サバゲー好きな転校生

 今はちょうど朝のホームルームの時間。

 2年4組に入る事になったその転校生、


「……それでは赤木君。簡単に挨拶と自己紹介、頼むよ」

「はい!」


 クラス担任の吉川から促され、自分の名前を黒板に描いて振り返る。


「今日からこの2年4組の生徒になります、 赤木大和あかぎやまとです! よろしくお願いします!」


 良く通る声を教室に響かせ、一礼してから頭を上げる。

 その大和という男子転校生、身長こそ平均並みといったようだったが、体格は割と良い。

 髪の色は、一般国民的な黒色。

 自由な校風故に髪色も制限が無い新河越高校では、生徒達の髪も彩り豊か。

 そんな中では黒も多くは無いため、この学校内ではある意味で珍しい色に感じられるかもしれない。

 顔はなかなかに整っていて女子受けは良さそうである。

 なので、教室内の反応は様々だった。

 女子は興味津々、男子は微妙といった様子。

 大和は黒板の側を離れて教室の真ん中辺りに歩いていく。

 そして、そこに座っていた女子生徒に爽やかな笑顔で何やら差し出す。


「……俺がまた黒板のところに戻ったら、それを開いて分かりやすく見えるよう、上に上げてもらっても良いかな?」


 その女子生徒はドキッとした様子で、それを受け取る。

 見ると、それはトランプのようだった。

 裏を上にして渡しているため、中身はまだ分からない。

 大和は振り返って黒板のところに戻ったので、女子は言われた通り、そのトランプを開く。

 そこに描いていたのは、ハートのエースだった。


「……あっ……えっ……?」


 女子は何やら困惑しつつも、少し嬉しそうにしながら、上にそのトランプが周囲に見えるように掲げる。

 それを見た他の生徒もまた、様々な反応をしていた。

 ここから一体何が始まるのか? という興味だけは一致しながら、教室内の全員がトランプに注目していた。


 パァン!!!


 突如教室に音が鳴り響き、女子生徒が持っていたトランプに何かが当たって飛ばされる。

 その状況に全員が、舞い飛んでいったトランプを一瞬だけ目で追った後、視線を大和に戻す。

 大和は何かを持ち、トランプに向けて構えていた。


「……俺には1つ、目指すべき夢がある」


 大和が構えていたもの……それは……銃、だった。


「誰だって、自分がやり抜こうと決めたものなら頂を目指したいと夢を描く事は多いのではないか? それは、俺も同じく!」


 銃口を上に構え、大和はクラスメート達に先ほど以上の輝くような笑顔を贈りながら、


「目指すはサバゲー世界一! 改めて、よろしく!!」


 自己紹介を決めた。


 その後、 エアガンを教室でいきなり使用した事で担任の吉川から怒られる大和を見ながら、


「……あっ……あの人……もし、かして……」


 女子生徒が1人、教室の端の席でポツリと溢していた。



 ※  ※  ※  ※



 新河越高校に転校した初日、最初の授業が終わった休み時間……


(……自己紹介は失敗、か……やはり慣れない事はするものじゃないな……)


 自分に割り当てられた椅子に座る大和、顔には出していないものの少し気落ちしていた。

 本来、大和はこういう場面で派手な事をする性格ではなかったのだが、最初の挨拶のために掴みが大事とばかりに考え、前日に急遽思い付いたものだった。

 受けは正直、よろしく無かった。

 クラスメイトからは微妙な距離感と雰囲気が漂っていた。

 また、担任の吉川先生からも、「教室の中でエアガン使っていい訳ないだろう!!」と怒鳴られてしまった。

 エアガンの使用は基本的に許可された場所以外では禁止されている。

 今の時代、安全に取り扱いされてさえいれば持ち込み出来るところ自体は多くなってきているものの、無闇に発砲するのは禁止。

 フィールドでもゲーム中以外はマナーに反するし、 安全地帯セーフティエリアに至っては論外。

 まして、ここは学校……使用可能の是非など問うまでも無い。

 それを承知で敢えて実行に移した訳で、それで叱責を受けるのも仕方がないと大和は思っていた。

 しかし、自身で蒔いた種とはいえ、このように浮いた状況になるのは少し堪える。


(今は仕方ない。気持ちを切り換えて、今日すべき事に専念しよう。まず、授業をきちんと受けよう。それから……)


 頭の中でこれからの行動指針を組み立てようとした時だった。


「やっほ~!」


 大和に声を掛けてきた者がいた。


「ん?」

「何かお困りな事はないかな~転校生君? なんてな!」


 大和は、ハキハキと話してくれたこの男子生徒に目を向ける。


「君は?」

「俺、 浜沼浩介はまぬまこうすけ! 浩介って呼んでくれれば良いよ! そっちの事も大和って、名前で呼んでもいいか?」

「あ、ああ。俺は構わない。それで、何か用があったか?」

「いや~なかなか面白い紹介してくれたから、これはお知り合いにならないとな~って思ってさ!」

「そのためにわざわざ来てくれたのか?」

「もち! それに、転校してきてこの学校で分からない事も多いだろうからさ、色々教えるよ!」

「それは助かる、ありがとう」


 素直に礼を言う大和に、笑顔を返す浩介。

 見た目はやや長めな茶髪という以外はあまり特徴はなさそうな感じの浩介だったが、ニカッと人の良さそうな笑顔を向けてくれるのが好印象だった。


「それにしても最初さ、女子にトランプ渡しにいって、めくったらハートのエースだった時には、まさかのナンパか!? とも思ったよ。そしたら、それを撃ち抜くなんてな!」


 休み時間でたまたまいなくなった前の席の椅子を寄せて腰掛け、浩介は話を続ける。


「ターゲットの心臓を撃ち抜く、という意味合いで考えたデモンストレーションのつもりだったんだが……」

「それにしたっていきなりエアガン使うのはさすがにまずいだろ! 皆、ゴーグルだって付けて無いんだからさ! でも良かったな? うちの高校が割とぬるくて。もし厳しかったらえらい事にもなったかもな?」

「かもしれないな。それに、吉川先生にも感謝しなければいけないな……」

「そうだぜ~!  吉川ヨッシーだって結構温厚な方なんだぜ? あんなに怒鳴ってるの、初めて見たよ! まあナンパ目的のキザ野郎じゃなかったっていうのは良かったかな~! ハハッ!」


 軽い口調と笑顔、楽しげな笑い声を上げる浩介に、大和も声には出さずも自然と微笑んでいた。

 色々言われたとしても何となく憎めなくなるような雰囲気がこの浩介にはあった。

 そして同時に人の良さも大和は感じた。

 明るく気さくな浩介のノリは、ちょっと押しが強い感じがしないでもないが、最初のやり取りで大和がクラス内で浮いてしまうのではないか? との懸念もあって、話しかけてくれたのだろう。

 悪意を感じない人柄の良さには好感が持てる。

 何より転校したばかりで知り合いもいない上に、変な演出をしたせいで周囲が引き気味になってしまった今の大和には、こうして積極的な浩介の存在がとてもありがたく思える。


「それでさ、1つ聞きたいんだけど良いか?」

「何かな?」

「最初の自己紹介で言ってた、サバゲーで世界一を目指すって、本気で言ってるのか?」

「ああ、もちろん本気だ!」


 浩介の問いに、大和は力強く頷いて答える。


「俺は今年に行われるサバゲー世界一を決める、World SurvivalGame Championship (WSGC)に日本代表として出場し、チームを勝利へと導いて日本を世界一にするのが目標だからな!」

「そっか、もう今年なんだよな~WSGC! でも、それで世界一目指すだなんて、ずいぶんデカイ目標掲げてるよな? そこまで言うからには、大和って上位ランカーか?」

「現在はAランク。あと何回か特定の試合をこなすか、上位ランカーを崩せばA+に昇格出来そうだ」

「マジで!? スゲェじゃん大和! この学校じゃA以上なんていないぜ? せいぜいがB+止まり……いきなりこの学校の頂点に君臨してんのな!」


 まるで自分の事のように、目を輝かせて興奮している浩介。

 自意識過剰なつもりはないが、そこに自身への尊敬を持ってくれてるように思え、それが大和はとても嬉しいと感じる。


「別に俺1人だけでここまでこれた訳じゃないさ。サバゲーは本来、例外を除けばチームの練度あってのものがあるからな。俺はチームに恵まれたのさ。それに、上には上がいる……最低でもA+の更に上、Xランク以上は目指したいと思ってる」

「いや、まあそりゃそうなんだろうけどさ。はぁ~……スゲェよ、大和って意識高ぇのなぁ~……」


 浩介が感心してくれてるのに対し、少し照れ臭い部分があっての返しだったのは否定出来ない大和だったが、実際問題、上を目指すための向上心が必要不可欠なのも事実。


「ん~……世界一が目標、か……それまた壮大な話だよな~。そうか世界一、か……」


 ふと、大和は言い淀む浩介の対応が少しだけ気になった。


「……何か気になる事でもあるか? 浩介」

「えっ? あ、ああ。何というか……その……」

「別に言いたい事があるならはっきり言ってくれて良いからな? 気になる事、あるんだろ?」

「……まあ、大したことじゃないんだけどな。大和はさ……」


 浩介の言葉は、授業開始のチャイムに遮られる。


「……っと、授業始まるな! 後で聞くわ!」

「分かった」


 次の授業の教師が来る前にいそいそと自分の席に戻る浩介。


 浩介の質問が何であるのか……予想の域を出ないが、大和には何となく分かる気がした。

 浩介が聞いてきた時にはきちんと答えようと心に決め、次の授業のために準備を始める。

 季節は、夏……開けられた窓から、眩しい日射しが入り込む。

 屋外でサバイバルゲームを行うには最適な陽気だった。



 ※  ※  ※  ※



 昼食になるまで気持ちを授業用に意識したまま過ごしていく。

 そして、ようやく昼食の時間。

 大和は浩介と一緒に食堂へと向かっている。


「それで浩介。この新河越高校でのサバゲー状況はどうなってるか教えてもらいたいんだが、良いか?」


 その道すがら、大和は浩介に尋ねてみる。


「サバゲー状況?」

「ああ。チームだとかメインとするフィールドなどだな。この学校、もしくは近隣にサバゲーチームの1つくらいあると思うんだが……」


 大和が聞いたのはサバゲー関連の事。 


「そりゃ近隣にも社会人チームみたいのもいくつかはあるし、この学校にもあるけど、すぐにチームに入るつもりか?」

「もちろんさ! 早めにチームに馴染めるならそれに越した事は無い。当然だけど、サバゲーやるのに1人ではどうにもならないからな。ここに来たからには、新たなチームの一員となって勝利に貢献出来るようにしたいのさ。学校にあるというなら、俺の所属はここで良いさ。その社会人チームのところにも顔を出して、親睦を深めるために一戦交えるのもいいな。あとは……ぶつぶつ……」

「ハハッ! 本当にサバゲー好きなんだな、WSGCを目指すというだけはあるよ」


 これからの行動予定を呟く大和を面白そうに見ていた浩介だったが、その顔が急に真顔に戻る。

 そして急にキョロキョロと周囲の様子を伺い、声を潜める。


「(……大和さ……本当~に、この学校のチームで世界目指すつもりなのか?)」

「(……? どういう意味だ?)」


 大和は答えるよりも先に疑問を返す。

 実際、聞いたその時は浩介の言葉の意図を理解しかねたからだ。


「……さっき言いかけた事なんだけどさ……とりあえずまずは学食を食うか。腹減ってるし、時間も勿体ないからさ。食べながら話すよ」

「……分かった」


 同意の頷きを示す大和。

 食べながらというのは行儀悪く感じるが、時間が有限であり、このままは勿体ないというのも事実。

 浩介の案内を受け、食堂の中に入る。



 ※  ※  ※  ※



 カウンターでカツカレーを注文した大和、それを受け取った後、浩介と共に空いている席に座る。

 食事をするにあたり、大和は腰にあるハンドガン、コルトガバメントをホルスターごとテーブルに置く。

 弾は抜いておいたので誤射は無いのだが、座る椅子に当たってしまって気になるので、外してテーブルに置いておいた。

 食事を進めながら、大和は浩介が伝えたかった事を聞いた。


「……強いチームが無い?」

「そうなんだよ。まず、うちの高校って特に有名な何かがある訳でもないからさ。この近所に住んでれば学力とかそれほど関係なく入れるみたいだけど、それだから何かを目指して入るっていう人はいないんだよな~」


 言ってから、浩介は味噌ラーメンの麺をすすっていく。


「つまりは、全般的に実績が無いから学校自体の魅力も無い……そのせいで、人材も集まらない、か……」

「……もぐもぐ……まあ、そういう事。だから、経営も微妙でさ……むぐむぐ……せめて、最新設備が充実してればマシだったかもしれないけどな……」


 食事しながらのため、浩介の言葉がその都度途切れる。

 大和も自分の食事を進めつつ、改めて周囲を観察する。

 この新河越高校は田舎な方の学校に分類され、校舎自体も古臭さが見られる。

 最新には程遠いと、誰もが見て分かるだろう。

 麺をスープと共に流し込んだ浩介は続ける。


「そんなんでさ、サバゲーでレベルの高さとかは見込めないんだよ。まあサバゲーに限ったことでもないけど……ほら、さっきも言ったろ? この学校には、上位ランカーがほとんどいないって。良くてB+が最高でさ、チームの成績だって良いわけでもないし……」

「……ふむ」

「ここだけが一際悪いというんじゃないんだけど、この近辺って全体的に強豪と張り合える実力のあるチームが無いんだよな……大和がさ、凄く気合い入れてるのを見てて、なかなか言い出せなくてさ。悪かったな……」


 浩介が、まるで自分がやらかしてしまった事であるかのように、謝ってくる。

 だが、大和にとっては予想していた通りだった。


「……いや、別に何も問題はないさ」

「……へっ?」


 大和の答えは、浩介には逆に予想外だったようで、目を丸くして大和を見返す。

 驚いたようなその顔が少しおかしくて、大和はつい口の端をやや歪めてしまった。


「サバゲーで実績があるかどうかは、ここに転校すると決まった時点で調べてあるさ。この近辺に強豪が無いという事も分かってる。でも、それでも良いのさ」

「良いって……本当に良いのか!? 世界行きたいんだろ!? こんなところにいたら、目指せるものも目指せなくなるかもしれないんだぜ!?」

「実績が無いから上に行けないとか、世界を目指せないだなんて、そんなのはやってみないと分からないさ。実績が無いなら、今から作っていけばいい」


 今でこそ実績が出て人気のある学校も、最初からそうだった訳ではなく、志を持って高みを目指してひたむきに努力出来る人が集まって成し遂げようとするから結果がついてくる……というのが、この大和という少年の信念だった。

 環境の優劣や人気、実績の有無は高く上がりやすいだろうが、それを理由に諦めるのは確かに言い訳に過ぎないかもしれない。


「それに、転校自体は父さんの仕事の関係でどうしようもないことなんだ。でも、場所が変わろうともサバゲーを続けたい気持ちは変わらない……どんな環境だろうと、自分を貫く事まで変える気はないのさ」

「大和……」

「とにかく、俺は上を目指すのを諦めるつもりはないさ。だから、案内して欲しい」

「……そっか。そこまで言うなら、分かったよ!」


 大和が薄く微笑むのを見て、浩介は気持ちが楽になったように大和と笑みを浮かべ合わせる。



 ※  ※  ※  ※



 昼食で胃を満たした大和。

 浩介と共に教室に戻るために食堂を後にするはずだったのだが、


「……しまった、銃をテーブルに置き忘れた」


 自分の銃をそのままにしてしまっていたのを思い出した。


「悪い、浩介。銃を取ってくるから待っていてくれるか?」

「朝の自己紹介用のやつだっけ?」

「ああ。普段は決められた時以外には殆ど持ってこないんだが……」

「そっか。待ってるから、早く回収してきなよ!」

「了解」


 ニッと笑みを見せて待ってくれる浩介に、同じように笑みを返して食堂に引き返す大和。

 サバゲーが主流となった現在において、運用自体を誤らなければエアガンそのものに危険性は無く、巷に多く普及するようになったため、目に付くことも特に珍しくは無くなった。

 こうして廊下を進む間にも、何人かの生徒はエアガンを備えている。

 大和が叱責を受けたようにホームルームや授業中、行事など、何かやるべき事がある場合を除けば、エアガンを扱っても良い事になっている。

 ある者は大和が使っていたのと同じようなハンドガンを手に持っていたり、腰に下げてみたり。

 また、ある者は少し大きめのを担いでいたり、足元に置いていたり。

 大きめ、といってもハンドガンと比べてという意味で、アサルトタイプのエアガンはサバゲーをメインに活動する大概の者にとっての標準規格。

 そして、目にするエアガン全て、弾が込められたマガジンが外してある。

 こうして外に持ち出す時は、いかなる場合でも弾が出ないようにマガジンを外し、更に中の弾を全て取り除いてから持ち運ぶのがルール。

 サバゲーが広まった現在においても、弾の誤射、或いは暴発の危険性を視野に入れて扱うのは当然の事。

 大和もホームルームが終わった段階で弾抜きはしてあり、マガジンも取り除いてあり、弾は出ないようになっているので置いていても問題はない。

 ただ万が一、他の誰かが持っていき、弾を詰めて発砲したことが原因で誰かに迷惑をかければ、大和の故意ではないにしろ、置き忘れた責任は問われるかもしれない。

 早めに回収出来るに越したことはない。


 大和は食堂の入口の近くまでたどり着いた。

 食堂に入ろうとした時、1人の女子生徒が慌てて出てきたのでそれを先に通してから中に入ろうとしていたが、


「……あっ! あのっ!」


 その女子生徒に呼び止められる。


「ん?」

「あの……あ、赤木、大和さん……です、よね?」

「何故、俺の名前を……?」


 こんなところで名前を呼ばれた事に少なからず驚いた大和だが、問いかけて思いとどまる。

 この女子生徒が同じクラスメイトなら大和の名前を知っていたとして何ら不思議は無い。


「それはその……お、同じクラスで自己紹介を聞いていたの、で……その……」


 思った通り、クラスメイトだったようだ。

 改めてその女子生徒と向き合い、その姿をきちんと見直してみる。

 その女子生徒は、大和と同じ黒色髪のショートボブに、化粧や装飾品などが全くない顔は地味で大人しそうな印象ではあるが、顔のパーツは整っていてかなり可愛い。

 若干俯きつつも上目遣いでこちらを見てくる様子や、自信なさげな声質さえ改善すれば、印象も大分変わるだろう。

 あと、特筆すべき点……それは胸、だ。

 大和はあまり意識して比べたりするつもりもなかったが、同年代の他の女子とは明らかに次元の異なる大きさ……

 向き合うとどうしても目がいってしまう。

 このクラスメイト女子に失礼になってしまう気がするので、大和も敢えて意識から外すように心掛けたいとは思っているのだが……


「そうか……それは済まない。自分のクラスメイトについてまだ完全に把握しきれていないんだ」

「あっ! そ、それはいいんです! 大和さん、今日来たばかりで何も分からない事ばかりだと思いますし! クラスメイトの名前とか知らなくても仕方ないです!」


 大和が謝罪すると、慌てて首を振る女子生徒。

 それに合わせて前の膨らみもプルプル震える。


(……参ったな……これは正直、かなり気になってしまう……)


 大和も、対応に困っていた。

 ガン見する訳にもいかないし、かといって視線を完全に外すのも会話する上では失礼だ。


「ただ、私の場合は……もし、大和さんが私の事を、覚えていてくれてたら、嬉しかったかな~なんて……思っちゃったり……」

「……覚えて?」


 相手の目を見て話をするという会話の基本に立ち返ろうとした大和は、そのクラスメイト女子の言い方が気になった。

 嬉しいというのも少し大袈裟な気がしたが、それよりもその表現に違和感があった。

 今日来たばかりで名前を知らなくても仕方ない、と言ってくれたにも関わらず、ある種の矛盾すら感じる。

 彼女の表現のニュアンスからすると、今日の内での話ではなく、もっと過去に会った事があるような……そんな感じだ。


「……あ、で、でも今は良いんです! それよりあの、これっ!!」


 その子は大和が何か思い出す前に言いきり、そしてバッと何かを差し出してきた。


「それは俺の……」


 手渡されたのは大和が食堂のテーブルに置いたままにしていたコルトガバメントが入ったホルスターだった。


「私も出ようとしたら置いてあったので、届けようと思って……」

「おお! ちょうど取りに戻ろうとしたところだったんだ、ありがとう!」

「い、いえ! は、話し掛けるきっかけにもなったので、私としても良かったかな~? なんて……」

「そうだったのか。けれど、よく俺の物だと分かったね? この手の落とし物なら、最近では珍しくないと思うのだけど……」


 大和は自分の忘れ物を受け取りながら訊ねると、その子は大和を見ながら少し言いづらそうにしていた。


「何かな?」

「……そ、その……し、食堂で大和さんが座った位置は、確認してたので……」

「えっ?」

「ああっ! あの、違うんです!! べ、別に大和さんが食堂に行ったのを追いかけて入った訳ではなくて! わ、私も食堂利用するので入っていったらたまたま大和さんを見かけたので! それで覚えていたと言いますか……!」


 何やら慌てて弁明している目の前の女子からは、遠慮がちながらも親しげな雰囲気を口調から感じる。


「間違っていたら申し訳ないけど、俺と君とは昔会った事があったかな?」

「は、はい……でも、その……覚えて、ないですよね? 私、昔から地味でしたし……」

「いや、そんなに自分を卑下することはないけれど。しかし、やはりそうだったか……こちらこそすまない……君がきちんと覚えていてくれてたのに、俺の方が忘れているなんて……」

「そんな事ないです! 私が、覚えてもらえる程の存在じゃなかっただけで、その……」

「おいおい~大和~! せっかく俺待ってるってのに、放置でそのままナンパか? 油断も隙もないよな~!」


 大和が振り返ると、浩介がニヤニヤしながらこちらに向かってきていた。


「ああ、すまない浩介。俺の銃をわざわざ持ってきてくれたのでお礼しようと思っていたらクラスメイトで、しかも知り合いだということで話を聞いていただけなんだ」

「クラスメイトで、知り合い?」


 浩介はその女子生徒を確認。


「……って、 千瞳せんどうさんじゃん」

「千瞳さん?」

「うん、 千瞳風鈴せんどうかざりさん。確かにクラスメイトだよ」

「は、はい……」


 名前を確認出来た大和は改めて、千瞳風鈴と呼ばれたその女子を見直す。

 モジモジとしながら大和を見ては目が合うと、何やら頬を染めて視線を宙にさ迷わせている。


(この千瞳さんの行動をどう解釈したものか……しかし、千瞳風鈴さん、か……確かに昔、どこかで聞いた気がするような……)


「それにしても、転校した先でのまさかの運命の再会か! すごい偶然だね!」

「は、はい。でも、私が地味だったせいで、大和さんに思い出してもらえなくて……」

「マジで!? おいおい大和、早く思い出してやれって! 女の子の出会いを忘れるなんて男として最低だぜ~?」

「あ、ああ……」


 せっかくの再会で、知り合いという事で話しかけてくれた彼女のためにも、何とかして思い出しておきたかった大和なのだが、風鈴と呼ばれたこの女子生徒を見続けるものの、その顔と過去に出会った女性の顔の記憶とが大和の中でなかなか符合しない。

 ずっと見ていると、風鈴はどんどん顔を赤く染め続け、とうとう顔を背けてしまう。


(……いけない、あまり見続けるのも、人によっては不快か)


 いっそのこと、思い出せない事を謝罪して確認を取ってみた方が早いかもしれないと、大和は思い始めていた。


「な~大和、まだ思い出せないのか?」

「あ、ああ……決定的に分かる何かさえあれば、と思うが……」

「決定的って……そこまでのものがないと思い出せないのかよ~……」

「い、いえ! 仕方ないです! 思い出せるほど特徴がなかったのは昔から自覚して……あっ! そ、そういえば!」


 またも自虐的になりかけた風鈴は何か思い出したのか、右手を左側の腰の辺りにあるポーチに手を伸ばす。


「……こ、これに見覚えはないですか!?」


 風鈴が大和に、そのポーチから取り出した何かを見せてきた。


「こ、これは……!! ワルサーじゃないか!!」


 それを見た大和の表情と声には驚きが含まれる。

 風鈴が見せてきたのは、一丁のエアガンだった。

  グリップという持ち手部分が茶色く、 銃口マズル部分が筒状のように出ている独特の形状をしたハンドガン、ワルサーP38。

 様々な作品に出ているため、未だに知名度が存在する銃の1つである。


「これは昔、大和さんが私にプレゼントしてくれたものなんです!」

「……これを、俺が? 千瞳さんに?」

「はい!」


 力強く頷く風鈴と、その手に乗ったワルサーとを交互に見比べる大和。

 不意に、大和の記憶が蘇る……


 大和が小学校中学年くらいの頃……確かに、出会ったことがあった1人の女子にワルサーを渡した覚えがあった。

 どういう経緯で出会ったかまでは思い出せなかったが、大和の記憶の中でもとにかく大人しい印象の子で、銃を渡した時に良い笑顔を見せてくれていた。

 強烈に思い出せるほどの特徴は確かにない……が、ワルサーを渡したという事実と物的証拠に足る現物そのもの。

 それらが、当時出会った小さな少女の面影と、目の前の風鈴の雰囲気とが、大和の中でピタリと当てはめられた。


「そうか! あの時の女子が君か!」

「思い出してくれましたか!」

「ああ。そのワルサーをプレゼントしたなんていうのは1人しかいないからな」

「ふわぁ……思い出してもらえて嬉しいです! 忘れられていても仕方ないとは思ってましたけど……ずっと持ってて良かったです!」

「そう言ってもらえて、渡した俺としても嬉しい限りだよ」

「……ちょ、ちょい待ちちょい待ち、お2人さん!!」


 お互いの話が進展しようとしたところで、浩介が我に返ったように慌てて割って入ってくる。


「あ、あのさ! 俺少し聞きたいことがあるだけど良いかな!?」

「おっと、すまない浩介。すっかり話し込みかけてしまいそうになった。もちろん、俺は浩介も参加してくれて構わないと思うけど、千瞳さんはどうかな?」

「えっ? あ、わ、私も大丈夫です! はい……」

「あ、いやいや! 別に俺はせっかくの出会いを邪魔するつもりもなくて、大和と千瞳さんに積もる話があるならむしろ俺は聞いてるだけでも良かったんだけどさ! 1つ、大和に聞きたいことがあって……」

「俺に? 一体何を聞きたいと……」


 聞き取ろうとした大和の肩を引き寄せ、風鈴から少し離れる浩介、


「(……なあ、大和。本当にあんな物をプレゼントしたっていうのか?)」


 耳打ちして声を潜めて質問をしてきた。

 やはり内密にしたかったようなのだが、友人になったとはいえ、浩介の言い方が大和には少し気に食わなかった。


「(……あんな物というのは酷くないか? ドイツの銃製造名門メーカーのワルサー社が開発したハンドガンの1種で、当時の俺にとっても大事な宝物なんだ。それを渡すのは、俺なりの友好の証だったんだが……)」

「(あ、ああ、それは悪い! でもさ、相手が男友達とかならともかく、女子だぜ? 何かこう……他に選択肢はなかったのか?)」

「(そう言われても、当時の俺が持ってるもので渡しやすいものがワルサーしかなかったからな。アサルトライフルみたいなものより、携行性を考慮したハンドガンの方が扱いやすくて保管もしやすいと考えたのさ)」

「(おいおい……考えた末にそれかよ……)」


 大和としてはそこまで悪いチョイスではないと思っていたようだったが、肩を離して大和を開放した浩介の視線が冷たい。


(……ワルサーを渡したのは浩介としては不評みたいだが……何がいけなかっただろう? ……もしかしてあれか? ワルサーがエアーコッキングガンだったからか?)


 大和は、これでもかなり真面目に悩んでしまっていた。


 大和が渡したハンドガン、ワルサーP38は手動で銃内部の空気を圧縮して、装填した弾を1発ずつ撃っていくという、スナイパーライフルに採用されているのと同じタイプ。

 そういう銃の事を総称としてエアーコッキングガンといい、エアコキとも略される。

 サバゲーでは電動やガスなど、撃ち出す機構にいくつか違いのある様々なエアガンが存在するが、今も主流として使われているのが電動タイプ。

 アサルトライフルなどはトリガーを引いたままにすれば連続して弾を撃ち出せるフルオート、トリガーのタイミングに合わせて1発ずつ撃ち出すセミオートと切り替え可能。

 ハンドガンでも単発発射ながら装填する手間がなくて実戦では扱いやすいオートマチックが採用されているものがほとんど。

 対して、エアコキは1回ずつの手動装填のため、連射が難しい。

 一長一短は当然あり、戦略や状況にもよるが、エアコキは実戦ではかなり不利な材料が多い……というのは、サバゲーを慣らしたプレイヤー諸氏には今さら語るまでもない知識ではあるだろうが、当時の大和にとってワルサーP38は種別以上に好きな銃の1つだった。


「ま、まあいいや! もうすぐ昼休みも終わるし、とりあえず教室戻ろうか? 朝怒られたばかりで授業にも遅刻なんて、初日から2回も怒られるのは大和も嫌だろ?」

「あ、ああ、そうだな。すまない」

「千瞳さんも一緒に行こうか」

「は、はい……すいません……」

「いや、謝られる程のことでもないけどさ……話は時間に余裕ある時にしようか」



 こうして、大和達3人は教室に戻り、次の話をするのはサバゲーチームのところに案内してもらう放課後以降という事になった。

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