サラの過去②……自分の距離感と戦力、そしてEXSの見直し
呼ばれた医師にサラの症状が改善した事と、それが才能という認識に繋がった事をエリックが話して聞かせると、医師は何か気付いたように症状について聞き直し、診断書を作成し直して敷地内にある指定した場所に持っていくよう進言してきた。
そこは「超感覚能力開発研究所」という場所で、現在におけるEXSの研究を当時から進めてきた機関だった。
正式名をEXSとする前の暫定的な呼び名が超感覚能力であり、既存の超能力のような定義の曖昧なものと区別させるためにEXSと変更した背景がある。
そんな研究所にて、今までとは全く違う検査を行った結果、サラの体内からエクセル値反応が検出され、スペリオルコマンダーと認定された。
エクセル値、というのはスペリオルコマンダーやEXS同様に作られた造語で、EXSの名称と重ね、「Exterminate Skill Energy」の略称からそう呼ばれており、スペリオルコマンダーがEXSを行使する際に観測される特有のエネルギーの名称、及び数値の事である。
呼び方が「Excel=勝る、優れた」という単純な英訳とも掛かっているエクセル値だが、その検査機器や検査項目の特殊性から通常の医療機関では研究を進める事が極めて難しく、こうして観測出来たのもこの病院が防衛省直轄の防衛医科大学校、その附属病院だったからだ。
ランダルタイラー父娘にとって幸運だったことは、少年との出会いだけでは無かったと言える。
スペリオルコマンダーの認定後、更に研究データを取る事に協力すれば、国から様々な厚待遇を受ける事も可能となる。
サラも勧められはしたが、本人の希望もあって今回は見送られることとなった。
何か思うところもあるようだったが、まずは母国に帰ろうということらしかった。
認定手続きなどの関係で日本にまだ滞在することになったサラはその間、エリックから引き続き日本語を教わっていた。
今後のためという意味もあったが、何よりサラ自身がやり残した事があるからだという……
※ ※ ※ ※
サラの退院前日。
病院の外の広場では、今日も子供達が元気に遊びまわっていた。
追いかけっこをしたりして、実に楽しそうにしている。
そして次に何をして遊ぼうか決めようと集まった時、人影が近付いてくるのに何人か気が付く。
そこには、ずっと避けていたはずのサラの姿があった。
サラは不安と恥じらいが混ざったような顔を見せつつ、一度後ろを振り返ると、遠くからエリックが笑顔で頷きつつ見守っている。
それを確認して前を向いたサラ、深呼吸をして緊張をほぐしてから子供達に、
「……イ、イッショ、ニ……! ア、アソンデ、イイ、デスカ?」
エリックから教わった慣れない日本語ながらも、初めて自分からコミュニケーションを取った。
子供達はキョトンとして互いに顔を見合せた。
(……つ、つうじて、ない? それとも、ずっとさけてたから、ワタシとは、あそびたくない、とか?)
サラは不安の増大のため、心臓の鼓動が早まる。
やがて子供達は、
「うん! 良いよ!」
「一緒に遊ぼう!」
サラを笑顔で迎え入れた。
「……アッ……! アリガトウ!!」
それに返すように、サラも弾ける笑顔を返す。
こうしてサラは、過剰知覚の鎮静化とコミュニケーションのための第一歩、その両方を成し遂げたのだった。
他の子供達と混じって一緒に走り出したサラ。
それを見ていたら、エリックは不覚にもまた涙が出そうになった。
(ああ……この時をどれだけ待った事だろうか! 他の子供達と遊ぶという当たり前の事が出来ず……絶望に傷付いて苦しんでいたサラが……! あんなに楽しそうな笑顔になったのを見た事が無い! 僕は、この素晴らしい瞬間を生涯忘れない! マリアに早く、この感動を伝えたい!! そして惜しむらくは、あの少年にもう一度、感謝の気持ちを伝えたかった!)
サラがサプライズするために、マリアには帰国してから伝えるという事でまだ連絡はしていないが、相当に喜んでくれるだろう事は想像に難くない。
それを思い、本当に泣いてしまいそうな目を強く拭って、強引に涙を引っ込めるエリック。
瞼を閉じれば、あの堅苦しくも礼儀正しい少年の顔が浮かぶ。
心残りな気持ちを抑えるように、何度も何度も心中で少年に感謝をしていたが、
(……しかし……あの少年は堅苦しいだけではなく、何とも不思議な子だったな?)
不自然とすら思える少年の丁寧な対応以外でも、思い返していたエリックの中で何かが引っ掛かった。
(ここでの用件なんて、病院なんだから僕達みたいに入院だとか治療に関連するものしかないはず……いちいちボカさないで誰かのお見舞いに来たとか言えば済むものじゃないのかな?)
エリックは真面目な顔に戻し、サラも入院していた病棟を見つめる。
窓から見える内側の廊下や広場の道には、患者やその家族、医療関係者等が行き来していたが、それはいかにも病院らしい光景であって、改めて見ていても特に変わった様子は無い。
(彼のお父さん自身がこの病院に用事があるとも言ってたな。少し聞いただけだから事情は察しきれなかったけど……医者とか病院関係者? それにしてもあんな幼い子に口外を禁じるほどのものだろうか……)
「パパ~ッ!!」
遠くからの呼び掛けに意識を戻したエリックが振り返ると、サラが大きく手を振ってはしゃいでいた。
それで再び広がる暖かい気持ちが、今まで冷静に分析していた思考に蓋をする。
(……ふっ、そんな細かい事はどうでも良いか! あの少年が僕達家族を救ってくれた、という事実以上のものなんて要らないはずだよな!)
同じようにサラに向けて手を振って返し、その光景を記憶に上書きする。
無事、やり残した事を終えてからサラはようやく退院し、日本にいた親戚に盛大に祝福されながら帰国する父娘。
母国アメリカの空港では、サラにそっくりで美しくも若々しい美貌の母マリアが笑顔で出迎えてくれた。
「『サラッ!』」
「『ママッ!』」
手を広げて待つマリアの胸に飛び込むサラ。
後ろからゆっくり歩いてくるエリックも、その様子を微笑ましく眺める。
「『もう、サラったら日本にいる間はちゃんと連絡してって言ってたのに、途中から連絡来なくなっちゃったから心配したのよ? アナタも……』」
「『やあ、すまないマリア。サラが、自分で直接伝えたいっていうので、口止めされていてね』」
「『口止め?』」
「『あのね、ママ! ワタシ、なおったよ!』」
「『えっ!? な、治った!?』」
「『うん! それどころか、さいのうだったんだって!』」
「『さ、才能!? ど、どういう事なの!?』」
「『アハハ! 詳しい事は家に帰りながら、僕が説明するよ。だから、聞き終えたら素直に喜んであげると良いね! マリアの喜ぶ顔が見たいから、サラは連絡しなかったんだからね!』」
「『わ、分かったわ』」
事情が深く飲み込めず、戸惑い気味だったマリアだが、サラの苦しみが無くなった事だけは察して喜んだ。
そして帰宅の間にエリックから詳しい説明を聞いて、心から歓喜した。
それからというもの、帰国してしばらくの間は、毎日がお祝いパーティーのようなものだった。
症状の改善したサラが帰国して最初にやった事は、日本の時と同じく同年代の子と関わる事。
今まで過剰知覚の弊害で深く接する事が出来なかった交友関係をここぞとばかりに広げていく。
本来は明るく社交的な性格だったサラは、すぐに多くの友達に恵まれ、家に友達を呼んだり、逆に遊びに行ったりするようになり、サラ自身は元より、エリックやマリアも見ていて幸せそうだった。
※ ※ ※ ※
サラが苦しみから解き放たれるようになってから数年経過、サラが小学高学年になった頃の事……
あれだけ歓喜していたランダルタイラー家も徐々に落ち着き、サラも自らに備わるEXSの核である異常知覚も、それを受け入れてからは特に弊害も無く、そのまま普通の人と同じような生活を送れるようになっていた。
強いて言うなら、かくれんぼで人を見つけるのが上手い、という活かし方が出来るようになった等の程度。
そんなサラが1ヶ月前に、待望の10歳の誕生日を迎えた。
誕生日自体はこの年齢の子供なら大概は喜ぶものだろうが、サラに関してはそれ以上の意味があった。
それは、10歳になるとサバイバルゲームの練習試合、及び公式戦への参戦が可能になるという事だからだ。
元々、WEE協約以前からエアガンには使用可能な年齢の制限が決められており、10歳以上で使用可能なエアガンと18歳以上で使用可能なエアガンがあった。
場所によっては対象年齢が曖昧だったりもしたが、WEE協約以降、上の年齢制限は引き下げられる代わりに全国共通として定め、試合参戦もそれに準じる形になった。
サラは、この日が来るのをずっと待っていた。
昔、自分の異常知覚を才能と認めてくれた少年の願い、サバイバルゲームで輝く自分を見せられるように努力すると決めていた。
そのためにはやはり、実戦あるのみ。
練習試合の練習、という微妙な呼び方になるが、少人数での模擬戦は繰り返してはいた。
だが、試合になれば人数やフィールドの大きさ等も変わってくるため、勝手が違う。
華々しい戦果を上げようという意気込みで臨んだサラだったが、初戦からこの1ヶ月間の結果は芳しくなかった。
「……う~ん」
家族で食卓を囲みながら食事するという団らんな一時で、サラは悩むような声を出す。
「……ナンでだろう……ゼンゼン、ウマくいかない……キョウもダメだった……」
「サラ、焦らなくても良いさ! 始めたばかりなんだし、すぐ上手くいかないはずだから仕方ないよ!」
落ち込むサラをエリックが励ますが、サラ自身は納得がいかない様子。
ちなみに、エリックとサラは家の中で2人で話す時は日本語で話すようにしている。
日本語を覚えたいというサラの情熱とやる気から、エリックの提案でこのようになった。
ところどころでサラの発音が微妙なのは否めないが、それでも常時日本語ではないアメリカの中にいて、大分上達したと言えるのではないだろうか。
(……はぁ~……まあ、何となく理由は分かってるんだけど……)
心中でため息をつき、サラは自分の後ろに立て掛けておいたアサルトライフルを眺める。
サラが上手く戦果を上げられないのは、自覚している通りの明確な理由が2つあった。
1つは、サラが遠距離武器を苦手としている事。
先天的と言うべきか、距離感が掴みにくいというサバイバルゲームプレイヤーとしては致命的な欠点を持っていた。
精密な狙いをつけるために待つのが苦手という性格的なものもあり、エアガン自体を扱うのが不得手だった。
そしてもう1つは、皮肉にもサラの過剰知覚にあった。
気配を察知する特性は、現状では2人位までなら何とか対応は可能だったが、それ以上の人数が様々な方向で動いているのを知覚するとサラの処理能力に限界がきてしまう。
だが公式戦ともなればWEE協約以降のルール設定上、10人以上で参加しなくてはならない。
まだ人数が少なくて済む練習試合ですら満足に運用出来なければ、公式戦で通用する訳がない。
(……くっ! 悔しい……! せっかく、あの男の子が才能だって認めてくれた上に、スペリオルコマンダーと認定までされたというのに、これじゃ並以下じゃない……!! もっと活かせるようにならないと……どうしたらいいの!?)
エリックからは焦らなくてもと言われはしたが、サラとしては早く結果を出したかった。
サバイバルゲームの楽しさをエリックより教わり、その才能でもって活躍出来る事を夢見て待ち続けた数年間。
いざ始めてみたら全く使い物にならないとなれば、精神的に辛い事だろう。
だが、焦りはしても絶望までしなかったのは、少年の言葉が支えになったからだ。
この過剰知覚を才能と活かして、スペリオルコマンダーとして強くなるために、試行錯誤を繰り返していた。
今日も今日とて悩み抜くサラを見て、エリックはサラの髪をクシャクシャと撫でる。
「……パパ?」
「そう悩み過ぎたら、考えもまとまらないさ。気分転換したり、たまには逆転の発想でサバゲーするのも良いんじゃないかな? まあ、何をどうするかはパパには分からないけどね」
エリックはそれだけ言って、食器を洗い場に持っていく。
(……逆転の発想でサバゲー、か……)
「『ねえ、サラ?』」
それを深く考える間もなく、今度はマリアが声を掛けてきた。
マリアは普通に英語だった。
「『何、ママ?』」
「『良かったら、またサラの宝物を私に見せてくれない?』」
「『良いけど、汚したりしないでね』」
サラは少し呆れ気味になりながら、いつも身に付けているポーチの中から、少年に貰ったダミーナイフを取り出してマリアに手渡す。
マリアは中からナイフを抜き出して楽しそうに眺める。
「『やっぱり、綺麗で良いわね』」
「『ママ、好きだよね? このナイフ』」
「『うん、ママはエアガンとかより、こういう方が好きよ? 包丁とかに近いからかしら』」
「『まあ、ワタシも結構好きだけど……サバゲーはエアガンのが圧倒的に有利だし、ナイフアタックって物好き以外はやらないみたい……』」
物好き以外はやらない、という意識は人にもよるが、実のところナイフアタックはWEE協約以前では有利不利云々の前に禁止されていた。
詳しくは伝わってないが、トラブルになりやすかったからと言われる。
今より判定が曖昧だったり、直撃の強さや回数の過多からくるオーバーキルが原因とも推察される。
〔S・S・S〕導入で判定が確立されてからは禁止を解く声も出てきたものの、高い勝率を目指す事が求められてからは、超近接武器のナイフを好んで使う者は相変わらず少なかった。
「『あら、別に良いじゃない! 武器に使えるなら、こういう物とかでも良いんでしょ?』」
「『それはまあ、そうだけど……』」
「『遠くを狙うエアガンがどうしても苦手なら、近さで勝負って事でもアリだと私は思うわ! でも、どうするかはサラが決めると良いけどね!』」
ニッコリとする笑顔は母親よりも姉のような見た目になるマリア。
言いたい事を言ってからナイフをサラに返し、エリックと同じように食器を洗い場へと置きに行く。
食卓に残ったのは、サラ1人。
(……遠くがダメなら、近く…………エアガンより、ナイフ…………逆転の発想……)
サラは、エリックとマリアの言われた言葉を頭の中で繰り返していた。
両親は別に正解に辿り着けるようなアドバイスをした認識でもなく、柔軟な思考で捉えても良いだろうという程度だった。
それはサラも何となく理解出来たが、遠距離の優位性がまだ残っており、踏み込む決断が出来ていなかった。
(……ふぅ~……何というか、もう少し……もう少しで何か掴めそうなんだけど……ナイフにしてもだけど、何よりワタシのEXS、こんなものじゃない気がする……それさえ固まれば……)
それがサラの最大の悩みだった。
EXSの知覚能力は疑わないものの、気配を感じるだけでそれ以上は不明瞭。
現時点では、戦力として扱えると自信を持てるクオリティには到達していなかった。
ナイフを鞘にしまって大切そうにポーチに入れてから、悩むため息を再びつこうとしたサラ、ふと妙な気配を感じる。
(……また、か……もう、人が悩んでいるっていうのに……嫌な気配よね、こればっかりは……!)
サラが不機嫌そうに後ろの斜め上に睨みを効かせる。
そこには窓からでも入ってきたと思われる一匹のハエが、部屋の中を飛び回っていた。
不明瞭ではあるが、サラの知覚能力はこういう細かい動体も認識出来る。
ただ、認識出来るだけなので、対処としては至って普通。
むしろ、知覚範囲で飛び回られるだけで肌がむず痒いような感覚を受けるのは、サラ的に好ましくなかった。
視覚だけのものなら、目を閉じれば無視も出来ただろうが、ハエのような虫の類は常人でも音が
ましてや、サラの知覚能力は触覚とも通じている部分が多少あるため尚更。
加えて、サバイバルゲームの成績が思ったように伸ばせない事も苛立ちに拍車をかけていた。
そもそもこの知覚をきちんと機能させられていれば、という思いもあったのだろう。
ハエがサラの近くまで飛んで目の前を通過した時、サラの内に溜まっていた苛立ちは、とうとう限界を迎えた……
(あああぁ~もう、うざったいぃ!!! いい加減にしなさいよっ!!!)
ほぼ八つ当たりの境地で、サラの意識は接近してきたハエ一点に集約した。
その時、サラの中で何かがカチッと音を立てて繋がったような瞬間があった。
自分に向かって意識が集束され、薄い膜が半球のドーム状に形成されるように固定。
そして目の前の光景、その異変に我が目を疑った。
(……ハ、ハエが……遅っ!!? というより、周りが何か変!?)
今までサラの苛立ちを増長させるようなハエの動きがとてつもなく緩慢に感じられ、その姿すらハッキリ視認出来てしまったほどだが、不思議なのはそれだけではなく、自分の周囲にある物への認識が急に鮮明になった。
その範囲は視覚化されたドームの内側、自身を中心としておよそ半径1メートル程度で、多少遠くても知覚出来ていた今までと比べ物にならない程に狭まってしまったものの、サラとしては無駄に広い範囲で勝手に知覚してしまうよりも、この方が感覚的に扱いやすい気がしていた。
食卓や座っていた椅子、食器等の大きさや形だけでなく、自分のポーチの中身が開かずとも確認出来る。
遠かった知覚濃度が集約したような不思議な感覚に、やりきれない怒りが霧散していく。
それと入れ替わるように、好奇心が出てきた。
最初はポーチの中からナイフを取り出して、ゆっくり動くようなハエへの対処をしようと思ったが、大事な宝物にしているナイフは使いたくなかった。
なので、たまたま近くにあった食卓の上のスプーンとフォークを手に取りに行くが、緩慢な速度は自身にも及ぶ。
(……この状態だと、ワタシ自身もそこまで速くはないわね……でもそれは、全てが速く知覚出来てるという事……!)
サラはこの性質がだんだん理解出来てきた。
そしてハエの動きに合わせて両手に持ったスプーンとフォークで追っていき、見事に捕まえてしまう。
「やった、ツカまえた!」
ハエを生け捕りにし、ご満悦のサラ。
すると、それが終了の合図であったかのように、知覚の半球が消える。
実は、その状況を外から眺めていた者がいた。
「サラ。ママが作ってくれた、サラの大好物のラズベリーパイを持ってきたよ! これでも食べて、少し落ち着いたら良い……」
そう言いながら、ラズベリーパイを皿に乗せて運んできたエリックだった。
エリックが見たのは、サラがスプーンとフォークを手に取り、ハエを捕らえた瞬間だったのだが、その速度が外側から見ていたエリックからはあまりにも速すぎて、何をしていたか理解出来なかった。
気が付いた時には、既に終わっていた。
「……サ……サ、サラッ!!」
慌ててサラに近寄ろうとして、誤ってパイを乗せた皿をサラへと放ってしまう。
「あっ!! サ、サラ、避けてく……」
警告しようとしたエリックだったが、サラはそれすらも対処してしまう。
宙に浮く皿を取り、離れて飛んでいくラズベリーパイを空中で皿に乗せて受け取る。
その動作も、エリックから見たらとんでもない速度で行われていながら、
「ふぅ~……もう、パパったらアブないじゃない。ママのラズベリーパイがタべられなくなっちゃうかとオモったわよ……」
サラは何事も無かったように済ませる。
「……サラッ!! い、今のは一体何なんだい!?」
一瞬呆けた後、エリックはサラに詳しい事情を聞こうとしてきた。
「ワ、ワからないわ……! ワタシにも、ナニがナンだか…………でも……スゴく、しっくりくる……」
サラは聞かれた時には戸惑いを見せていたが、その感覚の正直な感想がサラの口から漏れる。
次の瞬間、サラは何かを閃く。
「……そうよ……これだわ! これがあれば!!」
ラズベリーパイを乗せた皿を急いで食卓に置き、サラは外へと駆け出す。
「サ、サラ!? どこに行くんだ!?」
「パパッ! イッショにキて! そして……ブってきて!」
「ぶっ!! な、何を言い出すんだサラ!? そんな、サラをぶつなんて出来る訳……!!」
「イイからハヤくブって!」
サラの言葉に驚くエリックだが、サラの手の動きは銃で撃つ動作を表していた。
(あ、ああ……ぶって、じゃなく、撃って、か……ふぅ~、びっくり……いやいや、普通に考えたら自分を撃ってくれと言うのもおかしな話だけど……でも、ここまで言うからには何かを掴んだって事か!)
エリックは一旦自室に戻り、ハンドガンタイプのエアガンを持ってきた。
サラを追って外に行こうとした時、マリアと鉢合わせる。
「『あら、アナタ。どうしたの? アナタと私の分もラズベリーパイを分けたのだけど……』」
「『マリアッ! パイは後の楽しみに取っておくから、それを置いて、代わりにビデオを持って一緒に来てくれ!』」
「『ビデオを?』」
「『もしかしたら、もの凄い映像が撮れるかもしれないよ!』」
「『……? 分かったわ』」
エリックの興奮気味な様子に首を傾げながらも、マリアはビデオカメラを持ってエリックと共に外のサラの元に向かった。
サラは準備運動をしながら待っており、エリック到着で止めて正面から見据える。
「さあ、パパ! ワタシにブってきて!」
「OK、サラ! でも、後で日本語も教え直すからね!」
言いながら、エリックはハンドガンの銃口をサラに向ける。
その後ろでマリアが、訳も分からぬまま、ビデオ撮影を開始。
「撃つよ!」
掛け声の数秒後、エリックは単発に設定したハンドガンの引き金を引く。
BB弾がサラに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
サラは意識を集中し、先ほどの半球ドームを展開させて待ち受ける。
(……ワタシの予想が正しければっ!!)
その弾が、ドームに触れた。
途端にその動きがゆっくりになり、その軌道はおろか、ホップアップシステムでBB弾にかけられたバックスピンすら目視出来た。
サラは最小の動きで弾を躱し、体を元に戻す。
ドームの後ろを抜けると、ゆっくりした時間が急に直ったようになり、飛んでいった弾はサラの後ろの壁に当たる。
「なっ……!!」
「『す、凄い……!!』」
言葉以上に表情が物語る両親の驚愕と感動。
「やっぱり、オモったとおり! これがワタシの……EXSのホントのチカラ!」
サラも遂に、手応えを掴んだのだった。
「『マリアッ! 今の、撮ってたね!? 見せてくれ!』」
「『ママッ! ワタシも見たい!』」
「『ち、ちょっと待ってね!』」
急に振られて少し慌てるマリアだが、すぐに操作して再生する。
映像には、エリック達が見ていたサラの凄まじい速度の動きがきちんと映っていた。
「『これが……ワタシの動き!? 信じられない!』」
「『サラ本人が信じられないというなら、僕達はもっと信じられないよ!』」
「『スローモーションにしないと、サラの動きが分からないわ、これ!』」
「『ワタシから見たら、色々な物の動きが正にスローモーションみたいに見えるのよ!』」
家族全員が興奮に彩られ、父娘は日本語で話す事も忘れていた。
「『でも、まだまだよ! この力はきっと、こんなものじゃない! このクオリティを維持しながら、もっと範囲を広げないと! パパ、そんな訳だからもっと手伝って! 今度は後ろから撃ってみて!』」
「『う、後ろから!? 正面からだけじゃないのかい!?』」
「『もう凄過ぎるわ、サラ! これはまたお祝いしないとね! ラズベリーパイを作ってあげるから、いっぱい動いていっぱいお腹空かせておいてね、サラ!』」
「『うん!』」
「『い、いや、マリア。さっき作ってくれたラズベリーパイがまだ丸ごと残ってるんだから、今日はそれで良いと思うけど……』」
エリックが苦笑いする場面もあったが、何はともあれ、この日を境にサラの不調は反転し、現在の形に通ずるEXS性能にまとまり、その力を更に昇華させるために日々を費やしていく事になる。
そして、
(……遠かった範囲が近付いて、変わっていく実感……逆転の発想、か……確かにワタシには、遠距離武器は不向きかもしれない……どうせ変えていくなら、とことん変えていかないとね!)
「ねえ、パパ! 今度、ダミーナイフ買ってくれる?」
サラは思い切った戦力変更を行い、これが大当たりする事となる。
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