公式戦・前準備

「飛鳥、お前……」

「アンタね!! そんな重要な事を、アンタ一人で何勝手に決めてるのよ!!」


 玉守が問い詰めるよりも前に、角華が凄い剣幕で飛鳥に詰め寄る。

 だが、飛鳥は不敵な笑みを崩さない。


「何怒ってるんだよ角華。別に構わないだろ? アイツらとは何度となく公式戦でやりあってる間柄なんだぜ? 今さらじゃねぇかよ」

「今さらでも何でも、こっちに相談も無いなんてあり得ないわよ! しかも公式戦!? アンタ、バカなんじゃないの!?」


 角華の声はその激情に比例して増すばかり。


(……想像通り、とはいえ……今の時点で姫野宮先輩のこの怒りよう……これは、忍足先輩が受けた〔条件〕を聞いたら、どうなるのだろうか……)


 飛鳥と角華のやり取りに不安を覚える大和。

 その大和の元に、風鈴がそっと近付いていく。


「(あ、あの、大和さん? 公式戦って、何ですか? やっぱり、凄く重要なものなんでしょうか?)」

「(そうか。千瞳さんには、公式戦とだけ言われてもピンと来ないか。公式戦はもちろん重要だよ。なんといっても、ポイント入手やランクアップに関わってくるからね)」


 声を潜める風鈴に、大和は公式戦について簡単に説明した。


 公式戦は、大和の話した通り、サバゲーポイントが手に入ったり、戦績に応じてランクが変動する重要な試合。

 練習や訓練等で行う模擬戦ではそれらの変動は無いが、お互いに合意のもと、フィールドの運営を通じて申請を行う事によって、公に記録される試合となる。

 戦績が良ければ名誉にもなるし、ポイントやランクが高ければ様々に優遇される現代サバイバルゲーム情勢において、公式戦はとても重要であり、あまり軽々しく受けるものでもない。

 だからこそ、それを相談も無しに受け付けた飛鳥に対する角華の怒りも当然と言える。


「本っっっ当にアンタってバカね!! 信じられないわ!!」

「うるせぇな!! もう受けちまったんだからしょうがねぇだろ! それに、勝てば良いんだから問題ないだろ!」

「勝てばって……! 勝算の根拠も無いのに何を……!?」

「角華君、とりあえず落ち着こう。申請してしまった以上、やるしかない。公式戦のキャンセルはそのまま不戦敗だ。何もしないで戦績が落ちる事だけは避けなければな……」

「ハハハ! 将希、お前は良く分かってるな! さすが部長……」

「……だがな、飛鳥」


 静かに角華を落ち着かせる玉守が飛鳥に向ける目は、今まで優しさを帯びていたものと打って変わって、厳しさを含んでいた。


「お前の勝手な行動、決断が部員に与える影響がどれ程のものか……それが理解出来ない訳では無いだろう? 他の部員の承諾も無しに受けたお前に対しては、部長として責任を求めなくてはいけなくなる。異論は無いな?」

「……ふん、分かってるさ。負けりゃ、土下座でも何でもしてやるさ」

「勝とうが負けようが、郡司先生に報告することになる。郡司先生の裁量次第になるだろうが、どんな結果になろうと文句は言うなよ?」

「おうよ。覚悟しておくさ……」

「そうか。なら、今はとりあえず保留だ。まずは試合に挑む事に集中しよう。話はそれからだ」


 玉守も、それ以上は追及せず、気持ちを切り替え周囲を見回して部員に目配せをする。

 部員達も頷き、部長の意思を汲んで切り替える。


「それで飛鳥。角華君も言ってたように、勝算の根拠が無いまま挑むつもりじゃないだろうな? そこまで勝手に判断する位の材料はあるという事で良いのか?」

「ふっ! 当然だろ? じゃなかったら俺だって受けねぇよ!」


 飛鳥も切り替え早く、いつもの調子に戻す。


「俺達は今まで、チームとしての戦績が伸び悩んでいただろ? しかし今回、それが解消される訳だ! だからこその勝算なんだよ!」

「……え?」


 飛鳥の言葉に疑問の声を出したのは浩介だった。


「あの、忍足先輩? うちの学校のチームって、戦績が伸び悩んでいただけなんですか? 自分てっきり、元からあまり強くないチームだったんだとばかり……」

「はあぁぁ!!?」


 強くない、と聞いて飛鳥は過剰に反応してしまう。


「テメッ……!! 俺達が弱いチームだと思っていやがったのか!!?」

「ひっ!! す、すいません!!」

「このボケハマが!! そこに直れ!! テメェを蜂の巣にして……!!」

「あ~~もう!! いい加減にしなさい飛鳥!!」


 エアガンを構えかけた飛鳥の後頭部を殴り飛ばす角華。


「……っ!! 痛ってぇな角華!!」

「アンタがそんなんだといつまで経っても話が進まないわよ! それに元はと言えばアンタが選り好みとスパルタしたせいで、チーム全体の伸び悩みの原因になってるんでしょうが!」


 再び睨み合う飛鳥と角華。

 今日だけで何度この光景を目撃したか、定かではない。


「……えっと、どういう意味です?」

「部員を入部させる選定を部員主導で行った事があるんだが、その際に飛鳥が相当に新入部員の絞り込みをしたんだ。しかも、かなり厳しいトレーニングを初日から新入部員達に課してしまってな。それに根を上げ、辞めてしまう者達が後を絶たず……最終的には、ほぼ全員が自主退部してしまった、という訳だ」


 首を傾げながら三年生コンビのやり取りを見ていた浩介、そして同じように見つめる大和と風鈴に、玉守が解説する。


「未経験の風鈴君は知らないだろうし、浩介君も知っているか分からないから説明しておこう。現在サバゲーで公式戦を行う場合、最低でも十人以上の人数確保が要求されるんだ。サバゲーは元々、戦争を模したもの……人数がいなくてはどうにもならないだろう?」

「そうですね……」

「その条件と照らし合わせると、俺達のチームは公式戦を行えないんだよ。人数が足りなくてな。現在でも、メンバーは八人しかいない」

「確かに……」


 玉守の説明に、風鈴と浩介も数を数えてそれぞれ納得する。


「じゃあ、少ない時に公式戦を受けようって時はどうするんです? というか、今まではどうしてたんですか?」

「外部の助っ人を頼む事で対応していたよ」

「そんな事出来るんですか? 部員でも無い人を参加させるなんて……」

「出来るさ。だから、チーム名で公式戦を行うプレイヤー達も多いのさ。地域や人口の関係で人員不足のところもいるからな」


 新河越高校のように、人数不足で公式戦を行えないチームへの救済策として、学校や会社等、固有の所属名称を使わないチームという形であれば、全く関係ない人でも気が合えば共に参戦する事もルール上認められている。


「ただ、その場しのぎの助っ人では即席感は否めない。連携プレイはぎこちなさを感じてしまう。助っ人を頼むにしても、先方の準備もあるし、公式戦に挑むならば、せめて数日位前から頼んでおかないと難しい……場慣れした、相当の経験者が助っ人というのでもなければ、戦力としては不安だろうな」

「そういう事だ!」


 角華と見合っていたはずなのに、ちゃっかり聞いていた飛鳥が玉守の説明に反応する。


「新しく来たやつの実力なんて望み薄と諦めていたが、こうして上位ランカーの赤木が入って来たというのは、俺達にツキが回ってきたって事だ!」

「大和君は今日転校してきたばかりだぞ? チームプレイは期待出来ないと思うが?」

「ふん! ブラッドレインなんざ、こちらの助っ人が雑魚だから分が悪かったみたいなもんだ! 実力未知数だが、あれだけ自信持って自己紹介してた位だからな、チームプレイ度外視でも釣りが来るだろうって、俺は期待してるんだよ!」

「色々と未確定なまま、他人任せとは感心しないな、飛鳥。だが実際問題、大和君に期待をするしかないのも事実か……」


 現状、玉守もそれしかないと判断した模様。


「大和君、すまないな。転校初日でいきなりこんな事になってしまうとは……あとで飛鳥にはきつく言い聞かせるつもりだが……今はとにかくチームのために、部長として協力を要請したい。任せても良いかい?」


 大和に対して申し訳なさそうな玉守を見て、大和も力強く頷く。


「はい。こうしてチームの一員となった以上、全力でチームに貢献するつもりです。任せて下さい!」

「助かるよ」


 玉守も同じように頷き、振り返って部員全員に向き直る。


「よし! これから作戦会議だ! メンバー全員の実力や相性を考えて、適切に振り分けた後に……」


 そこまで言いかけた玉守だったが、ふと何かに気が付いて言葉が止まる。

 意図せず、角華も全く同じ事に気が付き、ハッとする。


「ちょ、ちょっと飛鳥!!」

「ん? 何だよ?」

「メンバー構成、どうするつもりよ!? 全員いないじゃない!!」

「はあ?」


 角華の慌てた問いに、飛鳥も周囲を見回す。


「……あっ!! そういや一人いねぇじゃねぇか!? あの寝坊助、またいやがらねぇぞ! どこに行きやがった!?」

「えっと、桂吾ならそっちで寝てますけど……」


 浩介が指差す方に、ベンチで寝そべって気持ち良さそうにイビキをかく桂吾がいた。


「あの野郎……!! 浜沼か赤木! あのバカ叩き起こして連れてこい!!」


 そう言われ、浩介と大和の両方が一緒に起こしにいった。


「……ったく! 部活始まったら寝るんじゃねぇってあれほど言ったのによ……! 悪かったな、角華。あのバカの事を忘れてたわ。あとでシバキ倒して……」

「全然違うわよ!!」

「……は?」


 角華の後を引き継ぐように、玉守が飛鳥に確認する。


「なあ、飛鳥。本当にメンバーはどうするつもりだったんだ? 大和君が加入したとしても、やはり足りないぞ?」

「……ああ、それなら分かってる。俺達は元々フルメンバーでも八人だから、赤木入れても一人足りねぇわな。この際仕方ねぇから、浜沼にでも助っ人になってもらうさ。こいつもトーシロっぽいが、囮にでもして突っ込ませりゃ何とか……」

「なるわけないでしょ!! それでも足りないっての!!」

「……はぁ? んな訳ねぇだろ?」

(……どうでも良いけど……扱い、雑だよな、俺……)


 心中傷付く影薄めな浩介だが、ピリピリした場の雰囲気のために誰からも気にかけてもらえない。

 飛鳥が再び周囲を見回してメンバーの数だけ確認、


「……ちゃんと十人いるじゃねぇか。何か問題あるか?」

「…………アンタの目は、節穴なの? それじゃ、メンバーの名前を考えながら、改めて見直してみなさいよ……?」

「なんだよそりゃ?」


 面倒そうにしながら、言われた通りに確認し直す飛鳥。


(……まず、俺に、将希に角華だろ? そんで赤木に浜沼に千瞳……それから……)


 前半分を見て指を折り数え、次に後ろ半分を確認。


(……バカ双子、寝坊助、水城……)


 一部、名前ですらないが、人数と符合させる。


「……やっぱり、ちゃんと十人いるじゃねぇか」


 不思議そうな飛鳥を見て、


「…………はぁ~~……」


 角華は深いため息を吐く。


「……アンタの中には、歩君の存在はもう無かった事になってるのかしらね?」

「ん? 歩?」


 その名前を、飛鳥は頭の中に染み込ませ……


「……はっ!!」


 ようやく、角華達の言わんとしている事に気が付いた。


「そ、そういや歩の奴もいねぇ!!」

「歩君、赤木君が来た時に頭打ったからって、早退させたじゃない……呆れたわね、大事なメンバーの事を完全に忘れてるとか……」

「い、いやそれは……!! で、でもちょっと待てよ? それでもメンバーは十人揃ってる……っていうのは……」


 飛鳥、恐る恐る大和の方に視線を向ける。

 正確には、その近くにいる女子。


「ふえっ!?」


 その女子は、飛鳥の呆然とする目に怯えた声を上げた。


「……そうよ。歩君の代わりに、今は風鈴ちゃんがいるのよ。人数しか確認してないとか、アンタどんだけめくら判なのよ……」


 角華の声も、今の飛鳥の耳には入って来ない。

 飛鳥が言葉を失ってから数十秒。

 ベンチで寝ていた桂吾が起こされ、慌てて三年の元へ。


「た、玉守部長! 姫野宮先輩! 寝過ぎました! すいません!」

「ああ。多少寝るのは構わないが、あまり寝過ぎて動きに支障が出ないようにしないとな? 桂吾君」

「本来なら、きっちり注意しておきたいところなんだけど……現状それどころじゃないから、今日は多目に見てあげる」

「は、はぁ……」


 角華の言葉が気になりつつ、最後に飛鳥のところに謝りにいく桂吾。


「ひ、飛鳥先輩! その……ま、また寝過ぎてしまいまして! す、すいま……」

「……し……しまったぁぁ!!!!」

「うひっ!!」


 謝罪のはずが、飛鳥にいきなり大声を上げられ、桂吾は驚き仰け反る。


「(……ヤ、ヤベぇ……歩までいないとは……忘れてたとはいえ、この状況は洒落にもならねぇ……!!)」

「飛鳥先輩?」


 桂吾の声にも反応せず、ぶつぶつと小声で呟いては、風鈴をもう一度見直す。


「(歩は水城の弟なだけあって、一年ながら筋が良かったから、戦力と扱えたんだ……それが、この……だらしない体のトーシロドンガメ女と差し換えだと!? 結局、戦力が最初から一人足りないのと同じじゃねぇかよ!)」


 風鈴の体をじろじろ見ては、失礼な認識を持つ飛鳥。

 風鈴は、確かに肉付きは良い方だが、別に太っている訳では無い。

 ただ、一部分にかなり重量感があるために、飛鳥からはそういう認識に思われているだけだった。


「おい桂吾!!」

「ひいぃ! ご、ごめんなさい~!」

「うるせぇ! 意味無く謝るな! それよりこのフィールドで、誰か暇そうな奴見つけて助っ人として呼んでこい!」

「へっ!? い、今からっすか!?」

「あったり前だろ! 出来るだけ使えそうな奴にしろ!」

「んな無茶な……!」

「良いから行ってこい!!」

「は、はい!!」


 体育会系的な上下関係と、寝過ぎた罪悪感から反発もままならず、桂吾はまだ試合も始まる前からフィールドを走らされる事になった。


「あ~あ、明石君も可哀想に……誰かさんのせいで皆が迷惑被って……」

「それに、今の頼み方は酷いと思うぞ? 飛鳥。風鈴君が全く戦力にならないから他に助っ人をお願いするような言い方、本人を目の前にして失礼だろう?」

「くっ……!!」


 角華と玉守からの非難を受け、さすがの飛鳥も言葉が出ずに歯ぎしりに留まる。

 もっとも、貶されたはずの風鈴は、飛鳥の発言に対してあまりショックを受けた様子はない。

 どちらかと言うと、雰囲気に困惑している感じだ。


「いずれにしても助っ人とはいえ、公式戦ともなれば戦績に反映されてしまう。時間内にすぐ見つかるようなものでもないだろうな……」

「……今さら聞くのも遅いけど風鈴ちゃん、もうすぐ始まる公式戦、このまま他に出来る人が見つからなかったら、一緒に参加してもらっても良いかな? 何も出来ないで不戦敗になっちゃう事だけは避けないといけないのよ……!」

「俺からも頼むよ、風鈴君」


 角華と玉守が真剣に風鈴に頼み込む。


「……はい! 私で良ければ、大丈夫です!」


 風鈴は、一瞬だけ返事に間が空いたものの、上級生二人に快い返事で応える。


「ありがとう風鈴ちゃん! お詫びに、公式戦終わったらご飯好きなだけ奢ってあげるわ! 飛鳥がね!」

「お、俺かよ!?」

「当たり前! ついでに、他のメンバー全員分もよ! アンタのせいで皆に迷惑かかるんだから、これくらい当然でしょ!」

「はあぁ!!?」

「ハハハ! まあ、これも自業自得だな、飛鳥」


 角華がその場全員に聞こえるように、


「皆、良かったわね~! 今日公式戦終わったら、優し~い飛鳥先輩がご飯奢ってくれるって~!」


 明るい宣言。


「おお~! 飛鳥先輩ゴチッす!」

「さすがは我らがボッチ先輩、懐が広いにょ!」

「誰にもお金使う相手いないからって後輩に奢るとは、ボッチなだけあるにょ~!」

「あ~歩君も一緒なら、楽しく食べれたのに残念だけど、仕方ないから、ここは歩君の分もお姉ちゃんが優しい先輩に奢られちゃおっと!」


 後輩達、ここぞとばかりにノリまくる。


「くっ……!! こんな時だけ尊敬してんなよテメェら……! 双子どもはいつも通りほぼディスってるがな……! って桂吾テメェいつの間に戻りやがった!? 助っ人どうなったんだよ!?」

「探したけどいなかったっすよ! 俺の足の速さは知ってるっしょ?」

「嘘こいてんじゃねぇよこの野郎! さっき行ったばかりだろうが!!」

「いやいやぁ~! まあ~どのみち公式戦の助っ人なんて、無理ありすぎですって! 飛鳥先輩も分かるでしょ?」

「くそっ……分かったよ! あとで奢ってやるが、せめて、安いやつにしろよ!?」

「「「「了解~!!」」」」


 観念したような飛鳥に、後輩メンバーは歓声と共に返事する。

 こうして、戻ってきた桂吾の断念により、素人の風鈴も参戦する事が確定となった。



 ※  ※  ※  ※



 人数の確保は形だけでも何とかなったものの、大和達にはまだ問題があった。


「……何……だと……!? 使えるエアガンが無ぇだと!?」

「はい。フィールドの運営の方に確認しましたが、他の人に貸し出していたり、故障してるのもあるとかで、今回は貸せるエアガンが無いと言われました」


 大和からの報告に、飛鳥はその目付きの悪い両目を見開き、次いで苦虫を噛み潰したように顔が歪む。


「マジかよ……! よりによってこんな時に……!」


 というのもまず、浩介と風鈴が使える予備のエアガンを、メンバーが誰も持ってきていなかった。

 それで大和がフィールド受付に、貸出のエアガンを確認してきたという状況だった。


「誰も、サブ持ってきてねぇのか!?」


 準備をしているメンバーに確認するも、


「持ってきてませ~ん!」

「そもそも、今日はフィールド使う予定なんて無かったじゃない! 飛鳥が赤木君の実力測るなんて勝手に言い出したんでしょ? 皆、メイン一つしか持ってきてないわよ!」


 否定で返されてしまう。


「ちっ……! 浜沼と千瞳! お前ら、自分で使えるエアガンとか持ってねぇのか!?」

「すいません、俺、前まで持ってたエアガンとか、昔の友人に譲ったり捨てたりしちゃって……」

「私は、これしか……」


 浩介と風鈴にも念のため確認してみるが、浩介は首を横に振り、風鈴は昔大和から貰ったというワルサーP38を見せた。


(くっ! どっちも使えねぇ……! この御時世にエアガン持ってねぇボケ浜は論外として、千瞳は持ってきちゃいるが、エアコキのハンドガンなんてトーシロのコイツが使ったところで大した戦力になんねぇよ……!)


 と、これまた失礼な認識を持つ飛鳥だったが、自身が発端となった自覚もあり、さすがに口に出す事はしなくなった。


「……せめて、あと一つだけでも予備がありゃあな……俺がサブで持ってきたのがある。他人に貸したくはねぇが、非常事態だ。背に腹は変えられねぇ……」


 頭痛のようにこめかみを押さえながら溢す飛鳥。

 すると、


「あの、自分も一応、サブも持ってきてます」


 大和が飛鳥にそう伝える。


「何っ!? 赤木お前、サブまで持ってきてたのか!?」

「はい。ただ……」

「よ~しよし!! きちんと用意してやがるとはさすがは期待の新入りだな、赤木! 上位ランカーなだけはあるぜ!」


 何か言いかける大和だが、飛鳥はそれに気付かない。


「じゃあ赤木、千瞳にお前のサブ貸してやってくれな! そして浜沼、俺のガブリエル使え! 今日だけ特別に貸してやる!」

「ガ、ガブリエル?」

「俺のサブウェポンの名前だよ!」


 浩介を引き連れ、飛鳥は自分のエアガンを取りに行く。


「あ、あの、忍足先輩?」


 自分の荷物からエアガンを引っ張り出す飛鳥に、浩介は恐る恐る尋ねる。


「何だよ?」

「貸してくれるのはいいんですが、何で千瞳さんじゃなくて俺に貸してくれるんです? たまたま近くにいたからですか?」

「そんなところだな、と言いたいところだがな……」


 飛鳥が差し出したエアガンを受け取った浩介は、飛鳥から肩を掴まれ、


「(……もし千瞳が俺のサブを扱って、万が一故障させたりしたら大変じゃねぇか?)」


 静かに、理由を伝えられる。


「(千瞳は女だからな、俺がキレたりして泣かれでもしたら角華もうるさいだろうし、俺としても扱いに困る。その点、お前なら容赦要らねぇだろうしな……)」

「(……もし、俺が……忍足先輩のエアガンを故障させたりしたら……?)」

「(……そりゃあお前、覚悟しとけ? としか言えねぇだろ?)」


 覚悟しとけ、の部分を強調し、声色を強める飛鳥。

 そして、掴んだ肩をポンポン叩きながら離し、


「俺の大切なガブリエル、丁寧に扱えよ!」


 表面上、爽やかな笑顔を残して飛鳥も準備に移る。


(…………エアガン、捨てなきゃ良かったかな~……ハハハ……)


 浩介は、手渡された飛鳥のサブウェポンを、乾いた笑顔で見つめていた。

 一方、大和は大和で少し悩んでいた。


(……さて、どうしたものか……確かに、サブは念のために持ってきた。しかし……)


 自分の荷物から、二挺のエアガンを取り出し、考える。

 大和が悩んでいたのには、理由がある。

 大和の持つエアガンは、それぞれ異なる機構のエアガンだった。

 一つはメインウェポン、89式5.56mm小銃。

 日本の自衛隊制式採用銃として名高い国産銃をモデルにしたエアガンで、種別はマシンガンのように連射が可能な電動式のアサルトライフル。

 全自動、単発、そして本物と同じく弾を3発だけ制限をかけて撃ち出す3バーストという機構も備えている。

 使用時、通常に構えて狙いを定める際、肩に当てる部分をストックというが、そこが折り畳めるバリエーションも存在する。

 大和のは通常のモデル。

 もう一つはサブウェポン、L96 AWS。

 イギリスの銃製造会社、アキュラシー・インターナショナル社により開発されたイギリス軍制式採用銃がモデルのエアガン。

 種別は、スナイパーライフル。

 弾を一発ずつ手動で装填するエアーコッキングタイプにして、ボルトアクションという独特な装填機構を備えた単発狙撃用のエアガン。

 ストックの色が黒のブラックストックバージョンと、緑色のO.D.(オリーブドラブ)ストックバージョンの二種類があり、迷彩色を割と好む大和はO.D.ストックを使っている。

 大和はこの二挺を自らの好みで愛用し、状況に応じて変えたりしているのだが、使用頻度としては連射機能のある89式の方が高いのでそちらをメインとしていた。

 サブをそのまま渡すのでも良かったが、そうなると風鈴は単発で狙いにいかなければならなくなる。

 練習等で楽しむだけならともかく、今は規模が大きくないとはいえ、正式な手続きによる公式戦。

 素人の風鈴が初の公式戦という実戦で初めて扱うのが、動作の手間があって連射が効かないスナイパーライフルという選択が果たして正しいかどうか。

 アサルトライフルなら、撃ち出すのは自動で連射も出来るため、初心者でも扱い易い。


(……ここは、俺が敢えてサブを使って、千瞳さんに使いやすいメインを渡すべきか?)


 本来は本人が色々考えて決めるのがベストなのだが、


「千瞳さんは、どっちが良いと思う?」


 と聞いてはみるものの、


「う~……どっちが良いのか、良く分からないです……」

「だろうね……」


 思った通りの答えが返ってくる。

 そう、風鈴は基準も何も分からない初心者。

 だからこそ、全ての判断は大和に委ねられるしかないのだった。


(……やはり、ここは使いやすさ優先で、千瞳さんに89式を貸した方が良いか……)


 そう決断しかけた時、


「……あっ! でも……」


 風鈴が、何やら言い淀む。


「どうかしたかな?」

「この銃みたいなのがあったら、やりやすいかもです!」


 風鈴は、その手にワルサーP38を乗せている。


「……それが、千瞳さんは使いやすいと?」

「はい! 大和さんから貰えて、嬉しくて良く遊んでました!」

「そうか。なら、やっぱりあげて良かったよ」


 ワルサー片手に可愛らしく微笑む風鈴に笑顔を返しながら、


(……ワルサーなら使いやすい、か……そういえば、ワルサーもエアコキだったな……もしかしたら、L96でも大丈夫かもしれないな?)


 ふと、頭をよぎる可能性。

 それは、風鈴の扱いやすいというワルサーが、スナイパーライフルと同じようにエアーコッキングタイプであること。

 そこから、スナイパーライフルのL96でも使っていけるかもしれないという判断。

 もちろん大和とて、同じエアーコッキングであっても、ハンドガンとスナイパーライフルを同列に考えている訳でもない。

 それでもスナイパーライフルで良いかもという選択には、大和なりの考えがあった。


(元々、隠れて狙撃するスナイパーライフルは前進して狙っていく類いのエアガンでもない。今日は展開が急過ぎる……千瞳さんを純粋な戦力と期待するのは、千瞳さんにとっても酷だろう。フィールドの実戦に慣れてない千瞳さんはまず、その雰囲気や状況に慣れてもらえるだけでも良いはずだ)


 そう思い、L96を手に取る。


「千瞳さんには、このスナイパーライフルを使ってもらおうかな」

「スナイパーライフル?」

「そう。一発ずつしか撃てないけど、それはワルサーも同じだからね。操作の仕方とか教えるけど、どうかな?」


 大和が持つL96をじっと見つめた後、


「はい! 私、やってみます!」


 風鈴はにこやかに返事をして、L96を受け取る。


(……まだ、忍足先輩がメンバーに明かしていない相手との〔条件〕の事もある。どちらにしても、今日は勝たないといけないし、千瞳さんに教えながらやるのは後日に回そう。皆のためにも、俺が突撃して攻めていく!)


 決意を胸に秘めつつ、大和は使い方を風鈴に説明し始める。

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