S・S・S

 飛鳥と大和がトラブルに巻き込まれていた頃……


 敷地の端の方にいくつか建てられたログハウス調の建物。

 他のメンバー達はその一つに集まっていた。

 この建物は割と立派な造りで、中にはシャワールームがある。

 シャワールームは、全世界の全てのフィールドに常設されている。

 何故シャワー完備になったのかというのにも、実は理由がある。


 サバイバルゲームが世界の中心的競技として公式化されるにあたり、一つの課題があった。

 エアガンから撃ち出された弾が自分に当たる事をヒットと言うのだが、その当たり判定に関してはWEE協約締結以前までは、当たったプレイヤーの自己申告によって成り立っていた。

 もし当たったにも関わらず、ゲームを続行するようなプレイヤーがいた場合、それはゾンビ行為と呼ばれ、そのプレイヤーは信用が無くなってしまう。

 当時からそうしたトラブルはつきものだったが、それでも趣味で楽しむだけであれば、個人の信用問題はあるにしても比して程度の大きい問題では無かった。

 しかし、その勝敗が富に関わるようになってくると、より勝ちに拘るあまり、ゾンビ行為が急増する事態となった。

 特にWSGCのような世界大会にまでその行為が起こるような事態になれば、個人どころか国としての信用が問われる。

 なので、ヒット判定は極めて厳正かつ厳密に行われなければならなかった。

 だが、他の競技と同じような感覚で判定を行えるようにするのにも無理があった。

 まず、審判が付けられない。

 球技の類いならばどれだけ小さくともセンチ単位のボールを扱うので確認しやすいが、サバイバルゲームはミリ単位という極小サイズのBB弾を高速で飛ばして当てていく。

 ただでさえ視認しづらいのに、広大なフィールドに散らばる各プレイヤーのどこに当たったかを他者が毎回判定するなど不可能と言えた。

 第一、判定する人間がプレイヤーの近くにいては、相手に居場所を教えるようなものでもあった。

 ドローンなども同様。

 監視カメラのようなものもあるにはあったが、実はそれらはWSGCなどの大会に主眼を置き、競技として観戦させるために設置された中継カメラであり、監視能力はあまりない。

 どちらにしても、結局は人の目視によって確認していくため、労働コストがかかりすぎる。

 例えるならフェンシングにあるような、剣が体に当たった事を自動で識別する機械のように、弾が当たった事を自動的に、しかも配線不要で個別に判定してくれる認識システムの確立無しに、サバイバルゲームの公式化は困難だったのである。

 各国がその解決のために知恵を出しあい、開発されたのが〔スキン・スキャニング・システム〕。

 プレイヤー達からは、〔S・S・S(エスズ)〕という略で呼ばれる装置。

 これは、人体に無害なナノマシンを体全体に吹き付ける装置で、弾が当たった時に肌の表面に付着したそれらナノマシンが感知して当たり判定を下せるようになった。

 開発当初は服の上に当たった弾は感知が不明瞭で判定出来ないということもあったがそれも昔の話で、その衝撃の度合いによってきちんと判定が出来るくらいにまで精密になっていった。

 全身にナノマシンを付着させる〔S・S・S〕の性質上、シャワーに併設するのが一番理に適っており、ゲーム開始前にシャワーとナノマシンを浴びるのが現在のプレイヤー達の常識となった。


 そんなシャワールームがあるログハウスの扉は今、内側から鍵がかけられ、〔使用中〕の文字。


(……え~っと……姫野宮先輩の教えてくれたやり方は、まず簡単に体の汚れを洗い流す……)


 シャワールームで手順を思い出しているのは風鈴。

 シャワー水量調節ノブを回すと、天井付近に付けられたシャワーヘッドから放水され、下にいる風鈴の肌に当たる。


「ひゃうっ!!」


 風鈴が高く短い悲鳴を上げながら後退り、シャワーの範囲から外れる。


「風鈴ちゃん!? どうしたの!? 何かあった!?」


 シャワールームの外から、角華の心配そうな声が響く。


「な、何でもないです! お湯かと思ったら水が少し出て来て、びっくりしただけです!」

「そ、そう? それだけなら良かったけど……」


 風鈴の言葉に、とりあえず納得したらしい角華が離れる気配がした。

 少し息を整え、放水中のシャワーを手に受け、温度調節ノブで適温にしてから、風鈴は改めてその身に受け始める。

 上から流れるお湯の雨が、女性らしい曲線を伝って下に流れ落ちる。


「ふぅ~~……」


 お湯を受ける気持ち良さを声で表す。

 全身を濡らし、体を温めていく。

 とはいえ、今の季節は夏であり、必ずしもお湯を使う必要性はない。

 一通りシャワーを浴びた後、風鈴はシャワーノブを回して閉め、シャワーを止める。


(……えっと、次は……このボタンを押す、と……)


 次に、シャワーノブの隣にある緑色のボタンに手を伸ばす。

 ボタンに触れる前に手を止め、顔に緊張感を浮かべつつ、一呼吸。

 意を決して、風鈴は目を閉じると、ボタンを押す。


『スキン・スキャニング・システム、キドウシマス』


 スピーカーから電子音声が流れた後、周りの突起状の噴出口から霧のようなものが噴霧され、風鈴の体に吹き付けられる。

 その間、風鈴は気を付けの姿勢のまま、じっと静かにしている。

 10秒程した後、噴霧が収まる。


『……コーティング、カンリョウシマシタ。オツカレサマデシタ』


 再びの電子音声が、終了を知らせる。


「え、えっと……あ、ありがとうございました!」


 風鈴は、電子音声相手に何故かお礼を言って頭を下げ、そそくさとシャワールームを出ていく。

 扉を開けた先は脱衣室になっている。

 出てきた風鈴に角華がすぐに反応する。


「あ、風鈴ちゃん出てきたね!」

「はい! 無事に終わりました!」

「どう? 初めてやってみた感想は?」

「……ボタンを押す時が、ちょっと緊張しました……」

「ふふっ! そっか!」


 ボタンを押すジェスチャーを風鈴が交えると、角華がうんうんと納得顔で頷く。


「初めてだから、確かに最初はそうかもね。でも、この〔S・S・S〕は、サバゲーやるなら毎回使う事になるから、今のうちに慣れておくと良いよ!」

「はい、分かりました!」


 角華の言葉に、風鈴も素直に了承する。


 シャワールームから出てきた風鈴は、角華から借り受けた迷彩服に着替える間も自分の体をまじまじと眺めていた。


「どうかしたの?」


 その様子に質問したのは、一緒に着替えている香子。


「う、ううん! 何となく、落ち着かないと言うか……」

「あ~……そうだよね。自分の体にナノマシン付いてるなんて思ったら気にはなるよね? 私も最初はそうだったから分かるよ。意識しちゃうと、身体中がムズムズするという感じでしょ?」

「うん……」

「くすっ! 慣れてくれば特に問題なく思えてくるよ!」


 香子も自分の体を眺めてから風鈴に笑いかけ、風鈴も笑顔を返す。

 風鈴と香子は同学年ということもあり、風鈴もすぐに打ち解けられた。


「むふふ~! 共通のモノを持っていると、気持ちが通じるってことだにょ~?」


 そこに、まるで覗き込むように会話に加わったのは銀羅。


「な、何? 銀羅ちゃん……」


 何やら意味深な笑みを浮かべる銀羅に、香子は嫌な予感を感じて顔がひきつる。

 それに気付かない風鈴、同じ笑顔で対応。


「うん! 慣れない最初が気になるのは、他の人も共通だって思えて、私も親近感が……」

「か、風鈴ちゃん! 銀羅ちゃんの言ってるのはきっとそれじゃないわ!!」

「ふえ?」


 香子が警告するも遅く、


「……隙ありにょ~!」


 香子の声で振り返った風鈴に飛び掛かる銀羅。

 その手は迷いなく、風鈴の前の膨らみを捉える。


「ふえぇ!?」


 風鈴が驚く間もなく、銀羅はニンマリと手を動かす。


「ひゃあぁ!! ぎ、銀羅ちゃん!? や、やめっ……!? アハハハ!! く、くすぐったい~!!」


 にぎにぎと手が蠢く度に、風鈴の笑い声がログハウス内に響く。


「ん~! 今まではカオルンのがサバゲー部で一番だったけど……これはカオルンを超えてナンバーワン! カオルン、残念ながらチャンピオン陥落だにょ~!」

「……別に、そんな事でのチャンピオンなんて、気にはしてないから良いけど……風鈴ちゃんはあまり銀羅ちゃんのノリに慣れてないんだから、ほどほどにしてあげてね?」


 風鈴の胸を満足げに堪能している銀羅に、呆れた様子の香子だったが、銀羅は風鈴の胸を揉んだまま、キランと光らせた目を今度は香子……の胸に向ける。


「ひぃ! な、何!?」


 香子の表情は強ばり、胸を腕で隠しながら短い悲鳴を上げる。


「むふふ~! ギラちゃんはカオルンのも好きだから、負けても悲しまなくても良いにょ~カオルン!」

「だから、そんな事で何も悲しいなんて思ってないわよ! そういうセクハラなことで銀羅ちゃんに好かれても嬉しくない……っていうか、その手は何!?」


 ようやく風鈴から離れた銀羅だが、手は動きを止めずに香子にジリジリと寄る。

 同じだけ、香子も下がる。


「惜しくもナンバーツーにダウンしたとはいえ、カオルンのはカオルンので違う良さがあるから、カオルンのも引き続き継続して揉み心地を比べるにょ~!」

「な、何よそれ!?」

「さあ~それじゃ~カオルン! いつものように揉ませるにょ~!」


 などと言いながら、銀羅は香子(の胸)にターゲットを変えて突撃開始。


「い、いやぁ~!」


 香子は銀羅の魔の手から逃れようと逃走。

 しかし、狭い室内なのでいずれは捕まってしまうだろう……


「ふえぇ~~……」


 風鈴の方は、開放された後も腰が抜けたようにペタンと床に座り込んでしまう。


「えっと……風鈴ちゃん、大丈夫?」


 そっと近付いてきた角華が、風鈴を気遣う。


「は、はい……何とか……」

「ごめんね。銀羅ちゃんってあんな感じで、興味あるまんま突っ込んでいっちゃうのね……」

「そ……そう、ですか……はぁ~~……」


 風鈴は深呼吸で気持ちを落ち着け、逃げる香子と追う銀羅の二人を苦笑しながら眺める。


「……銀羅ちゃん、元気ですね?」

「まあね。キルギラちゃんの元気さに救われることも多いけど……絡まれたら大変ではあるわね」

「ふふっ! 見てる分には元気を貰えちゃいそうで良いですね! あ、そういえば……」


 ふと、風鈴が何かを思い出したように角華に向き直る。


「姫野宮先輩は、銀羅ちゃんからこういう風にされたりしたことあるんですか?」

「…………え?」


 風鈴の何気ない質問に、角華の顔が何故か固まる。


「……? 姫野宮先輩?」

「……えっ? あ、ああ! 私はね、銀羅ちゃんから揉まれたりとかは、特に無いかな~……」

「そうなんですか? って、それもそうですよね!」


 風鈴、聞いていながら自分で何やら納得して頷く。

 それに角華は更に顔をひきつらせる。


「……か、風鈴ちゃん? な、何が、それもそう、なのかな?」

「姫野宮先輩は一番上の先輩ですから、銀羅ちゃんにとっても尊敬出来る存在な訳で……そんな人には、いくら銀羅ちゃんでもしないってことですよね!」

「……あ……そっちの認識?」

「……? 違うんですか?」


 正解と思っていた風鈴は、角華の反応に首を傾げる。

 角華はというと、しばらく茫然と風鈴を見つめ返していたが、


「……ふっ」


 どこか諦念を感じさせる笑みを短い息と共に作り出す。


「……飛鳥への対応見ても分かるだろうけど、銀羅ちゃんの性格上、そういうのは無いよ……銀羅ちゃんが、私のところに来ないのはね……」


 視線を下に向け、


「……きっと、単純に…………質量がね……銀羅ちゃんには、物足りないだけだと、思うよ……」


 自分の体を見ては、自嘲気味に溢す。


「質量???」

「はぁ~……」


 ため息を漏らす角華を、風鈴は訳も分からず首を反対に傾げて見つめるのみ。


 角華のそれは、無いと断ずる程ではないのだが、風鈴や香子とでは比べられるモノでも、なかった……



 ※  ※  ※  ※



「……姫野宮先輩達、結構時間かかってますね?」


 風鈴達がシャワールームを使っている間、他のメンバーは外で待っていた。

 メンバーの性別を考えれば当然ではあるが。

 先に〔S・S・S〕を終えた浩介が玉守に話を振る。


「女性というものは、俺達男にはないような細々とした作業に存外時間が掛かるみたいだからな。ここは、気持ちを落ち着けてゆったりと待つのが良いだろうな」


 玉守は理解を示して、穏やかに話す。

 実際には、細々した作業以前に銀羅のセクハラのせいで時間がかかってしまっているのだが、男子にその内情を知る術はない。


「そうだにょ、ハヌマン! 女の子は色々時間使う事が多いにょ! だから、広い心で待ってあげれるのがモテる良い男の証だにょ!」

「まあ、待つ事自体は良いんだけど…………って、俺はそんな事より、もっと別の事が気になったんだけどさ……」


 同じように会話に加わってきた金瑠に、浩介はジットリと細めた目を送る。


「ハヌマン、どうしたにょ? キルちゃんの事、そんなに見つめて……はっ! もしかしてハヌマン、キルちゃんの事が気になっちゃったにょ!? やぁ~ん♪ 照れちゃうにょ♪」

「…………まあ、気になるっていう点では、間違っちゃいないよ。でもさ……気になったっていうのは……君が、男だった、って事なんだけどね……」


 頬を染め、金染めのサイドテールを揺らしながら、嬉しそうに体をくねらせる金瑠を、浩介は何とも言えない面持ちで眺める。


「ちっちっちっ! ハヌマンもまだまだだにょ!」


 人差し指をメトロノームのように振り、何故か得意げ顔の金瑠。


「キルちゃん、自分のことを女の子だなんて一度も言ってないにょ! キルちゃんは、れっきとした男の子だにょ!」


 〔S・S・S〕を利用するためにシャワールームにいた浩介、着替えていたら金瑠まで普通に入って来て驚かされていた。

 双子の銀羅と同じでちょっと幼く、女子のように可愛らしい見た目な上、出会った当初から女子の制服を着ていたため、浩介も女子と思い込んでいた。


「そりゃ、そうとは言ってなかったけど……最初に会った時、女子の制服着てたよね?」

「女の子の制服は可愛いにょ! だからキルちゃんも好きで着てるにょ!」

「先生とか、何も言わないのかな……?」

「うちの学校、外見とかそんなにうるさくないし、今までも女子の制服着てたけど、特に何か言われたりとかもしてないから、きっと問題無いって事だにょ!」

(……外見云々なだけじゃないよな? この場合……問題無いって認識の学校自体に問題有るような……入学しといて今さらだけど、うちの学校、大丈夫なのかな……?)


 あまり深く考えてはいけなく感じてきた浩介は、意識を現状に戻す。


「それにしても……まあ、この際女性陣に関しては良いとして、忍足先輩と大和も、ちょっと遅いような気が……受付ってそんなに時間かかりましたっけ?」

「いや? 俺達も、ここではもう常連だからな。既にチーム登録もしてあるし、スタッフとも顔見知りだから時間かかる事は無いはずだが……」


 言いながら、玉守も生徒手帳で時間を確認する。


「……そう言われてみれば、確かに遅いかもな。何かあったのかもしれん」

「もしかしたら、可愛いコスプレイヤーがいたから、気になって写メを撮りまくっているかもしれないにょ!」

「金瑠じゃあるまいし、あの二人がそんな事に興味あると思えないよ」

「う~……金瑠じゃなくて、出来たらキルちゃんって言って欲しいにょ……」


 などと溢す金瑠は無視して、浩介も生徒手帳を取り出して時間確認。


「……ん~、もう少しかかるようなら、一度電話でもして……」

「おっ! 噂をすれば、ようやく来たみたいだぞ?」


 言いかけて、玉守の言葉に浩介と金瑠が前を向くと、入口近くの受付から出て来て急いで駆けてくる飛鳥と大和の姿。

 施設の奥の方にあるこのログハウスとかなり距離があるため、少し時間が掛かる。


「お~やっとか……って、あれ? 忍足先輩と大和、何か言い争ってません?」


 こちらに走りながら怒鳴って話すような飛鳥と、それを受けてやや困惑気味に見える大和に、怪訝な顔の浩介。


「……ふむ。何かしらトラブルが発生したのかもしれんな?」

「成る程にょ……きっと、コスプレイヤーの好みが分かれて言い争いを……」

「それは無い。とにかく、来たら事情聞きますか……」


 金瑠の意見を浩介が途中でぶったぎる。

 そして、未だ何かで言い合いながら走ってくる二人を出迎える。



 ※  ※  ※  ※



「……本当に、大丈夫ですか? 忍足先輩」


 飛鳥と並走しながら、心配そうな様子で走る大和。


「テメェは心配し過ぎなんだよ大和! チキンか!? そんなに気にしてるんじゃねぇよ!」

「いや、しかし……メンバーに相談も無しに決断するなんて……せめて、玉守部長か姫野宮先輩には相談してからでも遅くなかったのでは? 同じ学年なんですし……」

「いやダメだ。特に角華にだけはな。アイツに言えば絶対に反対されるだろうからな」

「やはり反対される事案なんじゃないですか……」


 受付を出てからの困惑顔を更に濃くする大和。

 だが飛鳥は、逆に不敵な笑みで応える。


「ふん! 良いんだよ、こういう事は勢いで行けばよ! それに勝ちゃいいだけの話だからな!」

「そう上手くいくかは疑問ですが……」

「上位ランカーのくせにマジでビビりか大和! お前の働きにも期待してるんだから頼むぜ!」

「これはランクだとか関係ないですよ……まあ、自分も最善は尽くしますよ」


 会話しながらも走り続け、他のメンバーがいるログハウスに到着した二人は待機していた玉守ら三人と合流。


「今、戻りました」

「大和、お帰り~」

「ずいぶん時間かかっていたみたいだな。何かトラブルでもあったか?」

「可愛いコスプレしてた人はいたにょ?」

「は? コスプレ? んなやついるかよ。まあ、トラブルってのは合ってるがな……ってか、女子はまだ〔S・S・S〕終わってねぇのか!?」


 飛鳥はログハウスの方に目を向けると、ちょうどドアが開き、中から女子達が迷彩服に着替え終えて出てきた。


「ごめんね、遅くなっちゃって!」

「遅せぇぞ! いつまで時間かけてやってるんだよ!」

「えっと……色々あって……ねぇ?」


 角華が、隣にいた風鈴に同意を求めると、風鈴も微妙な苦笑いしか返せない。

 その更に横には、ニコニコ笑顔の銀羅と、既に疲れ気味になっている香子の姿。


「ん? 水城、お前何でもう疲れてんだよ?」

「……いえ……銀羅ちゃんに、追いかけ回されてました……」

「遊んでるんじゃねぇよお前ら! そんなんで疲れた上に遅れるとかどういう了見なんだよ!」

「飛鳥、お前も人の事言えないだろう。疲労はともかく、トラブルとやらを考慮しても、他のメンバーを急かす事もないんじゃないか?」

「え? トラブル? 何かあったの?」

「いや、受付に行った飛鳥達が遅くなった理由があるらしいんだが、それをちょうど飛鳥から聞こうとしてたところだったのさ」

「ふ~ん。それで飛鳥、何があったの?」


 角華が飛鳥に問い返すと、飛鳥はやや不機嫌そうにフンと鼻息を吹き出す。


「……俺が嫌いな、嫌みな奴がいたんでな、口論になってたんだよ」

「……もしかしてそれって、 金蔵君の事?」

「おっ! さすが良く分かってるじゃねぇかよ角華!」

「アンタがそんな言い方するのは大概、金蔵君位しかいないじゃない……」


 聞いて呆れる角華。


「あの、玉守部長? その、金蔵っていうのは誰なんです?」


 浩介が、玉守にそっと尋ねてみる。


「金蔵権ニ。 茶川さがわ高校サバゲー部の部長でな。俺達、新河越高校以外にもこの〔DEAD OR ALIVE〕を縄張り的なフィールドにしてるチームはいるんだが、茶川高校もその一つなんだ」

「茶川……位置的には反対ですけど、このフィールドがある場所から考えたら、確かに新河越と同じ位には近いですね?」

「ああ。飛鳥と角華君は、金蔵と小さい頃からの馴染みらしくてな。そのせいか、飛鳥にとっては因縁の相手って事で、出会う度に揉めていたよ。まあ、大体は飛鳥の方が突っかかっていく場合が多かったんだがな……」


 ひそひそ話とまではいかないが、トーンを落として説明している玉守の声を飛鳥も聞き取った。


「上から目線なのが気に食わないんだよ! 俺は今でもあの野郎のがランク上だなんて認めちゃいねぇんだよ! ついでに、金持ちだってのも気に食わねぇ!」

「飛鳥、お前の言い方だと ひがんでるようにしか聞こえないがな」

「ねえ、飛鳥が金蔵君に突っかかったっていうのは分かったけど、本当にそれだけ? 飛鳥の事だから、他にも何かありそうな気がするんだけど……」


 玉守に睨み返していた飛鳥、角華の問いに対しては、不敵な笑み(銀羅の言う根倉な微笑み)で応じる。


「な、何よその顔……」

「ふっ……今日こそはあの野郎をギャフンと言わせてやれると思ったら、嬉しくてよ……くくくっ……!」

「「お~! これは絶好のシャッター……」」

「ディスり写メはもう良いんだよバカ双子ども!! それよりテメェら、早く支度しろ!」


 金瑠と銀羅を怒鳴りで制しながら、その場の全員に聞こえるように飛鳥は声を張り上げる。


「ちょ……! 無駄に声大きくしないでよ……! それより、支度って何の支度よ?」

「決まってるだろ! 試合だ試合!!」

「……は?」


 自分の耳を手で塞いでいて良く聞き取れなかった角華が、怪訝な顔を飛鳥に向ける。


「今から、金蔵の野郎どものチーム、ブラッドレインと公式戦をする! もう申請はしといたからな、気合い入れてやってもらうぜ!!」


 飛鳥の宣言に、角華は一瞬、訳が分からないように目を丸くし、


「…………はあぁぁぁ!!!?」


 その一瞬後、今日最高となる甲高い叫びを上げた。

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