決着の刻……踏み込む才能と踏み込まれる覚悟

 サラはまた相手を探してフィールドを駆け回っていたが、未だに金瑠の存在を引きずっていた。


(う~! ま、まだ……何か、落ち着かないわ……あのエセ金髪……! よくもワタシにあんな……あんな……!! ううぅ~早く誰か見つからないかしらね!? 時間も無いし、気分も悪いから景気良く刈り取ってスッキリしたい! 人数から考えて、2~3人のユニットがあと1つある見込みだから、見つければ一気に全滅させて、ワタシの勝利ついでに気分も爽快になるのにっ!)


 モヤモヤを振り払うように頭を振るサラだったが、金瑠云々の前にそもそも今回は最初からどこか調子が出なかった様子。

 体調の問題ではなく、自身のEXS「絶対領域」も通常通りの運用が出来ていた。

 このチームと対決を開始してから、その不調な感覚が芽生えていた。

 どこかチクチクとした感情が自分の中に流れ込んでは、不快感が神経を逆撫でして後味の悪さを生み出すようなもので、タクティクス・バレットのチームメンバーを撃破していく度に、その思いが少しずつ強まっていった。

 ただ、それがどこから来るのか、サラにはまだ理解出来てはいなかった。


(……何なのよ、もう……! 気持ちが晴れる気がしない……どうしちゃったのよ、ワタシは!? このチームに、何があるっていうのよ!?)


 気持ちが乱れ、明らかに集中力が欠けていたサラ。

 通路を走り回っていても、注意力が散漫になってきているようで、このまま狙われてしまえば普通ならばヒットされてもおかしくはない。

 事実、現在の通路を通り抜けようとした際に横の通路から今まさに連射弾が飛んできた時も、音を聞いてからのサラの反応は悪かった。

 しかし、「絶対領域」が捉える距離になったら即座に回避が出来てしまう辺りは隙がない。


「やっと撃ってきたわね! 覚悟しなさい! これで一気に決めてあげ……」


 弾を認識して撃ち込まれた方向に飛び出しかけたサラ、遠くから狙ってきた相手を見て一度足を止める。


「おや? 来ないのかい? てっきり、速攻で反撃に来られるものと思っていたんだが……」


 サラの動向を確認して狙い撃ったのは玉守。

 サラが止まってしまった事に、玉守も思わず射撃を止めて話しかけてみる。


「ア……アンタ、確か……リ、リーダーだったわよね?」

「ああ、リーダーで部長の玉守だ。対戦前に自己紹介した通りだが、それを再確認するためだけにわざわざ止まったのかい?」

「ち、違うわよ!! そんな事はもう分かってるのよ! それより別の事を聞いてみたいと思っただけで……!」

「別の事? この状況でかい?」

「うっ……!!」


 この状況と聞き返す玉守の疑問は、制限時間が設定されて互いに決着を急がなくてはならないという現状で、攻めの手を止めてまで何かを聞こうとした事を示しており、サラは言葉を詰まらせる。


(そうよ……本当は今、聞くべきじゃない……でも、聞けるチャンスは今しか、無い……!)


 サラは周囲に人がいないか、見回して確認する。

 少なくとも、自身のEXS「絶対領域」の距離に引っ掛かるプレイヤーはいない。

 観戦用のカメラが捉えているのは分かっていたが、音声までは拾わない。

 試合中にヒットもせず相手に話しかけるという、本来のサバイバルゲームではあり得ないような事態も、回避で勝ち続けた今までの実績と、元から高圧的な態度と言葉を相手にふっかけるのは割と行っていた事もあるサラだけに、観客からはそこまで疑いを持たれないだろうという自意識もあった。


「……き、気になってた事を聞きたいだけよ! 時間は取らないわ! ワタシに気にされるなんて、むしろ光栄に思いなさい!」

「分かった。なら、手短に要件を聞こう。このまま終えるのは、君にとっても望ましいものではないだろう?」

「そ、そうね! なら聞くわ!」


 サラは短く一呼吸してから、気になった聞き取りを始める。


「アンタ、出身は昔から埼玉?」

「ああ」

「サバゲーに情熱はあるの?」

「ある方だとは思ってるよ」

「……サバゲーで、どこまで目指すつもり?」

「WSGCまで目指すつもりでやってるよ」

「……っ! へ、へぇ~。こんな田舎で大した規模でもない高校の部活レベルで、そんな無謀な目標掲げてるのね?」

「楽に考えてはいないさ。だが、もう気にしてはいないよ。他のチームからも、同じように言われ続けていたから慣れてるよ。誰にどう言われようとも、俺達全員、上に向かう事を諦めてはいない」

「そ、そう。ふ~ん……」

(……今まで見てきたプレイヤーの中で、サバゲーに対する情熱が思い出の彼に一番近い! でも、まだ確証は無い……)


 サラ本人は自分では落ち着いた対応をしているつもりなのだろうが、声が若干上ずっており、挙動不審な態度と相まって玉守が気になっているのが窺える。

 サラがずっと探し続けていた、仏田にも語っていた色褪せない記憶の中の男子。

 目の前の玉守は、その男子が大きくなったらこうなるかもという可能性を十分に感じさせてくれていたが、断定は出来ない。


「……それじゃあ、最後の質問をするわ。良く、聞きなさい?」


 意を決したサラ、静かに、思い出に深く踏み込む問いをぶつけてみた。


「……アンタは、小さい頃…………大きな病院にいたこと……無い?」

「病院?」

「名前は確か……防衛医大、というところがあったはず……」

「ああ、防衛医大か。知ってはいるが、小さい頃にそこでお世話になるような覚えは無かったが……」

「…………そう」


 玉守の答えに、サラは無表情で返す。

 だが、見ようによっては落胆を含んでいるようにも見える。


「……もういいわ。質問はこれでおしまい……待たせて悪かったわね……」

「いや、それは良いんだが、その話から察するに、誰かを探しているのかい?」

「……ええ、そうよ。だけど、もう良いの…………きっともう、見つからないだろうから……」

「待ってくれ。もし良かったら、この勝敗の後でも良いから詳しく聞かせて欲しい。プレイヤー同士のネットワークを使えば、その探し人もきっと見つかるはず……」

「もう良いって言ってるでしょ!! この話はもう忘れなさい! アンタとワタシは敵同士! 大分時間も迫ってる……仕留めさせてもらうわ!!」


 玉守の厚意からの提案も、サラは激しく首を振って遮る。

 ダミーナイフを逆手に構え、いよいよ聞く耳を持たなくなった。


(……意外な形で女王から興味深い話が聞けたから、出来るなら力になれたらと思ったが……これ以上話を聞ける状況じゃ無さそうだな……!)


 人のよさを発揮してお節介を焼きかけた玉守だが、サラからの拒絶にあって今は諦め、対戦相手同士という本来の形に戻り、自身の愛銃、SR-16 M4カービンを構える。

 アメリカ軍特殊部隊用装備の開発を手掛けるナイツ・アーマメント社の設立者、ユージン・ストーナーが設計した SR《ストーナーライフル》という名銃の一つ。

 優れた精度と風格から、 黒騎士ブラックナイツと称されるSR-16をモデルとしたエアガンで、それを手にする玉守も騎士道を体現出来るよう、日々研鑽をしていると言えるかもしれない。

 サラがスゥっと重心を前に傾け、勢い良く飛び出すのと合わせ、玉守も引き金を引く。

 観客にはもはやお馴染みの、銃弾を回避しながら距離を詰めるサラの攻めが自身に向けられ、玉守もそのプレッシャーを実感する。


(これは……! こんな動きが可能とは、スペリオルコマンダーとは本当に凄まじいものだな……!)


 元からのメンバーの飛鳥や角華と競い合う間柄であり、大和や風鈴の加入もあって、現状の実力でナンバーワンとは言えなくなっている玉守だが、それでも努力を欠かした事は無かった。

 名ばかりではなく部長たり得る責任感と実力があり、目視の確認が厳しいサラの速度も何とか追って反撃してはいた。

 しかし、玉守では視認出来ないサラの「絶対領域」による回避はまさしく絶対的。

 常人に超えられないサラの異常知覚の前に、他方からの支援を受けずに孤軍奮闘する玉守が看破出来る道理は無く、


「ふっ!!」


 体を捻って至近距離から撃たれる射撃を躱しながら、すれ違いで腕にナイフを切り抜く。

 血が広がるような朱色が腕近くから玉守のベストを染めていく。


「……くっ! お見事……」


 言葉を禁じられるデッドタイム前に、玉守はサラに称賛の言葉を贈る。


「ふん……当然よ。ただ、アンタも良くやってたわ。良い線、いってた……」


 チームを結成してから今日まで、サラが対戦相手を褒めるなど過去には無く、ここにきて相手を評価するという、サラを知る者にとっては非常に珍しい事態が起きる。

 タクティクス・バレットと対戦する中で、メンバーそれぞれを心中で評価するのも本来は珍しかったが、誰に聞かれるでなくともそれを表に出す事は無かった。

 衝撃の状況なのだろうが、その過去を知らない玉守はそこまで頓着しなかった。


「……アンタだけじゃない。アンタのメンバーも、悪くは無かったわよ……ワタシには、遠く及ばないにしても、ね……」

(それは光栄と、返せたなら良かったが……今は言葉を返す訳にはいかないからな……)


 メンバーに対する評価も簡単にだが、素直に告げていた。

 玉守は、言葉の代わりに頷くだけに留め、退場のために手近の出口に向かう。

 お互いが見えなくなる間際、


「……最初に見つけたのがアンタのチームだったら…………良かったのかもね……」


 背に掛けられた声に玉守はハッと振り返るが、その時にはもうサラの姿は無かった。


(……女王……彼女はずっと、独りで戦っているのかもしれないな……戦術だとか信念などでなく、もっと根本の部分で……)


 この言動から、サラが今のチームに心からの信頼を寄せている訳ではないと玉守は認識した。


(大和君、風鈴君、俺の戦いは見てくれたか? 攻略のために、君達2人に全てを託したが……もしかしたら、君達が今回女王に勝つ事で、女王の何かが変わってくれるかもしれない。都合の良い想定だが、そう願いたい。大和君、そして風鈴君、あとは頼んだぞ!)


 フィールドに残る新人2人に、勝利以上に何かを変えるという僅かながらの期待をかけながら、玉守は出口を出て退出したメンバーが待つ控え室へと進む。



 ※  ※  ※  ※



 玉守から見えなくなってたサラだが、それほど離れた訳ではなく、近いところで壁に寄りかかって俯いていた。

 玉守が去っていったのを見た訳ではなかったが、気配で察知している。


(……ふん。関係無い部外者のくせに、何でワタシに気遣っちゃうのよ。バカみたい……)


 バカと貶す単語も無意識の本心ではなく、気持ちの揺らぎを落ち着かせる表現が他に見つからないだけだった。


(……ワタシも堕ちたものね。誰かを認める事も、気を許す事もしてはならないはずなのに……未だに、過去に縛られて、あの時の彼を追ってしまってる……いるかも、ましてや会えるかも分からないのに……あの、玉守とかいう部長がそうじゃないか、なんて希望を持ってしまったりもしてる……)


 普段強気なサラが今顔に浮かべるのは、諦念と後悔という過去に見せた事が無いもの。

 幸い、表情まで映す観戦カメラの無い位置なので、観客からは表情まで見えていない。

 また、壁に寄りかかるのも、今まで常識ではあり得ないハイペースで駆け回っていた影響で単純に疲労が溜まっているからと見えなくもない。


(……情けない……未練がましい……こんなんじゃ、女王失格よね? おまけに今回、ワタシが人を探しているというのも外部に知られてしまった……これが広まれば、女王が誰かに入れ込むなんて噂が立つ事になるはず……そんなみっともない事になるくらいなら、いっそのこと、母国に帰って……)


 そんな感傷に浸りかけた瞬間、横から響く連射音に続いて弾が撃ち込まれる。

 音の時点で気持ちが瞬時に切り替わり、次いで「絶対領域」が軌道を把握して顔を向けさせずともサラを回避に仕向ける。

 射撃が来た方を向いたサラ、撃ってきた誰かが曲がり角の奥に姿を消すのを目撃し、強気な笑みを再開。


「……そういえば、忘れてたわ。まだ終わってないって事を……! そうよね、帰るのを決断する前に最後の仕事くらいは終えないとね!」


 サラは引き込まれるのが罠である想定も含めて、なおそれも打ち砕くべく、去っていく相手を追いかける。

 曲がり角を見ると、そのプレイヤーは更に先の曲がり角を曲がり、姿は見られなかった。

 追っては一瞬目撃しただけで角先に消える相手をまた追いかける、というのを数度繰り返し、そのプレイヤーをとうとう追い詰める。

 場所にしてエリア1、つまりサラのチーム側の角エリア。

 サラがそこまで追い込んだ時、そのプレイヤーも行き止まりの奥で振り返り、銃を構えていた。

 構えられていても避ける自信に満ちた不敵な笑みでサラは相対する。


「……結果として、奇襲のようにはなったけれど、きっと躱して追ってくるだろうと分かってもいたよ、女王」


 銃を構えるプレイヤーは、どことなく静かに、しかしはっきり聞こえる声をサラに届ける。


「知ってたわよ、それくらい! ふん、奇襲をしては誘導し、罠をかけるために呼び込む……アンタ達って揃いも揃って似たり寄ったりなやり方するわよね? それでワタシに勝てる気でいる。次はどんな奇策でワタシを楽しませてくれるのかしらね!」


 狙うと決めた時点でダミーナイフを抜き、いつでも飛びかかる体勢を取るサラ。


「……もちろん、勝つ気だよ。俺達は、たとえ最後の1人になろうとも、上に向かうのを諦めない……それは、このチーム皆が思っている事だ!」


 その言葉に、サラは再び揺さぶりを受ける。


「ア、アンタ達、ワタシを前にして良くそんな……! さっきの部長といい、どうして諦めようとしないのよ!? これだけ実力の差を目の当たりにして、上には上がいると知って……」

「元の実力が全てじゃない……大事なのは、結果を諦めずに前を向いて、最後まで立っていられるかどうかだ! 他のメンバーはどうか分からないけれど、少なくとも俺は昔からそう決めて、大きくなった先の夢を目指し、目標を設定してきた……幼い頃からの夢、WSGCに出場し、日本を世界一にするという夢を!」

(ううっ!!)


 サラは、今まで以上の驚愕を目の前の相手、大和に感じていた。


(何なのよ……! 何なのよこのチーム!? そして、この男!! ワタシが昔に会った彼と、全く同じ夢を!!)


 激しく動揺するサラと対照的に、緊張を感じさせずに真っ直ぐサラを見据えてくる大和。

 腰を落とし、片膝を着いた形でしっかりと銃を向けている。


「くっ! 認めない……! そんな軽々しく、ワタシの前でそんな夢を……! ワタシに勝てる実力でもない凡人風情が、そんな夢を……語るなぁぁ!!」


 乱れつつも何とか取り繕ってきた今までの思いが爆発したように、サラが距離を詰める。


(アンタにどんな勝算があるか知らないけど! どれだけ撃とうが全て避けて、儚い夢を見る事の無意味さを思い知らせてあげるわ! さぁ、撃ってみなさい!!)


 撃たれても躱す絶対の自信と共に、ぐんぐん縮まる大和との距離。

 いつ連射されようと、対処可能とばかりに詰めていく。

 そう、いつ、撃たれようとも……


(……っ!! ど、どんどん近付いていってるのに、何で撃ってこないの!?)


 その違和感にサラが気付いたのは、距離を半分近く踏み込んでからだった。

 大和は銃を構えてはいるが、なかなか撃ってこなかった。

 今までサラが相手にしてきたプレイヤー達は全員、超接近戦を得意としているサラを近付けないように、サラの間合いの外から狙う形を取っていた。

 結局は「絶対領域」に引っ掛かり、その弾を躱す流れで詰めて相手にプレッシャーを与えつつ、自分のペースを作っていかなる状況をも打破してきた。

 最初から多人数かつ他方向から狙われる前提で戦場に身を置いていたサラにとっては、迫っているのにまだ一発も狙われてないという状況のが慣れていない。

 このままだと最短に突っ込むサラが飛び込んでヒットと終えるのを待つばかりだが、それが逆にサラの不安を煽る。


(ま、まさかワタシの得意な接近戦で挑むつもり!? ワタシを相手にしてそんなバカな事……でも、そうでなければここまで接近させるなんてこと……! いや、違う……まだ人数はギリギリ残っていたはず……となれば、考えられるのは……!!)


 サラが大和との距離を半分以上に詰めた辺りで結論に到達するのと、大和が距離目測の目印用に置いた自身のハンドガン、コルトガバメントをサラが通過したのとが同時だった。


(……ポイント通過! ここが……勝負どころだ!!)


 大和の意思を反映したかのようなタイミングで外側から撃ち出された弾が、そのポイントのサラめがけて軌道を描く。

 一筋の流星のような美しい射撃を行ったのは、もちろん風鈴。

 隠れていても正確に狙える風鈴の狙撃が、サラを襲う。


(うん、狙い通り!)


 風鈴も納得する撃ち筋で、サラには知る由もないが、これが事実上のスペリオルコマンダー同士の対決。

 果たしてどちらに軍配が上がるか……と言いたいところだが、風鈴のEXSの性質は単純に、狙撃が異様に上手いとは称賛出来るが、扱うスナイパーライフルや弾自体は他のプレイヤーが使っているのと同じであり、実際には勝負にならない。

 現に風鈴の射撃も、サラの「絶対領域」に触れた事でサラにその存在を知覚されてしまう。


(……っ! 右後方からワタシの足元に向けて弾一発! ふっ、やっぱり別のところから狙ってきたわね……何の捻りも工夫も無く、似たようなやり方! しかも、こんな単発程度! 大きく躱すまでもないわ!!)


 EXS「絶対領域」発動の恩恵で、ゾーンに侵入した風鈴の射撃の軌道を知覚すると同時に体感速度が上がったサラに、もはやその弾が当たる見込みは無くなった。

 足を上げて最小限の避け幅で余裕をもって躱すサラの前に、タクティクス・バレット最後の希望すら儚く散ってしまった……かに思われた。


(…………? 単発? どういう事?)


 勝敗の分かれ目は、サラが感じた些細な疑問からだった。


(……そういえば、音が聞こえなかった……種別は、エアコキ? ハンドガンはさすがに無いにしても、まさかスナイパーライフル? 公式戦でランキング上げるためにガチガチな装備するのが多い今のご時世にそんなアナログ使ってやるやついたの? しかも、出始めた当初ならともかく、今や実力が有名になったワタシを相手に? ワタシを知らないほどの田舎者ばかりのチームなの??)


 単発だけの情報から、サラは様々な分析を始めてしまった。

 確かに、体感速度も上がっていたために思考する余裕はあった。

 なまじ、弾が一発しか来ないと理解出来てしまった故に、余裕が出来すぎてしまった。

 そのため、目の前の大和への意識が、ほんの一瞬逸れてしまう。


(……はっ!! しまった!!)


 気付いた時には、大和が連射をばら蒔いてきていた。

 大和が放ってきたのも、他のプレイヤーと同じアサルトライフル系のフルオート。

 普段のサラならば慌てる事など全く無かったが、大和が撃ってきた場所はサラの「絶対領域」の範囲ギリギリ内側。

 速い射撃なら反応出来たはずのゾーンも、射撃しないまま微動だにしなかったため、ある種の風景に近い認識になって銃口を侵入させていても気付かなかった。

 つまり、撃ち初めの時点でサラの過去において例を見ないほど接近を許した初弾だった。

 如何に体感速度が速くなろうとも、現実の肉体的な速度まで凄まじく速くなる訳ではない。

 距離が近ければ、それだけサラにも当たりやすくなる。


(くっ!! まだっ……まだぁ!!)


 だが、サラもまだ動きのキレに翳りは無く、風鈴の射撃と同じく足元を狙った大和の連射を避けるべく、片足の状態から跳び上がる。

 ゆっくりとした体感の中、空中に回避したサラのすぐ下を、大和の射撃が空しく通過していく。


(ふうっ……やるわね、まさかここまでワタシを追い詰めてくるなんて……でも、一歩及ばなかったようね! これで相手は万策尽きたはず……あとはこのままコイツを切り伏せて、残った単発プレイヤーを始末すればフィニッシュ! さあ、とどめ刺してあげるから覚悟……)


 勝ちを確信し、ナイフを構えて不敵に笑うサラは次の瞬間、空中でまた表情を変える。


(…………ワタシ……何で今……跳んだの?)


 明らかな失敗であったと、サラの呆けた顔が語っていた。

 それを裏付けるように、「絶対領域」が範囲内で捉える大和の銃口が、跳び上がったサラをゆっくりと追って狙いをつけていた。

 全方向知覚で回避出来る能力の性質を想定した大和が、サラ撃破のために見出だした突破口、それはサラが回避不可能な空中に跳び上がる状況にまで追い込むこと。

 どれだけ回避が万能でも、知覚由来ならば空を自在に飛ぶ事までは出来ない。

 距離も絶妙で、サラのゾーン範囲は半径5メートル内で知覚可能だが、ナイフを扱うサラの射程は身動き出来ない現状ではその半分にも満たない。

 大和が思い描いた狙いの終着点、それこそが今だった。

 改めて大和の89式から撃ち出された連射。

 ゾーンを通過する間、体感でゆっくりとサラに迫るBB弾は正確に体の芯を狙っており、捻り躱すのも不可能。


(……ああっ……ワタシの、領域が、犯される……! これは、もう……直撃不可避っ!!)


 弾に絶対に当たらないという思いも込められた「絶対領域」……この瞬間においては、皮肉にも絶対に避けられない運命をサラに告げていた。

 胴体に当たるのを庇って腕で防ぐのが、サラに残された最後の意地。

 直後、斜め上に放たれた弾が空を切らずに、サラに浴びせられた!


「ああああっ!!!」


 空中で悲鳴を上げ、衣服を赤く染めながら落下するサラ。

 彼女の服は特殊ベストと同じように染まる加工がされたもの。

 当たったのは腕でも、〔S・S・S〕のナノマシンがヒットを感知し、連動して色付く仕様。

 これがヒットを示す何よりの証。


「……ああっ……ワタシ……負け…………あっ!?」


 動揺を隠しきれず、足を踏ん張らせられないまま着地し、サラは体勢を崩して後ろに倒れる。


「危ない!!」


 大和は反射的に手を伸ばし、サラを抱くように外側から腕を回して支え、事なきを得る。


「あっ……」

「大丈夫か? 怪我はないかな?」


 サラを気遣い、負傷の有無や体調の良し悪しを確認する大和だが、サラは無言で答えない。

 負けたことのショックや屈辱か、あるいはプライドから答えるのを躊躇ったかと推測する大和だが、今のサラに関してはそれ以上の感情が支配していた。


(……ちっ! 近いよぉぉぉ!!!)


 そう、羞恥だった。

 生まれてこのかた、父親以外の異性に抱き寄せられた事が無かったサラ。

 その父親ですら、思春期を迎えたサラは遠慮するようになっていた。

 母国を離れて日本に住むようにしてから、サラは男子との接触を許していない。

 いても、自身の「絶対領域」で躱しきってきた。

 つまり大和は、年頃になってからのサラを抱き寄せた初めての異性という事になる。

 状況が状況だけにムードも何もあったものでは無いが、綺麗な白い肌を衣服に負けないくらい真っ赤に染めるサラ、拒む事もなくされるがままになっていた。


(うううっ~!! か、顔が近いっ!! さ、支えてくれてる腕とか何か凄く逞しいしっ!! し、心臓バクバクしちゃってるよぉぉ!! ああっ~でもワタシを負かした相手だって思えばそんなに嫌じゃないというかっ!!)


 視界がグルグルしてしまいそうなくらいの混乱の中であれこれ考えられる余地があるのは、落ち着きが無くなり過ぎて「絶対領域」が強制発動してしまったせいだ。

 ある種の2人だけの空間、体感速度が上がったためにゆっくりと過ぎ去る時の流れ、何故かキラキラと美化されるように見える大和の顔。

 いつまでも浸っていたくなるぬるま湯のような感情が、サラを蕩けさせていた。

 それを終了させたのは、空気を読まない無機質素材のゴーグルに表示された電子文字。


『Game over! Winner is タクティクス・バレット!』


 文字の意味を理解してというより、突然の表示に驚いてバッと離れるサラ。

 一方の大和の方も、勝利したという実感がようやく湧いてきたようで、


「……勝った、のか」


 ポツリと呟く。

 素直に喜びを表せなかったのは、その対戦相手の代表とも言うべき存在が近くにいたからだ。


「……負け……ちゃった……のね…………ワタシ……」


 先ほどの浮かれた気持ちが引いて、代わりにのしかかる敗北という事実。

 こうして、タクティクス・バレット対女王&兵隊の対決は、タクティクス・バレットの勝利として幕を閉じた。

 この結果を受け、観客達も騒然となり、女王&兵隊の初の敗北、ひいては女王サラの初黒星という衝撃のニュースと、それを打ち破ったタクティクス・バレットというチームの名が全国的に知れ渡る事態にまで発展した。


 ……だが、これらの騒動はこれから起こる大いなる流れ、その幕開けに過ぎなかった。

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