本編
第3話 いざ異世界へ ☆
瞬きをしたように一瞬視界が暗転した後、明らかに空気感が変わったのを感じたため辺りを見渡してみると、僕がいる場所は、今までで見たことも聞いたことも無いような鬱蒼とした森に挟まれた街道と思しき場所だった。
燦々と輝く太陽が高い位置にいることから、もし地球と太陽の動きが同じならば神様が転移前に言っていた通り、今は昼頃だろう。
自分が今いる場所の状況把握に勤しんでいると、頭の中に冷え切った鉄のような無機質で感情が一切感じられない女性の声が響いてきた。
(真冬さん、はじめましてナビゲータースキルです。以後お見知りおきを)
「……え?どこから声してるの?」
急に聞こえてきた頭に直接響くような方向性のない声に対して、周りに誰もいないことは先ほどの状況把握で分かっていたが、思わずと言った様子で声を発してしまった。
(頭の中に直接送り込んでいます。なので言葉にしなくても真冬さんが伝えたいことを考えるだけでこちらに伝わります。一種のテレパシーのようなものだと思っていただいて大丈夫です)
一種の、と言われてもテレパシーなどとは空想の世界の産物だと思っていた僕なので今一要領が掴めないが、頭の中で考え事をするような感じでとりあえず話してみる。
(……これでいいのかな?ナビゲーターさん)
(はい、大丈夫です。それとナビゲーターさんでは長たらしいので、手短な呼称をつけてほしいです)
呼称とは簡単に言うと名前のことだ。それにしても名付けに関しては考えれば考えるほどどつぼにはまっていき、最終的に出る名前はそれはもう自他共に認めるほどのセンスの無さなので、パッと出てきたインズピレーションで決めていきたいが――
(――な、ナビーはどうかな?直感で決めたからすごく安直だけど……)
(ナビーですか……確かに安直ですね。でも、嬉しいです。ありがとうございます)
センスに頼らないひらめきで出た名前に対してのその反応は、今までの念話には一縷も感じられなかった感情が微かに乗っていたように思えた。ナビゲーターさん改め、ナビーが僕の付けた名前を気に入ってくれたのならば純粋に嬉しいし、名付け甲斐があったという気持ちだ。
(早速だけどナビー、僕こっちの世界の事はなんにも分からないんだ。とりあえずどこに向かったら良い?)
右を見ても左を見ても富士の樹海のような闇が広がり、そこに道しるべもなく入って行くのは精神的にも、肉体的にもとてもじゃないが無理難題で、今置かれている状況はまさしく一寸先は闇と言えるだろう。そしてこの世界のことについて僕は何も知らないので、2つの意味で右も左も分からない状態だ。
(ひとまず真冬さんが向いてる方向とは逆の方へ向かえば良いと思います。この道は行商や街への移動に使われる道ですので、そのまま行けばやがて大きな街に着くでしょう)
この世界について
(ところでステータスってどうやって見れば良いのかな?)
少し歩いたところで気になることが出来た――それはステータスだ。
RPGといったら真っ先に名前が挙がるであろう、龍の探求も最後の幻想も完クリをするほど嗜んでいた身としては、目に見えて努力が形になるステータスの類いは是非ともあってほしいものだ。いや神様も言っていたし、実際にあるとは思っているのだが、それを好きなときに見られるかは全くの別問題なので、その質問の答えを待ち自然と胸は高鳴っていた。
(ステータスオープンと唱えると目の前に出ます。ただこの方法だと他の人にも見えてしまうので、そこは注意が必要だと進言します)
この方法だと、という言い回しに少し引っかかったが、この場面で他の方法を言わないということは、僕にはまだ難しくて出来ないか、手順がめんどくさいとかそんなところだろう。
(そっか、わかった。注意するよ)
自分の現時点での能力、もっと踏み込んで言うと弱点が分かってしまうステータスを周りに見せびらかすことがどれほど危険なことか分かってはいたが、自分はどれくらい強いのか、ステータスはどんな感じなのか、それらの猫をも殺す好奇心が逸ってしまい、早速件の言葉を唱えてみる。
【ステータスオープン】
名前 神宮寺 真冬
種族 人族
グレード1
レベル1
HP 400/400
MP 300/300
STR 250
DEF 150
INT 400
AGI 210
CHA 100
LUK 200
SP 0
スキル
教わった通り言辞を唱えると、ちょうど見やすい目の高さの位置に、漫画より一回り大きいぐらいの半透明状のプレートが現われた。そして、そのプレートにはよくあるRPGの英語表記でステータスが載っていた。
ステータスを見る前と変わらない胸の高鳴りを維持しながらステータスを一通り見終わった後、ナビーがスキルの説明をしてくれた。
(では、分からないと思うのでスキルの説明をさせていただきます。
1つ目に関しては百歩譲ってまだ納得出来ますが、2つ目に関してははっきり言いますと
まだ真冬さんは分からないと思うのでその訳を説明しますと、ステータスの伸びは人によって多少の差があります。人によってSTRの伸びが良かったり、逆に悪かったりなど、簡単に言えば才能の有無があるということになります。
グレードが低い内は、才能の有無でステータス上にそこまでの差は出ないのですが、グレードが上がるにつれて才能の壁は顕著に表れてきます。
それによって今まで魔法系のスキルを中心に努力してきたのに、魔法に必要なステータスが伸び悩んだことで、ステータスに従って今まで見向きもしなかった武器種に転向せざるを得ないことがこの世界ではざらにあるのです。身も蓋もないことを言えば努力が水の泡ですね。
しかし、それを覆すことが出来るのが、SPの割り振りによるステータスの追加なのです)
僕の故郷である地球では、努力は必ず報われる、とよく言われるけど、それは正しい方法を知っていたらの話で、本来自分が目指している場所と努力の方向性にちょっとでもズレが生じていたら、結果は目も当てられないことになる。それが遠い場所、高い場所を目指していれば目指しているほど、なおさらスタートで1°、またはそれ未満でもズレていたら、気付いた頃にはすでに目標は手の届かないところにあるだろう。
これを限界はあるものの、ある程度修正できるのが、このスキルの真髄って事か。
(そっか、説明ありがとね。それで参考にしたいんだけど、この世界の人のステータスの平均とか分かる?)
(駆け出し冒険者でグレード1のレベル1ですと、HPとMP以外のステータス値は
100が平均だそうです。今の真冬さんですと駆け出し冒険者よりかは大分強いかと思われます)
(……ん?今冒険者って言った?)
(はい、それがどうかしたんですか?街に行けばギルドもありますけど……)
(行こう、すぐ行こう)
冒険者に、ギルド。およそラノベのテンプレートの出現に僕はステータスの時以上に、期待に胸を膨らませた。
それから期待を胸にしばらく歩いていると、肌が濃い緑色で必要以上に肥えている人型の何かが、辺りを警戒するようにキョロキョロと見渡しているのが遠目に捉えた。
(ナビー、あの緑色の奴はなに?)
(あれは、はぐれゴブリンですね。レベル3で比較的弱い魔物種なので、真冬さんでも楽勝だと思います。少し上がった
絵に描いたような想像通りのゴブリンに、驚きを禁じ得なかった。
(あれがゴブリンって結構テンプレートなんだね。それで倒すのは良いんだけど、武器か何か欲しいな……)
(そこら辺に落ちている木の棒でも倒せます)
そう言われ、まだ結構遠くにいるが索敵範囲が分からない以上ゴブリンに見つからないように慎重に、近くに落ちていた手頃なサイズの木の棒を拾った。
拾った木の棒は言うなればひのきのぼう、といったところで、”ひのきのぼう”を持った僕は客観的に見れば、さながら冒険を始めたての勇者のように見えるのだろうか。もっとも、武器関係なく始めたて、という表現はあながち間違いでは無い。
木の棒でも倒せるという
ナビーに聞きながら見つからないギリギリの所まで近づいたところで、ゴブリンの大きさがなんとなく分かってきた。
身長は僕の胸ほどの高さ――約130cmぐらいでそれほど高くはないものの、驚いたのは僕の2倍ほどもある横幅だ。その図体を遠くから見たときは然程大きく感じなかったが、サイズ感が大まかに分かるほど接近してみると、その大きさが窺えた。
そして、接近したことによってゴブリンは身長的には子ども、横幅は横綱と非常にアンバランスだが、そのアンバランスに目を瞑れば、フォルム自体は人間とあんまり大差無いことが判明した。
『グギャギャ!!!』
更に近づいていき、相手との距離が5メートル程まで近づいた時、ゴブリンはようやくこちらの存在に気付いた。そしてこっちを見るや否や、手に持っている丸太のような太い棍棒を振りかぶり、鬼の形相で唾をまき散らしながらこちらに走って来た。
ゴブリンが人を殺せるほどの凶器を振りかぶりながら向かってくるその迫力は、ホラーゲームや何かのアトラクションなどとは比べるまでもないほど恐怖を引き摺りだしてくるもので、僕の膝は思わずがくがくと震え始めた。
殺そうとしている者と、殺されたくないがどうしても恐怖が先行している者とがお互いに手を伸ばせば触れ合える距離まで到達したとき、真冬を一撃で仕留めようとしているゴブリンは棍棒を力任せに思いっきり振り下ろした。
対する真冬は虐げられていた時の記憶が一瞬だけ呼び起こされ、その時と同じように目を閉じ腕で顔を守るようにしてしまった。そして、その腕は真冬の顔を守るという意図通り、視界から棍棒の射線を隠してしまった。その行いが吉と出るか、凶と出るかそれは次の瞬間分かった。
「――――!」
来るべき衝撃に備えた腕に何も衝撃を感じないことに不思議に思い、おもむろに目を開け状況を確かめてみると、ゴブリンが棍棒を僕に向かってゆっくりと振り下ろしている最中が現状だった。
僕はいつ落ちてくるかも分からないほどゆっくりの棍棒を見ながら思考する。
――ゴブリンの動きが遅くなってる?
今起こっている目の前の事から考えると、そうとしか思いつかなかったが、次の小馬鹿にしたような声と言葉遣いでそのカラクリの正体が分かった。
(……ステータスに差があるので、余裕だと思うんですが?)
ナビーにヘタレだと馬鹿にされてる気がするのはひとまず置いておいて、そのおかげでゴブリンの動きが遅い理由が判明した――それは僕の早さのステータスがゴブリンの早さのステータスを圧倒的に上回っているから、相対的にゴブリンの動きが遅く見えるんだ。
「それで合っています。ちなみに馬鹿にしてなどいません」
なんとなく分かってきたナビーの人となり、もといスキルとなりからして馬鹿にしているというよりは呆れているという表現の方が近いのだろう、とそんな益体も無いことを考えながら、急いで棍棒を避ける。
『グギャ!!』
ゴブリンは悔しがっているような、驚いているようなそんなどっちつかずの表情と声音をしてから、性懲りも無くまた攻撃をしかけてきたので、棍棒の射線から横に移動し再度避けてから、手に持っている木の棒でゴブリンの頭を容赦なく叩いた。
単純極まりない物理攻撃が見事ゴブリンの頭にヒットしたあと、殴られた被害者は一瞬動きを止め苦しそうな表情を浮かべながら、ガラスが割れるような甲高い音を出して消えていった。ゴブリンとは言え人に似た者を殺したという感触は無ではないものの、ゲームのように一瞬にして消えていったことから、罪悪感や忌避感などといったものはほとんど無いようなものだった。
そして、ゴブリンが最後に立っていた場所には、拳より2回りほど小さい真っ赤な石のような物が落ちていた。地球上ではお目にかかれないほど綺麗なそれを拾いながら、消えていったゴブリンのことについてナビーに聞いた。
(倒すと消えちゃうの?ナビー)
(はい、先ほどのように魔物は倒すと消えます。消えたあとはドロップと言って、真冬さんが今手に持っている
(そっか、ありがと。ちなみにこの魔石にランクとかってあるの?)
魔石やその類いの物には、純度や大きさによってランクがあることが多いなと思いながら、そのままナビーに聞いてみた。
(はい。ランクは低い順に赤・橙・黄・緑・水色・青・紫・黒で、さらに色が濃いほど純粋になり価値が高くなります。真冬さんが拾った魔石は色のランクでは低いですが、色が濃いので価値は同じ赤色の魔石の中でも高めです。レベル3のゴブリンからこの魔石出るのは相当運が良いですよ!)
ナビーが最後に感情らしい感情を初めて見せてくれたことがとても嬉しく、それだけでトラウマを呼び起こされ、死が足音を鳴らしながら近付いてくる恐怖を感じたことが吹っ飛んだ。
(説明ありがとね)
大好きなRPGとファンタジー要素盛りだくさんの世界に、内心ウキウキしつつ街への歩みを再開した。
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ステータスの説明になります。
種族は他に獣人族、魔人族、精霊族、魔物族、動物族、神族があります。
グレードはレベルが100に達し、且つ冒険をすると1つ上がります。冒険とは例えば、自分より上位の存在いわば格上と戦い破ることです。これは一例ですので他にもあり、絶対ではありません。
HPは0になると死にます。
MPはマナと呼ばれていて、使うと減り、0になると気を失います。
STRは力で、高いと重いものを持てたり、握力などが強くなります。筋肉の強化と思っていただいて結構です。
DEFは防御力で、高いと物理と魔法の攻撃を受けてもHPがあまり減りません。また痛みも軽減されます。
INTは知力で、魔法の威力や魔法を顕現させるのに必要なMPが減るだけでなく、演算が早くなったり知識の吸収が早くなります。後者2つは簡単に言うと頭が良くなるということです。
AGIは素早さで、体の動きが早くなります。走ったりはもちろんのこと、目視から認知の早さなども関係します。 これは伝達が速くなってるということ。
CHAは魅力で、これが高いと魅力的になり、人を惹き付けることができます。いわゆる芸能人が持ってると言われてるオーラです。
LUKは運です。これはそのままなので端折ります。
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