雷閃の女王サラ

「…… 女王クイーン、ですか……」

「そう呼ばれているそうだ」


 玉守は自分の鞄を持ってきて、その中に手を入れて何かを探る。


「そういえば、ちょうど良いものが…………っと、あった。これだな」


 取り出したのは、『月刊ウォーリア』という雑誌。

 サバイバルゲーム関連の情報が載っているもので、エアガンの最新モデルや装備品、フィールド案内や大会情報などもある。


「確かこの真ん中位のページだったはずだ」


 雑誌をパラパラとめくり、目的のところを開いて大和に見せる。

 受け取った大和がそこを見ると、注目プレイヤー紹介が載っていた。

 後ろから気になった風鈴と浩介も覗き込む。

 今月号、写真で大きく取り上げられているのは一人の少女。

 まず特徴的なのが金髪ウェーブのふんわりしたショートにクリスタルブルーな瞳、そしてシルクのような白い綺麗な肌。

 金瑠のように染めたのとは違うナチュラルな髪色と造形のその容姿は、外国のモデルと言っても通用するだろう。

 全身スラッとしたスレンダーな体型で、迷彩色のタンクトップとミニスカートと合わせてしなやかな動きの印象を与えてくる。

 見ようによっては幼くも大人びても見えるが、今の写真映りとしては笑顔が薄く、どこか無愛想な印象を受けるが、それでも相当の美少女と見受けられる。

 その少女の名前の欄には、『サラ・ランダルタイラー』と書かれていた。


「……サラ・ランダルタイラー……」

「うわぁ~綺麗な子ですね!」

「ああ、こうして取り上げられる程に有名ではあるんだがな。大和君達はこういう雑誌は見ない方かな?」

「すいません。こうした雑誌はあまり見ないですね」

「俺も見てないです。それでこのサラという子が女王と呼ばれている存在で、その越山高校にいるスペリオルコマンダーなんですね?」

「そうらしい、浩介君。まあ、詳しく説明出来る程知っている訳でもないんだが……」

「そういう事なら、小波におまかせですよ!! 小波が集めに集めたプレイヤー情報を公開させて頂きますね!」


 飛鳥と話していた小波が、いつの間にか大和のところまできてビシッと敬礼をする。

 そして生徒手帳を取り出し、操作して目的のところを見つけ、コホンと改まったように咳払いをする。


「サラ・ランダルタイラー、越山高校二年生。ランクはX+。同高校のサバゲーチーム、 女王クイーン兵隊ソルジャースを一年前に結成。活動範囲はほぼ県内だけであるが、結成以降無敗を誇り、現在も記録更新中。サラは自身をスペリオルコマンダーと公表している。詳細は謎に包まれているものの、本人の被弾率0%という脅威的記録も同時に継続している事がその裏付けではないだろうか。名前の略称がサンダーと呼べる事と、ダミーナイフの二刀流でフィールドを素早く駆け抜け敵を屠るその姿から、人は彼女を尊敬と畏怖を込めて『 雷閃ライトニング女王クイーン』と呼ぶ……これが、女王の評価に基づく紹介文ですね」


 生徒手帳にある説明を淡々と読み終え、小波は生徒手帳をしまう。


「……ラ、雷閃の女王って、名前の時点で既に強そうなんだけど!? X+だなんてあと一つで頂点のランクだよね!? それでダミーナイフの二刀流でエアガン使わないって事なら、近接戦闘のみ!? それで被弾率0%だなんてどうやったら可能なのかな!?」

「EXSであろうというのは確実みたいですよ、浜沼先輩。ただ、紹介文にもあったように、詳細は謎とされています。その美しいルックスから、芸能事務所からもスカウトの声が掛かった事もあるそうです。でも、特に興味も無いらしく、今もサバゲーを続けているんだとか……」


 聞いた内容に驚いている浩介に、小波は首を振る。

 小波が集めた情報、紹介文にある内容というのは、企業などが取材したりしての表面的な内容に過ぎない。

 戦闘内容や行動記録については自分から公開しない限りはトップシークレット扱いでセキュリティに守られ、当事者同士の間だけでやり取りされるため、外部には漏れない。

 情報を知るための唯一の手掛かりが、外部への公開が成される観戦エリアでのモニター映像のみ。

 相手チーム分析のためにその映像を映す事は可能だが、それを無断でネット上にアップすると厳しく処罰される。


「……チームの無敗記録に被弾率0%……ダミーナイフだけでそれを成しているというのも、確かにスペリオルコマンダーであるのは間違いなさそうだな……まさか埼玉にそれほどの実力者がいたとは知らなかった……ありがとう、小栗ちゃん」

「いえいえ! お役に立てて光栄です! ただ、ちょっと気になる事もありまして……」

「気になる事?」

「公式戦を行う場合、ランク水準の高いチームを越山高校側が選ぶ傾向にあるようですが、一度対戦をした相手、もしくは選んだにも関わらず、それを断ったチームに対しては女王&兵隊側が再戦を受け付ける事がないとかで……これを見て下さい」


 小波は生徒手帳を再び操作して、別の画面に切り換えて大和に見せる。

 それは、大和達タクティクス・バレットも含めて登録されたチームの通算戦闘記録。

 タクティクス・バレットに関しては、対戦チーム自体は多くないがチーム一つの対戦回数は多いのに対し、女王&兵隊は対戦チーム数は多いが一回しか対戦記録が無い。


「……一度でも女王&兵隊に負ければ、記録は黒星のままなのか……相手が納得すると思えないけど……」

「最初に相手チームに、一度だけの勝負だと確認するそうです。大概のチームはその強さに、二度と再戦する気も起きないみたいですけど、中にはやっぱり納得出来ない人もいて、『初見殺しの女王』だとか、一度も赤く染まらない無垢な『メイデンクイーン』だなんて蔑称で呼ぶ人もいるみたいですね」

「ふん! 確かに一度だけってんじゃリベンジマッチもねぇからな、勝ち逃げされるのが気に入らねぇってのも分からないでもねぇが、いつだって初戦から全力でやろうとしないやつに限ってそう言ってくるバカ野郎だったりするんだよ!」


 飛鳥が、不機嫌とはまた違う、嫌悪感を露にした表情を見せる。


「負けたらそりゃあ悔しいさ! だが、相手の強さを認めてやらなきゃ、自分の弱さを強さに変える事も出来ねぇ! それに悔しい思いをしたくないからこそ準備するんだろうが! 負けたくねぇと思うなら自分を鍛え続けるしかないんだよ!」

「小波だって、サバゲーが上手くないからこそ、相手を調べ尽くすしかないんですよ!!」

「そうだな。俺達もメンバーは充実してきた。ここにいる全員で一丸となって勝ちに行く。そのためには自分達がやれる事は何でもやらないとな」


 全員が頷き合い、帰り支度をしてからフィールドを出る。


「小波は県内のチーム全体を調べつつ、女王&兵隊のデータを優先的に集めるようにします!! 公式戦が行われる時がチャンスなので見逃さないようにしますよ!! では失礼します!!」


 元気良くお辞儀して別れの挨拶の後、小波は走り去っていく。


「ふふっ! 凄くパワフルな子だったわね!」

「ふっ! こっちも負けてられねぇな!」


 小柄な後ろ姿を、角華は優しく微笑みながら見送り、飛鳥は負けじと根倉な微笑み。


「千瞳の運用をより高いレベルにするためにも、次はハンデ戦でもするか! 千瞳、いけるよな!」

「ふえっ!?」


 突然振られた風鈴はまたも驚き、大和にそっと問いかける。


「え、えっと……や、大和さん。ハンデ戦って、何ですか?」

「ハンデ戦というのは、どちらかに実力差があると判断される場合に用いられる、戦力調整を行った試合の事なんだ」


 サバイバルゲームに限らず、様々なジャンルの勝負において実力が違うために勝負にならない事も多々ある。

 そんな場合に、その差を埋める調整をするのがハンデ。

 強い方の戦力を減らす、あるいは弱い方の戦力を増やすなど、やり方は色々。


「武器の縛りを持たせたりとかもあるけど、一般的なのは相手にメンバー数を増やしてもらうって事かな。難易度は高くなるけどその分、もらえるポイントも多くなるんだ」

「同じ数同士でパーフェクトゲーム狙えるんなら、もっと数増やしても良さそうだな! とりあえず、ハンデ+2あたりからいってみるか! いずれはどんどん増やしていって、+5……いや、+10とかでもいけるかもしれねぇな!」

「水を差すようで悪いがな、飛鳥。むやみやたらにハンデ戦をやるべきでもないからな」


 意気揚々といった飛鳥を、玉守が制する。


「ああ? 何でだよ? 将希」

「こちらから相手にハンデ戦を指示するとなれば、相手からは格下扱いされてるって思われるだろうからな。最初からやってたら相手に失礼だろう」

「それに今は千瞳さんがスペリオルコマンダーだと公表してないですからね。公表していれば格上という認識もしやすいかもしれないですが……ハンデ戦をするなら模擬戦をいくつかこなしてから、少しずつ増やすのが今は良いかと思います」

「あ~分かったよ! まどろっこしいな~全くよ!」


 少し苛立ち気味な飛鳥ではあったが、玉守と大和に説得され、しぶしぶ納得した。

 こうして大和達は女王&兵隊との対戦までの間、トレーニングをこなしつつ、小波の情報を待つ事となる。

 いつ公式戦を行うかはチーム次第なのですぐに行われなくても仕方ないと気長に構えるつもりのタクティクス・バレットメンバーだったが、女王&兵隊の次の公式戦は一週間後と、意外にも早く行われる事になったようで、観戦に行くという小波の連絡に気合いが入るメンバー達だが、この公式戦で女王と呼ばれる所以のとてつもない実力を、知らされる事になる。

 それを最初に痛感させられたのは、情報収集要員の小波本人だった。



 ※  ※  ※  ※



 女王&兵隊の公式戦当日……

 タクティクス・バレットと違い、注目度が高い公式戦だけに他のチームから偵察に来る人間が多いためか、女王&兵隊のいるフィールドの観戦エリアは人で溢れていた。

 その圧倒的強さと、西洋的な美貌を兼ね備えた存在という事で単純にファンも多かった。

 公式戦が始まる前の、チーム同士の顔合わせの時。

 定刻ではないため、女王&兵隊はまだ来てはなかったが、相手となるチームは観戦エリアから見える広場に既に到着していた。

 それを見た小波は、愕然としていた。


(……な、何ですかあの数は!!?)


 小波が驚くのも無理はない。

 相手チームの数が普通よりもかなり多かった。

 その対戦に参加する人数が、顔合わせの時にはそのまま反映される。

 小波が数えたところ、三十人はいた。

 事前に集めた情報では、女王&兵隊チームのメンバー数はリーダーのサラを合わせてきっかり十人。

 公式戦が組める規定の人数ちょうどだったはずで、それが変更されたという情報は確認していない。

 もしそのままだとすれば、女王&兵隊は自分チームの三倍の人数というハンデ戦をする事になる。


(……い、いくら実力があると言っても、こんな人数差……! これでもスペリオルコマンダーなら攻略可能って事なんですか!? でも相手のチームだって、総合的な実力は悪くないはずなのに……! それ以前に、この女王&兵隊ってチーム……)


 小波はもう一度自分の集めた情報を確認しようと生徒手帳を操作しかけたが、大きな歓声が聞こえて慌てて前を見る。

 広場で待つ相手チームとは反対側の方から現れ、悠然とした足取りで歩みを進める金髪ウェーブショートの美少女。

 女王&兵隊のリーダー、サラ・ランダルタイラーだ。

 サラを先頭に、メンバーが後ろから付き従うように付いてきている。


(……す、凄い……!)


 サラを見た小波の感想は、その一言に尽きた。

 一言だけしかないというのではなく、あらゆる意味を込めた一言だった。

 とても美しく、それでいて気高く力強い。

 輝く金髪を緩く靡かせながら歩く姿は、それだけでも普通とは違うと理解出来る雰囲気が漂う。

 他の自チームのメンバーが迷彩柄の一般的な服装とベストを着ているのに対し、サラは同じ迷彩柄でもタンクトップにミニスカート……一週間前に玉守が大和に見せた『月刊ウォーリア』のとほぼ同じ服装をしている。

 サバイバルゲームでの服装は、義務化されているゴーグルと特殊ベストさえあれば他には決まった規定は無い。

 昔からコスプレする人間もおり、自己主張や強いこだわりがある者は着る服装をそれに合わせていたりもするが、その分見つかりやすかったりもする。

 サラの服装は色的には問題無いものの、色が変わるベストを着用していない。

 だが、サラの着ている「クレイン&ホース」というブランドのサバイバルゲーム用の服なら、服自体がベストと同じように赤く染まる特殊加工がしてあるため、ベストを着ける必要が無い。

 小波が見とれてしまっている間もサラは歩みを続け、相手チームの目の前で止まる。

 水晶のように澄んだ瞳に威圧的な意思を宿しながら、射抜くように相手チームを見据えていた。

 相手チームも、既にその雰囲気に圧倒されていた。

 サラが何か言葉を発するかと思われたが、最初に話しかけてきたのはすぐ後ろに控えていたメンバーの男。


「皆様、ようこそお越しくださいました。わたくし、越山高校サバゲー部の部長で、女王&兵隊のサブリーダーをしています 仏田安平ほとけだやすひらと申します。どうぞよろしくお願いします」


 丁寧な言葉と穏和な表情で、帽子を取ってから頭を下げる仏田という男。

 その頭は自分で剃り上げてあるのか、見事に髪が無い。

 そして背が高いのだが、言葉や態度からも分かるように腰が低い。

 サラの背がそれほど高くない事もあり、見た目の雰囲気から隣り合う二人の対比が激しく対照的だった。

 サラの雰囲気に圧倒されていただけに、これはこれで戸惑う相手チーム。


「本日はわたくしどもと公式戦をされたいという事で、わざわざご足労頂きました事、部長として大変嬉しく思います。今日という日が、皆様にとって良い思い出となるよう、わたくしとしましても……」

「……仏田。そんな事をいちいち話す必要は無いって、何度言ったら分かるの?」


 サラの澄んだ声が仏田を遮るように響く。

 見た目とは裏腹の流暢な日本語、そしてそこにも宿る威圧感が、相手チームに嫌でも緊張感を植え付ける。


「あら? わたしは皆さんが来てくれた事に対する礼儀として、当然と思っているだけですよ? サラちゃん」

「……ワタシの事は、クイーンか、クイーン・サラと呼びなさいと言ったはずよ? 仏田……」


 丁寧、というよりオネエ的な話し方の仏田に、冷たい視線と声を送るサラ。

 だが、仏田は穏和な表情を崩さない。


「はいはい、分かりましたよ、クイーン・サラ」

「……ふん」

「皆様、大変失礼致しました。お見苦しいところをお見せしてしまいましたようで、申し訳ありません」


 再び頭を下げる仏田と不満げにそっぽを向くサラに、普段からこういうやり取りが行われているのだと理解する相手チーム。


「さあ、それでは時間も押しているようですし、早速始めましょうか。左右どちらのスタートを使うか、希望がありましたらどうぞ。それから聞いているかもしれませんが、わたくし達は一度戦った相手チームとは対戦しない事にしています。ご理解頂いているなら結構です。あとは……」


 仏田が実務的な話を進めようとした時、急にサラが相手チームにツカツカと歩み寄る。

 やがて、真ん中のリーダーとおぼしきところの目の前で止まる。

 リーダーは何事かと更に緊張する。


「……アンタがそっちのチームのリーダーよね?」

「……えっと……はい、一応……」

「見た目からして、大したこと無さそうね。まあ、ワタシからしたら、ほとんどのプレイヤーなんて同レベルで大したこと無いけどね」

「ち、ちょっとクイーン・サラ……!」


 冷たい視線と言葉を相手リーダーに投げ掛けるサラを見て、仏田が慌てて割って入る。


「そんな言い方、相手の方に失礼ですよ。他の方々にも失礼ですけど……それに、リーダーの方はお調べしたらわたしと同じ三年生の方で、クイーン・サラより歳上なんですよ?」

「実力が伴ってもいないのに歳が上なだけで偉そうなヤツは嫌いなのよ。アンタにだって、似たような感じで話してるじゃない、仏田」

「わたしは別に良いんですよ、もう分かっている事ですから。多少なりともクイーンとは付き合いもありますし」

「ふん……とにかく、ワタシはワタシが自分で認めた相手じゃなきゃ態度を改めるつもりは無いから……さっさと始めるわよ」


 言うだけ言って、一人で勝手に行ってしまうサラ。

 困ったような仏田だったが、それは相手チームも似たようなものだった。


「あらあら……ごめんなさいね、失礼な上に我が儘な子で……一度戦った相手とは二度と戦わないというのも、あの子が勝手に決めてるんですよ……」


 サラが発端となってのこうしたトラブルも仏田にとっては日常のようなものか、慣れた様子で謝罪と説明をして穏便に済ませた後、いよいよ公式戦が開始される事となった。

 生徒手帳を構えて観戦エリアのモニターから女王&兵隊の公式戦の様子を撮影する小波。

 映像モニターは二種類あり、一つは俯瞰図に近い形で斜め上から全体を映している。

 もう一つはいくつかの場所に点在しているカメラからの個別映像。

 全体を見渡す映像の方が戦術を理解するのに役立つ一方、個別映像では各メンバーの動きを近くで見れる。

 毎回同じ人物を撮れる訳でもないが、ファンにとっては自分の好きなプレイヤーが映っていたら嬉しいものだろう。

 特に至近距離でヒットの瞬間を目の当たりに出来れば、見てる方のテンションは上がる。


 モニターではスタートのカウントダウンから始まり、両チームが自分のエリアから飛び出すところを映し出す。

 女王&兵隊の相手チームは人数の多さを活かして大きく分けて二つの戦術を駆使してきた。

 まず、人数の四割ほどをフィールドの各ルートに 個人バラバラで散らしながら先行して進ませる。

 残りの六割を三分割にしてユニットを作り、左、中央、右の三ルートをそのまま進ませる。

 サラとの遭遇に備え、先発で出会ったメンバーからどんどん戦闘を行わせる布陣。

 先発が倒されても他の先発メンバーもそちらに急行させて、最終的には後続ユニットの厚みを増やして討ち取る算段。

 普通なら個人に対してここまで大袈裟な形にはしないだろうが、スペリオルコマンダーと言われるサラの実力を知っているからこそ、サラを優先しつつも他のメンバーを見つけても対処可能、という事を考慮した戦術なのだろうと小波も思う事にした。

 一方の女王&兵隊チームはというと……

 ゲートが開いた瞬間、サラが勢い良く飛び出し、中央ルートを軽快に飛ばして進む。

 それ以外のメンバーは、自陣の位置にいくつかのユニットを作った後、陣取って待機。

 つまり、サラ以外はほとんど動かない形。


(……そ、そんな!! ただでさえ相手の方が人数多いのに、他のメンバーが一緒に戦わないなんて!! これじゃ、女王一人であの人数を相手にするようなものじゃないですか!?)


 単騎で挑むには無謀過ぎる人数に特攻を仕掛けるようなサラの姿を見て、小波は我が目を疑う。

 しかもサラの動きは周囲を気にしながら進むなどではなく、普通に走り抜けている。

 これではすぐに見つかって撃たれてしまうだろう。

 そうこうしている間にも、全体映像ではサラは最初の相手メンバーと衝突するところまで来た。

 二人組の相手コンビを見つけるや、サラは腰に差したダミーナイフを二つ抜いて距離を詰める。

 だが、相手もサラを見つけてすぐに撃ってきた。

 慌てる事無く撃てる辺り、訓練を欠かしてはいないと分かる。

 狙い通りの連射弾は突撃中のサラに向けて寸分の狂いも無く飛んでいく。

 誰が見ても当たったと思える速度とタイミングの射撃によって、サラの服は赤く…………染まらなかった。


(あ、あれ!? 当たって……無い!?)


 小波には、その瞬間に何が起きたのか理解出来なかった。

 当たったはずなのに、サラの服に変色が無い。

 しかし、そんな事は当然であるかのように当人同士は戦闘続行。

 相手コンビはどんどん撃ち続けるが、服は未だに変化しないまま加速を続けるサラ。

 そして、射程距離と見られるところまでかなり接近した瞬間、更に加速したように相手コンビの間をすり抜けざまに、ダミーナイフで斬りつける。

 相手コンビの二人のベストが赤く変色、つまりヒットされた事を示していた。


(は、速い……!! そして本当にダミーナイフでヒットさせるなんて……! でも、どうして当たらないなんて…………まさか、高速で回避してる、ですか……? そんな事があり得るはずは……)


 小波は、見ていて驚愕と同時にそう仮説を立てた。

 すぐさまの否定は、どちらかというと願いや祈りに近い。

 映像には射撃音を聞きつけて現れた相手メンバーが三人いた。

 少し離れたところからサラを見つけて、すぐに射撃を開始。

 サラも同じく見つけて突撃。

 その様子を、個別カメラがちょうど捉えており、至近距離の映像にも映っていた。

 そして小波は、その瞬間を目撃する。


(……うっ!! よ、避けてる!!)


 突撃するサラに向けて撃たれる弾は、どれも普通なら命中していたはずの高精度な狙い撃ち。

 それを、サラは避けながら尚も突撃していた。

 時に上半身を揺らしたり捻らせたり、時に全身を動かしながら、その全てを後ろへと送らせてしまう。

 WEE協約以前のように、当たっているのにそのまま続行するゾンビ行為は〔S・S・S〕の導入によって通用しなくなり、当たれば即、色が染まって分かる。

 裏を返せば、色が染まらない以上、完璧な回避が出来ているという事。

 そして、再び描かれるナイフの軌跡に三人は沈黙する。

 観戦エリアではその見事さに歓声が上がるが、サラ本人はその結果に目もくれず、休まず突撃する。

 その後も敵を見つけては射撃を掻い潜りながら突撃する事を繰り返し、個人もユニットも関係無く撃破され続け……


 〔congratulation! perfectgame complete! winner is 女王&兵隊〕


 三十人もの相手チームをたった一人で殲滅し、パーフェクトゲームを苦もなく達成したサラが、個別カメラに映し出される。

 少し汗を滲ませながらもその表情に喜びはなく、当然と言わんばかりに一呼吸置いてダミーナイフをしまうサラに、観戦エリアの観客からは今日一番の歓声と拍手が送られる。

 女王と呼ばれる実力と貫禄に、観客とは正反対に絶望を突きつけられた小波は、静かにその場を立ち去る……



 ※  ※  ※  ※



『小波君から、女王&兵隊の公式戦の撮影に成功したと連絡があった。よって、今日は先にその内容確認のためのミーティングとしよう』


 タクティクス・バレットの全メンバーに玉守からの一斉送信連絡が届いた。

 部活の時間となり、部室にメンバーが集まる。

 正規の部員に小波を加えた構成で部室に向かっているのだが、小波にあまり元気が無い。


「大丈夫? 小波ちゃん」

「……怪我とか病気の類いではないので、大丈夫と言えば大丈夫です。でも……小波は、ショックですよ……あんな……」


 香子が心配そうにするが、気落ちした小波は言葉に力が無い。

 出会った時から前日まで、かなりのテンションの高さを見せていた小波。

 それだけに、女王&兵隊の公式戦の内容が相当に衝撃的だった事が見て取れる。

 いつものように飛鳥と角華は先に部室に到着し、他の下級生が次々に到着、最後に玉守の順。

 今日はいつもの頼まれ事ではなく、プロジェクターを借りてきた玉守、慣れたようにセッティングする。

 小波に生徒手帳を接続させて、その内容が映し出されるように準備する。


「……いいですか、皆さん……私達がこれから戦いを挑もうとしている相手がどのような存在なのかが、ここに映っています。ですが、小波は未だに信じられないです……あんな凄い人が、この世の中にいるなんて……」

「おいおい、ずいぶん弱気じゃねぇか? 最初、俺達を勝たせるとか言って打倒越山を掲げてたのと同じやつにゃ見えねぇな!」

「だ、だってですよ!? 本当に凄いんですから!! 情報を聞いただけなのと実際に見るのは違いますよ!!」

「まあそりゃあそうかもしれねぇがな、だからといって怖じ気づいたままでいいわけもないだろ? だったら事前に相手を知る事だ! そのために小栗、お前が行ってきたんだろ? 早いところ、ビデオ流して俺らに見せてみろよ! どう感じるかはそこから判断すりゃあいいからな!」

「わ、分かりました……!」


 飛鳥に促され、小波は映像を再生させる。


 流される映像を、大和達は静かに見続けている。

 女王&兵隊の偏った戦術、三倍の数の相手をものともせずにパーフェクトゲームを達成したサラの実力。

 最後の文字まで映しきってから再生が止まるまで、誰一人として声を上げる者はいなかった。


「……あ、あの……」


 映像終了のタイミングで、小波が遠慮がちにメンバーに話しかける。


「……ど……どう、でしょうか……?」


 聞いておきながら、小波は答えが分かりそうな気がしていた。

 小波にとっては予想以上の相手。

 世界を目指すには高過ぎる絶壁。

 メンバーも自分と同じく絶望としか感じられず、答えもそれに準じているだろうと思っていた。


「……これは……」


 最初に言葉を発したのは大和。

 ビクッとしつつ、その続きを無言で聞く小波。


「……これは、これで確かに、理に適っているかもしれない」


 だが、大和の答えは小波の思っていた絶望とは違っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る