320話 さらば宿敵よ


 勝敗は決した。私の放った一撃はベルゼブル事象力だけでなくこの世界の事象にさえ作用し、"流れ"を終焉まで導くこととなった。

 世界の終焉にたどり着いた世界は管理者の事象力がなければ先の事象を存続できない。だがベルゼブルが世界を維持するために事象力を回すたびに次の終焉に導き、その事象力を枯渇させることに成功した。


「私の敗北……なるほど、これが私とあなたの決着ですか」


 世界の事象を維持できなくなった管理者は世界と共にその存在の終わりを迎える。それはこの複製世界の管理者となったベルゼブルも例外ではなく、周囲の風景と共にその体がゆっくりと崩壊していく。


「ですがなぜでしょう? あなたと同じ力を手に入れ、自身のすべてをかけてまで挑んだというのに……私には何が足りてなかったのでしょうか」


 確かにベルゼブルは私と同じようにアレイステュリムスの神器をその身に宿し、同等の事象力を扱っていた。いや、もともと終極神の写し身であった分、事象力の扱いに関しては私より長けていたかもしれない。

 それでも私が勝てたのは……。


「そうだなぁ、お前の敗因は……私のようにかわいいヒロインがいなかったことだな」


「……はい?」


 邪神の姿だと表情の変化などよくわからないが、人間の姿だったらきっと今のベルゼブルはものすごく呆けた顔をしているだろうな。


「ふふん、それってつまりあたしのおかげってことよね。やっぱり女神たるあたしの力が最強だったってことでしょ」


「セフィラ、ゲンさんが言いたいのはそういうことじゃないと思いますよ」


 と、私の背後ではそんな私の運命のヒロインであるセフィラとクリファがいつもの調子でそこにいた。

 この二人はこれまでこの世界で呼び出した神器とは違い、私と同じように本来のアステリムからやってきている。


「ふふ、どうも女神様。まさかまたあなたとこうして話す機会があるとは」


「お久しぶり……というほどでもないですね。わたしはあなたに監視され続けて、2000年もの間話し相手はあなただけ。それに比べればここ数か月の間だけというのもいつものことのように思えますから」


「そうでしょうね。ですがこちらとしては初めて本当の自分であなたと話せたという気分ですよ。あの時の私は主の意思の代弁でしかかありませんでしたから」


 そういや二人はそんな関係だったな。まぁベルゼブルもこの複製世界の管理者になるまでは終極神の傀儡のようなものだったし、奇妙な感覚なんだろうな。


「しかしヒロインですか。もしかしたらあの2000年の間に私が主の呪縛から逃れていたなら、女神様が私のヒロインになっていた……なんて展開もあったかもしれませんね」


「待て待てい、たとえ冗談でもそんなことは私が許さんぞ。たとえどんな事象であろうと、クリファは私のヒロインだ」


 まったくなんてこと言いやがる。たとえ妄想でもセフィラやクリファが私以外の誰かとくっつくなんて絶対に許さん。たとえ私と二人が出会う前だとしても今の私が事象を飛び越えて阻止してやるからな。


 コホン、まぁそれはそれとしてだ。


「お前もやっぱり、私に負けた理由がわかってるじゃないか」


「それはつまり、私にはあなたのように二人の女神様がいなかったから、ということですか? お二人はもともと我が主の事象から生まれた存在ですからね。私のように無理やり事象力を一つにするのでなく、あなたに合わせて不安定せずに神器を一つにすることができたようですし」


 んーそういうことじゃないんだよな。確かに私が放った最後の一撃は、私の持つアステリムの事象とは異なる事象を持つ二人がその力を安定化させてくれた、ってのはその通りなんだけど。


「お前言ったよな、私とお前は真逆だって。私も実際その通りだと思う。ただそれって裏を返せば一番近い存在って見方もできるよな」


「ええ、私はあなたにとても親近感がわいていますよ」


 だったらやっぱりわかってるはずだ。ただそれを認めるのは自分の心の中だけでもちょっと悔しいものなんだ。

 わかるよ、私も同じだったからな。


「この戦い、お前は私との決着に己のすべてをかけていた。そして今こうして敗れ、消えつつある」


「私はすべてを出し切りました。こうして消えることにも素直に受け入れ何の未練もありませ……」


「嘘つけ、一つだけでっかい未練が残ってるはずだろ」


 どうしてこう意地を張ってしまうんだろうな。悔いは残さなかった、未練はないなんて。

 今目の前にいるベルゼブルはあの時の私と同じだ。あの日、仲間達に囲まれ安らかに逝った-魔法神-インフィニティと。


「お前は私に負けた理由を理解した。だから私がお前の未練を当ててやろう。……ズバリ、『私にも一緒に戦ってくれる素晴らしいヒロインが欲しかった』だ」


 と、私は何の疑いもなくドヤ顔でそう語ったが。


「えっと……ゲンさん、流石にそれはどうかと」


「こんな時にふざけないでよ!」


 どうやら私のヒロイン達には不評のようだ。しかし目の前の指摘された人物、ベルゼブルの反応はというと……。


「……」


 顔を少し背け、そのまま無言で肯定も否定もしない。ただこれがどういうことかはもう誰もがわかっているはずだ。


「え、ちょっと待って? 嘘でしょ、本当にそうなの?」


 否定しないのはしたところで意味がないと察したからだ。だからこのまま自分が消えるまで黙秘を貫こうとしている。


「まさか、あのベルゼブルが……。信じられませんけど、そう……なんですね」


「あんま言ってやるなよ、これって自覚すると結構つらいものなんだぞ」


 とまぁ暴露した私が言えたことではないんだが。あの時は自分自身に驚いたもんだよ、まさかあの私がこんな感情が一番の未練として残るなんてな。

 ベルゼブルはもうここで消えてしまう。だから私が今こいつに残してやれる言葉は……。


「もしお前に"次"があるなら、その時は全力でヒロインを見つけろよ。そして、なにがあっても手放すな。そうすりゃ、お前だけの物語は絶対に動き出すからよ」


「……"次"なんてものはありませんよ。事象消滅する私にはどこに向かうこともなく消えていくだけ……」


「先のことなんて誰にも分からないさ。私だってすべてが終わったと思ったのに、今こうして最高の未来を掴もうとしているんだからな」


 確かに前世の私とベルゼブルの終わり方は違う、同じ方法で転生するということはないだろう。

 だがそれでも、もしかしたらそんな先の事象があるのかもしれない。いや、私はあってほしいと願っているんだ。


「無責任な人……ですね。何もかも諦めて……消えようとしていたというのに、そんな希望を持たせるような言葉で私を揺さぶるなんんて」


 私とベルゼブルは最初から最後まで敵同士でしかなかったが、そこには奇妙な縁のようなものを感じていた。

 だが私ならその戦いの中でどれだけ打ちのめされようと諦めることはしない。だからきっと、私の生涯の宿敵ともいえるベルゼブルも同じだと思っているのかもしれないな。


「今回の私とお前の戦いは私の勝ちだ。だったら次は自分が勝つって意気込んでみろよ。私はいつでも挑戦を待っててやるから」


「……まったく、そこまで言われては仕方ありませんね。いいでしょう、では"次"あなたとお会いするときには、彼女らよりも素敵なヒロインと共にあることをお約束しようではないですか」


「その意気だ……と言いたいが、残念ながら次も私の勝ちだな。セフィラとクリファ以上に素敵なヒロインなんているわけないからな」


 と、最後まで意地の張り合いを続けていた私達だが、どうやらそれももう終わりの時間がやってきたようだ。


「お前の事象は、終極神に還らないんだな」


「気づいていましたか。ええ、すでに独立した私の事象はどこにも還ることはありません」


 終極神は完全顕現のためにアステリムに4つの事象を送り込んだ。それらは役目を終えればすべて元の鞘に収まり、終極神本来の力として戻るはずだったが……。


「私に与えられた事象はそこまで重要ではありませんが、これでも元体現者……それが失われたことで我が主の完全顕現はなくなりました」


 それは私達の今回の戦いの目的だった。本来ならばそれらの事象が完全顕現に必要な事象の破壊に届くか、その前に私達がすべての事象を倒すかのギリギリの戦いだったはずだが……それをまさか、敵であったはずのベルゼブルが阻止してしまうとは。


「なんか奇妙な気分だよ。お前は変わらず私達の"敵"だ。でも、それと同じように今は"仲間"にも思えている」


「"仲間"……ですか。なら、その証をあなたの手の中に残してはもらえないでしょうか? 私という存在がいたという証を」


「……ああ、しっかりと残してやるよ」


 私はスマホのカメラ機能を起動し、目の前の存在へとシャッターを切る。

 そこには私のすべてを反転し、だがすべてが同じな最悪にして最高の宿敵が、消えゆく己の世界と共に写し出されていた。


「じゃあなベルゼブル。これからお前の主をぶっ倒しに行ってくるぜ」


「ええ、あなたならきっと倒せるでしょう。健闘を祈っておきます」


 その言葉を最後に世界が暗転していく……。




 そして次に視界が開けるとそこは……激しい戦闘によって荒れ果てた『幻影の森』の中だった。


「帰って……きたのか?」


 複製世界でも景色は同じなので、本当に戻れたのかの一瞬疑問を感じたが。周囲の戦闘の跡と……。


「ワウン! ワウワウ!(あ、戻ってきたっす! ご主人の後にお二人もき得ちゃったから僕とても心配したんすよ!)」


 遠くから駆け寄ってくる犬の存在がここが本来のアステリムだと実感させてくれた。


「ごめんね、でもあたし達の主人公様がピンチだってのに駆け付けないわけにはいかにじゃない」


「よく言いますね、ゲンさんが消えてずっとあたふたしていたというのに」


「ちょ! それは言わないやくそ……じゃなくて! あたしは常に冷静だったから!」


 セフィラとクリファも無事私と共にこちらに戻ってこれたみたいだな。

 特に支障もないようだしまずはここから離れよう。


「とりあえず二人とも喧嘩するのはそこまでにしといて……。犬、まずは私達を乗せて一番近い街に向かってくれ」


「ワウワウン(ラジャっす。ここから近い街っていうと……あそこっすね)」


 幻影の森に近い街といえばもうおなじみのあの場所だ。


「でもこれからどうするの? ここからみんなのところに向かうとしても時間がかかっちゃうけど」


 私達はここへ魔導ゲートを使ってやってきた。なのでもちろん帰りの手段など用意していない。

 もともとこの地へやってきたのも突発的なことだったからな。


「だから、いざという時のための保険は残しておいたぜ」


「スマホですか? えっと、どこへ連絡してるんでしょうか?」


 こんなこともあろうかと、実はセブンスホープを下船する直前にディーオへ魔石を渡しておいたのだ。それも[telephone]付きのな。

 私がこっちに戻ってきてから他の終極神の事象が消えていたのでおそらく大丈夫だと思うが……。


『ぬおーっ! ムゲンなのだなーっ! こちらはもう大変で大変で……大変だったのだぞーっ!』


 急にうるさい声が響いて私の鼓膜に大ダメージを与えてくるが、このうるささは無事な証ということで安心もした。


「どうやら無事みたいだな。現状はどうなってる?」


『こちらはみんな無事なのだ。今は魔導戦艦を起動して嫌な予感のする第五大陸へ向かおうとしていたところなのだが……』


 嫌な予感? ……なるほどこの感覚、破れた終極神の事象が本体の下へ還っているのか。

 だがすぐに顕現しようとはしていない。失ったベルゼブルの事象を探しているからだ。


「よし、ならまだ時間がある。まずはセブンスホープで私達を迎えにきてほしい。場所は……」


 これで私達も仲間達と合流することができる。

 あとは、おそらくディーオと同じように第五大陸に集まる事象を感じ取った仲間達も向かっているだろう。


 きっとそこで、私達全員にとっての最後の戦いがはじまるのだろう。


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