風鈴対角華 対決によって深まる謎……

 フィールドの扉が開かれてからの角華の動きは、とても速かった。

 障害物や壁の間を縫うように、フィールドの半分くらいまで駆け抜けていく。

 角華の初見での選択は、速攻だった。

 風鈴の性格を考え、最初は慎重に進む可能性が高いと踏み、一気に距離を詰めていく。


(風鈴ちゃんを素人扱いしないと決めた以上、最初から全力で勝ちに行く! そうする事で、風鈴ちゃんの実力を測れるだろうから!)


 自分の持ちうる戦術を駆使して本気で倒しに行く事こそ、相手に対する礼儀であり、相手を知る事にも繋がる。

 まあ、他のプレイヤーも同じように考える事だろうとは思われるが、その例に漏れず優しくも真面目な角華らしい認識である。

 フィールド半分から先を進む際は、一転して動きを抑える。

 物音を立てず、気配も悟られないように、呼吸にすら気を配る。

 隠れながら進む時も緩みなく、その障害物一つ先に相手がいることを想定しながら、注意深く進攻を続ける。


(そろそろ、風鈴ちゃんの気配があっても良い頃かな……)


 角華は自分の銃の銃口を前方に向けながら、出会い頭にも対応出来るように備える。

 角華の使う銃は、コルト M733コマンド。

 アメリカのコルト社が開発したM16シリーズのバリエーションの一種で、全長を短く軽量化した短縮型。

 特殊部隊用に開発され、アメリカ陸軍の特殊部隊とされるデルタフォースで扱われてきた事でも有名な名銃の一つ。

 リトラクタブル・ストックというストック部分の長さが調節出来る機能があり、体格に応じて合わせる事も可能で、角華も自分の使いやすい長さに調節して使用している。

 すぐ撃てるように手はあまり力まず、前後左右に意識をして通路を進む角華、障害物から通路の先を覗き見ようとした時、少し離れたところからの連射音を聞き、反射的に身体を反らして後退する。


(……っ! ターゲット、風鈴ちゃんの存在確認!)


 身を隠しながら、周囲の警戒を強める角華。

 〔S・S・S〕の実働により、極端な末端の身体部位でなければ当たり判定が取れるようになり、連動して接続されているベストが赤く変化が起こったり、ゴーグルの視界が薄赤くなったりして被弾を知らせてくれる機能を備える装備が増えてきた。

 今はまだ、角華の装備には被弾を知らせる変化は起こっていない。


(……私、見つかったかな? 細心の注意を払って来たつもりだったけど……)


 射撃音の意味を角華はそう解釈し、ルートを変えて進む事にした。

 やがて風鈴がいたと思われる位置まで到達した角華だったが、そこに風鈴の姿は発見出来なかった。

 しかし、角華に焦りも無かった。

 移動するなどサバゲーの常であり、音がしたからと言ってもその場所にいない事は珍しくない。

 だが、いる方角と大体の位置を音から判断する事も出来るので、その周辺にいると想定していけば、急な鉢合わせにも対処はしやすい。

 角華は攻めの姿勢を崩さず、引き続き警戒をしながらも素早く移動を続ける。

 通路を進んでいると、再び射撃音が少し離れた壁の向こうから響くが、これは角華もそこまで気にはしなかった。

 音の位置的に角華の動きは壁に隠されているはずであり、風鈴からは見えていないだろう。

 目的無く撃ってしまうミスの可能性も考えられた。


(複数いるならまだしも、一騎打ちだしね……風鈴ちゃん、操作ミスでもしたかな? くすっ!)


 素人扱いしないと決めたはずなのに、風鈴が銃を誤って作動させ、慌てる様子を想像してしまい、角華もつい笑みが溢れてしまう。

 頭を軽く振って気を引き締めつつ、自分の気配を消しながらも風鈴の気配は探りながら進む。

 たまに射撃音が聞こえては警戒しながらそちらに向かうが、風鈴の姿を見かける事も無く……


(……どうして!? さっきから音は確認出来てるのに、何で見つからないの!?)


 その状況が何度も続き、さすがに角華も異変を感じ取る。

 壁の影から覗くように注意深く確認し続けながらそれなりに時間も経過しているが、障害物から障害物の間を移動する風鈴の動きすら見えてこない。

 思い出したかのようなタイミングで、射撃音が付かず離れずのような距離感で聞こえては来るのだが、聞き取った場所に向かっても風鈴の姿はどこにも無い。

 確かに警戒しながらだと動きは遅くなりがちになるだろうが、それは風鈴も条件は同じ。

 いつどこから攻め込まれるか定かではない中で、多少なりとも緊張感があるフィールドをそれほど速く移動出来るものでもないだろう。


(風鈴ちゃん、一体何をしていると言うの!? ここまで戦況が読めないなんて初めてだわ……! でも、このままじゃ らちが明かない……こうなったら……!)


 一向に風鈴を捕捉出来ない状況を切り開くため、角華は賭けに出る事にした。

 今までと同じように、息を潜め、気配を消しながら耳を澄ませる角華。

 しばらくして、再び聞こえる射撃音。

 聞いた瞬間、その方角に向けて飛び出し、通路を一気に駆ける。

 相手に見つからないように隠れながら進む慎重なスタイルを捨てて、被弾覚悟で相手を探りに入る。


(何か、飛鳥が突っ込んでいくのを真似るみたいで褒められたものじゃないけど……! とにかく風鈴ちゃんを見つけないと!)


 戦争を模したサバゲーのルール上、一発当たれば死……という意味合いでフィールドから退場を余儀なくされるが、別に被弾しても死ぬ訳ではなく、模擬戦である以上は戦績に反映される事もない。

 角華が慎重なスタイルを貫いていこうとしてたのは、サバゲーそのものに対する角華なりの礼儀でもあった。

 だが、今は風鈴の行動を理解する意味もあり、何かしらの収穫を得るためにも踏み込んでいく事を角華は決断した。


(……確か、最後に音が聞こえたのはあの壁の向こう!)


 走りながらM733を構えて撃つ準備をしてから、角華は壁を越える。


(……いた! 風鈴ちゃん!! …………あれ?)


 ようやくターゲットの風鈴を発見した角華だったのだが、その姿を見て、撃つのを止めてしまった。

 今の風鈴はというと、


「……はぁ! ……はぁ! ……はぁ!」


 着ている迷彩服を汗でビッショリに濡らし、息を切らして肩を上下させながら、しゃがみこんでいた。


「……え~と…………風鈴ちゃん、大丈夫……?」


 角華はその悲惨な姿を晒す風鈴に、見つけたら狙い撃つのが鉄則であるにも関わらず、弾よりも先に声を掛けていた。


「……はぁ! ……はぁ! ……す……すみ、ません……! ……はぁ! も、もう……はぁ! ……こ、降参、しますぅ~……」


 それだけ言って力尽きたように地面に倒れ込んでしまう風鈴に、


(……え~~~……)


 角華は、掛ける言葉が見つからなかった。



 ※  ※  ※  ※



 メンバーの待つフィールド外の安全地帯、そこにあるフィールド使用中のランプが消灯する。


「……あ! 終わったみたいです!」


 香子が、すぐに反応した。

 それから少しして、風鈴と角華が一緒に入ってきた。


「姫野宮先輩! 風鈴ちゃん! お帰りなさい!」

「うん、ただいま! 香子ちゃん、スポーツドリンク持ってきてくれる? 風鈴ちゃん、凄く汗かいちゃって……」


 疲労と汗でクタクタな風鈴を見て、香子は目を丸くする。


「か、風鈴ちゃん大丈夫!? 本当に凄い汗じゃない!」

「……ううっ~……お、お水……」

「戻ってくるまでに、私が持ってたドリンクはあげたんだけど、私の飲みかけだったし、量もそんなに無かったから……」

「わ、分かりました! すぐ持ってきます!」


 スポーツドリンクがたくさん入れてあるクーラーバッグを急いで取りにいって持ってきた香子、ペットボトルを取り出して風鈴に渡すと、風鈴も急いで蓋を開け、すぐに飲み始める。

 グビグビと喉を鳴らしながら勢い良く飲み干してしまう風鈴。


「……はぁ~~~……生き返るぅ~~……」

「よっぽど動いたんだね、風鈴ちゃん。凄い飲みっぷり……」

「うん……最初に持たせてくれたのも飲みきっちゃって……」

「……典型的な運動不足だな」


 冷たい感情を含む声を聞き、風鈴と香子はハッとして振り返ると、言葉と同じく冷たい視線を向ける飛鳥がいた。


「……お、忍足先輩……」

「……最初見た時からだらしない体型だとは思ったさ。普段から運動らしい運動してこなかったんだろ? それだとしても、テメェだけで勝手に遊んでやがるだけなら、趣味でやる程度なら何も言いやしないさ。だがな、テメェはそんな体型で昨日、おかしな記録作りやがったんだ」


 椅子からゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと風鈴に近付く飛鳥に、風鈴は後退る。

 普段、勢いのある感情と言葉が多い飛鳥だが、それだけにこの動きには重みがあった。


「……それでも昨日みたいな活躍か? 俺は全然信じちゃいねぇが、それが可能なら角華にだって勝てたろうよ……そんなものを拝ませてもらえりゃ考えも変わったかもしれねぇがな。結局はその ざまかよ……」


 飛鳥は風鈴の装着しているベストを見ていた。

 ベストは、ヒットを示すように赤く染まっていた。


「……今このフィールドじゃセキュリティがかなり強く設定してあるからな、イカサマは使えねぇ。そんな現状でまともに戦えもせずに終わったとなりゃ、つまりはそれが千瞳……テメェ本来の実力ってこったろ? 昨日はやっぱり何らかのイカサマしやがったんだろうな……おい、どうなんだよ? はっきり答えねぇと……」

「……あ、あうぅ……!」

「ま、待って飛鳥!」


 言葉もキツいが表情にも凄味を増して風鈴に近寄る飛鳥と、恐怖に震える風鈴の間に角華が慌てて割り込む。


「おう角華。ご苦労だったな。お前の役目はこれで終わったな。後は俺がコイツをきっちり問い詰めてやっから、向こうで休んで……」

「だから待ってって言ってるの!」

「あ? 何を待てってんだよ? もうコイツを庇う義理もねぇだろ?」

「庇うとかどうとかの問題じゃなくて! ちょっと気になる事があるの!」

「……気になる事?」


 飛鳥が首を傾げるのをそのままにして、飛鳥の剣幕にまた怯える風鈴と向かい合う。


「ねえ風鈴ちゃん? 今さっきの風鈴ちゃんの行動記録を見たいんだけど良い?」

「行動記録、ですか?」

「そう。それと私の行動記録と合わせれば、お互いにどういう風にフィールドを動いたか確認出来るのね」

「私は大丈夫です! ただ、やり方が分からなくて……」

「今からやり方は教えてあげるし、任せてくれれば今回のは私がやってあげるからね!」

「お願いします!」

「オッケー! じゃあ、まずはこの行動記録っていうところを表示させて、そこに個人のナンバーを入力して……」


 それから、角華はやり方を丁寧に教えながら生徒手帳の行動記録の項目を進めていく。

 二人のやり取りを、メンバーは微笑ましく見つめている。


「……お前ら、何笑いながら見てるんだよ?」

「いやぁ~姫野宮先輩って、いつも教え方が優しくて良いな~って思ってるんすよね!」

「私も、姫野宮先輩から色々教えて貰えました! 本当に優しいですよね~!」

「「ヒメスミ先輩は! 優しいにょ~!」」

「……まるで俺は優しくねぇみたいに強調しやがって……! ちっ!」


 角華と比較されているのが気に食わないように、飛鳥は不機嫌そうな舌打ちをする。


「……うん、出て来た! じゃあ見てみようか! 風鈴ちゃん、みんなにも動き見てもらう感じでも大丈夫?」

「はい! 大丈夫です!」

「分かったわ! みんな、準備して!」


 角華の掛け声に、元々の部員メンバーが慣れたように動き出す。

 椅子や机を並べ直し、部屋の中にあるプロジェクター、スクリーンを設置していく。

 準備が完了し、メンバーは席に座り直し、角華はプロジェクターに生徒手帳を繋ぐ。


「これで、スクリーンに私と風鈴ちゃんの動きが投影されるわ」

「うわぁ~すごいんですね! こんな事も出来るんですか!」

「プロジェクターとかは元々あったりするんだけどね。それをサバゲーの戦略解析用に使えるようにしてあるのね」


 言いながらも角華は操作を続け、行動記録のデータを呼び出す。

 〔DEAD OR ALIVE〕のフィールド全体が俯瞰図のように映し出されている。


「……あれ? これって……」


 それを見て風鈴は何か気付いた様子。


「どうかしたの? 風鈴ちゃん」

「これ、昨日とかさっきも見ました!」

「……えっ?」


 その意味を、角華は理解しかねた。


「えっと、風鈴ちゃん? 昨日とかさっきも見たって……行動記録見た事あるの? 見方分からないんじゃなかったの?」

「いえ、行動記録とかは分からないんですけど、フィールドにいる時……」

「おい! 何ごちゃごちゃ言ってるんだよ! 俺らにも見せるんだろうが! 早いとこ席に着いて大人しくしてろ!」

「は、はいぃ!!」


 飛鳥の厳しい怒鳴りに萎縮した風鈴は、急いで席に着く。


(……行動記録の見方も分からない……でも、見た事がある……他の子に見せてもらったかな? って思ったけど、フィールドにいる時って言ってた……それってやっぱり不正したって事? でもそんな事、私に堂々と言うかな?)


 角華は角華で、風鈴の発言に疑問が広がる。


(……誰かと繋がってたって事かな? それで指示を受けてたというなら辻褄が合う気もするけど……でも、今はフィールドのセキュリティを厳しくして通信制限掛けてて、いつも以上に使えないはずだし、使ったとしても運営に伝わってしまうはず……)

「角華君、何か考え事かな?」

「……えっ?」

「ボォーっとしてんじゃねぇよ角華! お前が自分から気になる事があるって言うから待ってやってるんだぞ!」

「あ、ご、ごめん! 今動かすから!」


 玉守と飛鳥、両者からのそれぞれな追及に角華も急いで行動記録を起動させる。

 映し出された行動記録では人を示すポインターがフィールドマップ上を動くように表示されている。

 ポインターの数は当然ながら参加者の分だけ存在し、対応する番号が振られて参加者が誰か分かるようになっているが、今回は角華と風鈴だけなので二つのみ。


「お~! ヒメスミ先輩、一気に敵陣に進出してるにょ!」

「さすがヒメスミ先輩! Sっ気な強気の攻めだにょ~!」

「ちょ、ちょっと銀羅ちゃん!? 変な言い方は止めてね!」


 若干誤解を招きそうな銀羅の言葉に突っ込みつつ、先ほどの戦況を角華も確認していく。

 角華を示すポインターがフィールドをかなり速く進む様子は、角華が速攻を仕掛けた事によるもの。

 本人はもちろん理解している。

 対する風鈴を示すポインターは、開始早々横にズレる様に動いている。

 前半、直線的に最短の距離で駆け抜けている角華とは対照的に、外側から回り込むような形になっている。

 良い具合に角華に見つからないように立ち回れていたようだった。


(……うん、ここら辺はある程度予想通り……問題なのは、この後から……!)


 ここからは風鈴のエアガンの音が聞こえだし、それを頼りに角華がその方向に向かっていった頃だった。

 角華が進んだ先には、確かに風鈴のポインターが存在した。

 近付いた時、風鈴はちょうど離れる様にポインターが移動した。


(……私の動きに気付いた!? でも、それならむしろ私の事を狙うために待ち伏せしてもいいはず…………えっ、これは!?)


 その後の行動記録では、まるで逃げるかのように風鈴のポインターは角華のポインターに合わせて離れていっている。

 しかも、障害物で隠れて本来なら両者見えてないはずの場所であるにも関わらず、近付かれたらすぐに反応して動き出す。

 そして、角華の追う動きが止まると、風鈴も角華に見つからない位置に止まる。

 エアガンの連射音が時折聞こえたのが何なのか今一つハッキリしないが、ポインターが付かず離れずの動きを見せている以上、角華の動きが把握されているのは明らかだった。

 そして、最後に角華のポインターが距離を詰めた後、ヒットされた風鈴のポインターが赤く染まる。

 リザルトとしては角華の勝利となった訳だが、動きが捕捉されていながらのこの状況は、奇妙という他は無いだろう。


(……これは、私の動きが風鈴ちゃんに筒抜けになってたという事……でも、それなら何で私が勝てた? 私に実力を知られないように隠してたとも取れるけど、あの汗と疲れ具合が演技とも思えない……)


 角華は飛鳥に目配せをすると、それに気付いた飛鳥、無言で首を横に振る。

 運営からも特に連絡が無かったという事は、どこにも干渉されたのでは無いという事であり、不正でも無いという事。


「あ、あの、姫野宮先輩……」


 険しい顔で行動記録を見ていた角華に、風鈴が声を掛けてくる。


「……あ、えっと、何? 風鈴ちゃん」

「……その……ち、ちゃんとやれてなくてすみません!」

「……えっ? ど、どういう事?」


 この言葉自体も角華の想定外なものであり、戸惑いを隠せなかったが、風鈴は続ける。


「せっかく、姫野宮先輩が私にチャンスをくれたのに、私は全然それを活かせなくて……今度は頑張りますから、もう一度だけチャンスをくれませんか!?」


 そう訴える風鈴の表情は真剣そのものであり、偽りは見受けられない。


(……不正をしてるって顔じゃない……ううん、不正という認識が無いだけかもしれない……何にしても、風鈴ちゃんは悪い事をしてるようには見えない……! でも、それならどうして……)


 風鈴を信じたい気持ちと、風鈴のフィールドでの行動の結果に整合性が付かず、角華に迷いが生じる。

 少しだけ悩んだ後、


「……分かったわ。じゃあ、疲れてるところを悪いけど、もう一度頑張ってくれる?」


 笑顔で応じる角華。


「あ、ありがとうございます!」

「ううん。少し休憩してから行く?」

「い、いえ! 疲れは取れたので、すぐに行けます! でもちょっとだけ待って下さい!」


 風鈴は角華を留めてから、


「あ、あの、大和さん!」


 今度は大和に声を掛ける。


「何かな? 千瞳さん」

「申し訳ないんですが、昨日大和さんが貸してくれた銃をもう一度お借りしても良いですか?」

「……昨日貸した銃? それは別に構わないけど……」


 お願いされた大和は自分のエアガンが入ったケースを開ける。

 中には二つのエアガンが入っていた。


「昨日貸した銃というと、スナイパーライフルのL96だけど、大丈夫かな? 今なら俺のメインの89式も貸せるけど……」

「大丈夫です! むしろ、この銃の方が調子が良いです!」

「そうなのか? まあ確かに昨日使っていた訳だし、千瞳さんが良いなら良いけど……」


 大和は風鈴ご所望のエアガン、L96 AWSを取り出して風鈴に渡す。


「ありがとうございます! では行ってきます!」


 礼をしてから、風鈴は角華と共に安全地帯のフィールドに向かう扉に向かう。

 二人がいなくなった後、


「……桂吾。運営までひとっ走りして、もう一度不正が無いか確認してこい」

「り、了解っす!」


 飛鳥は桂吾に命じ、桂吾はすぐにフィールド運営の方に走っていく。


「コイツはマジでエライこったな……不正の報告もねぇにも関わらずこの動き……イカサマじゃねぇとしたら、千瞳のやつは何をしてやがるんだ!?」

「分からないが、少なくとも風鈴君がただの素人ではないという事だけは確かみたいだな。もしかしたら俺達は、人智を超えた何かを見せられてしまうのかも知れないな……」


 行動記録を繰り返し見直しながら、飛鳥と玉守は意見を交わし合う。

 メンバーも様々な推測を展開させる中、


(……人智を、超えた…………はっ! 千瞳さんは、まさか……!! だが、それなら可能性はある!!)


 大和には何か思い当たる事があったようだが、確証が無い今は口を閉ざした……



 ※  ※  ※  ※



 風鈴のベストのヒット判定をリセットさせ、角華は本日二度目となる一騎打ちのため、再びフィールドに降り立つ。

 だが一回目とは違い、今回は最初からかなり慎重に周囲を警戒しながら進む。


(……もし風鈴ちゃんに私の動きが知られているとしたら、警戒したところで意味は無い事になりそうだけど……そもそも、一体どうやって!?)


 何か仕掛けてあるのではと思ってフィールドを観察してみたりもするが、内部はいつも見慣れた風景。

 もっとも、疑うべきものがどういう類いのものなのか絞れてもいない現状では、何を見ても判断はしづらいだろう。


(行動記録は見た事があったって言ってた……行動記録は俯瞰図として上空から見たもの……って事は、ドローンみたいなものとかでの空撮!?)


 次に、上を見渡すが怪しい飛行物体は存在しない。

 今までに無い緊張感を振り払うように角華が頭を軽く振った時だった……

 体に何かが当たった感覚がした。

 気付いた時には、角華のベストが赤く染まる。

 つまり、風鈴にヒットを取られたという事。


「うっ、嘘っ……!! まさか、こんなに早く!? 一体どこから!?」

「あ、あの~……姫野宮先輩?」


 名前を呼ばれてハッと声の方を振り向くと、ちょっと離れた障害物の影から、風鈴がひょっこり顔を出す。


「こ、こんな感じで大丈夫でしょうか!?」


 自信なさげに風鈴は聞いてくるが、角華は驚愕に固まってしまい、答えるどころでは無かった。


(……は、早すぎる! まだ5分も経ってないのに!!)


 角華が驚くのも無理はない。

 〔DEAD OR ALIVE〕というフィールドは昨日飛鳥が自慢していたように、広大過ぎると言えるものではないがある程度人が多く居ても窮屈には感じない広さは確保された敷地面積。

 およそ数十人から、その気になれば百人位が入り乱れてもゲームが成り立つ。

 それだけの広さを、たった二人だけで使うという贅沢な使い方をしている事になるが、これだけ人数が少ないと逆に相手を見つける事自体が難しくなってきたりもする。

 お互いに左右反対のルートを使ったら通り過ぎてしまう可能性すらあり、一回目に角華が早めに風鈴をヒット出来たのは、角華の日頃の努力や経験、そして幸運があったからと言える。

 風鈴の素人感、そして運動向きでない体型などを考慮すれば、ここまで正確かつ理想的な速攻を成し遂げるのは本来不可能だろう。


(……もう間違いない……風鈴ちゃんは、私の動きや位置を確実に捉えている……! でも、その方法が未だに分からない……)


 恐る恐る近付いてくる風鈴に、角華はいつものように人を安心させる笑顔で迎える事が出来なかった。

 ただ、じっと風鈴を見つめ続けるだけ。


「……あの……姫野宮、先輩?」


 風鈴は風鈴で、何も言わない角華を不安そうに見つめ返す。


「……とりあえず、戻ろうか……風鈴ちゃん」

「は、はい……」


 そうとだけ言って、安全地帯のメンバーの元に戻るまで、お互いに何とも気まずい雰囲気で無言のままだった……



 ※  ※  ※  ※



 二回目の一騎打ちがとてつもなく早く終わった事は、フィールド使用のランプが消えた事でメンバー達にも伝わっていた。

 角華達が戻り、角華のベストが赤くなっているのを見たメンバー達もまた、口を閉ざして何も話せなくなっていた。


「忍足先輩、今戻りま……! っとと!」


 間が良いのか悪いのか、桂吾もこのタイミングで戻ってきた。


「桂吾」


 一時的に注目が集まる桂吾に、飛鳥が問いかけるように呼び掛けると、それを察知しつつ、桂吾は首を軽く横に振る。

 つまり、運営は今回も不正を感知しなかったという事。


「……ねえ、風鈴ちゃん」


 ここまで来て、角華がようやく口を開く。

 既に、最初からの明るさは感じられない。


「……私、風鈴ちゃんは、不正なんて絶対にしない子だって、信じたかったの。だから、敢えて無理に聞こうとも思わなかった……結局、不正の判定もないみたいだから、それは正しかったんだと思う……でも、ここまであからさまな結果になって……私…………風鈴ちゃんの事が、分からなくなっちゃった……」


 角華を始め、ここにいるメンバーが思う事……

 風鈴という少女の未知なる部分、その謎……

 それが、この場の重苦しい雰囲気に通じていた。


「……風鈴ちゃん。あなたがもし、不正をしていないって誓えるというのなら、聞かせて欲しいの……どうして私の動きがまるで……見えてしまっているかのように分かるのか…………答えてくれる?」


 角華が、風鈴の謎の核心に問いかける。

 メンバー全員が注目し、答えの内容を様々に想像しながら待つ。


「……あの……姫野宮先輩は……」


 やがて、風鈴はそれに対して、


「……見えて、ないんですか??」


 逆に、不思議そうに質問し返してきた。

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