地球のように神様が存在しているか、否か、確たる証拠が無い世界とは違って、この世界には神様が居たという確固たる物証があるから、いくらその神様から頂いたスキルとは言えどもナビーは、その情報について何か制限がされているのか。
もっとも、物証と言っても、人間では作れるはずが無い高さの建築物があり、それを神様が創造したって言い伝えがあるならもう居たんじゃないかなって感じなので、絶対かって言われると頷けないが。
どんな原理でこんな高い塔が倒れずに存在していられるのか疑問に思うのと同時に、その分野について素人ながら現代の建築学的にはいつ何時倒れてしまっても何らおかしくは無いだろうとびくびくしながら、塔を横目に鍛冶師ギルドへと歩みを進めた。
広場から5分ほどでナビーが教えてくれた鍛冶師ギルドの前へと着いた。その外観は周りにある他の建物とは毛色が違い、木造ではなく石造りで堅牢さが外観からも窺えた。
この建物内で鍛冶をする際は火を扱うのだから、当然と言えば、当然だろう。
もし、ここが火に比較的弱い木造だとしたら何かの手違いで引火してしまったとき、対応は文字通り火急の事態だ。しかし、石造であれば、家具などには引火することがあれど、建物自体に何て事は決して無い。したがって、多少のコストが掛ろうと石造にするのが理にかなっていることは自明の理だ。
鍛冶ギルドの中に入ってみると、こちらも冒険者ギルドと同じような受付みたいなとこがあり、そこには強気系美人の受付嬢が来る者を歓迎していた。
もうここに来る前のとうの前に気付いていたが、この世界の住人は日本のサブカルチャーの例に漏れず、美男美女ばかりだ。おまけに手足はすごく長く、顔が小さい割に身長はすごく高い人が多い。つまり地球ではトップモデルばりのスタイルと女優、俳優顔負けの顔を持つ人が多いのだ。
「すいません、鍛冶師ギルドに来るのは初めてなんですけど、武器を買うにはどうすればいいですか?」
「いらっしゃいませ、よくお越し下さいました。武具の購入は2階と3階になっております。一応、2階は駆け出しから中堅者、3階は中堅者からベテラン向けと区分されておりますが、それはこちらで分かりやすくするために分けただけで特に制限はないので、目安程度だと思って好きにご覧下さい」
「ありがとうございます」
受付の女性は勝ち気な面貌を崩し、柔らかな表情で懇切丁寧にギルドの案内をしてくれた。一見さんへの説明の煩わしさをおくびにも出さず、丁寧な対応をしてくれた女性に、真冬はこちらも丁寧に頭を下げ感謝を伝えた。
確かにお客様ありきでお店は成り立っているのだが、真冬は“お客様は神様だ”とは微塵も思っておらず、店があるからお客になれると考えているので、その思考が先の丁重な振る舞いに繋がっているのだろう。
階段を昇り目的の2階に着くと、店内のそこら中には真冬が数人入ってもまだ余裕があるような大きな樽があり、上部が空いたその樽には剣や槍、細剣などが乱雑に収まっていた。
また壁には弓や大槌などがかかっていて、それらの風景はゲームを彷彿とさせ、なんとも男心をくすぐられるものだった。真冬も例外では無く、心を躍らせているのだった。
(わぁー!色々あって悩むな……ナビーどの武器が良いと思う?)
(そうですね……正直な話、好みで良いと思います。スキルのおかげですぐに上達すると思うので)
地球では、昨日てんで駄目だったことが、今日は昨日よりも少しだけ出来るようになって、明日は今日よりも更に少し出来るようになる。そして数日後、数ヶ月後には出来るようになってるのが、世の常だ。
それが、ここではスキル一つで不可が可にひっくり返るのが、真冬はどうにも理解出来ず、未知なだけあって言いしれぬ怖さを抱いているのであった。
(そっか、そんなことまでスキルに依存するんだね……。じゃあ、鉄板の剣が使いたいかな。でも、忘れてたけどあんまりお金ないんだよね)
今の持ち金は2250ベル。
地球ではそこそこの品質の包丁を買えるぐらい関の山だろう。しかも、地球では技術の発展により量産が可能だったからその値段で買えたのであって、おそらくこの世界では、比較的簡単に量産が出来る型による鋳造ではなく、手間と暇が掛かる鍛造が主流であるだろうから、品質は高いが、その分値も張る。
――以上のことから、真冬は自分が望む長剣を買えないことは理解していた。
そんな真冬の心中を察してか、ナビーは予算と相場のできる限りの落としどころ、つまり折衷案を提示してきた。
(それですと、短剣はどうでしょうか?)
その妥協案とも言える案に真冬は妥協では無く、もっと先を見据えた未来志向に考え—―
(――そうだね。とりあえずの練習にもなるし、短剣を見てみるよ)
以前の真冬ならそれほど前向きで前傾姿勢なことを、言うことはもちろんのこと、考えさえしなかっただろう。――それは、真冬が異世界に来てから、少しずつ徐々に変わりつつあるということの証左なのだが、本人はそんなことを露程にも思っていなかった。
手頃な値段で、これから使うであろう長剣の練習になりそうな短剣を探そうとしたところで、身長が真冬より頭一個分高く、赤髪で爽やかイケメンな店員のような人がちょうどいたので、短剣の在処を聞いてみる。
「すいません。短剣ってどこにありますか?」
「短剣ならあそこの区画にあるぜ。……お前さんもしかしてここは初めてか?」
赤髪イケメン店員さんはそう言いながら、黒髭のおっさんが飛ぶおもちゃみたいに樽に剣が刺さってるものを指さして、教えてくれた。そのあと真冬の姿を下からじっくり見て優しそうな感じで初来店かを訊ねてきた。一見であることを別段隠すことも無いので、正直に答える。
「はい。だから位置がよく分からなくて……」
「そうかそうか、ここ慣れてないと分かりづらいもんな。良かったら俺の武器を見ていかねーか?出来は保証するぜ」
「鍛冶師さんだったんですか!是非みたいです……でも、僕あんまりお金なくて」
鍛冶をするのは言うまでも無く、低身長だけど力持ちなドワーフだと半ば信じ込んでいたので、この人が鍛冶師だとはまるで思わなく、意外な事実に目をぱちくりとさせた。でも、赤い鉄に命を吹き込むように鍛えてる姿が頭を過ぎり、その幻影は赤髪であることも相まって似合いそうだなと思った。
「おう、見せてやる!金なんて気にすんな、ここで会ったのも何かの縁かもしれないからな。うんと安くしてやる!」
気にするかどうかの程度ではないのだが、見せてもらってその中でどうしても欲しいのがあったのなら、稼ぎに出てからでも遅くはないだろう。
「そうですか。じゃあ、今回はお言葉に甘えさせてもらうかもしれません。あ!遅くなってすいません……僕、真冬っていいます」
「真冬か、よろしくな!俺はカイトだ」
カイトさんは、にっこりと爽やかな笑顔と共に手を僕に向けて差し出し、握手を求めてきた。僕はその手を両手で握り頭を下げ、
「カイトさん、よろしくお願いします」
「さん付けは止めてくれ。俺とお前の仲だろ?あと敬語もな」
カイトは空いているもう片方の手で、僕の背中をばしばしと軽く叩き、快活に整った相好を崩した。だが、その清々しい笑顔とは裏腹に、背中を叩く力は真冬からすると内蔵に直に響き、息が詰まるほどにパワフルでダメージのあるものだった。
「わ、わかったよ。よろしくね、カイト」
力の余波を逃がすために咳きこみ、改めてよろしくを伝える真冬に、原因を作った張本人であるカイトは、なんで咳してるのか、大丈夫か、と聞いてきたので、実は見かけによらず天然か、もしくはそれほど力を入れてないと思ってるのか、疑問に思う真冬だった。
ちなみに正解は、後者の方だ。地球人と異世界人の力とそれに対する認識を比べるとそれほどの違いがある。そして、
力は強いし、心に土足で踏み込んでくるけど、それを打ち消すほど、爽やかで嫌みが無く距離を詰めるのが、すごく上手な人だな――と、肋骨が折れてない真冬は思っていた。
「おうよ!ところで、武器を探してんだよな?種類は何が良いんだ?」
「一応、お金の都合で短剣が良かったんだけど、特にこれが良い、というのは無いかな」
僕の発言にカイトは浮かない表情をし、指先で頬を掻き始めた。
その仕草を見た僕は、カイトのその重苦しい表情に、自分の発言がカイトの地雷を踏んでしまったかと思い、表情に焦りが出てき始めた頃、カイトは「悪い、悪い。いやな」と前置きし、
「俺はどっちかって言うと、長剣の方が得意なんだ。だから長剣でもいいか?」
「それは、大丈夫……大丈夫って変な話なんだけど、種類は何でも。けど本当にお金が……」
「俺はお前に使ってほしいって思っただけだからよ。んー……じゃあ、そんなに気が引けるって言うんならツケって事にしといて、あとで返してくれるってのはどうだ?」
こっちの材料+技術に見合うだけのお金を払いたいという主張と、友達だから出来るだけ無理させたくないという主張の、一番綺麗かつ、両者が相手のことを踏まえて納得が出来る落としどころを、瞬時に提案するカイトの力量に、真冬は舌を巻く他なかった。
「それでお願いします」
それからカイトに剣の扱いを教わりながら歩いていると、ある一画へと到着した。
「ここが俺の専用区画なんだけど、ちょっと待ってろ」
専用の区画を持っているということは、要はカイトの作る物には大なり小なりブランド的な価値があるってことに他ならない。そんな人物と偶然出会って、たまたま話しかけ、まだお互いをそこまで知り合えていないが友人関係を結べたことは何たる幸運か。
自分の運に驚き、まだ底が見えぬカイトの凄さに圧倒されていると、カイトは地面から僕の腰ぐらいまである長さの剣を3本持ってきて、自慢するように意気揚々とそれを見せびらかしてきた。
「これが俺の子どもたちだ!手に取って見てみろ」
1つ目の剣を恐る恐る鞘から抜いてみると、その剣身は、どんな光をも吸い込んでしまいそうな黒を基調とし、時間が経った血のような朱色――
「それは、ブラックタートルの甲羅を使った剣だ。火耐性が強いから、火の魔法を付与して使うのがおすすめだ」
次の剣を抜いてみるとさっきのとは毛色、この場合は剣色だろうか、それが打って変わり、全ての闇を払うような純白で、平たく言うと天使が持っていそうな感じだ。
「そっちは、ホワイトアントの殻で作ったやつだな。特にこれと言って特徴は無いが、汎用性が高く、使い勝手が良い」
最後の剣を鞘から抜き、刀身を露わにした瞬間、真冬は雷にでも打たれたか如く、声を上げた。
「――カイト、僕これで良い……ううん、これが良い!」
僕が選んだのは、剣の全長が80cmぐらいで、刀身は穴が開くほど目を凝らしても何も特徴が無く、平々凡々やシンプルなどという言葉がこれほどまでに似合う剣はこの世に2つと無い、と言っても過言では無いほど至って普通の剣だ。
「……何でそれにしたんだ?それはぶっちゃけただの鋼で出来たやつだぜ?」
カイトが言うように、それはありふれた有象無象の剣に見える――だが、真冬の眼には、どうしようも無いほど、一級品に視えるのだ。
「どうしてかわかんないけど、これが良い、って思ったんだ。第六感……って言うのかな」
第六感、別名シックスセンスとも呼ばれる。――それは理屈では証明できない超常的な類いのもので、時に人智を遙かに超える現象を引き起こすと言われている。
「そっかそっか。実はな、それが今までで一番上手くいったやつなんだ。やっぱ俺の目は曇っちゃいなかったんだな!」
「そうなんだ。でも、なんで普通の鋼が一番上手くいったの?魔物の素材は難しいとか?」
「俺にもよくわかってないんだ。昔から魔物の素材だと上手くいかなくてな……」
その言葉を額面通り取ると、原因は皆目見当付いていないと言ってはいるが、苦虫を噛み潰したような表情と、初対面から会話中は絶対に目を合わせていたけど、今は目を背け俯いていることから考えると、原因はおおよそ突き止めてる、あるいはもう全容さえも把握しているけれど、何らかの要因で打ち明けられない、ってところだろうか。
現状では僕に対する親密度と信頼度が足りていない可能性もあるから、これ以上は踏み込まない方が良いだろう。
「そうなんだ。ごめんね……変なこと聞いちゃって」
「大丈夫だ、あんま気にすんな!」
カイトが言った“大丈夫”は自分に言い聞かせているような感じに聞こえたので、話題を違う方向へと持って行くようにした。
「うん、わかった。それで、この剣いくらなのかな?」
「本当は5万ベルだけど、特別に2万でいい……試すようなことしちまったしな」
試すようなこと、とは3本ある内の1本だけが本当に自信を持って売れるやつで、それに目をつけられるか、否かを見ていたことだろう。少ない時間だが今まで接してきて判明したカイトの人となりからすると、ひょっとしたら何かと理由をつけて安く売りたいんだろう。
その意図に気付いてしまった以上断るのは、逆に気を遣わせてしまいかねないので、ここは甘えてしまった方が良いだろう。
だが、同時に違う意図――友人には安く売ったことを“借り”と思って欲しくないから、カイトが悪し様に振る舞えばお詫びとして安く出来る、という優しい偽悪にも気付いてしまったので、真冬の中でカイトはもう親友と勝手に位置づけ、何かあったら手を差し伸べようと心に決めた。
「本当に?じゃあ、お言葉に甘えるね」
「おう!……一応言っとくが、心配は無用だぜ。俺の剣は結構人気な方だからな」
地球では好まれる謙虚とは程遠い発言だが、作った剣を目の当たりにしてしまったら、その人気の理由はもう納得するしないではなく、嫌でもさせられてしまう。
こんなすごい人が自分なんかと……と考えなくも無いが、それを口に出すことは相手への最上級の無礼となるので、いつか自分がカイトと同じ土俵へと上がれば良いと決意を新たに固めた。
「そっか、じゃあありがと!……っていっても、僕今2000ベルちょっとしかないんだけど」
「それなら真冬も何か他に必要なものあるだろうし、まるごと全部ツケで良いぜ」
「なるべくはやく返すね!」
「おう、待ってる!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
面白いと思っていただけたら、♡と☆をぜひお願いします!
感想も一言でもなんでも良いので、どしどし送ってください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます