開戦!VSブラッドレイン戦 その結末は……

 タクティクス・バレットの今回の作戦としては、まず機動力の高い桂吾が大和と共に、敵陣深くまで一気に駆け抜け、突撃していくユニット1。

 これで囮のようにして、一時的に相手を引き付ける。

 次いで、チーム1、2を争うという実力者コンビの飛鳥と角華が一歩引くような形で敵を狙い撃つユニット2。

 そして、別動隊の形で他のルートから攻め入る敵を、安定した戦力の玉守と、コンビネーションに優れた双子でカバーするユニット3。

 それらのサポートという形で、様々な運用が得意な香子が後方支援に回るユニット4という構成。

 本来のプランCでは、桂吾だけが先陣で単独の囮を引き受けて敵を撹乱し、後は他のメンバーの割り振りをする形にしていたのだが、事前の作戦会議の際、


「自分も囮を引き受けます。来たばかりでコンビネーションが安定していない自分が一番の主力と組まれるより、相手を制するための足掛かりに出来た方が今回は勝率が上がると思います」


 という大和の発案、そして後方支援ユニットの不安定感を抑える意味もあり、可能な限り前屈み気味に戦線を展開させられるよう、このような形となった。



 ※  ※  ※  ※



「ん~……」

「風鈴ちゃん、どうかしたの?」

「う、ううん! な、何でもないよ!」


 と、じっと前を見据えて何かを見つめながら唸る風鈴に問う香子。

 名目上は後方支援などと銘打ってはいるものの、ユニット4に関しては風鈴と浩介という初心者二人を抱えている事もあり、戦力としてはそこまで期待されていない。

 あくまでもメインとなるのはユニット1~3の3組。


「元々、後方支援なんてそこまで重要じゃないのね。せいぜい、私が何とかすれば良いだけだし、今のうちに色々見て覚えていけば良いよ! 何か聞きたいなら、本格的な銃撃戦になる前に聞いてくれればすぐに答えてあげるから、何でも聞いてね、風鈴ちゃん!」

「う、うん、ありがとう、香子ちゃん」


 不安げな素人プレイヤーの風鈴を気遣い、経験者らしくサポート態勢万全の香子は自身の愛銃、AK47Sで撃つ仕草を見せながらにこやかに微笑む。

 AK47Sは、様々な状況においても銃を作動させられるよう設計され、1949年に旧ソビエト軍に制式採用された世界一の生産数を誇るアサルトライフルのAK47を、肩に当てるストック部分を折り畳み式にして状況に合わせて使いやすく扱えるように設計したもの。

 元々はストック固定のAK47を使用していた香子だが、運用効率を考えた弟の歩がAK47Sを使うようにした事を受けて、香子もそれに変更した、というのは風鈴が後に聞かされる余談である。


「じ、じゃあ、聞きたいんだけど、良い、かな?」

「うん! 何な……」

「うひゃあ!!」


 女子メンバーの質疑応答は、残りの男子メンバー、浩介の情けない悲鳴で断ち切られる。


「(ちょ、ちょっと浜沼君!? 声大きいよ! 見つかったらどうするの!? というか今の声で他のユニットの皆を驚かせたら大変でしょ!)」

「(ご、ごごごごめん! で、でも、い、今……! そ、そこが動いてて……!! もしかして敵襲かもって……!!)」

「(もう、落ち着いてよ浜沼君! 男子のくせに情けない……ごめんね、風鈴ちゃん! すぐに確認して戻ってくるからちょっと待っててね!)」

「(あ、うん……)」


 茂みの揺れに驚いている浩介を、香子は呆れながら対応している。

 残された風鈴はまた前を見ながら何か悩んでいたようだったが、決意したように無言で頷き、動き出す……



「……あ~……びっくりした~……ネコとかかな? あれ……」

「浜沼君、本当にビビり過ぎ……今始まったばかりでいきなりそんな近くに相手チームが潜んでる訳ないじゃない。そもそも、あんな分かりやすい隠れ方する人なんて普通いないわよ。私は風鈴ちゃんのサポートに集中したいんだから、しっかりしてよ。男子でしょ?」


 ようやく落ち着いた浩介だが、香子はやや不機嫌気味。

 浩介の方は、緊張から勘違いしたという事で解決はした。


「今後は極力静かに対応してよ? 本来、相手に見つかるかもしれない前線じゃ無駄口叩けないんだからね?」

「……善処します」

「分かればよろしい!」


 少しだけ満足そうに頷いてから振り返り、


「ごめんね、風鈴ちゃん、お待たせ! 聞きたい事あるんだよね? 何が分からない……の、かな……」


 先ほどの続きを聞くつもりだった。

 しかし、その風鈴は……


「……か、風鈴ちゃん……?」


 気付けば、どこにもいなかった。



 ※  ※  ※  ※



 先頭を進む大和と桂吾は素早い動きで木材の壁の影に身を隠し、顔を少しだけ出して敵陣方向を注意深く観察する。

 動きが見えないと判断するや、再び素早く壁の影から影に移る。

 少しずつ、しかし確実に相手との距離は縮まっている事だろう。

 見えない障害物から、いつ誰が出て来ても良いように、89式を構える大和。

 桂吾も自らのエアガン、Vz.61を前に向ける。

 Vz.61はサソリを思わせるストックからスコーピオンという別称を持つサブマシンガンをモデルにしたもので、取り回しの良さから主に室内戦場で強さを発揮するエアガンではあるが、屋外戦場でも性能は高い。

 もっとも、射撃性能そのものより、軽量コンパクト好きな桂吾本人の好みによるところが大きいチョイスだという。

 二人は気配を消して、相手の出方を静かに待つ。

 いくら陽動を目的にしているとはいえ、簡単にヒットを受ける訳にはいかない。

 木箱を組んだ障害物の左右から先を覗き見る。


(……そろそろ、相手からの動きが見えても良い頃……俺と同じランクAの実力と采配がどれ程のものか、見させてもらいますよ、金蔵さん!)


 こんな時でありながら、気分が高揚してきた大和。

 サバイバルゲームでどれだけ強い相手でも、大和は臆せず戦い続けてきた。

 むしろ、強い相手ほど、勝敗に関わらず得るものがあると考えてすらいた。

 同じランクであっても、アプローチの仕方は人によって違う。

 上位ランカーの戦い方を色々と見ていき、それを糧に吸収していきたいというのがサバイバルゲームで大和が求めるものだった。

 だが、当然ながら勝利を優先して求めていかなくてはならない。

 勝ちを得るためにも、自身に与えられた役割を果たしたいところ。

 どんな隙も見逃さないように、大和は様々な方向に気を配る。

 すると、少し先の壁のところから僅かに迷彩服が覗いているのが見えた。

 考えるよりも先に、体が反応した。

 その迷彩服に狙いを定めて、迷いなく引き金を引く。

 連続する発射音を響かせながら、大和の89式は連射弾を撃ち出す。

 その弾は狙い違わず迷彩服に当たる。

 当たってからしばらくして、その相手が手を挙げて壁から出て来る。

 特殊ベストが赤に染まった事から、ヒットを確認。


(よし、まずは一人、撃破確に……ん?)


 他にも敵がいると想定して油断なく構え続ける大和は、ヒットした相手の隣から出てきたもう一人を見て、片眉を上げる。

 出て来たのも相手メンバーの男子なのだが、その男子のベストも赤く染まっている。

 つまり、ヒット済みという事。

 しかし、大和からは見えない位置にいたプレイヤーであり、自身で当てた認識も無い。


(……もう一人か二人いる、という想定はしていた……だが、既にヒットされた後、か……)


 大和は隣で構えたままの桂吾に目で問いかけるが、理解した桂吾も首を横に振る。


(……桂吾も当てた覚え無し……いや、元々桂吾はエアガンすら撃っていなかった。これだけ近いんだ、撃ったかどうかは見るまでもなく音で分かる。他のメンバーが狙ったはずだが、俺以外に撃った音が聞き取れなかった……これは一体……)


 と、大和が疑問を感じ始めた時、後方から射撃音が鳴り響く。

 見ると、他のメンバーが固まった相手チームを発見したようで、そちらと交戦を始めた様子。


(……まあ、深く考える必要はないか。今は公式戦だからな。余計な思考より、相手をヒットしたという事実だけ気にしていれば良い。誰が狙ったかは、リザルトの詳細で確認出来るからな)


 そう納得した大和は、近くにいるメンバーの援護に回ろうか、そのまま進むべきか思案したが、トランシーバーから玉守の声が聞こえてくる。


『……こちらユニット3、玉守よりユニット1へ。現在、こちらが交戦中の状況を考慮して、ユニット1にはフィールドを周回し、指揮官撃破の任に回って欲しい。相手を全て把握してはいないが、金蔵は恐らくこの中にはいない。あの男は見た目は派手でも、隠密的に動くのを得意としている。頼むぞ!』


 玉守からの指示が、大和達に伝えられる。

 返事をする前に別の通信が入る。


『……こちらユニット2、姫野宮。私達の方も金蔵君は確認出来なかったわ。彼が相手チームの中で一番の戦力だから、倒せればほぼ勝てるはず! 今はちょっと動けそうにないから、お願いね!』


 そして更に、別の通信。


『……こちらユニット4、水城です。私の方でも金蔵さんは見つかってません』


 他ユニットからの目撃情報も受け、各方面のある程度の状況は大和も認識した。

 香子からの報告が終わり次第、大和も了解を返すつもりだった。

 しかし、


『……それと、報告です……風鈴ちゃんとはぐれちゃいました! ちょっと目を離してただけなのに、いつの間にかいなくて……任されていたのにすいません!』


 申し訳なさそうな謝罪が付け加えられた。


『はあ!? 水城、お前が付いていながら何やってるんだよ!』


 飛鳥の怒鳴り声が入り込む。


『はい、ごめんなさい……』

『ったく、子守りもろくに出来ねぇ水城も水城だが、鈍亀トーシロのくせに勝手に動き回るとか、使えねぇにも程があるだろ千瞳のやつ! テメェらムッチリコンビはこの試合終わったら説教してやるから覚ごふっ!!』


 途中から飛鳥の怒鳴りが途絶え、以降は飛鳥からの通信は無くなった。

 障害物の影に隠れているので見えていないが、一緒にいる角華から干渉されたであろう事は、大和にも容易に想像が付いた。


『……こちら玉守。まあ風鈴君にはこの際、自由に動いてもらっても良いかもしれない。サバゲーを初めてやるんだ、最初からこちらの指示通りに動けという強制はしたくない。残りのメンバーでカバーしよう!』

「了解。では、自分は指揮官撃破任務を遂行します」


 通信を切った大和は桂吾と頷きあい、近くの戦線から離脱して金蔵を探しに行く。

 フィールドを駆け回る中でふと、奇妙な違和感を大和は感じていた。


(……何だ? 今日の公式戦、何か変だ……! 何がどう変なのかまでは、はっきりしない……でも、俺の勘が告げている……いつもと違う……!)


 大和の思ういつもと違う感じ……それは、大和が過去に行ったどの試合とも違う感覚。

 素人や初心者と組むのはこれが初めてではないので、そういう意味では気にしていなかった。

 そしてサバイバルゲームの展開としてもありがちなはずだった。

 なので、どう違うかは定かでは無い。

 これは大和の経験から来る直感だけが示す不確かな知覚であり、勘違いである可能性すらある。


(……! いた! 金蔵さんだ!)


 その直感に多少意識を寄せていても、大和の戦闘経験は敵を発見するや、瞬時に切り替わる。

 相手チーム唯一の金髪頭をチラッとだけ見た瞬間、逆に発見される前に即座に障害物に体を隠しながら、物陰から相手の姿を確認。

 全身は見えず、顔も少ししか確認出来ないものの、その容姿は間違い無くターゲットの金蔵だった。

 大和から見える金蔵は、キョロキョロと落ち着きなく辺りの様子を窺っていた。

 壁から銃を出して狙う事も考えたが、今は的が出きれていないために確実には狙えない。

 加えて、やはり上位ランカーである以上、こちらの気配を察知されてこちらがいる事が知られてしまう可能性もある。

 金蔵が姿を隠した時に、突撃して奇襲を仕掛ける事に決めた大和は、声を落として桂吾に状況と作戦を伝える。


「(桂吾、ターゲットを確認した。他にも数名隠れている可能性がある。俺が先行して狙ってみるが、仕損じた時は後を頼む!)」

「(了解オッケーかしこまりっすよ~大和君!)」


 静かにノリとテンションを上げてVz.61を構え直し、待機する桂吾。

 大和は息を潜めて金蔵の動きを注視し続ける。

 やがて、金蔵が壁に顔を引っ込めた。

 周囲の危険を確認し、手だけで合図をし、時間差で桂吾とその壁に急接近する大和。

 奥に金蔵がいるであろう壁との距離を詰め、内側をそっと覗き見る。

 そこに、確かに金蔵はいた。

 だが一瞬だけ見えた金蔵の顔には、酷い焦りがあった。

 その姿からも、大和は違和感を覚えた。

 試合前、あれだけ余裕で構えていた男と同一人物とは思えない程の狼狽えぶり。


(試合特有の緊張感に呑まれた? いや、場慣れしてる雰囲気はあった。それとも、普段からあのような表情なのだろうか? いずれにしても、長々と引き伸ばす理由にはならないな)


 違和感あれども答えが分かるではなく、狙える相手をみすみす見逃すようなお人好しでもない大和。

 桂吾に頷きかけ、89式を金蔵にすぐに撃てるようにしてから一呼吸後、壁の近くから銃口を向ける。

 ちょうどのタイミングで、金蔵の視線と意識が別の方に向かった刹那、


(ここだ!!)


 大和は、引き金を引いた。

 特有の銃声の轟きに反応するも遅く、振り向く前に金蔵は餌食となった。


「ぐっ……!! しまっ……!!」


 金蔵が知覚したときには、装着したベストは赤く染まり、被弾を知らせていた。


「よし、ターゲット撃破確認! 後は他の……」


 小さくガッツポーズをしてから、桂吾共々別のメンバーの支援に行きかけた。


 〔congratulation! perfectgame complete! winner is タクティクス・バレット〕


 それを止めたのは、大和の着けたゴーグルに示された文字だった。


「……! か、勝った!? もう勝ったのか!? い、いや、それより、パーフェクトゲームだって!?」


 大和は驚愕に目を見開き、桂吾と顔を見合わせる。

 桂吾も同じような顔をしていた。

 英語表記の中に、タクティクス・バレットというカタカナ表記があるのは、チーム名の登録上の関係であるという事なのだが、この際それは置いておき、二人が驚いたパーフェクトゲームというものが何なのかを説明すると、片方のチームが一人も被弾者を出す事なく、もう片方のチームを全滅させる事である。

 ただ、サバイバルゲームの歴史上でパーフェクトゲームという呼び方は昔から言われてきたものではなく、ここ最近で言われ出した単語だった。

 普通、このようなパーフェクトゲームなど、多少実力差があっても滅多にお目にかかれるものではない。

 運の要素も多分にあるだろうが、どちらかが一人も欠けずに全員を倒すなど至難の技だ。

 ましてや、チームの実力ならお互いにかなり近いものがあったというのが大和の見立てであり、それなら尚更というもの。

 大和ですら、自身が関わってきた過去の試合でそれを達成出来た試しがない。


(いくらなんでも、呆気無さ過ぎないか……? こんな一方的な……)


 大和の胸中には、勝利に対する喜びよりも疑問が湧き出していた。

 ゲーム終了を受けて、狙い撃った金蔵を見てみると、茫然自失のまま、ぶつぶつと何かを呟いているのが遠目からでも見て取れる。

 大和達は勝ち側であり、どう捉えようと問題は無いが、金蔵のチームは記録に残る公式戦で不名誉な完全敗北を喫した形だ。

 大和とでは心情的に天地の差があるだろう。

 とにもかくにも勝敗は決定したので、両チームともまずはフィールド外に出る事になる。

 動きが鈍い金蔵をそのままにし、大和達は自分チームの出入口に向かった。



 ※  ※  ※  ※



 公式戦が始まった時と同じく、公式戦終了により、両チームが集まり顔を合わせる。

 まだ全員は集まりきってはいない中、敗北して意気消沈なブラッドレインに対し、


「くくくっ……ふはは……! はははははは~っ!!」


 飛鳥の高笑いが届いてくる。

 圧倒的勝利の喜びが声に表れているようだが、相手に敬意を表するという感情が若干欠けているようにも思える笑い方だ。


「お~! ボッチ先輩のキモスマイルに悪役チックな爆笑がプラス!」

「負けた相手に見下し感あふれる容赦の無さ……さすがは孤独先輩!」

「テメェらバカ双子の 先輩おれに対する無礼な言い方も、今日だけは大目に見てやるよ! はははは~!」


 ひとしきり笑い終えてから、飛鳥はスタスタと金蔵のところに歩み寄る。

 金蔵は、未だにぶつぶつと「あり得ない……」「こんなはずでは……」と繰り返している。


「くくくっ……お~い権二さんよぉ? 今の気分はどうだい? 俺はもう最っっ高ぉぉ~!! な気分だぜぇ!!」


 声が聞こえているかも定かではない虚ろな表情の金蔵に、ニタァと悪そうな笑みと言葉を送る飛鳥。


「そういや毎回何て言って俺達をバカにしやがってたかねぇ~? あ、そうだよ思い出した! 『ランクの低い君達は、ランクの高い俺を見習うと良いよ』だったか。それなら今はどうだよ? ランクの高いテメェがランクの低い俺達にパーフェクトゲーム負けとかよ! 普段からあんだけ偉そうにしてて、俺達のメンバーが少し良くなっただけでこのざまかよ! いつもみたいに偉そうに何か返してみたらどうだ? ん~? あはははは……」

「もういい加減にしなさいよ!」


 金蔵の真似も交えながら日々のうっぷんを晴らす飛鳥は、再びの高笑いの途中で角華から後頭部をエアガンのストック部分で殴られる。


「いっ……! ってぇな角華テメェ!!」

「負けた相手にそこまで言うことないでしょ!」

「うるせぇな! こちとら、負ける度にコイツに毎回嫌みったらしく言われてるんだ! こういう時に返さないでいつ返せってんだよ!」

「やったらやり返すみたいなそういうノリを止めなさいって言ってるのよ!」

「俺の勝手だろ! 引っ込んでろ、暴力女!」

「アンタが大人しければ暴力も無いわよ! この飛鳥よがり!」

「んだとこのぉ!!」

「何よ!! 文句ある!?」

「おいおい、二人とも落ち着け! 仲違いを披露するために来た訳じゃないんだからな?」


 もはや、金蔵チームそっちのけで言い争う飛鳥と角華を宥める玉守。

 痴話喧嘩(?)の様相を呈する二人を引き下げ、玉守が代わりに金蔵に話しかける。


「すまないな、金蔵。こういう状況が滅多にないから、飛鳥もテンションが上がり過ぎてるのかもしれなくてな」

「…………」

「……まあ、勝ちを拾ったとはいえ、今回の事は俺にとっても驚きなんだ。そちらを貶す気はないし、運が良かっただけかもしれない。ただ……」


 玉守は一度振り返る。

 そこには、未だに言い争いを続ける飛鳥と角華、その様子を楽しげに写真に納める双子、そして困ったように見守るメンバー達がいた。


「……ただ、それでも、メンバーの頑張りがあったから、こういう結果に繋がったのだと思う。新しく入ってくれた大和君達も含めてな。贔屓になってしまうだろうが、俺はこのメンバーを誇りに思う。金蔵にとっては不名誉な結果かもしれないが、うちのメンバーの事も、認めてあげて欲しい」


 向き直った玉守の笑顔は晴れ晴れとしていた。

 部員を思う、優しい笑顔だった。


「……そう、だな」


 黙ったままだった金蔵がようやく口を開く。


「……認めるよ。君達の事……」


 口数は少ないものの、それだけは答え、自分のチームを引き連れて帰っていく。


「おい、権二!」


 気付けば、飛鳥が後ろから追ってきていた。


「さっきの約束、忘れるんじゃねぇぞ?」


 飛鳥の言葉に、金蔵は振り向かず背を向けたまま、


「……ああ、分かってるさ」


 そう、力なく答える。


「それとな!」


 更に、もう一言、


「……悔しいからって、サバゲー辞めたりすんなよな? 戦績だけなら、お前らのが勝ってるんだ。まだ完全にお前に勝ててる訳じゃねぇ。だから、逃げるなよ?」


 そう付け加える。

 金蔵は、振り向きこそしなかったが、手を振って飛鳥に応える。


「今日は本当に珍しいよな、飛鳥。普段のお前なら、あんな風には言わない。あれは、お前なりの励ましだろう?」

「いつもなら、『二度と会いたくねぇから来んな!』とか言ってるものね?」


 飛鳥の両隣に、玉守と角華が並び立つ。

 金蔵を見送る傍ら、飛鳥に内心を尋ねる二人に、飛鳥はふんと鼻を軽く鳴らす。


「……別に、そんなんじゃねぇよ。本当なら、最後まで貶しまくってヘコませてやるつもりだったんだ。それが、あんなヘコみまくってたから、弱い者いじめみたいで気が乗らなくなったんだよ……それにさっきも言ったように、戦績じゃ負けてんだ。ヤツに完全に勝ちきらないと納得出来ないから言っただけだ……」

「何よ~素直じゃないわね! 幼馴染のライバルがいなくなったら寂しいって、正直に言えば良いじゃない!」


 先程と違って明るい笑顔で飛鳥と接する角華。

 元々が綺麗な顔立ちの角華、こうして見れる笑顔は全般的に見てもかなり可愛く見れる。


「う、うるせぇな! 俺にとっては、ライバルでも何でもねぇんだよ! 勘違いすんな!」


 角華の笑顔に当てられたか、飛鳥は照れながら慌てて顔を逸らして反論する。

 若干、顔には赤みが差している。

 喧嘩が絶えないような角華と飛鳥だが、仲の良い間柄である事がこういうところで見て取れる。


「お、俺の方はもう良いんだよ! それより、今日はめでたい日なんだからな! 新たな新メンバー、赤木の加入! それに伴うパーフェクトゲームの達成! 今日のメインはそこに尽きるだろ!」


 気を取り直した飛鳥が、話題を変えながら大和に歩み寄り、肩をがっしり掴む。


「今日一番の主役はコイツだ!」

「い、いや、自分はそこまで大したことをした訳では……」

「謙遜してんな! 赤木が来なけりゃ、こんなスゲェ状況にはならなかったんだからな!」

「そうね! 赤木君が来てくれたらこうなったんだから、赤木君の功績よね!」

「運も実力の内とは言うが、実力があるからこそ訪れる運も掴めるものだと俺は思う。良くやってくれたよ、大和君」


 先輩三人に褒められ、他のメンバーも納得している中で、


(……俺は、そう褒められる程の結果を、今日の内では出せてない……)


 大和自身が、一番納得がいっていなかった。


「……はぁ! はぁ! お、遅れて……はぁ! す、すいません! ……はぁ!」


 集まりきってなかったメンバー最後の一人、風鈴も息を切らしながらようやく帰ってきた。


「風鈴ちゃん! どこに行っちゃってたの!? 気付いたらいなくなってたから心配したのよ!」


 香子がまず真っ先に風鈴に声をかける。

 風鈴は止まってから大きく深呼吸をして息を整える。


「……はぁ~~……ごめんね、香子ちゃん……」

「何も変な事が無かったなら良かったけど……」

「やっと来やがったかよ千瞳! 遅ぇぞ!」


 ようやく気持ちが落ち着いた風鈴に、飛鳥の怒鳴り声が飛んでくる。


「はうぅ! す、すいません!」

「しかもトーシロのくせに初っぱなから勝手に動き回るとか、舐めてるとしか思えねぇな!」

「忍足先輩! 私がいけないんです! 風鈴ちゃんを怒らないであげて下さい!」


 必死に頭を下げる風鈴と香子。

 飛鳥は黙ったままじっと二人を睨んでおり、角華が対応出来るようにスタンバイしていたが、


「……ふん。あまり勝手が過ぎると、上手くなるもんもならねぇぞ。今後は気を付けろよ?」


 それ以上は追及しないで終わった。

 近寄る角華も意外そうに飛鳥の顔を覗き込む。


「アンタがあれ以上怒らないのも、凄く珍しいわよね?」

「今日は良い流れで終わったんだ、ガミガミうるさくして雰囲気壊すほどバカじゃねぇよ。それに誤解の無いように言っとくが、俺だって好きで普段から怒りぶちまけてる訳じゃねぇからな? 俺を苛立たせる事が多すぎるってだけだよ」

「アンタの沸点が低いだけだと思うけどね? でも、多少は成長したみたいね! 偉い偉い!」

「ガ、ガキみたいに扱うんじゃねぇよ! ったく……」


 にこやかになる角華に照れ隠しで見た目不機嫌になる。


「おい、今日の部活が終わったら、速やかに帰り支度しとけよ?」

「まあ、用も無いのに残る理由も無いけど。何かあるの?」

「俺がコイツらに奢る話があったろうが! お前、自分で言った事忘れてんのかよ!?」


 何の事か一瞬分からなかった角華もようやく思い出したが、一転信じられないように目を見開く。


「え? ア、アンタ、あの約束、ちゃんと守る気があったの?」

「当たり前だよ!」

「……本当に、珍しい事が続くわね。季節外れの雪でも降るんじゃないかしら?」

「夏に雪降るか! 赤木もだが、コイツらも頑張ったようだからな。努力したヤツを評価してやるのは当然だろ? 最初は牛並丼のつもりだったが、パーフェクトゲーム記念で特別に『スタ盛り』奢ってやるよ!」

「「「「おお~!!」」」」

「けど、それも今日の練習メニューをきっちりこなしてからだ! 今から存分に練習して腹空かせとけよテメェら!」

「「「「了解~!!」」」」


 後輩メンバーが歓喜の声を上げる。

 対して玉守と角華は声も出さず、驚いたように気前の良い飛鳥を眺めていた。


 そんな事もあり、この後の部活でフィールドを借りきっての実戦訓練や筋トレを、メンバーはいつも以上に真剣に取り組んでいたという。

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