火花散り、撃破と散らせる戦線各地

 桂吾が自陣方向にサラを誘導しようとしていた時、確かに通信はあった。


『……こちらユニット2忍足! 桂吾、聞こえてるか!?』


 その相手は浩介ではなく、飛鳥からだった。


(……!! ひ、飛鳥先輩!)

『お前がコードEを受けた事で女王に追われてるのは把握してる! 時間ねぇから手短に言うぞ! エリア9自陣近くの丁字路まで根性で女王を引っ張ってこい! 分かりやすい目印がある! そこまで耐えたら後は撃ちまくれ! 以上!!』


 それだけの指示の後、通信が切れる。


(……エリア9の、自陣近くの丁字路……すぐそこっすね……!)


 ここにきて、桂吾は気持ちが楽になった。

 目指す場所が出来たこと、そして何より、何だかんだで頼れる先輩からの変わらぬ口調の指示が、桂吾に踏ん張りを持たせる。


(……うっおおお~!! 根っ性ぉぉ!!)


 桂吾は気力でプレッシャーを振り切り、縮まり始めていたサラとの距離を逆に引き離す。

 何とかギリギリで距離を稼ぎながらサラを引き連れた桂吾が、指示された丁字路のある直線に差し掛かる。


「桂吾っ!!」


 走る先には浩介がいた。


(浩介君!? 飛鳥先輩の言ってた分かりやすい目印って……そういう事っすか!)


 内心の苦笑いな自分を抑えながらも状況の意味を理解し、浩介の横に並んでサラに向けて撃ち続ける2人。

 それを当然のように避けながら突っ込んでくるサラに改めて驚かされる桂吾だが、不安は無かった。


(……追われてて良く見てなかったっすけど……こうして浩介君がここにいるという事は……!!)


 飛鳥が補欠扱いの浩介をそのまま単発で戦わせる訳も無く、桂吾が通り過ぎた横の通路の先に、飛鳥がいるだろうという認識があった桂吾。

 その狙いは、当然ながら自らが得意とする「置き」での討ち取りであるとも理解している。

 この〔DEAD OR ALIVE〕というフィールドは通路の壁が木の板を重ねて作られたもので出来ており、場所によっては隙間が空いていて通路の先が僅かに見える。

 飛鳥の待機している場所からも、サラの姿全体は見えずとも動きを知るだけなら可能となっており、「置き」を仕掛ける絶好のポイント。

 既に飛鳥は自らの愛銃ミカエル……本来の名称でのU.S.ライフル M14を向けて、すぐに撃てるようにしている。

 1957年、アメリカ軍制式採用のM14は元々のモデルが長距離スナイピング対応の銃であり、エアガンにおいて実銃程の性能は無いにせよ、飛鳥の構えには必中の雰囲気が宿る。

 何も知らずに突っ込めば横からの射撃罠の餌食となるが、かといって速度を緩めれば前にいる桂吾と浩介の2人の射撃を喰らうはめになるだろう。


「……身の程を!! 知れぇぇ!!」


 と叫びながら2人に飛びかかるサラの動きを飛鳥は見逃さず、絶妙のタイミングで引き金を引き、連射のラインを作り出す。


(……そう偉そうに言えるなら、その前にコイツを避けきってみろ! これぞ忍足飛鳥流『置き土産』ってヤツだぁ!!)


 単に「置き」と掛けただけのネーミングセンスはともかくもその精度は素晴らしく、その場面の全容を見れば誰もがサラに直撃すると思えるほどに軌道、タイミング共に完璧。

 射撃音も桂吾と浩介の射撃に重なり、音が紛れて聞き取られる事もないだろう。

 自身の撃ち出した弾が縦の通路に到達するのと、通路からサラの姿が見えたのがほぼ同時で、飛鳥の経験上、命中は確実。


(やったかぁぁ!!?)


 それは飛鳥の本能が発した、刹那的な心の雄叫びだった。


 だからこそ……その後の状況が飛鳥には信じられなかった。

 弾がサラに当たると思った瞬間、その体がブレるような残像を見せ、飛鳥の「置き」まで回避して通り抜けてしまったようだった。

 だった、というのはその回避があまりにも速すぎて、回避内容が飛鳥から見えていなかったために、理解も追い付いていなかったからだ。


(……な、何が……起こりやがった!?)


 位置的に少し遠くにいた飛鳥ですら分からなかった訳で、それよりサラの近くにいた桂吾と浩介はもっと深刻だった。

 その凄まじい速度での回避は、2人の目からはサラの姿が消えてしまったかのように映り、次にはワープでもしたかのように現れては、何事も無かったかのように突撃。

 2人はもはや反応することも叶わず……


「ふんっ!」


 反応出来たのは、サラがダミーナイフを一閃させた衝撃を体で理解してからだった。


「うわぁぁ!!」

「くうぅ!!」


 桂吾と浩介のベストが赤く染まる。

 もちろん本当に斬られてはいないが、それはそうした出血に見える仕様という事であり、すなわちヒットを意味する。


「け、桂吾っ! 浜沼ぁ!」


 飛鳥が叫ぶも、2人は返事を返せない。

 サバイバルゲームでのヒットは実戦での死と同義であり、ヒット後にフィールド内で言葉を発する事は許されない。

 無言にて速やかにフィールドから出るようにしなくてはならず、無駄に長くいたり会話と認識されるとペナルティが課せられる。

 残念そうに2人は退場し、残ったのは飛鳥。

 そして、


「あら? ずいぶんと早い登場じゃない、自称エース? ふふん!」


 勝ちを確信したような余裕のサラ。

 相対する2人だが、その内心は正反対の様相。


「くっ……!!」

「『置き』での狙い撃ち、ねぇ……良い線いってたけど、ワタシには通じなかったわね。アンタの策はこれで尽きたのかしら? それとも、まだ何か隠してるのかしらね? まあ、どっちでもいいわ。ワタシは何も変わりなく、相手を屠るのみ……さっきの灰色頭みたいに逃げたりするのだけは面倒だから止めて欲しいけどね」

「……心配すんな。桂吾は俺達の中で一番の俊足だからな、俺に同じ事は出来ねぇし、やるつもりもねぇ……アイツら2人とのユニットだから、もう策も何もねぇ……」

「へえ~エースのくせにもう負けを認めるの? だらしないわね~エースの名が泣く……」

「……勘違いしてるんじゃねぇよ、現状で負けを認めるだなんて誰が言ったよ?」


 飛鳥はミカエルの銃口を再び構え直して、サラに照準を合わせる。


「俺達はいつだって前を目指してる……桂吾だって逃げの手を実行したが、それはテメェに臆したからじゃねぇ……! だから、アイツの行動を責めるやつはうちのチームにゃ誰もいねぇ! そして次は俺の番だ!」


 飛鳥の睨みは普段ならチームのメンバーに恐怖を与えてしまいかねないが、相手を見据えて集中するその姿は格上とされる相手にも引かない意思の強さがある。


「覚悟は決めたぜ……ここから動くつもりはねぇ。だが、ただじゃ終わらねぇ……テメェを狙い撃つ俺を越えてみやがれぇ!!」


 言葉を終えた勢いで、引き金を引く飛鳥。

 それに反応したサラもまた、ナイフを構えて突撃。

 飛鳥の射撃を軽快に、そして確実に回避しながら接近。


「くっお……っのやろぉぉぉ!!」


 飛鳥も意地を見せる。

 サラの動きに合わせて懸命に弾を撃ち出し続ける。

 だが当たる気配を見せぬまま、無情にも距離はどんどん詰まっていき……


「ふっ……!」


 かなり近付いた一瞬、息を吐いたような声の後の動きで、サラが飛鳥の視界から消え去る。


「……くっ!! 消え……」


 言い終わる前の飛鳥の懐に、サラが狙いを付けて逆手のナイフアタックを繰り出していた。

 その瞬間が、まるでスローモーションのように飛鳥には見えた。


(……た訳じゃねぇ……!! あまりに速すぎて見失ってたか、くそっ!!)

「はあぁぁぁ!!」


 叫びながらサラは一閃と共に飛鳥の横を抜ける。

 振り返るサラの先には、ナイフで斬ったところから血が広がるようにベストが赤く染められていく飛鳥が、呆然と座り込んでいた。


「……当然の結果ね。雑魚1人が2人と組んだところで、ワタシの勝ちは揺らがない……」


 サラの言葉を聞いて、悔しげにギリッと歯を噛みしめながら立ち上がり、無言のまま飛鳥も近くの出口に向かう。

 そしてサラもそれ以上は何も言わず、そのままフィールド周回を再開する。



 ※  ※  ※  ※



 扉を開けて出口を出た飛鳥。

 そこには桂吾と浩介も待っていた。

 ヒットで退場となったプレイヤーは、再度フィールドに立ち入る事をしなければ、終了までは基本的にどこにいても構わないのだが、


「へい、タクティクス何とか、お疲れさんよ~!」

「女王様のプレイ、痺れるだろぉ? へへっ!」

「ああ……むしろ俺が、斬られたい……というか、蹴られたい……」


 などと、サラのファンが飛鳥達に野次を飛ばしてくるため、居心地の悪さから最初の安全地帯内部の建物に急ぎ足で待避する。

 飛鳥は無言で出口の扉を締め……


「……ぐぐぐっ……! うがぁぁぁぁ!!」


 溜まった鬱憤を晴らすように叫ぶ。


「だあぁぁ!! くそっ!! やられたぜこんちくしょぉぉ!!」

「ひいぃ!! ひ、飛鳥先輩落ち着いて下さい!!」


 声の大きさに耳を塞ぎながら、浩介が飛鳥を鎮めにかかる。


「はぁ……! はぁ……! あ~~~情けねぇ! 当てられる位置にいるはずの相手を捉えられねぇとか、マジで信じられねぇ……」

「回避が凄いって事はもちろんなんすけど、純粋に短距離の速さも鬼ヤバで、俺の足でも逃げ切れない感じだったっすよ……」

「女王が凄いのって、EXSの性能云々だけじゃなくて、元々の身体能力も凄いんですね……あんな速く動き続けて、よくスタミナ切れ起こさないな……」

「……ちっ! あの自信家女王、『雑魚1人が2人と組んだところで、ワタシの勝ちは揺らがない』だとかぬかしやがって……! 実力主義を否定出来ないのが悔しいところだ、くそっ……!!」


 まだ苛立ちを抑えられなかった飛鳥だが、今回の公式戦での自分の出番が無くなり、静かな建物の中にいる内に落ち着きを取り戻してくる。


(……まあ、実際に勝敗を決める以上、実力が高いのは悪い事じゃねぇ……あとは残った奴らに託すとして、今は反省して次に繋げねぇとな……)


 落ち着きさえすれば、切り替えも早い飛鳥。

 自分達がヒットを取られる前までの状況を頭の中で再生。


(……だが次に繋げるっつっても、あんな近接オンリーなんて極端な奴は、そうそういないだろうな……再戦不可でリベンジも無理だしよ……ったく! 俺の『置き』をあのタイミングで避けるなんざ、どんだけチートなんだってん…………ちょっと待て……マジにおかしくねぇか、あのタイミングで避けられるとかよ!?)


 思い出してまた悔しさが吹き出しかけた飛鳥だが、その違和感が悔しさよりも疑問を浮かび上がらせる。

 自身の持てる最高のパフォーマンスで仕留めにいったのだったが完敗。

 飛鳥自身はサラの実力を正当に評価しており、結果自体は納得してもいたが、内容が引っ掛かる。

 サラにヒットを許した事以上の不可解……壁に遮られて軌道もほぼ見えなかったはずの飛鳥の弾が何故避けられたのか? という事。


(……こちらは壁で完全に見えてなかったはずだろ? ギリギリまで気付いてなかったようだったし、いかに動体視力のEXSだったとしても、あれなら避けられるはずが……いや、そもそもこっちの弾とか見てたのか!? まさかと思うが、動体視力に関連した能力じゃねぇのか!? だとしたら、あれだけの回避を可能にしてるのは一体……)


 小波の情報から、サラのEXSは動体視力由来であろうと認識してきた飛鳥。

 全てを鵜呑みにしたつもりはなかったが、桂吾達に意識が向いてる上で念のため視覚に引っ掛からないくらいの位置と、ギリギリのタイミングをシビアに狙ったはずだったにも関わらずの完璧な回避。

 その完璧さが、果たして動体視力だけのものかという違和感として飛鳥の本能が訴えかける。


「……あ、あの、飛鳥先輩?」


 顎に指を添えながら考えだした飛鳥に、桂吾が呼び掛ける。


「んあ? 何だよ、こっちは今考え事をだな……」

「大丈夫っすよ、飛鳥先輩! 女王様の言う事は気にしない方が良いっすよ!」

「……はあ?」


 桂吾の言わんとしている事が理解出来ない飛鳥だったが……


「女王様は飛鳥先輩だけに言った訳じゃないっすよ、きっと!」

「……おい桂吾、何の事だよ?」

「だから、女王様は『雑魚飛鳥』だなんて言ってない……」

「だぁれが『雑魚飛鳥』だってんだおらぁぁぁ!!!」


 若干笑い気味な桂吾にキレた飛鳥、速攻でヘッドロックを仕掛ける。


「ぐ、ぐぇ……!!」

「テメェ、俺が『雑魚飛鳥』と言われるくらいの実力しかねぇと思ってやがったのかぁぁ!!?」

「ち、違……っていう、か……く、苦し…………ギ、ギブっす、飛鳥、先輩……」

「それじゃあしょうがねぇ、次からは雑魚呼ばわりされないように訓練を倍にしねぇとなぁ!! テメェも一緒に付き合えや桂吾!!」

「げっ……!? さ、さすがに今のメニューも厳しいのにその倍は……」

「あんだけ強い奴がいる中でWSGC目指すってんなら今のままじゃ足りねぇだろうが!! 明日から練習メニュー強化するからな!!」

「……うげぇぇ……!!」


 首を絞められてなのか、メニュー強化の辛さか、桂吾の顔がげんなりする。


(……あ~あ。余計な事言うから……)


 浩介はこの先輩後輩2人の絡みを遠巻きに、他人事のように眺めていたのだが、桂吾がキッと顔を浩介にも向ける。


「浜沼、テメェもだ! 今のメニューをもっと強化するからな!」

「ええっ!? お、俺もですか!?」

「たりめぇだ! こうなったら補欠だとか言ってもいられねぇ、テメェも立派な戦力だからな! だが安心しろ、テメェのメニューは俺からすりゃ大した事ねぇ仕様だからな、倍にしても大した事はねぇ!!」

「そ、そんなぁ……!」


 桂吾の余計な一言で浩介もとばっちりを受ける事になった。



 ※  ※  ※  ※



 飛鳥達ユニット2がサラに撃墜される少し前。

 ユニット1の大和達はターゲットDの仏田ユニットを崩すため、その近くの障害物に身を隠し、作戦を立てていた。

 風鈴のEXSのおかげで、先の障害物に隠れる仏田達がどのような位置にどう配置されて、どちらを向いているのかが把握出来た。


「えっとですね……最初の両側の通路にそれぞれ2~3人、その少し後ろに2~3人がいるという感じで……」

「なるほど……さすが仏田部長、やはり手前が倒されてもフォロー出来るように配置してますね。位置を理解していても、隙が少ないと思えますよ」

「ああ。角のエリア3を取っているというのも硬い選択だな。守るなら立地的にも申し分無い。仏田は将棋で言うところの『穴熊囲い』を自ユニットで展開しているようなものだが、攻守を極端に割り振った戦術ならではというところか……」


 風鈴から聞かされた仏田の布陣を考察し、大和と玉守は敵ながら仏田を称賛する。

 玉守の言う「穴熊囲い」というのは、将棋で使われる守備の陣形で、盤上の角に駒を集めて守りを固める形。

 守備側は身動きが取れないという欠点もあるが、相手から攻めこまれないフィールドの外側を背にする事で敵から切り崩されにくくなる。

 しかも、仏田がいるエリア3は〔DEAD OR ALIVE〕の敵陣側、障害物同士の間隔が広めに取ってある場所だった。

 ここなら、例え仏田ユニットに近付く者が出てきても、その場所に向かうまでに姿を晒さずに近付く訳にもいかず、確実に見つける事が出来る。

 実際、風鈴の示す仏田ユニットへ至る道は両側に数人ずついるらしく、どちらかから近付こうとも発見されてしまう。


「ふむ、厄介だな……このまま進めば、俺達が近付くまでには確実に蜂の巣にされる。それに、片側が抜けてるから逃げられる恐れもある……挟み撃ちするだけの人数もいない……」

「ですが、このままだと時間の猶予も無いですよ。ターゲットDを崩して一刻も早く他のユニットと合流しなければ、ターゲットAを狙うための要員が少なくなります」


 顔には出さないが、大和に少しずつ焦りが生まれてくる。

 サラの実力を考えた時、出来るだけ多くの人員を投入しようというのが全体の認識だったが、仏田ユニットの存在もあっていきなり全戦力をサラの撃破には当てられなかった。

 守りだけの前評判ではあるが、仏田ユニットが攻撃に加わる可能性が無いとも言えず、そうなればサラを攻める横から狙われる事も僅かながら視野に入れていた。

 そのため、確実を取って仏田ユニットを大和達で全て撃破してから他のユニットメンバーと合流してサラを狙う、というのが今回の作戦の全容。

 しかし、サラの動きの速さを考えると、合流前に他のユニットが全滅する恐れもあり、ここで立ち止まっている訳にはいかなかった。


「……そうだな。となれば、ヒット覚悟で進むべきか……だが、俺達も生き残らなければ結局は女王を討ち取るメンバーも少なくなってしまう……」

「いざとなれば、自分と玉守部長が玉砕覚悟で攻めて、千瞳さんだけでも女王討伐に参加してもらえば……ここまで案内してもらえば、自分達だけでも何とか……」

「いや、現状でも手数が足りていないんだ。3倍の数を相手にする事自体が無謀なのに、今風鈴君まで欠けては仏田の守りは崩せないだろう……」


 攻め方を決めきれないまま、時間だけが過ぎていく……

 しかし、刻一刻と変わる状況は大和達を待ってはくれなかった。

 突如、耳に着けた3人の無線機が警告音を鳴らす。


「ひゃあっ……!」

「こ、これは遠くの味方の撃破を示すアラート……! という事は……!!」


 いきなりの音に驚くだけの風鈴だが、大和と玉守は瞬時にゴーグルを操作して、撃破状況を確認。

 そこに示されたのは、桂吾と浩介の撃破を知らせるナンバーの消失。


「桂吾君と浩介君の撃破、確認……!」

「ですが、まだ忍足先輩が……!」


 希望、というより祈りに近い大和の声は、そのすぐ後に消えた飛鳥のナンバー消失でもって、沈黙する。


「飛鳥の撃破も確認……これはもう、悩んで止まっている余裕も無いな……!」


 玉守もここにきてようやく決断し、銃を握る手に力を込める。

 大和と頷き合い、ターゲットDの隠れる障害物に目を向ける。


「せめて、どちらか片側の道の敵を崩せれば何とかなるとも思うが、そう都合良く狙えはしないだろうな……ならば、一気に距離を詰めるしかないか!」

「そうですね。ただ、仏田部長もその辺は心得ているはずですし、冷静に対処されるかもしれませんね。それを踏まえて千瞳さんにどう動いてもらうか……」

「あ、あの~……」


 攻撃の最終方針を決めようとした大和と玉守に、それまであまり発言していなかった風鈴が、おずおずと呼び掛ける。


「何かな? 千瞳さん」


 焦りを努めて抑えながら聞き返す大和に、風鈴が驚くべき答えを出す。


「あの、両側の方々のどちらかを何とかすれば良いんですよね? 多分、何とかなるかもです」

「なっ……! 何とか、なる!? 本当なのか、千瞳さん!?」

「は、はい……! 多分……ですけど……」


 答えはするも、性格からか自信無さげな風鈴だが、大和と玉守はそんな風鈴が自分から申し出てくれた事に希望を見出だす。


「そうか。ならば、風鈴君にお願いしよう。開かない埒を、こじ開けてもらいたい!」

「君だけが頼りだ、千瞳さん!」

「はい、頑張ります!!」


 頼られた事に嬉しそうな笑顔と返事を返しながら、風鈴がスナイパーライフルを構える。



 ※  ※  ※  ※



「リーダーの方はそろそろ現状報告お願いします」


 エリア3に布陣を敷いた仏田、周囲を警戒させているメンバーに定時連絡を促す。


「特に異常ありません」

「こちらも異常無しです」


 両側の見張りと分けた数人組、そのリーダーと決められたメンバーが仏田に返答する。


「分かりました。毎回の事になりますが、相手チームがなかなか来なくとも気を緩めないよう、引き続きお願いしますね」


 メンバー1人1人を気にかけつつ、仏田自身も警戒を継続。

 公式戦の前から、仏田はタクティクス・バレットに何らかの気配を感じていた。


(……女王と称されるサラちゃんの実力を疑うつもりはないですが……最後まで何が起こるか分かりませんからね……このユニットが全滅する想定で手を打ってはおきましたが……それが不要と終わる事を祈りましょう……)


 守りの隙を見せまいと、普段の優しげな顔を緊張感で引き締めながら見守り続ける。

 仏田本人は性格的にも待つ事に適した忍耐力を持つ人物で、防衛や長期戦であるほど真価を発揮する。

 どれほど変化の無い周囲の環境にあっても、腰を据えさせれば気持ちを焦らせる事なく安定した戦果を上げられる。

 これもある種の才能と言えるかもしれない。

 ユニットを組む他のメンバーもそれは分かっており、ひたすら待ちの戦術に終始していた。

 時折メンバーが障害物から顔を横に出す事もあったが、それも常識的に考えれば隙とは言えない程度の一瞬。

 今もメンバーの1人が敵の有無を確認しようと一瞬顔を出しただけだったのだが、その頬にピシッと何かが当たる感触。


「うっ……!!」


 反射的に体を隠すも、そのメンバーのベストが赤く染まる。


「……っ! 総員警戒態勢! 外側に顔を出さないで下さい!」


 いち早く状況を察知した仏田が指示を出すが、メンバーもそれは分かっており、対応も早かった。

 より内側に引き下がり、狙われる可能性を無くす。


(……まさか、あの瞬間を狙われるとは……! この場所に隠れているのは相手に知られていたようですね……ですが、狙われると分かっていれば、無理に動く事も無いでしょう……)


 自身の敷いた布陣の場所を特定されていた事に関して、それほど驚いていない仏田。

 過去、同じ戦術で何度も守っており、仏田の傾向が相手に認知されているという事も既に織り込み済み。

 それでも、ここでの仏田の選択肢はやはり守り。

 端から聞くと消極的に思われがちだが、それこそが「鉄壁の千手観音」と呼ばれる仏田の真骨頂。

 県内限定ではあるが、徹底した守りを完璧に崩しきったチームはいない。

 加えて、ここで仏田を相手にしてしまうと逆に足止めのように行動を制限され、大概はフィールドを周回しているサラに見つかって撃破されてしまう。

 攻守を割り切った女王&兵隊の戦術は、これはこれで完璧に機能していたのだった。


(……しかし、今の射撃は音が聞き取れませんでしたね。アサルトライフルを始めとした連射銃なら、少なからず音がしてもおかしくはないですが……聞き逃していましたかね?)


 仏田の布陣に隙は無く、よほどの間隙を突かれる事さえ無ければ、常人が相手ならそうそう破綻はしなかっただろう。

 誤算があったとするなら、今の相手が常人ではなかったという事だろうか……


「……ん? あれ!?」

「……どうしまし……えっ!?」


 撃たれて減った側の通路を守っていたメンバー1人が、何かに気付いて声を上げ、仏田もそれを確認して目を見開く。

 声を出したメンバーが、何と既に撃ち抜かれた事を示すようにベストが赤く染まっていた。


「そ、そんな、いつの間に!? さっきまでは何ともなってなかったのに、一体どこから!?」


 そう、警戒態勢で後ろに下げた時には何も起きていなかったメンバーが何故か狙われたのだ。

 メンバーは元より、仏田にも少なからず動揺が走る。


「くっ! 狙われたのは事実、ここは落ち着いていつも以上に周囲を警戒して下さい! 見えるところの場所は確実に相手の動きを見落とさないで! 空いた場所は残りのメンバーでカバー! 私もそちらを重点して見張り……」


 自身もカバーに入るべく、また狙われた場所に振り返った時……


「……うわっ!!」


 片側に残った最後のメンバーも、撃ち抜かれてしまったその瞬間……仏田は、見た。


(……そ、そんな!! か、壁から弾が!!?)


 メンバーが撃たれたのは頭だったのだが、偶然にも狙われる瞬間の弾の軌道が仏田の位置から見れた。

 メンバーが守って貼り付いていた障害物の壁、そこから何の前触れもなく弾が出て来てメンバーに直撃させられた。

 仏田は急いでその壁に近寄ると、そこには小さな穴が空いていた。

 穴、といっても普通にしてたら狙えるようなものではないどころか、フィールドに精通している者でも見逃してしまうのでは? と思える大きさ。

 ギリギリでBB弾が通り抜けるかもしれないが、こんなところなど積極的に狙える場所ではない。

 壁の向こうにいる相手の位置が完璧に把握出来て、タイミングを合わせてこの場所を寸分違わず狙えるようでなければ成立しない。

 連射出来るアサルトライフルが撃ちまくれば僅かに成功するかもだが、これは音が聞こえない単発のみの射撃。


(ま、まさか……スナイパーライフル……!? こ、こんな穴から狙ってきた!? ですが、こんな正確に狙えるなんて普通じゃない……!!)


 これには仏田も度肝を抜かれた。

 あまりの驚きに思考が働かず、さすがの仏田も隙が生まれた。

 その瞬間、もう片側の通路の外側から連射音が響く。

 見ると、2人の相手メンバーが特攻射撃で仏田ユニットに相当近付いていた。


「まずいです!! 皆さん、迎撃を……!!」


 仏田の指示に他のメンバーも迎撃態勢を取るが、片側で起こった異常事態に意識がいってしまい、反応が遅れてしまい、流れはもはや完全に相手側。

 そして、指示を出す仏田もまた、自身に小さな物が当たる感触。


「し、しまった……!!」


 認識した時には既に遅く、自身のベストが染まる。

 特攻が来た方と反対側、散々空けられた通路側のところを振り向くと、スナイパーライフルを構えた少女が立っていた。


(や、やはりスナイパーライフル……!! じゃあさっきのもこの子が!!?)

「ふぅ~……何とか成功しました!」


 安心したように深呼吸をし、にっこりと屈託なく微笑むその少女からは、今起こった神がかり的な射撃を実行したという雰囲気が全く感じられなかった。

 こうして、今回の奇襲は成功し、ユニット1の大和達は戦力が誰1人欠ける事無く温存出来た。


「よし、想定通りの成功には至れたようだな」

「そうですね、これでとりあえずはひと安心と言ったところですね」


 仏田ユニットを全て撃破し、玉守が胸を撫で下ろし、大和も心なしか少し嬉しそうだった。

 まあ、自分の仕事がしきれた喜びを見せる風鈴に比べれば微々たるものではあるが。


「はい! 何とかなりましたね!」

「ああ。これも千瞳さんのおかげだ、ありがとう!」

「い、いえいえそんな!! わ、私の方こそお役に立てて何よりです!!」


 素直に感謝する大和に、頬を染めながら恐縮する風鈴。


「2人とも、まだ試合は終わっていないぞ。女王を狙う今からが本番なんだ。早く残りのメンバーと合流して、1人でも多くの人員でもって女王との決戦に望まないとな」

「そうでしたね」

「す、すいません!」


 玉守に促され、大和と風鈴もそれぞれ気持ちを切り替える。

 こういう時でも、いち早く冷静になれるからこそ、玉守は部長足り得るのだろう。


(……はぁ~……でも、本当に良かった~きちんと練習の成果が出せたみたいで……皆さんの足を引っ張ってしまわないかと心配だったけど……)


 玉守と大和が別の戦線に向かう準備をする中、風鈴はまだ心中で今現状の成功の余韻に浸っていた。

 少しニヤケ気味になりながら、ふと意識しないで見た先で、


(……? あれ? 何だろう、あっちから何か……)


 風鈴は、何かに気が付いた……


 その一方で、大和と玉守は自分の無線とゴーグルを操作する。

 2~3人程度ならそのままでも良かったが、それ以上で固まっていた守備特化の仏田ユニットを崩すため、敢えて通信を切って情報を遮断し、集中して狙っていた。

 両方を通常の受信状態に戻す2人。

 その直後……


『ね、姉さん!! 後ろぉぉ!!!』

『……そ、そんな、嘘っ!? きゃあぁぁぁ!!』


 大音量の叫びが、耳に響く。


「い、今の声は!?」

「歩君と香子君だ!!」


 大和と玉守の無線機を通じてまたしても警告音。

 そしてゴーグルにはヒットを示すナンバーの消失……


 香子の 戦線離脱リタイアが決定してしまった。

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