第4話 街と冒険者ギルド

 そうこうしてるうちに鬱蒼とした森を抜け、森とは打って変わって心地よい爽やかな風が駆け抜ける草原のようなところに出た。

 木々が無くなり、視界が晴れたところで前方に街を守るためのものなのか、街に危害を加えようとする者全てを拒絶するような防壁のような壁がそびえ立っているのが見えた。

 高さは10~15mぐらいだろうか、細かいことは分からないが、いずれにしても相当な高さがあることが窺える。


「……す、すごい」


 壁のたもとまで近づき首が痛くなるほどの高い壁を見上げながら、思わず感嘆の声を上げてしまった。


 地球にもこれと同等、もしくはそれ以上の高さがあり、豪華絢爛な建物は数えきれないほどあるのだが、この壁を見たときの感激はそういう類いのものでは無く、歴史的建造物や世界遺産を間近で目にしたときと同じ感動、と言えば分かりやすいだろうか。単純な大きさや華美さには表れない凄さがひしひしと伝わってくる。

 

 壁に設置されている門――恐らく街への出入り口の前には、しっかりと武装し騎士然とした門番が5人見え、その中の1人の男に声を掛けられた。


「街に入るのか?」


「は、はい」


 門番は毅然とした態度で街に入るか意志を問うてきた。

 文字通り街の最初の関門である防壁門は、犯罪者や小悪党を中に入れないために設置されており、それに従って門番が厳格な態度なのは理解できるが、生粋の日本人である僕は慣れないその威圧感に少し驚いてしまった。


「……身分証はあるのか?」


 驚いたのが顔に出てしまったのか、門番の態度が先ほどより軟化したのは接しやすくなる嬉しさ半分、小心者と気付かれた恥ずかしさ半分というところだ。


(そんなことより、ナビー!どう答えれば良い?)


(故郷から出たばかりで持ってない、と答えるのが良いかと……)


「すいません、故郷から出てきたばかりなので無いです」


「そっか、じゃあちょっと待ってろ」


 故郷から出てきた、というのはあながち間違えでは無いので、嘘は吐いてないとどこの誰かに心の中で言い訳していると、門番の男は門のそばに建設されている小屋から、水晶のような球状で透明な何かを持ってきた。


「この水晶の上に手を乗せろ」


 言われた通り手を水晶に乗せると、乗せたのと同時に水晶が青色に淡く光り、それはすぐに収まった。


「よし、大丈夫だ」


 予想だが犯罪歴やそれに近いことを調べてたのだろう。原理や判断基準はいまいち分からないが。


「ここで仮の身分証を発行するから、3日以内に街の中で正式な身分証を発行してここに仮の身分証を返しに来てくれ。適当なギルドで発行することがおすすめだ。では、カルデラへようこそ」


 門番は水晶での確認を終えると、先程よりも更に態度を軟化させ、柔らかな笑顔と歓迎の言葉を送ると共に、門を開け街に迎え入れてくれた。


「わかりました、ありがとうございます」


 実は根は優しかった門番の男に頭を下げながらお礼を言い、異世界で初となるカルデラという街に入っていった。 


 

 関所を通ってカルデラに入ると真っ先に目に入ったのは、雲を貫き天まで届くかと思うほど威風堂々たる様の塔だ。


(ナビー、あのすごく高い塔……?は何?)


(あれは塔型のダンジョンですね)


(塔型ってことは他にも種類があるの?)


(はい。他には地下型があります。塔型は上にいくほど、地下型は下に行くほど魔物が強くなり、宝箱やドロップも良質になっていくようです)


 塔型も地下型もどっちも挑戦してみたいなと思ったところ一つ疑問が生じた。僕が今までに触れてきたサブカルチャーならばダンジョンやそれに似たものがある場合、基本的には魔物はダンジョンから出られないはず――


(—―あのゴブリンはなんであそこにいたの?)


(今になってこそダンジョンは発見され次第国などの自治体が管理していますが、大昔は管理が為されず、度々魔物が外に出てきてしまっていたようです。そしてそれが森や山などに住み着いて、ダンジョンとは別に独自の生態系を築いてきたようです)


 生態系を気づいているということはつまり、あのゴブリンには家族がいたのかもしれないとそんな考えが頭を過ったが、いちいち戦闘中にそんなことを考えていたら足を掬われると思い、気持ちを切り替えることにした。



 無理矢理に気持ちを切り替え、それからしばらく歩いていると気付いたが、街の中はイメージしてたほど猥雑としてなく、建物の配置が綺麗に整理されてるようだった。街の範囲が防壁によってあらかじめ決まっているので、区画整理をしないと土地が無駄になってしまい、建物があまり建てられなくなるということだろう。



 まずはちゃんとした身分証を作るためにもギルドに行くことにした。ラノベが好きなのでここはやはり――


(――ナビー、冒険者ギルドの場所はどこかな?)


(冒険者ギルドでしたらそのまま大通りを真っ直ぐに行けば、いずれ着きます) 


(ちなみに冒険者ギルド以外にはどんなギルドがあるの?)


(錬金術師ギルドや調理師ギルド、鍛冶師ギルドなど様々な分野のギルドがあります)


 おそらく職人と消費者を対等に繋ぐ機関がギルドということで、地球で言うところの商業組合的な感じと捉えておおむね間違いは無いだろう。そのうち時間があったら冒険者ギルドだけではなく、他のギルドにも登録してその分野をやってみても楽しいかもしれない。



 露天から聞こえてくる客引きや値引き、店員のお礼の声など様々な声と、溢れんばかりの人々が奏でる雑踏の音が飛び交う大通りの賑やかなムードを横目に、こちらにまで伝播してくるワクワクを受けながらしばらく歩いていると、冒険者ギルドに辿り着いたみたいだ。


 ギルドの外観は木組みの3階建てで、雰囲気としてはヨーロッパの木組みの建物みたいな感じ、といえばイメージがしやすいだろうか。ここに来るまで見た建物も、大体似たり寄ったりの木組みの建物だった。


 早速ギルドに入ると、まだ昼過ぎにも関わらずガヤガヤと騒然としていた。

 どうやら酒場が併設されているのが騒がしい原因らしく、冒険者らしき人たちは真っ昼間から一杯引っかけているようだ。

 

 よくある異世界ものみたいに、初めてギルドに入った時いかにも悪そうな冒険者に絡まれて……なんてことは無いみたいで、とりあえず一安心。

 そんな感じで絡んでくるやつは、往々にして大したことが無いことが多いが、今の僕じゃ勝てるか分からないのだ。

 

 受付カウンターには、淡い水色の綺麗な髪色で、お姉さん系美人の話し掛けやすそうな受付嬢さんがいたので、さくら以外の人と話すのはとても緊張するが、なけなしの勇気を振り絞って声を掛けることにした。


「す、すいません。冒険者に登録したいんですけど……」


「はい、冒険者登録ですね。文字は書ける?」


 関所での会話や今も日本語で普通に話したが通じてるみたいなので、書くのも多分大丈夫だろうと考えた。

 あまり接したことが無い年上美人のあざとい首傾げに、決して少なくないダメージを受けつつもそう分析しなんとか答える。


「た、多分大丈夫です」


「じゃあこっちの紙に名前と年齢を書いてね。もし分かんなかったら言ってね」


「名前と年齢だけで良いんですか?」


「うん、大丈夫だよ」


 なぜか子ども扱いされている気がしてならないが、日本人は幼く見える、という国民性のせいにして気にしないことにした。気にしたら負けだ。



「書き終わりました」


「……真冬くんだね」


 受付嬢は紙を一瞥し、銅色のクレジットカード大のプレートを奥から持ってきた。

 

 そして受付嬢は銅色のプレートに先ほど名前と年齢を書いた紙を吸わせた。

 何をするんだろうと手元を注視していたのだが、地球の知識じゃ全くもって原理が分からなかった。


「じゃあこのギルドカードに血を垂らしてね」


 異世界ものでよく主人公たちが何の躊躇いも無くやるが、よく普通の人が一切も怖がらずに出来るなと思う。つまり何が言いたいのかというと、今僕はものすごく怖いということだ。

 痛みの度合いとしては注射の方が多分痛いのだろうが、自分でやるのと他人にやってもらうのでは勝手が違う。


 先ほどの銅のカードと一緒に細い針も渡されたので、ここで躊躇ってるのも格好悪いと思い、決死の覚悟で指先を少しだけ刺して出てきた血をカードに垂らした。血がカードに付着し、馴染んでいくようにして染み込んでいった後、カードは一瞬だけ眩いほど光った。


「これで真冬くん専用になりました。初回はお金掛からないけど、無くしちゃうか壊しちゃうと1万ベル掛かっちゃうからくれぐれも気を付けるんだよ」


 真冬の針との攻防の一部始終を見ていた彼女は、微笑ましいものを見るかのように微笑んだ後、ギルドカード紛失と破損による再発行のペナルティーを教えた。その彼女の微笑みに自分のださい葛藤を見られていたと気づき、真冬は赤面し下を向くより他なかった。


「わ、わかりました。ありがとうございます……」


「ギルドカードのシステムは分かるかな?」


 恥ずかしさがまだ残っていたが、相対する彼女が仕事モードに変わったのを感じたので、羞恥心を遠くへ投げ捨て気持ちを切り替えた。

 受付嬢さんにされた質問の答えはナビーなら分かるような気もするが、異世界に来たばかりで誰かしらとの繋がりが欲しいので、僕のことを少しでも覚えて貰うためにも聞くことにした。


「詳しくは分からないので、説明お願いします」


「ギルドカードは4段階あってブロンズシルバーゴールド白金プラチナがあるの。昇段するには、ダンジョンから持ち帰ったものを任意でギルドに売ってもらって、その売った物の査定金額の10%をギルドが税として取らせてもらうね。それでその税の累計が一定の金額に達すると、次のギルドカードに昇段ってことになるの。他にも護衛やアイテムの調達などの色んな依頼クエストがあって、クエストも同じく報酬の10%を税として取らせてもらうね」


「クエストの場合は、ランクで振り分けられていて、受けられるかが決まるってことで大丈夫ですか?」


「うん、その通り。頭がよくて助かるよ。ただ個人的に指名されるクエストもあるから、ランクが低くても良い条件の依頼が来る場合もあるよ。他に何か気になることはあるかな?」


 俗に言う指名クエストや特別クエストと言われる類いだろう。長くやっていれば実力が無くても上のランクにいけちゃうから、信頼度と確かな実力を持った人に直接依頼するのは理にかなっていると言えるだろう。


「ダンジョン産の素材はギルドで買い取ってくれるとのことですけど、野生?の素材はギルドでは買い取りできますか?」


「ダンジョン外でのドロップも買い取るよ。持ってるなら鑑定するけど、あるの?」


「じゃあこの魔石をお願いします」


 ダンジョン外の魔物の素材は何かしらの事情で別扱い、ということになったら手元にある魔石が無用の長物になってしまうので不安に思いながら聞いてみたら、どうやら心配は無用だったみたいだ。

 ポケットに入っている綺麗な赤色の魔石を取り出してカウンターに置いた。


「すごいね。この純度だと、レベル15前後のゴブリンを倒したんじゃないかな。本当に真冬くんは駆け出しなの?」


 何がしかの訳で実力を隠しているんではないかと懐疑的な目で見てきた。

 さすが受付嬢と言うべきか内心を見透かすような鋭い眼に、真冬は神様から貰ったと言うわけにもいかず、慌てて否定した。

 もっとも、実力が駆け出しの平均をゆうに超えている真冬による自分の実力考察は、チートを貰い、ナビーの太鼓判を貰ったとしても、中の下なのだから嘘は吐いていない。本人が嘘と気付いていないから。


「す、すいません。ゴブリンを倒したのは合っているんですが、レベルは3でした」


「そっか……疑っちゃってごめんね。それにしても真冬くんはすごく運が良いんだね」


 地球では運が良かったことなんて一度も無かった、と心の中で独りネガティブな心が芽生えそうになったが、なんとかその芽を摘み取り、査定額を聞く。


「ありがとうございます。それでいくらになりましたか?」


「赤色の魔石の末端価格は1000ベルで、この純度だと2500ベルになります。そこから10%引きまして2250ベルです」

 

 手渡された簡素的に作られた袋の中を覗き見ると、銀貨2枚、銅貨2枚、鉄貨が10枚綴りで5個入っていた。鉄貨が1ベル、銅貨が100ベル、銀貨が1000ベルなのだろうと計算した。

 これを日本円にすると幾らになるのか気になり、知ってそうな人に聞いてみた。


(ナビー、異世界と地球のお金のレートってどのくらいなの?)


(1ベルで約1円ぐらいですね)


(そうすると今ので2250円か。ありがとう)


 案の定ナビーはレートを知っていたので、おおよその価値が知れて良かった。

 それにしても苦労主義では無いが、大した苦労もしていなくほとんど降って湧いたような約2時間分のお金に、こんな簡単に稼げて良いのかな、と日本人っぽいことを思ったり思わなかったりする真冬だった。

 

 そんな故郷の人のちょっとした闇に触れたところで、これから何をするにしてもお金が必要ということも考え、せっかく冒険者になったんだからダンジョンに行きたいと思う真冬は武器が欲しくなったので、良い売り場を知ってそうな目の前の彼女に聞いてみた。 


「ありがとうございます。それでどこかオススメの武具店ってありますか?」


「それだったら鍛冶師ギルドに行けば良いと思うよ。あそこなら駆け出しからベテランまで使えるものが揃ってるから。そこから自分に合った専属の鍛冶師を見つけるのが良いかな」


「わかりました。何から何までありがとうございました。最後で申し訳ないのですが、名前を聞いても良いですか?」


 仕事ではあるが、何から何まで丁寧に教えてくれる彼女にこれからも関わっていくんだろうな、と確信めいた予感がしたので、勇気を出して彼女の名前を聞いた。 


「フランです。これからよろしくね」


 そんな彼女――フランさんは自分の名前を名乗り、真冬に向かって穏やかに微笑んだ。

 

「フ、フランさんよろしくお願いします」


 対する真冬は慣れない年上の余裕にたじたじになり引き攣った笑みしか浮かべられなかった。

 それもフランからするとご愛嬌ではあるが。


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