公式戦後のそれぞれの状況、そして翌日……

 部活終わりの帰り道、新河越高校メンバーは揃ってとある場所で食事をしていた。

「スタミナ盛り増し亭」というところで、「スタ盛り」「スタ増し」等と呼ばれ親しまれる食べ放題系の店だ。

 メインの焼き肉の他、サラダやフルーツ、スイーツにドリンク等々、豊富なラインナップにして、良心的な価格帯なので家族連れに人気がある。

 学生にも人気があるが、安さだけなら牛丼チェーンに比べて割高になるので、一定以上食する人でなければお得感を実感出来ないだろう。

 一番食べるのは誰かと飛鳥が勝負を持ちかけては角華に怒られ止められるという、らしいやり取りもあるなか、意外にも風鈴がかなり食べるという事が判明した。

 美味しそうに肉を焼いては食べて、焼いては食べて……を繰り返してメンバーの中で一番になってしまい、「たくさん食べるからこんな立派に育ってるにょ~!」と、銀羅からセクハラを受ける羽目になるが、メンバー達は総じて楽しい時間を過ごせた。



 ※  ※  ※  ※



「「「「「ご馳走様でした!」」」」」


 定番の感謝を、後輩全員が三年の先輩達に声を揃えて送る。


「おう。今日は特別だからな、明日からまた訓練でビシバシしごいてやっからな!」

「今日はお疲れ様ね、みんな!」

「道中、気を付けて帰るようにな」


 三年との別れ際に頭を下げて礼をし、後輩達は帰路につく。


「……ったく、俺が奢るって言ってんのに、お前らまで一緒に払う事無かったろうによ」


 後輩がいなくなってから、飛鳥はボソッと溢す。

 会計の際、角華と玉守も支払いを申し出て三年での割り勘となったのだった。


「強がってるんじゃないの、飛鳥。アンタ、そんなに多く手持ちがある訳でもないでしょ?」

「そうだぞ。俺達にとっても可愛い後輩だからな、たまに奢る位はわけないさ」

「何だそりゃ。奢ってやれだの、自業自得だの、散々言ってたじゃねぇか?」

「それは実際にアンタが勝手に決めたりするのが悪いんじゃない。だからその埋め合わせをする責任は果たしなさいって事だったんだからね」

「はぁ……そうかよ……」

「でも……」


 ため息をつく飛鳥を横から覗き込む角華。

 どこか嬉しそうな微笑みで見つめる角華と目が合い、飛鳥は慌てて顔を背ける。


「な、なんだよ!?」

「アンタの事、少し見直しちゃった! 後輩の子達にああやって優しく接してあげられる一面もあるんだな~って!」

「いつもスパルタで独善的なイメージが多かったからな、ギャップからくるイメージアップというところか」

「う、うるせぇな! 別にイメージアップとか見直される程の事じゃねぇよ! 俺なりに必要だと思ったからやったんだよ!」

「必要?」


 角華が問い返すと飛鳥は空を見上げ、しばらく口を閉ざす。

 何か考え事をしているようだった。

 角華も玉守も決して急かさず、飛鳥からの言葉を静かに待つ。


「……俺達の目指す先は、理解出来てんだろ?」


 やがて、飛鳥は再び会話を再開する。


「WSGC、でしょ?」

「そうだ。それに出場する事が、俺達の当初からの目標だった訳だし、それは今も変わってねぇ。それに対して、周りの奴らは無理の一点張りで、俺達が成し遂げるなんて、期待すらしてねぇもんよ」

「『田舎の学生が分不相応な夢を見るなよ』って、良く言われてたよね」

「……だが、それも今日までだ! 赤木が来た事で、これから変わっていける、そんな気がするんだ!」


 見上げていた飛鳥が、二人に顔を向ける。

 いつもと見違える表情、真剣な雰囲気がそこにあった。


「俺達よりも志の高い赤木がいれば、目標に近付ける! もちろん赤木だけにおんぶにだっこなんてみっともねぇ事はさせられねぇ! 俺達も今まで以上に高い目標を持って自分達を鍛え続ける事が絶対に必要になってくるんだ! 今日の奢りは、チーム団結のための、俺なりの先行投資さ」


 真面目に、それでいて熱く語る飛鳥に耳を傾けていた角華、


「そっか、飛鳥の気持ちは分かったよ」


 納得したように頷く。

 向き合う角華も、真剣だった。


「でも、私達だって同じ気持ちなんだからね! 皆と一緒にWSGCに出場したい。だから、飛鳥だけで何とかしようなんて思わないで、私達にも手伝わせて?」

「自分だけで決めるのは飛鳥の悪い癖だからな。良いと思える事なら、俺達だって協力するさ」

「そ、そうかよ! そこまで言うなら、協力させてやるよ!」

「何よ、素直じゃないわね……」


 再び照れて顔を背ける飛鳥に、角華は少し呆れつつも優しく応じる。

 玉守も、そのやり取りを微笑ましく眺める。


「さて、俺はそろそろ帰らせてもらうかな」

「おう。また明日な!」


 帰宅の時間が近付き、玉守が離れる。


「じゃあ、俺達も帰るとするか」


 残った飛鳥が角華を促す。

 この二人は家も近い幼馴染のため、帰る方向は一緒だった。


「あ、待って飛鳥!」


 角華は、帰り支度をする飛鳥を慌てて留める。


「ん? どうした? 何か忘れ物か?」

「うん……ちょっと……」


 留めはしたが、言い出し難いというように言葉が詰まる角華。

 疑問符を浮かべる飛鳥に、


「……あ、あのね? その…………ひ、飛鳥にきちんと聞いておきたい事があって……」

「聞いておきたい事?」

「う、うん……」


 急にモジモジし、雰囲気がいつもと違う角華。


(うっ……! な、なんだよ、角華のやつ、何を言い出す気なんだ!?)


 頬まで染め出した角華に、さすがの飛鳥もその雰囲気に何かを感じ取る。

 幼馴染にして、普段から口喧嘩が絶えず怒鳴り合うような間柄だったために意識してなかったが、角華も全般的に言えばかなり綺麗な部類の美少女。

 互いに落ち着いた状態で見てみれば、いつもの怒り顔のギャップと相まって、相当に可愛く映る。


(こ、これは……! もしかしたら角華のやつ、俺に……す、好きなやつとか彼女がいるかとか、聞き出そうとしてるんじゃねぇだろうな!?)


 周りに人気が無い二人きり、心なしか上気して見える頬に普段とは違う落ち着かない態度……

 そう認識してもおかしくない状況だ。


「あ、あのね飛鳥……」

「お、おう!? な、何だ!?」

「今から聞く事に……正直に、答えて、くれる?」


 上目遣いにそう問われれば、


「……わ、分かった! 正直に、答えてやる!」


 そう返すしかない飛鳥。


「う、うん……それじゃ、聞かせてね?」


 角華が、少しだけ言葉を詰まらせつつも、意を決したように、


「あのね……飛鳥……」


 聞きたい事を、言葉にして飛鳥に伝える……


 この二人が、この後どのような結果となったかは、翌日の部室にて明らかになる……



 ※  ※  ※  ※



 新河越高校メンバーが食事の集いから解散し、ちらほらと帰宅していく。

 大和も一人暮らしをしている自分のアパートに到着した。

 自室に入り、今日の公式戦の戦績、リザルトを確認するために生徒手帳の画面を操作する。


(本当なら、試合が終わってからすぐ確認して情報を共有しておけたら良かったのだけど……忍足先輩が食事に連れていってくれるのを曲げてまで押し通す事でもないからな……)


 今日の事を思い出し、ちょっとだけ困ったように笑いながら、大和は目当ての情報を探し続ける。

 公式、非公式に関わらず試合を行ったら、その日の内にリザルトをチェックして内容を考察するのが大和の決め事。

 それで作戦全体や、自身とメンバーの動きを見直して反省したり改善点を探して次に繋げる。

 本来ならそういう認識で見るのが通常なのだが、今日に関しては別だった。


(……今日の公式戦……何か、しっくりこなかった。確かに、パーフェクトゲームを達成出来た事は喜ばしいけれど、それは俺自身の功績じゃない……)


 大和が確認したかったのは、自分のチームの誰が、相手チームのメンバーをどれだけ撃破したか、である。

 今日の公式戦のデータは逐一記録され、自分チームのデータなら生徒手帳からいつでも引き出す事が出来る。

 また、相手チームとの合意があればデータ交換によりお互いのチームメンバーの動きを上空から見るような 俯瞰図ふかんずの形で確認する事もデータ上可能になったので、親交がある間柄ならば相互の戦術状況を研究する、という使い方もある。


(俺が、自分でヒットを狙えたとはっきり覚えているのは二人……最初の一人と、リーダーの金蔵さん位だ。それ以外はいない。二人しか狙えていないのに、そのおかげでパーフェクトゲームを達成出来たなんて言える訳が……お、あった!)


 操作を続け、ようやく確認したいデータの数値が見れるところまで進めた大和、今日の公式戦の戦果を確認……


(……!! そ……そんな!! こ、これは……!!?)


 そこに映し出されたデータが示す衝撃の事実に、大和は言葉が出なくなってしまった……



 ※  ※  ※  ※



 更に同じ頃、別のある者にも異変が迫ろうとしていた。


「……くうぅ~……!!」


 自室のベッドに突っ伏し、金に染めた自らの頭をかきむしる男、金蔵。


「……ううう~……!! や、やっぱり、納得いかない……!!」


 寝たまま仰向けに振り返る金蔵の顔は、普段から自慢しているクールさが微塵も感じられなかった。

 本人の自己分析によるところなので、そもそもクールに見えるかどうかは定かではないが。

 納得いかない、というのはやはり今日の公式戦の結果についてだ。

 パーフェクトゲームで負けたという事実は、金蔵にとっても酷くプライドを傷付けられたものだった。

 しかも、とてつもない格上相手ならまだしも、実力が拮抗していたはずの相手であり、それが顔見知りな幼馴染のチームとくれば尚更であった。


(いかにあの赤木という新参者が優れていたところで、すぐパーフェクト取れるなんて普通では考えられない……しかも、あそこまで早くメンバーがヒットされるなんて…………くそっ……!! 普通に相手していたなら、すぐにでも審議を申し立てていたものを……)


 歯をギリッと噛みしめて悔しげな顔を強める金蔵。

 どこか、別の意味で後悔をしているようにも見て取れる。


(……とにかく、次以降だ! どこかで再戦の機会を設けよう! そして、その時こそ審議してもらおう! きっと、何らかの不正をしたに決まって……)


 やや興奮気味にバッとベッドから起き上がり意思を固めようとした、正にそんな時であった……


 自分の生徒手帳から、受信の音が鳴り響く。


「ん、何だ? こんな時間に……」


 金蔵は生徒手帳を手に取る。

 最初はメンバーからの連絡が来たかと思った金蔵だったが、そんなレベルではない存在からのメールであった。


「……! WSG競技連盟からの、緊急通告……!?」


 送り主は、サバイバルゲーム運営を統括するWSG競技連盟、その日本支部からの連絡だった。

 金蔵は驚いたように、そのメールを開いて中身を確認……


「……なっ!! そ……そんな……!!」


 更に大きく目を見開き、驚愕のために生徒手帳を床に落とす金蔵。


「……こ、こんな、はずでは……!!」


 呆然と、己もまた、膝から床に崩れ落ちる。

 金蔵に届いた内容は、サバイバルゲームをメインとする者にとっては致命的とも言えるものだった……



 ※  ※  ※  ※



 翌日……


「千瞳さん、浩介。おはよう」


 大和は、教室に到着してすぐにクラスの友人の元に向かい、挨拶をする。


「あ、大和さん! おはようございます!」

「おはよう大和!」


 風鈴と浩介も元気に挨拶を返す。


「いや~昨日は久しぶりのサバゲーで、気を張ってて疲れたもんですぐに寝ちゃったよ……って言っても、あんまり活躍してもいないんだけどさ」

「私は初めてのサバゲーでとっても楽しくて、興奮してすぐには寝付けなかったです! まだまだ知らない事ばっかりで、もっと色々教えてもらいたくなっちゃいました!」

「……そうか。それなら、それで……」


 お互いに温度差のある感想を大和に伝えてくるが、当の大和は反応が薄かった。


「ん? 大和、どうかした?」

「あ、ああ。いや……」

「元気無いですね? 何かあったんですか?」

「元気無いという訳ではなくてね。ただ、ちょっと考え事をしてたもので……」


 二人から心配されて否定はする大和だが、しばらく考えてから、


「……二人とも。今日も、部活に出てもらっても良いかな?」


 そう答える。


「実は部員の人達も交えて話したい事があってね。二人にも是非とも参加して欲しいと思ってたのさ」

「えっと、私は大丈夫ですけど……」

「ん~……俺も別に帰宅部だから問題ないけど……」

「ありがとう。じゃあ、終わったら一緒に行こう」


 それだけ話し、自分の席に戻る大和。

 風鈴と浩介は、不思議そうに顔を見合わせる。


「……? 大和さん、思い詰めたような顔をしてましたけど、話したい事って何でしょうね?」

「何かは分からないけど、よほど重要な事なんだろうね、きっと……というか、既に部員として馴染んでるように見える辺り、大和ってすごいよね……」

「そうですね、さすが経験者ですね!」


 風鈴はにっこり賞賛していたが、浩介はちょっと困ったような笑顔になっていた。


(……経験者だとしても、馴染むの早すぎる気もするけど……そして俺の事も普通に部員扱いなんだよな…………帰宅部でする事なくて暇だから良いけどさ……)


 人が良いのか、自己主張が無いのか、反対する事もなく流されるままの浩介。

 彼に活躍の道があるかどうか、見出だす材料は、現状では残念ながら無い……



 ※  ※  ※  ※



 授業も終わり、ようやく部活の時間。

 サバイバルゲーム部の部室に向かおうと教室を出た大和達三人は他の二年メンバー、金瑠と銀羅、桂吾、香子とも合流し、大勢で部室に行く事となった。

 ちなみに、一年メンバーの歩と三年メンバーは大体が先に部室にいる事が多いという。


「玉守さんは、先生から頼まれ事をされたり、他にやる事あったりで遅くなるけど、忍足先輩と姫野宮先輩はいつも早い内から部室にいたりするのね」


 大和ら新入り三人(主に風鈴)にそう説明するのは香子。

 今は部室への道に向かう途中。


「三年の先輩達ってそんなに早いの?」

「もちろん、二人も用事あったら別だけどね。でも、そうでもない限り、私達より遅く来たのを見たことなくて……」

「サバゲーが好き過ぎな上に真面目過ぎなんすよね~先輩達。ま、俺達も大好きだけど、三年メンバーの三人は情熱半端ないっすからね」


 桂吾も香子の補足をしながら会話に加わる。


「そして、歩君も早いとか」

「そう!! 自分が一番年下の後輩だからって、雑用を出来るように早めに部室に向かうの!」


 歩の話題になった途端にテンションが変わる香子。

 心なしか、目がキラキラ輝いている。


「歩君はね、すんごく頑張り屋さんで才能もあって優しくて気配り出来て頭も良くてカッコ良いのに可愛くて……」

「す、すごいんだね? 歩君って」

「私の自慢の弟だもの! 本当なら部活にも一緒に行きたいところなんだけど、自主的に頑張る歩君の気持ちを尊重して、泣く泣く一人で行かせるようにしてるのね……」


 気持ちが昂ってきたかと思えば落ち込んでみたりと、香子の表情の移り変わりが激しい。


「(そんなに褒めちぎる程のすごさなのかな? 歩君って……)」

「(公認ブラコンな水城ちゃんが言うと評価が偏り過ぎっすけど、確かに歩君は才能あるっすよ! それにやる気もあるし)」

「(忍足先輩も、歩君は見込みあるって昨日言ってたもんな……俺とは大違いか……)」


 正当評価の桂吾から歩の話を聞き、自嘲気味になる浩介。

 そうこうしている内に、もう少しで部室に着くところまで来た一行。

 遠目からではあるが、現在は開かれている部室の扉、そしてその扉を前に男子生徒が一人で立ち止まっているのが見えた。

 香子が先ほどから絶賛しているご自慢の弟、歩だった。


「「むむっ! あれは!」」


 ここに来て、双子が反応する。


「キルちゃんもカッコ良くて可愛いと思うアユムンだにょ!」

「ギラちゃんも頭が良くて可愛いと思うアユムンだにょ~!」


 双子はニッコリ楽しげ笑顔を見合わせ、


「「今日こそ、みんな大好きアユムンに、突撃だにょ~!」」


 ダァ~! と走り突っ込んでいく。


「はっ!! い、いけない! 今まで静かにしてたからキルギラちゃんの事すっかり忘れてたわ!」


 気付いた香子も慌てて後を追う。


「「アユム~ン!」」

「あ、歩君早く逃げて! キルギラちゃんに捕まったら大変な事に……!」


 そのまま飛び込みかねない勢いの双子と、見た目に対して意外と足が速い香子が歩に接近し……


「「ありゃりゃ? アユムン?」」

「あ、歩君?」


 歩の前で、止まる。

 何故なら、歩の様子から異変を感じ取ったからだ。

 開かれた部室の扉から中を見たまま、歩はすごく顔をひきつらせていた。

 何か異様なものを見たような……そんな感じだ。

 双子と香子以外の他のメンバーも追い付く。

 そして、全員が部室の中を歩と同じように覗き込む。


「「「「……なっ!!?」」」」

「「おおお~!!」」


 中の光景に、風鈴は声には出さず驚いた様子を見せ、大和、浩介、桂吾、香子は言葉を詰まらせ、双子は目を輝かせていた。


「よお! お前らも来たかよ!」

「みんな、いらっしゃい! 待ってたわよ!」


 部室の中には、飛鳥と角華がいた。

 香子の話にもあるように、早く部室に到着したというところだろう。

 それ以外には特に変わった様子は無いのだが、問題はその二人の現状だった。

 部室の奥にあるソファーに腰掛ける角華……の、足元で飛鳥は四つん這いになっており、その背中に角華が(靴下履きの)足を乗せていたのだった。


「……え~……その。忍足先輩……何を、されてるんですか?」


 人間フットレストと化した先輩を見て、代表して大和が飛鳥に疑問を投げかける。


「……ふっ、赤木……そしてお前ら……勘違いするんじゃねぇぞ?」


 飛鳥は、疑問に直接答える事はせず、先に前置きから始める。


「こんな事を、俺が好きでやってると思うか……?」

「い、いや、それは……」

「俺が! 自分から! こんな事したいと思ってやってると思うか!?」

「うるさいわね、飛鳥……喚いてるんじゃないわよ……」


 見ているメンバーを威嚇するような飛鳥の背中を踏みつける角華。


「ぐっ……!」

「思ってる訳無いでしょ……だからやらせてるんじゃない……アンタが、こんな無様な姿を後輩の前で晒されて逆に喜ぶようなド変態だって言うなら、むしろやらせてないわよ……」


 飛鳥を見下ろす角華の目はとてつもなく冷ややかで、直接見られていない大和達ですら寒気を感じた程だった。


「……あ、あの……姫野宮先輩、忍足先輩と何があったんですか?」


 大和が続けて問いかけると、


「……飛鳥……貸しなさい」


 飛鳥に手を出して命じる角華。


「……な、何を、だよ……?」

「とぼけてるんじゃないわよ、生徒手帳に決まってるでしょ?」

「……くっ……!」


 飛鳥は歯噛みしながら、胸ポケットから自分の生徒手帳を取り出し、角華に差し出す。

 それをひったくるように角華は受け取り、操作を始める。


(……ああ……忍足先輩、バレてしまったのか……)


 その行動で、大和もようやく合点がいった。

 角華はただひたすら、目的の何かを探していたようだったが、見つけたようで、画面をポンと押す。

 同時に、音量設定も最大まで上げておく。

 すると、


『俺達のチーム、ブラッドレインが負けた時、今日のフィールド利用をキャンセルし、今日から1ヶ月の間はこの〔DEAD OR ALIVE〕では利用しないと約束しよう』


 声が生徒手帳から聞こえてくる。

 この声はブラッドレインのリーダー、金蔵のものだ。

 昨日録音されたものと、誰もが察した。

 そして、


『俺達のチーム、タクティクス・バレットが負けた時……』


 こちらは飛鳥の声。

 この状況から、負けた際の条件を言い合っていたと理解出来る。


『……次以降の対決の時、タクティクス・バレットの女子メンバーにコスプレをさせて参加させる!』


 という、飛鳥の宣言。

 内容はまだ続く。


『飛鳥君、出来たら露出の高いものをチョイスしてくれよ? うちらのメンバーの戦意高揚のためにもね』

『テメェらの事情は知らねぇが、それくらい上等だよ! テメェこそ、フィールド使えないからWSGCのランクに響くとか文句たれやがるんじゃねぇぞ!』

『ふっ、参加しないという意思は、俺の名誉にかけて誓うよ』

『俺も誓ってやらぁ!』


 というところまでで、切れた。


「……分かった? みんな……この最低男、チームが負けた時の責任を、私達女子に負わせようとしたのよ……」


 角華は、飛鳥の生徒手帳を四つん這いの飛鳥の頭の上から落としてぶつける。


「……っ!! い、良いじゃねぇか! 着る服位でよ……仮に負けたとしてもフィールド自体は使える訳だし、結果的に勝ったんだから別に問題……」

「アンタに問題有り無しを決める資格なんてないから……それにそういう事を事前にみんなに明かさないままでいたのも最低だし……」

「そ、それはあれだ! 言えば動揺して勝敗に影響が出ると思ってだな……な、なあ双子ども! コスプレが条件ってどうよ!?」


 飛鳥は横目でチラッと見えた金瑠と銀羅に問いかける。

 双子の答えは、


「可愛いコスプレなら大歓迎にょ!」

「前から着てみたいと思ってたにょ~!」


 とても前向きだった。


「ほ、ほらな! コイツらが聞いたらわざと負ける可能性もあったしな! 下手に追い込む事も無いと思って敢えて言わないでおい……っ!!」


 飛鳥が言い切る前に、角華は足を飛鳥の顔の下に伸ばし、顎から引き上げ口を塞ぐ。


「アンタはもう黙ってなさい……聞く人を間違えてるんじゃないわよ……」


 飛鳥を黙らせたまま、次に角華は大和に目を向ける。


「赤木君、あなたも知ってたんでしょ? 飛鳥と一緒に受付行って金蔵君と会ったんだろうから」

「は、はい」

「聞いてたなら、私に言っておいて欲しかった、ってちょっと残念に感じたけど……」

「そ、それは……その……すいません……」


 大和が顔を強ばらせて謝罪すると、角華はふぅと軽くため息をつく。


「……まあ、赤木君にはほとんど罪はないけどね。赤木君って、部活で先輩後輩の上下関係を重んじるタイプみたいだし。どうせ飛鳥に、口外するなとでも言われたんでしょ? 主に私に」

「……はい」

「こんなバカでも一応先輩だから、先輩命令で逆らえないっていう心情は察するわ。悪いのは全部この最低男のせいだから、赤木君は気にしないでいいわよ」

「そ、そうですか……」


 大和に振った流れのまま、角華の意識は部員全員に向けられる。


「元々いたみんななら知ってると思うけど、このバカが起こした今回の事例もあることだし、もう一度念を押しておくわね。私、コスプレとかそういうのが大っ嫌いなのよ。覚えておいてね?」


 飛鳥以外で居合わせた部員全員がコクコクと無言で頷く。

 本来は返事の方が好ましいと思われるが、有無を言わさぬ角華の迫力に、言葉よりも行動を選ばされたようだった。

 ピリピリとした静寂な空気でさすがの双子もいつもの調子が出ない……と思われたが、


「(コスプレ、興味あったのに残念だにょ……)」

「(さすがに公式戦で手を抜くまでじゃないにょ~……でも、負け条件じゃなかったら良かったのに……)」


 と、思考自体はあまり変わらなかった。

 聞き取った浩介、


(この状況で突っ込みたくはないから言わないけど……条件は、女子メンバーだからな? 金瑠……)


 頭の中で、冷静に突っ込んだ。

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