サラの過去……災能から、才能へと変えてくれた恩人
時を遡ること、およそ8年程前の事……
サラは父親のエリック・ランダルタイラーと共に日本を訪れていた。
その目的はサラの症状について調べ、治療出来るようなら治療するためだった。
サラはその当時、ある原因不明の症状に悩まされていた。
EXSの概念については既に研究されており、後にそれは病気ではなくEXSに繋がる要素の1つと認識されるまでになっていたのだが、この時はまだそれがEXSによるものという診断が下せないでいた。
何故なら、EXSとは幼い時になるものではなく、大体中学から高校という多感な時期になる者が大半だったからだ。
大半、とは言っても発現する例も極めて少ないため、まだまだ研究しきれてなかった現状もあったのだが、サラについてはそれにプラスしてとある害悪も付属していての病気扱いであり、母国アメリカでは解明出来なかった病気の検査という名目で来日した。
ただ、日本が特別というのでもなく、既に他の国にもいくつか訪れており、日本もその内の1つでしかなかった。
そして、項目別の検査をしていく過程で埼玉の防衛医大に訪れたのも、選択肢の1つ程度……
しかし、サラはそこで運命の出会いを果たしたのだった。
※ ※ ※ ※
病院内の外広場に設置されたベンチに腰掛けて1人ため息をつくサラ。
今の彼女には、この入院生活は退屈でしかなかった。
診断、検査のために1~2週間程の入院で経過観察をすることになったサラだが、普通に生活も出来ていたために重い病気と見られてはおらず、検査そのものとしては特に進展もないまま数日経っていた。
サラに元気が無いのにはいくつか理由がある。
1つは当然ながら、言葉が通じない人がほとんどのためにコミュニケーションが取れない事。
まだ日本に馴染みもなく、日本語に執着も無かったため、全くと言っていいほど話せない。
広場では、同年代の子供達がたくさん遊んでいた。
入院しているが元気な子や、入院のお見舞いの子などが集まって楽しそうにしている。
サラも本当は遊びたい気持ちがあったが、そのコミュニケーション力の無さのために断念した。
だが、それとは別な2つ目の理由も大きかった。
(……うっ……! まただ……だれか、ちかくに……)
サラは幼い顔をしかめて横を振り向くと、医師と看護婦が遠くから歩いてきて、自分の側を通り過ぎるところだった。
それに耐えられず、ベンチを離れて人が近くに来ないところを探し回っていた。
サラは物心がついた頃から、この周辺に対する過剰な認識に悩まされていた。
これこそが後のサラのEXS「絶対領域」の根本であり、サラの知覚能力の核となる性質だった。
研究が進んだ数年後に解明されたこの性質の構造としては、脳から電気信号による知覚神経を外側に放出し、そこに触れた物を認識するというものだった。
だが、現状のサラのこれにはまだ細かく認識出来る精度が無いだけでなく、勝手に神経が剥き出しになっている状態であり、誰かが触れるとそれが気持ち悪く感じられ、悪い意味でサラに影響を与えてきていた。
それを有効活用出来る位に育っていれば、サラもここまで悩んだりはしなかったかもしれない。
今のサラの感覚では、誰か人が近付くだけで具合が悪くなるという印象しかなく、この状態で他の子供達と遊ぶ事など困難だった。
(……パパ……はやく、きてくれないかな?)
自分を理解してくれる父エリックと母マリアだけが、自分の範囲に入っても許せる存在。
来日にあたり、エリックが一緒に来てくれた。
そのエリックは今、日本にいる親戚の家の手伝いをしていた。
日本に滞在する間の面倒を見てくれる親戚へのお礼ということで、親日家にして日本語も得意なエリックが自ら率先してやっていた。
そのため、サラは1人で病院に残されていた。
エリックも毎日お見舞いには来てくれるし、英語が話せる医療関係者が何人もいるので、入院生活だけなら不都合も無かったが、エリックが来ない間のサラの寂しさは募っていくばかり。
とぼとぼと歩いているサラは、
(……うっ……! なにか、はやいものが、くる……これはたぶん、サッカーボール……あと、ひと……ちいさいから、こども……)
横からの知覚の気持ち悪さにまた顔をしかめながらサラがそちらを向くと、予想通りサッカーボールが転がってきて、それを追いかけて子供達が走ってきた。
サラを見つけた子供達がボールを追いかけるのを止めてサラを見返すと、サラは何も言わずに離れていく。
言葉が通じず、遊びに参加しようとしないサラを、子供達もそこまで気にかけようとしなかった。
母国においても、サラの特性が人付き合いを拒絶させていた。
今はそれに国の違いも相まって、あらゆる壁がサラからコミュニケーションの意欲を奪っていった。
サラもそれで構わないと思っており、病院にいる間中、人を避けるような入院生活を送っていた。
サラは、ずっと孤独だった。
その時までは……
逃げるように病院内を移動し続けるサラ。
(……なにも、かわらない……いしゃがかわっても、くにがかわっても、ワタシはきっと、なおらない……かわらない……ずっと、このいやなかんかくのまま……おともだちも、できない、まま……)
サラとて、ずっとこのままでいたいと思っている訳でも無かったが、色々な国の色々な病院で検査を続けても解決に至らない。
いつしか、もう変われないと塞ぎこみそうになっていた。
だが、憂いに浸る間もなく、再び人の接近を知覚する。
(うっ……!! もう、やだっ……!! なんで、ワタシばかりこんな……!!)
気持ち悪さを無くそうと、察知した気配から離れようとするが、同じ方向に進んでいるためか離れない。
少し早歩きで動くと、何故か同じだけ速度を上げる存在。
(……もしかしてまた、ワタシをからかってこようとしてるだれか!?)
サラは、動きからそう結論付けた。
日本に来る前から、入院してから人が近付く前に気付いて逃げることを繰り返してきたため、それを見た者が逆に近付いて嫌がらせをしてくることもあった。
大概は、同年代の子供である。
また速度を上げて、先にある曲がり角を曲がり、そのまま近くで待ちうける。
後ろにいた者も同じように速度を上げて同じ場所を曲がろうとしており、サラはそれも察知して追ってくる者と確信。
その者が角を曲がりきったところで対面、開口一番、
「『もういいかげんにしてっ!!』」
母国語の大声で、追ってきた相手に抗議した。
「『ワタシをおいかけて、からかってなにがたのしいの!? ワタシはこんなにツラいのに、それがわからないの!? ようもないのに、ワタシにもうかまわないで!』」
相手が聞き取れているかも分かっていないが、とにかく捲し立てた。
目をギュッと閉じて力一杯、心からの思いを叫んだつもりだった。
言い終えて息を切らせ、呼吸を整えて目を開け、ここで初めて相手を見た。
サラの見立て通りに同年代の、東洋系の男子だった。
それを日本人と判断出来なかったのは、まだサラの中で東洋人の違いを区別出来ていなかったからだ。
それに、この地は日本ではあるが、国際的に受け入れが整っているからこそ他国人種の可能性もあった。
何より、怪我人の受け入れに国境など無いだろう。
「……あっ……ま、まちぶせ……ほんとうに、さっききいたとおり……」
その男子の言葉に関して言えば日本語だが、サラにはまだ判断出来ないし、興味も無かった。
男子は身振り手振りを交えて何か言いたげだったが、サラは相手の母国語で自分を貶す言葉が来るだろうと思い、その場を離れかけた。
「え、えっと……グ、グッド!!」
ほとんど通じない中でその男子から聞き取れた言葉が意外だったのか、サラは目をパチクリとして驚き、
「『……ハイ?』」
つい、聞き返してしまった。
これが、サラの運命の出会いだった。
※ ※ ※ ※
それからしばらくはお互いに話が通じない中、その男子は何か伝えようと四苦八苦し、サラが良く分からないものを見る目でその様子を眺めていた。
そこに、1人の男性が近付いてきた。
「『サラッ!』」
サラの名を呼びながら駆けてくる男性は、体格は大柄で優しそうな顔をした白人系のアメリカ人だった。
「『パパッ!』」
サラはようやく笑顔を見せる。
その男性が来ることを、サラも察知していた。
「『やあ、遅くなってすまない、サラ。ようやく仕事が一段落ついてね!』」
「『ううん、だいじょうぶ!』」
今のサラが心を許せる数少ない存在の1人である父親のエリック。
娘の笑顔にエリックも笑顔で返し、次いで近くにいる男子を一瞥してから、
「『それでサラ、この子は?』」
サラに問いかける。
サラは顔をフルフルと横に振る。
「『しらない……なんか、ワタシにはなしたいことでもあるみたいだけど、なにがいいたいのかわからないの……』」
「『それは珍しいね! という事は、サラと仲良くなりたいのかもしれないね?』」
「『な、なかよく? で、でも、たしかに、グッドっていってたような……』」
「『それならパパが聞いてみようか。もしかしたら友達になりたいのかもしれないし。日本語であれば分かるからね!』」
「『べ、べつにワタシはともだちなんて、そこまでひつようじゃ…………ないわけでも、ないけど……』」
急にモジモジしだすサラに、理解したように頷いてから、エリックはその男子に日本語で話しかける。
「こんにちは!」
「はい、こんにちはであります!」
男子は敬礼で手を額辺りに構え、挨拶をする。
「君は幾つかな?」
「5つ、であります!」
「随分としっかりした挨拶で感心するけど、今の内からそこまできっちりしなくても良いと思うよ? まだ子供なんだから子供らしくね?」
「いえ、そういうわけにはいきません! めうえのかたはじんせいのせんぱいとして、けいいをもってせっしろと、ちちにおそわっております!」
(……サラと同い年だというのに、どういう育ち方をすればこんな堅苦しい子になるんだろう?)
エリックは目の前で、真っ直ぐと見ながら年齢と合わない対応をする少年に、どこか困ったような笑顔を返す。
「そ、そうか。君がそれでいいならいいんだ。それより、質問があるんだけど、いいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「君はうちの娘に話しかけてくれたみたいだけど、何か言いたい事でもあったかな?」
「はい!」
エリックがサラを指し示すと、その少年は元気良く返事する。
「そちらのおじょうさんが、みてもいないのにとおくのひとのけはいをかんじてうごいているらしいといううわさをきいてきました!」
「……遠くの人の気配……その噂というのは、誰から聞いたのかな?」
「ここにきている、おなじとしのだんしや、じょしのみなさんからです!」
「そうか……」
エリックは、その少年に向ける笑顔を幾分か曇らせる。
(サラの症状について、詳しい情報は医者にしか伝えていない……この子が嘘をついているとも思えないし、そうなるとサラ自身の入院中の行動が、知らず知らずの内に周囲に症状の断片を伝えてしまっているという事か……そして、この子は興味本位でそれを確認してみたくなった、というところかな?)
そこまで推理して、エリックは複雑な気持ちだった。
サラの感覚が普通では理解されづらいものだというのは、エリックとて分かっていた。
理解不能者という
そうかと思えば、興味や好奇の対象として近付いてくる者もいるだろうと予想もしていた。
出来るなら友人の1人でもいてくれたらと思うのが親としてエリックの望むところであったが、目の前の少年も悪そうには見えないものの、そうした興味で近付くだけで本当の意味でサラと親しくなってくれるかどうかは疑わしかった。
「それで、君から見て、うちの娘をどう感じたかな? 出来たら、正直に聞かせて欲しい」
エリックはその少年の中での、サラの印象を確認してみた。
その答えに対して怒るつもりもなく、良い印象は無いだろうと期待もしておらず、ただただ噂の認識について確認したかっただけだった。
「はい、ではしょうじきにおはなししますと、そのおじょうさんは……」
その少年からは、
「とてもすばらしいとおもいます!」
エリックにとっては意外な答えが返ってきた。
なので、サラがしたのと同じようにエリックも目をパチクリさせていた。
「……素晴らしい? 娘がかい?」
「はい! みえないところでもひとのけはいをかんじることができるなんて、うらやましいです!」
「う、羨ましいだって!? そんな事を言われた事は無いな……良いと思えた事が無いんだけどね……どんな風に良いと思ったかな?」
「はい! もしもじぶんがおじょうさんとおなじようになったとしたら、サバゲーでひだんしづらくできるとおもっています!」
「……サバゲー? 君は、サバゲーが好きなのかい?」
「はい! いまは、ねんれいてきにむりですが、おおきくなったらサバゲーをがんばってみたいとかんがえています! そんなじぶんからみたら、おじょうさんにはサバゲーのさいのうがあるとおもえます!」
「……才能?」
エリックは少年のその言葉にハッとなった。
「な、なあ、君……!」
「……あ、しょうしょうおまちください!」
何かに気付いた少年、エリックの言葉を丁寧に遮ってからその場を少し離れ、ポケットから携帯端末を取り出す。
誰かから通話が来たようで、電話口でも丁寧な口調で応対している。
通話を切り、エリックのところに再び戻ってくる。
「もうしわけありません。ちちのようけんがもうすぐおわるとのことなので、そろそろもどらないといけなくなりました」
「そ、そうなのか!? も、もう少しだけ待っててくれないか!?」
「はい、もうすこしであればかまいません」
「わ、分かった!」
エリックは少年を引き止め、慌ててサラの元に戻る。
「『パパ!? ど、どうしたの、そんなにあわて……』」
「『サラ! まだまだ捨てたものじゃないかも知れないぞ!』」
「『な、なにが!?』」
「『サラが嫌がっていたその感覚、それが本当は素晴らしいものだと、あの少年が僕に教えてくれた! 周囲の人を見つける事が出来てしまう、才能だと言ってくれたんだ!』」
「『……さ……さい、のう? ワタシの、これが?』」
サラは信じられないように、自分を苦しめていた気持ち悪さの感覚に対する認識の違いを染み込ませた。
ちょうどその時、1人の看護婦がエリックに近付いてきていた。
「ランダルタイラーさん! サラちゃんの症状について、先生がまたいくつか聞き取りをしたいとの事なんですが……」
「あ、ああ、そうですか。もう少ししたら行きますので……」
会話自体は病院では些細なやり取りだったが、看護婦が近付いてきている事もきちんと感知していたサラには衝撃だった。
(……!! あまり、きもちわるく、ない!?)
それまで人が近付くと気持ち悪くなるという嫌な感覚が、今はほとんど無かったからだ。
悪いものだとしか思えず、後ろ向きに拒絶していたその感覚を才能と考え直し、前向きに受け入れた事で人に入り込まれる気持ちの余裕に繋がり、今度は純粋に知覚するための力と置き換えられた。
とても単純な見方の違い、気の持ちようだがサラにはとてつもなく大きな変化だった。
「『サラ、先生がサラの症状について、また聞きたいそうだから今から一緒に……』」
「『パパッ!! ワタシ、きもちわるくないっ!!』」
「『な、何だって!? サラ、本当かい!?』」
「『うん! かんごふさんがきたときも、きもちわるくなかった! ひとのけはいをかんじられただけだった! わるいものじゃなかった!!』」
会話を終えて戻ってきたエリックは、サラが飛び上がるように喜び、嬉しさ余って抱きついて来たのを見て、感動で涙が出そうになっていた。
サラが症状を自覚したのは物心がついてからだが、実際には生まれつきであり、赤ん坊の頃はいつもその感覚のせいで泣いていた子だった。
自分の娘が辛そうにしていたのを見るたび、エリックもマリアも同じだけ辛かった。
医療機関でも原因不明という診断がほとんどで、サラの症状が改善するのは難しいと諦めなければならないと思っていただけに、サラは元よりエリックの喜びもひとしおであった。
「『ハ……ハハハッ!! 良かったじゃないか、サラッ! これですぐにでも帰れる! ママも凄く喜ぶぞ!』」
「『うん! それでねパパ、お願いがあるの!』」
同じように喜び、サラを抱き締めていたエリックは、サラからのお願いを快く聞き届け、幾つか話をしてからサラを開放すると、サラは真っ直ぐに少年のところに向かい、目の前で止まる。
少年はサラの急接近に少し驚くが、止まってからは頬を染めて黙りながらも何か言いたげなサラを不思議そうに見つめていた。
やがてサラは、意を決したように声を出す。
「……ア……アリ……」
「……アリ?」
「……アリ……ガトウ……」
サラが紡いだ初めての日本語。
エリックに頼んだのは、感謝を表すその日本語を教えて欲しいというもので、対して少年は首を傾げる。
「……じぶんは、なにかおれいをいわれることをしたのでしょうか?」
「君には分からない事だろうね。でも、僕達は君の言葉のおかげで救われたのさ。僕からもお礼を言わせて欲しい。ありがとう!」
後ろからサラの頭を撫でながら、エリックも笑顔で感謝の言葉を贈る。
少年は未だに、疑問符を浮かべたまま目の前の父娘を眺める。
「……? よくはわかりませんが、いいことがあったならなによりです。それではじぶんは、これでしつれいします!」
「あ、ああ! 待ってくれ、君!!」
ペコリと頭を下げ、急ぐように立ち去ろうとしていた少年をエリックが慌てて止める。
「恩人に対して何もしないなんて、僕の方が失礼になる……何か君がして欲しい事とかは無いかな?」
「そういわれましても、よくはわかりません」
「だったら、せめて君の名前を教えてくれないか!? 恩人の名前を生涯忘れないでいたいんだ!」
「もうしわけありませんが、ちちのしごとのかんけいで、じぶんがなにものかをあかすことはきんじられています」
「そ、そうなのか……残念だ」
エリックはガックリと項垂れる。
だが、エリックも人の事を言える訳でも無く、強くは聞けなかった。
というのも、エリックもまた自分を詳しく明かすのは躊躇いがあったのだ。
お互いに親しくない中で自分達の事を話す事は、自分はともかく、サラも含めた自分の家族に悪い影響が無いとも限らない。
親日家ではあるが、自分を明かすならせめてお互いが公に情報開示出来る状況であるべきとしていた。
でなければここまでの間で少年に、サラの名前を始め娘を詳しく紹介しないという事など無かっただろう。
エリックの落ち込む後ろ姿を、サラは何も言えずに心配そうに見ていた。
少年は、少しだけ何事か考え、
「……でしたら、おねがいがあります」
エリックに声をかける。
「あ、ああ! 僕に出来る事があるなら、何でも言ってくれ!」
「いえ、どちらかというと、そちらのおじょうさんへのおねがいになります」
「……娘に?」
「はい。じぶんではつたえられないので、ほんやくをおねがいします」
「あ、ああ、分かったよ」
エリックは頷き、少年をサラの前に導く。
そうなると今度はサラの方が驚く。
(えっ!? な、なに、ワタシにようなの!? ま、まさか……ボ、ボーイフレンドになりたいとか……どころか、け、け……けっこん、もうしこまれたり!? そ、そりゃあワタシにここまでいってくれるってことは、ワタシがす……すきだってかのうせいがあるからだし、わからなくはないけど!? で、でもせめて、にほんごおぼえてからにしてほしいというか……にほんごもわからないのにこくさいけっこんなんてはやすぎるというか!!)
少年との距離が近付くにつれて、サラの顔もどんどん真っ赤になっていく。
会話の距離まで到達した少年はそんなおませなサラに、
「『サバゲーを、してみませんか?』」
「『…………へっ?』」
エリックの翻訳を通して少年は屈託の無い笑顔で、サラをサバイバルゲームへと勧誘してきた。
「『あなたのすばらしいさいのうは、サバゲーでならもっといかせるのではないかとおもっています! じぶんは、あなたがサバゲーでかがやいているすがたをみてみたいです!』」
翻訳された少年の言葉に、サラはしばらく黙り固まってしまった。
「……? えっと、あの……」
「気にしないでくれ。今の今まで、娘はそうして評価された事が無くて戸惑っているだけなんだ。それに多分、サラがサバゲーに関して知らないだけだとも思うよ。こんなご時世だから、サバゲーはかなりの人に知られてはいるけど、サラは生まれつき問題を抱えていて、それを教えるどころではなくてね」
サラの心情を読み取ったエリックが、答えが無くて困惑する少年へ応対する。
「本当に君には、感謝しかない。帰国して落ち着いたら、娘にサバゲーの事を詳しく話しておくよ。それで娘がサバゲーを始めるようになったら、君の恩に応えた形になるのかな?」
「はい! それでだいじょうぶです!」
「それなら良かった! だが、良いのかい? もし娘に君が評価するだけの才能があるとして、それでサバゲーに熱中して実力を伸ばしたとしたら、君の強大な敵として立ち塞がる事になるかもしれないんだよ? 出会うとしたらきっとWSGCだろうね。そこで各国チームの代表……君は日本、娘はアメリカ代表として対決する事になってしまう。君はここで、ライバルを増やしてしまう事になる……それでも、良かったのかい?」
「はい、もんだいありません! じぶんのゆめは、WSGCのだいひょうのひとりになって、にほんをせかいいちにみちびけるようになることですが、サバゲーをすきになってさいのうをのばしてくれるひとがふえるなら、それはすばらしいことです! それに、そんなつよいひとをたおせるようにどりょくしてもいきたいので!」
「そうかい? なら、それも含めて、娘に話しておくよ」
「おねがいします。そして、よかったらこれを……」
少年は更に手を後ろに回し、自分のウエストポーチから何かを取り出し、サラに渡す。
それは、ダミーナイフだった。
鞘に何かの柄が付いたハンカチを縛って巻き付けてあるもので、サラが抜き放つと金属ではないものの、鈍く黒光りする刀身が印象的だった。
「このダミーナイフは……」
「おじょうさんにさしあげます。おちかづきのしるしです」
「い、いいのかい? 君の大事な宝物とかではないのかい?」
「サバゲーをはじめてくれるひとがふえるなら、おしくはありません! むしろ、いまのてもちがこれしかなくてもうしわけないですが……」
「と、とんでもないよ! 君からはたくさんのものを貰ってばかりで、僕の方が申し訳無いくらいだ……」
「おきになさらず! それより、じかんがなくなりましたので、これでほんとうにしつれいします!」
携帯端末の時間を確認し、さすがに少し焦り気味になった少年は頭を軽く上げ下げしてから、来た方向に走って戻っていく。
「すまないね! サバゲー、頑張ってくれ!」
離れる背中に声をかけると、少年は律儀に振り返り、もう一度会釈してから角を曲がり、見えなくなった。
(……幼いのに、しっかりした良い子だな。まあ、しっかりというか堅苦しい気もするけど……いつかまた、会ってみたいものだ。さて……)
最後まで少年を見送ったエリックは、サラに向き直る。
「『それじゃあサラ、先生が聞きたいことがあるそうだし、行こうか。症状が改善したと言えば、退院も早くなるだろうね。まあ、どうして改善したのかって説明したり、様子見でまだ入院って言われるかもだけど、これ以降は病院に通わなくて良くなると思えば……』」
「『……パパ。おしえてほしいことがあるの……まず、サバゲーってなに?』」
「『一言では語れないかな。後で教えてあげるから心配しなくて良いよ。あの子とも約束したんだ、サラにサバゲーを教えてあげるとね』」
「『……わかったわ。じゃあもうひとつ……にほんご、もっとおしえて?』」
「『……サラ?』」
「『ううん、ことばだけじゃなくて……にほんを、しりたい……! かれのすんでる、このくにのことを、しりたい!』」
意外過ぎるサラのこのお願いも含め、エリックは今日だけで何度驚かされたか分からない。
だが、それは喜ばしく心地いい事の連続でもあった。
「『いいとも!! 日本を知りたいなら、日本が好きな僕に任せてくれ! 何を話そうかな? 春夏秋冬で色彩が変わる
「『うんうん!』」
(……ああ、サラとこんな風に楽しく笑い合いながら会話出来るのを、どれほど待ちわびた事か! 名も分からないが素晴らしい少年、ありがとう!!)
エリックの話を興味深く笑顔で聞くサラ。
親子の信頼もあって、エリックと話す時なら今までも笑顔ではあったが、どこか暗さが見え隠れしていた。
前と今とでその違いに雲泥の差があったと、サラの表情から読み取れ、今まで無理をしていたのだと知らされた。
日本について熱く語り続ける父と、熱心に聞き取る娘。
担当の医師から呼ばれていた事も忘れており、ギリギリに行って医師から注意を受けてしまったが、それも2人には暗い過去と決別をした日での記念として、気持ち良く受け止めていた。
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