風鈴を知って、見えてくる課題
(……レーザーを見てるんじゃない!? だとしたら、千瞳さんには何がどういう風に見えているというんだ!?)
大和がそう思ってしまってもおかしくはない。
風鈴以外のここにいる全員が、同じイメージだった。
飛鳥がレーザーサイトの例えを出したために、無意識にそう思ってしまっていたが、確かに風鈴はレーザーサイトを見ているとは言っていない。
そもそもレーザーサイトは風に関わらず、一直線にターゲットを捉える光学照準機であり、風鈴がジェスチャーで示すような横曲がりの放物線を描く事は無い。
よって、無風でなら狙えたりもするが、こうまで風が強くては意味が無い。
どちらかというと風で流れる事を予測、計算してわざと銃口をずらして撃ち当てるというテクニックがあり、風鈴がやっているのはそれに近い。
しかし、これは熟練者のテクニックであり、素人の風鈴には到底不可能なはずの技術。
仮に修得したとしても予測の域を出ない上に、風の吹き荒れる現状で人体よりも小さな缶を狙うなど経験者であっても狙いきれるものではない。
(千瞳さんのこの知覚も、他の二つの特殊な知覚と関連性があるはず……いや、待てよ? さっき千瞳さんは……)
大和は不意に、的当てを再開した時を思い出した。
その時、風鈴は何かに気付いたように声を出し、その直後に風が吹いてきていた……
「……っ! ま、まさか……! せ、千瞳さん!」
「はい、何ですか? 大和さん」
「き、君はもしかして……風が、見えるのか!?」
「風?」
風鈴はきょとんとしてから考えるように上を見て、
「……そう言われてみれば、風そのものかは分からないですけど、確かに風が強い時のほうが色々見えやすくなってる気がします!」
思い出したように言ってから、周りを見渡す。
「今も、フィールドの中の障害物も昨日とかさっきに比べて、鮮明に確認出来てますし、これも……」
風鈴はL96のボルトハンドルを引いてから、構える。
「銃の先から何かの線が伸びているんですけど、その先が風に合わせて流れるように、ヒラヒラと動いてるんです」
他の誰にも確認出来ない、風鈴だけが見えているそれは銃口から直接光るラインのように伸び、そこから風の向きに合わせてうねるようにだんだん横にずれた放物線を描く。
風に
それでも、風が吹かれる方角に向けていけば、大まかな軌道としては狙いを定められる。
再び缶に合わせて撃たれた弾は、そのラインに合わせて飛び、的確に缶を捉える。
「先の方は落ち着かないので、さすがに全部は狙えないかもですけど、そういう意味では風が教えてくれるみたいに感じられますね!」
「そ、そうか……本当に凄いな……ありがとう、千瞳さん。とにかく、これではっきりしました!」
風鈴の謙遜気味な言葉と笑顔とは裏腹に、当たり前のように当てていける風鈴の射撃能力に舌を巻きつつ、大和は自身の仮説の答えをメンバー達に発表した。
「千瞳さんのEXSの性質……それは、風や空気から伝わる情報を特殊な形に視覚化する事が出来るという能力だと思われます!」
「風、か……! なるほどな。つまり、今まで風鈴君が話してくれたいくつかの能力は、風の視覚化という能力から枝分かれしたものだったのか」
大和の分析は的を射ており、玉守も納得させられた。
こうして、不正をしていたのではないかという風鈴の疑いは完全に晴れ、凄まじい能力を持った大型新人という形でメンバーにも受け入れられ、大和共々部員として改めて歓迎される事になった。
しかし、風鈴の力に関しては本人すら理論的に理解しているとも言えず、現状では推測でしかなく、性能の特性についてはまだまだ詳しく解明してはいない。
よって、新河越高校サバイバルゲーム部のこれからの方針として、しばらくの間は部活動の大半を風鈴のEXS性能の更なる裏付けと理解のために費やすという方針に固まった。
※ ※ ※ ※
風鈴と角華の一騎打ちから一週間……
基本的には、訓練や模擬戦での様々な状況の中から風鈴の認識を確認するというやり方を取っていた。
その結果、色々な事が分かった。
まず、能力全般に言えるのが、やはり大気全体から情報を得る認識だという事。
俯瞰や遠視に関しては、距離自体に制限はあまりなく、かなり遠くまで見られたという。
また、ズームするようにある程度近くまで寄せたり、離して全体を見たりと、空撮機能のように使えるという。
透視に関しても、普通の壁や障害物などは元より、少しでもすきま風が入るようなら箱のように四方を囲まれた物体でも中が見えるらしかった。
軌道視覚化も改めて言うまでもないが、手動のエアーコッキングによって起動させるもので、風からの伝達情報を視覚変換したもの。
大和の予測も概ね正しかったようであり、能力の性質からしてスナイパーとしてこれほどしっくりくるものは無いだろう。
更に、フィールド全体が見渡せるという事は、自分と相手の両チームの動きが把握出来るという事であり、トランシーバーを駆使して自分のチームを優位に動かすという戦い方も出来る。
まさしく司令塔としても相応しい存在と言える可能性すら秘めていた。
どのような局面でも万事対応可能な、無敵のスペリオルコマンダー誕生! と言えれば良かったのだが、全てにおいて完璧などとそうそう都合良く言える訳でも無かった。
大気を感じられる広々としたアウトドアフィールドでなら性能を発揮出来ていた風鈴だったが、人工物に囲まれたインドアフィールド内においてはEXSを発動出来ないという事が発覚した。
外側から中の状況を把握するなら、風の通り道さえ確保出来ていれば透視も可能だったが、自身が室内に入ってしまうとそこの室内状況は見えなくなったという。
そして、EXS性能という才能は素晴らしいものの、本人の運動性能に関しては体型からも察しが付くだろうが、運動経験の無さが響いている。
短時間ならともかく、長時間の持久戦を持たせるスタミナがまず無いというのは角華との一騎打ちでも露呈していた。
スタミナだけでなく、機動力にも難がある。
せっかくフィールドを見渡せる力があるのに、瞬発力も無かったために位置取りで活かしきれず、基本的には待ち専門になる。
まあスナイパー自体、本来は突撃メインではないところもあるが……
金蔵達のチーム、ブラッドレインとの初対決時に上手く立ち回れたのは、メンバーと運に助けられた部分があった。
メンバーがきっちりと相手を引き付けてくれたからこそ、風鈴は完全にフリーで動けていたのだった。
それともう一つ、トランシーバーを駆使するという戦い方もあるとしたが、現状では望み薄と言える。
一度、それを課題にして模擬戦で試した事があったのだが……
『……あっ! 明石さん、そっちから相手が来ます! 気を付けて下さい!』
『そ、そっちってどっちっすか!?』
『え、えっと~…………はっ! ひ、姫野宮先輩! み、右側から何人か来ます!』
『み、右側!? 私から見たら右側って逆に戻る道よ!?』
『す、すみません! う、上から見たら右側だったもので……!』
『だああっ!! 指示出しするならはっきりしゃっきりしやがれ! コマンダーの名が泣くだろ!!』
『はわわっ!! ごめんなさ~い!!』
……という一幕があった事からも分かるように、自分一人で動く分には問題は無かったのだが、他人への指示出しが不慣れで説明下手というところがあった。
性格的に大人しい風鈴にしては頑張っているが、やはり一週間前まで素人の人間が司令塔の役割を担おうというのは無理がある。
期待を込めてそれをやらせようとした飛鳥も無茶振りが過ぎるのだが、これで風鈴の現在の性能によるポジションが確定した。
広域を確認しながら、メンバーの支援をしつつ、隠密で動くソロスナイパーである。
まだまだ不慣れも不得手も存在するが、それを差し引いても風鈴の才能は戦局を優位にさせるだけの魅力もあった。
※ ※ ※ ※
風鈴のポジションを確定させてから、数週間経過……
「はあっ……! はあっ……! はあっ……!」
途切れ途切れに呼吸しながら校庭を走る風鈴がいた。
実戦に参加させるよりも、まずは基礎体力の強化が最優先として飛鳥が風鈴に組んだメニューを角華が見て、
「こんな厳しいのをいきなりやらせられる訳無いでしょ! 風鈴ちゃんが辞めちゃったらどうするのよ!?」
として作り直させた運動メニューを、部活内で消化させていた。
校庭のトラックの内側には香子がいて、周回数を数えている。
その他のメンバーは別メニューをこなしていた。
「風鈴ちゃ~ん! あと少しだから頑張って~!」
残り半周でゴールするところで、香子から声援が送られる。
風鈴は何とか、最後まで走り切った。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
「風鈴ちゃん、お疲れ様! はい、これ!」
香子からタオルとスポーツドリンクを受け取り、タオルで汗を拭きながら深呼吸して落ち着ける。
息を整えてから、スポーツドリンクを飲んで喉を鳴らし潤す。
「……っはぁ~……ありがとう、香子ちゃん!」
「ううん、どういたしまして! 風鈴ちゃん、凄く頑張ってるよね! 私、驚いてるの!」
「そうなの? どうして?」
「こうして風鈴ちゃんと一緒に練習出来てるって事!」
不思議そうな風鈴に、香子は別方向を示す。
そちらには激しく走り込みをしてから、的当てをするメンバー達がいた。
あの金瑠と銀羅も、真面目に汗を流しながら撃ち込んでいる。
「おらぁ! もたついてんじゃねぇぞ、走りまくれ! そんで疲れても精度を保てるようにしろ! それから分かってるだろうが
飛鳥も大声で叫びつつ、自らも走ってから定位置で素早く構えて的を撃ち抜き、再び走り出す。
後輩に厳しく言うだけあって、自身も手本となれるだけの動きを見せている。
「うわぁ~……凄い……」
「忍足先輩を見てれば分かると思うけど、うちのチームって本気でWSGC出場を目指してるのね。それだけ練習厳しいから、ライトな感覚でサバゲーやろうって人には敷居が高くて……練習の厳しさと、忍足先輩の怖さで、入ってもすぐに辞めちゃう人が今までにもいっぱいいたの……」
この練習風景を見ただけでも、退部を決意する生徒が続出しそうな雰囲気であるというのは、風鈴も見て取れた。
「せっかく仲良くなったのに、この部活の辛さを知って風鈴ちゃんが辞めたくなったらどうしようって思っちゃって……風鈴ちゃんって、見た感じ大人しそうだし……」
「香子ちゃん……」
「……あっ! 風鈴ちゃんを貶すつもりで言ったんじゃないよ!? 忍足先輩怖いから辞めたくなっちゃうのも分かるからって事ね!」
「う、うん……忍足先輩は……まだ怖いには怖いから、話したりするのは緊張しちゃうけど……悪い先輩じゃないのは、分かるから……それに……」
香子の弁明に困ったような笑顔で対応しつつ、風鈴は再び練習風景を眺める。
「……それに、今は頑張ってみたいの……! EXSっていうのが使えるって分かって、自分がサバゲーで他の人の役に立てるって思えて、それが嬉しくて!」
「凄いよね……どうしてそんな力が使えるのかな?」
「それは分からないけど……だから最初にね、何で壁が透けて見えるかって香子ちゃんに聞こうと思ってたの……」
「最初……? あ~確かに、私が浜沼君に構ってた時に何か質問しようとしてたね?」
「う、うん……」
金蔵のチーム、ブラッドレイン戦で風鈴が独断で動いた経緯については色々とあったせいで深くは問われていなかったが、風鈴の話によると、EXSの恩恵で先行するメンバー達の様子が確認出来ていたため、それを支援するために進んでいってしまったという。
大和が最初の相手メンバーとの遭遇時に既に一人撃たれていた事、そして試合中に感じていた違和感、相手チームとの遭遇率の低さは全て風鈴の支援による露払いが起因していた。
「……風鈴ちゃんって、大人しそうな印象だったけど、結構行動派なのね?」
「エアガンを持たされて、試合が始まったらちょっと楽しくなってきちゃったの! 大和さんが言うには、その高揚感がEXS発動のきっかけになってくれたみたい」
「赤木君ね~……そういえば風鈴ちゃん、小さい時に赤木君と知り合ったとか聞いたけど?」
「うん」
香子の質問に、風鈴は頷く。
「……いつ頃だったか忘れちゃったけど、大和さんの特徴というか出会いの形は覚えてて……銃を貰えてサバゲーを勧められて、自分でもやってみたくて……でも私、運動が苦手だったから、他の人に迷惑かけちゃいけないと思って、言い出せなくて……それを偶然また会えた大和さんがまた私の事を導いてくれて! そのおかげで、私はEXSが使えるって知れて、今までとは違う自分を見つけられて……大和さんには、本当に感謝してるの! だから、大和さんのためにも私、これからも頑張ってみたいの!」
「そっか~。赤木君も、確かに凄いよね。実力もだけど……どこか二人に運命感じちゃう!」
「うん!」
「……赤木に感謝するってのは別に構いやしねぇ……が、それがテメェらの休憩の理由だってんじゃねぇだろうな? むっちりコンビよ?」
女子二人の会話に、凄味の効いた声が割り込んできた。
ビクッと肩を震わせ、そっと振り返る風鈴と香子。
そこには、声と同じく凄味を帯びた表情の飛鳥がいた。
「お、忍足先輩……」
「は、はううっ……!」
「……角華が直した練習メニュー……俺からすりゃあ、ぬるま湯もいいところだがな。それでも素人から徐々に上げていくって事で承諾はしてやったさ。途中、疲れたんなら少し位は休んでも良いと認めてもやったよ……だがな、そんなに笑って会話する余裕あるほど長々と休憩するのを認めた訳じゃねぇ……」
激しい運動による発汗が水蒸気を発散させているようだが、それがどことなく陽炎の揺らめくオーラを漂わせているかのようにも見える。
「……訓練中、何度となく俺が言ってるのを聞いてねぇのかよ? 疲れても精度を保てるようにしろってよ……WSGCに選ばれるフィールドによっては一キロ以上もあるようなアウトドアフィールドだってざらにあるんだ、そんなぬるい訓練程度で根を上げてるようじゃ、勝ち抜くどころかフィールド進むだけでスタミナ切れ確定なんだよ……!!」
飛鳥の顔の凄味がどんどん濃くなるのと反比例するように、風鈴の顔が飛鳥に対する恐怖で泣きそうに歪む。
「テメェがスペリオルコマンダーとしてEXSをきちんと活かすためには、テメェ自身の体力が上がっていかないと話にならねぇんだ……! そのためにとにかく走り込め! 筋力と肺を鍛えろ! そのだらしねぇ体をもっと絞れ!!」
「ひいぃ……!」
「お、忍足先輩……! か、風鈴ちゃんは、本当に頑張ってます! だから、もう少し優しく……」
「テメェもだぞ、水城ぃ!! 俺からすりゃあ、体型見たらテメェも似たり寄ったりなんだよ!! 前からサバゲーやってたんだろうに何であまり変わってねぇんだよ!?」
「ううっ!! わ、私、何というか、痩せにくいというか……」
「話したい事があるんなら走りながらでもしやがれ、むっちりコンビ!! 少しは角華を見習え! あの無駄を削ぎ落としたような体を見ろ! 筋肉以外で体重を無駄に増やさねぇとか、胸もでかくならねぇように食事管理も含めて気を遣ってるんだろうよ、角華はな! あれこそ戦場では最高の女だ! 分かったらすぐにまた走ってこいっ!!」
「「はいぃ!!」」
飛鳥に命じられた二人は、慌てて走りに行く。
「……ふぅ~……ったく、しっかり見てねぇとサボりやがるとか、桂吾じゃねぇんだぞ? テメェ自身のためにしっかり体力作れってんだよ」
「……だからって、私をだしにして恥ずかしい事叫んでるんじゃないわよ!」
ため息混じりな飛鳥の愚痴に、自分の訓練を終えた角華が合流する。
頬を染めてるのは、練習したからなのか、あるいは飛鳥の発言に思うところがあったのか、定かでは無い。
「お、来やがったか、角華!」
「また風鈴ちゃんや香子ちゃんに厳しい事言ってるの? そういうのは止めなさいって毎回言ってるでしょ?」
「ふん! 練習自体は手加減してやってるんだ、言いたい事は言わせてもらわないとな! それより、将希はどうした? あと、赤木のやつも来ねえな? そろそろ来ても良いと思うんだがな」
「玉守君は他のみんなの監督も含めて、もう少しやってから来るみたいよ」
「将希はさすがだな! まあ、部長として当然だろうがな!」
「無理しない程度なら良いけどね。赤木君は、浜沼君がちょっと遅れ気味だから一緒にやってあげてるわ。自分の分のメニューはもう終わってるみたい」
「赤木のやつもさすがランクAだな! 元から鍛えてるだけあって、俺達のメニューもきっちりこなすとか、なかなかのスペックじゃねぇか! スペリオルコマンダーじゃねぇとは言え、アイツは認めてやれるな! 今度から、赤木じゃなくて大和と呼んでやるか。将希も呼んでるみたいだしな」
練習風景に目を向け、自主的に練習メニュー以上を課す玉守と大和を満足そうに見る飛鳥だが、疲れて遅くなっている浩介を見るや一転して厳しさを取り戻す。
「……だが、それに引き換え、あのボケ浜は何なんだ!? 千瞳程体力がねぇとは言わねぇが、千瞳はこの際仕方ねぇと思ってやるさ。才能だけならピカ一だしな。男であの運動能力の低さはいただけねぇよ! 年下の歩のが全然動けてるじゃねぇかよ!」
「浜沼君、サバゲーを昔に少しやった事があるだけで、最近はほとんどやってなかったって言ってたわよね。あれを見る限り、本当みたいね……」
「後ろから蹴飛ばしたくなるような遅さだな、くそっ!」
「飛鳥、分かってるわよね? 浜沼君には、強制しないって……」
「……ちっ! 分かってるよ……」
角華が念を押すように言うと、飛鳥は不機嫌そうに舌打ちする。
今も練習を一緒に参加している浩介に対して、飛鳥は干渉しない約束になっていた。
今現在、新河越高校の正式な部員は大和と風鈴も含めて10人。
公式戦の規定人数に一応は到達しているので、本来は浩介を無理に引き留める事も無かったのだが、今までが人数が足りていないために即席の助っ人を頼んでいた状況で、これでもギリギリの運用だった。
風鈴が高い才能を持っていても安定感がまだ無いのもあるが、毎回助っ人を探しに行ったり、レギュラーメンバーだけで戦術を組み換えるのにも限度があった。
何より、ブラッドレイン戦の時のように不測の事態で人数が足りなくなる可能性もあった事を考慮し、すぐに参加出来そうなサブメンバーがあと数人は必要だった。
そこで一緒に戦った浩介に、継続して一緒にやれないかという話を玉守が持ちかけた。
それに対して浩介は、他にやることも無いという事で参加しても良いという意思を示した。
ただし、体力や才能の関係で期待されるような活躍は出来ないかもしれない、と困ったように前置きもしてきた。
そこで協議の結果、浩介は正式な部員とはせず、厳しい練習も強制はしないという約束でもって、サブメンバーとして浩介も参加してもらう形を取った。
部員でなければ、いくら飛鳥でも無茶な要求は出来ない。
「……でもよ、存在が中途半端過ぎるんだよ! やるならやるって決めて入部しろってんだよ! あんなチンチラやられてたら見てるこっちが苛立つからな!」
「もう、アンタってどうしてそう……」
「そういう事は言うものじゃないぞ、飛鳥」
飛鳥を諫めたのは、監督で残っていた玉守だ。
「元々、こっちが決めた練習だってやる必要は無かったんだ。それを、遅くても良ければやってみると浩介君は言ってくれたんだ。最後までやり通す意思は評価しても良いんじゃないか?」
「それに! 誰かさんが金蔵君達と勝手に公式戦を組んだおかげで急遽入らせられたっていうのに、文句も言わないで頑張ってくれたのよ? 少なくとも、彼に文句を言うのは筋違いじゃないかしら?」
「ぐっ……!! 分かってらぁ!」
苦々しく言葉を吐き捨て、その場から立ち去る飛鳥を見て、角華はため息をつく。
「……はぁ~~……飛鳥ってば、しょうがないわね……」
「だが、飛鳥の言うことも少しだけ分かる気もするよ」
「えっ? 玉守君も実は浜沼君に文句言いたかったりするの?」
「いや、飛鳥のように苦言を呈したい訳じゃないんだ。浩介君には感謝しているよ。だからこそ、練習にこうして律儀に参加してくれてるという状況が不思議に思えてね」
今は風鈴と同じように息を切らしながら、定位置に来て的を狙って引き金を引く浩介を見つめる玉守と角華。
弾は残念ながら的には当たらず、他のメンバーから励まされていた。
「今やっている練習だって、素人や初心者だとか、ライトなプレイヤーから見たら十分に厳しいと思う。例えマイペースにやらせたとしても、自由参加という軽いノリで乗り切れるようなメニューでもないはずなんだが……」
「まあ、確かに……どうしてかしらね?」
「ここまでやれる以上、サバゲーに対する情熱はあると思う。だが、浩介君の態度を見ていると、どこか遠慮しているようにも感じるんだ」
「遠慮って、何に対して?」
「サバゲーを本気でやる事に対してさ。理由まではさすがに分からない。きっと、昔に何かあったのかも知れないな。今はそこまで深入り出来ないから、何とも言えないんだが……」
「そうね……困った事とかあるなら、相談してくれても良いんだけど……確かに不思議よね、浜沼君」
不思議な存在と言われている浩介は、ようやく練習メニューを終えた。
「や、やっと、終わらせられた~……」
「浩介、お疲れ様」
「ご苦労様っすよ、浩介君!」
「ハヌマン、ちゃんと頑張ったにょ! やれば出来る良い男だって、キルちゃんも信じてたにょ!」
「ギラちゃん的にはもっと頑張って欲しいにょ~! カザリンやカオルンなんてギラちゃん好みに胸揺らしながら頑張ってるにょ~!」
「……銀羅先輩……好みの認識がちょっと酷い気がするんですけど……」
他のメンバーから労いの言葉が掛けられている。
(……浩介君も不思議ではあるが、俺としては大和君も不思議な気がするな……)
玉守は視線を浩介から大和に移す。
(……競技連盟から認定がされているにも関わらず、世界的にもまだ研究が進みきっていないというスペリオルコマンダー……その名前とEXSという力が扱える事以外に詳しくは知られていない存在だ。正に大和君が説明した通りだが、そこまで希少な存在という判定を、何故大和君はすぐに下す事が出来たのだろう?)
玉守の疑問は、風鈴の存在意義に対する選択肢にスペリオルコマンダーの可能性を考慮出来た大和に向いていた。
(しかも、風鈴君のEXSの性質についても、風から情報を読み取る能力とか、推測にしてはかなり明確な方向性まで考察していたようだったな……何故、そこまで考えられる? なかなか出会える存在でも無いから、俺にはそこまでの深読みは出来ないな……)
数千万人に一人という特異な存在であるとされており、その存在に遭遇出来る確率など、どれほどのものだろうか。
宝くじが当たる可能性や、それを最初から当てにして普段から意識して生きていく人間はあまりいないだろう。
意識しない事を人は選択肢には組み込みづらいからこそ、飛鳥も最初、風鈴の能力を不正と疑ったのだ。
(今やサバゲーは国家が絡んでくるまでになった。当然、EXSについても国の研究対象となっている……もしや、大和君はそうしたところの関係者だったりするのか!? いや、ただ単にマニアなだけの可能性も否定出来ないが……)
「と、ところで玉守君……!」
考え事をしていた玉守は角華に呼ばれて思考を中断した。
「何かな? 角華君」
「あ、あのさ……飛鳥、さっき私の事……ど、どういうつもりで、言ったのかな……?」
「……? どういうつもりで、とは何の事かな?」
「えっと、だからね……! 飛鳥が私の事、なんかその…………さ、最高の女だって、言ってたような気がしたんだけど……」
「気になるなら、本人に直接聞いてみるのが早いと思うけどね」
「き、気になるって程じゃ……ないんだけど……聞きづらいというか、何というか……」
話を振っておきながら、視線をあちこちとさ迷わせる角華。
いつものハキハキとした受け答えもどこへやら、恥ずかしそうにうっすらと頬を紅潮させる姿を見ながら、玉守は静かに一呼吸の間を置く。
「……戦場では最高の女だと、飛鳥は言っていたよ。察するに、サバゲーで戦う仲間として頼もしいという意味だろうね」
「……あ~……そ、そうよね! そんなところじゃないかと思ってたわよ! 飛鳥が私を褒めるとか、そういう事でしかないもんね、うんうん!」
「ちなみに、無駄を削ぎ落としたような体だとか、筋肉以外で体重を増やさないとか、胸が大きくならないように食事管理も含めて気を遣っているのだとも言って褒めていたな」
「そ、そうなんだ~……ま、まあ、評価してくれてるって事で、捉えておこうかしらね……あははは……!」
少し硬めの不自然な笑顔で乾いた笑い声を上げたまま、角華は後ろを振り返ってから、玉守に聞こえないようにぶつぶつと呟く。
「(……う~……微妙な褒め方してくれるわね、飛鳥……む、胸に関しては、逆の意味で頑張ってるけど、成果が出ないだけなんだってのに、もう……セクハラって訴えづらいじゃない……)」
「……ん? 何か言ったかな?」
「うっ……! な、何でもないわ! さ、さぁてそれじゃ飛鳥の事、見張りに行ってくるわね! また風鈴ちゃんとか香子ちゃんに怒鳴り散らしてたら止めないとだし!」
玉守が声を掛けると、角華は慌てて答えた後、そそくさと逃げるように飛鳥と同じ方向に走って行ってしまう。
その後ろ姿を眺めながら、やれやれといった様子で玉守は肩を竦める。
(全く……今のところは、大和君が何者かとかEXSがどうこうとか言うよりも、メンバーの安定感を心身共に上げていく方が先決だな……さしあたって飛鳥にはまず、常に落ち着いた思考を心掛けてもらうか。そうすれば、戦場でも私生活でも、ボッチなどと呼ばれる事も無くなるだろうからな……)
話の内容こそ聞き取れなかったものの、角華の気持ちは理解している玉守は心情を察する。
そして今後の事を誰に話すでもなく胸に秘め、自身も部員達のところに向かう。
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