318話 繋がる事象の中で 後編


 消えたベルゼブルの気配を追って事象を移動すると、今度は深い森の中へと景色が変わっていく。

 ここは……。


「がっ……はっ!? ベルゼブル……様! なのですかっ!? なぜ、このようなことを……」


「申し訳ありません。今あなたにこの場にいられると少々面倒くさいので」


 第四大陸のメフィストフェレスと戦ったあの森の中だ。状況からみて、最後の自爆を試みようとしていた場面のようだが……どうしてかそれを突如現れたであろう黒い邪神に阻止されている。


「さて、これにて事象の組み換えはひとまず完了ですね。今この場にあちらの事象のカケラが現れられては厄介なことこの上ない」


 ベルゼブルの言う事象のカケラというのはおそらく天空神……ノゾムのテルスマグニアのことだろう。

 つまり奴は、自分が先にメフィストフェレスを始末することで、『メフィストフェレスが天空神の重力で止められる』という結果系に繋がらない原因系を作り出したわけだ。


 だがこの事象なら……。


「星夜! この光を……ッ!?」


 おかしい、星夜達との一枚をスマホの画面に表示しているのにムルムスルングの事象力が送られてこない。


(インくん、どうしたの? もしかして、もうあたし出てきた方がいい?)


 この声は……そうかファラだ! この事象帯ではファラが魔物の発生を抑えるために神器の力をそちらに回していたはず。

 すでに強い事象力としてこの事象に影響を与えていることで、同じものを呼び出すことができなくなってしまったということだ。


(ファラ、ムルムスルングをこちらに呼び出すことは可能か)


(できるけど、それじゃあ魔物の発生を抑えられないよ)


 やはりそうなるか。今ここにあるムルムスルングを使えば邪神は撃退できるかもしれない。しかしその場合、大陸中に溢れかえった魔物によって蹂躙され、本来とはまったく別の事象になりベルゼブルの思惑通りとなってしまう。


 ムルムスルングの事象は星夜に送れない……そうか、なら!


「星夜!」


「安心しろ限、ムルムスルングはないが先の事象はオレの中にある。ここでオレがやるべきは……」


 すでに神器の扱いを熟知した先の事象の星夜なら、私の考えも理解してくるだろう。

 その手を広げ、今この場に……その力を呼び寄せる。


「現れろ! コズミッククリエイサー!」


 先の事象から送られてきた事象力がその場に集まり、一つの形を形成していく。これは、先の事象の星夜がここにいることで、その武装もここに存在する、という逆転因果を利用したちょっとした反則技だ。

 そしてさらに……。


「頼むフローラ! ムルムスルングのエネルギーを魔導エンジンに!」


「うん! ママ、ちょっと借りちゃうね!」


「ええ!? どうしてフローラが……ムルムスルングの力をあんなに正確に扱って……!?」


 フローラは星夜が魔導機を扱うにあたって欠かせない存在だ。星夜の事象をこちらに呼び寄せるということは、フローラも同様に引っ張られてくることとなる。

 さぁ、ぶちかましてくれ!


「いくぞ! コズミッククリエイサー[destroy_mode]……『全砲門一斉射撃(オールフルバースト)』!」


 フローラによって送られてきたムルムスルングのエネルギーが魔導機全体に伝わり、変形したその姿から無数の銃撃や爆撃、そして巨大なレーザーが発射され邪神の体を貫いていく。

 うん、完全にロボだこれ。


「なるほど……やはり一筋縄ではいきませんね」


 星夜の一撃により邪神が完全に消滅すると、どこからかベルゼブルの声が聞こえ、また別の事象へと消えていく。


「いくのか、限」


「ああ、ここはもう大丈夫だからな」


 どうやらベルゼブルとの事象を巡る戦いはまだまだ終わりそうにない。だが着実に奴の逃げ道は潰せているはずだ。

 私は再び事象の外へと意識を移し、ベルゼブルの向かった事象を捉える。


 そして私も即座にその場に移動し……。


「これは……どういうこと……なの。私はただ“炎神”を暴走させようとしただけ……なのに」


 そこでは、私にとって印象深い人物であるヘヴィアが今まで見せたこともないような驚愕の表情で目の前の存在を見つめていた。


「どういうこと! あれはあんたの差し金なんでしょ、ヘ―ヴィ!」


「いや待てミネルヴァよ! どうもいつもの炎神とは様子が……いいや気配そのものが違う! これは、この力は……なんと、禍々しい」


 アポロの言う通り、目の前にある存在はなによりも禍々しく、そして絶望的な力を持つ“炎の邪神”だった。

 火山の火口から現れるのは本来は火の根源精霊のはずだが、なぜかそれが炎で形作られてたあの邪神なのだ。


「ベルゼブルめ……邪神と炎神を合体させやがったな」


 本来こちらの事象力であるはずの火の根源精霊を邪神の力として転用しやがったんだ。もともと凶悪な炎神がこれでさらに手が付けられなくなってしまった。


「アポロ! 説明は後だ、とにかくこいつを受け取ってくれ!」


 私はスマホの画面を操作してこの先の本来の事象であるワンシーンを映し出し、それをアポロへと差し出す。


「む! なんだかわからんが盟友の頼みとあれば疑う余地はない!」


 と、なんの迷いもなく受け取ったアポロに先の事象が流れ込んでいき。


「おお! 始祖龍の力が……そうだ、我は新たな龍王帝国を作るため、こんなところで挫けるわけにはいかぬ!」


 この時点では本来、炎神の封印にエンパイアが同居していたのでもしかしたら先の神器の力が送られてこないのではとも不安だったが、邪神が混在したことによりその縛りからは完全に解き放たれてたようだな。

 さて、問題はここからだが……。


「アポロ、これって……」


「ネルは下がっておけ。あれとは……我一人でけりをつける!」


 これまでの事象では神器を得た仲間達なら邪神の事象力を上回り、簡単にその存在を消滅させることに成功してきたが。


「ゆくぞ! 『龍皇の息吹ブレスオブドラゴン-虹煌魂終激レインボーオーバーソウル-』!」


 アポロと、始祖龍のエネルギーによって形作られた六本の龍の首から放たれた虹色の息吹が炎の邪神へと襲い来る。

 これはアポロがエンパイアを手にした際に炎神へと放ったあの一撃だ。あの時はこれで炎神の狂乱を鎮めることができた。


 しかし今回は……。


「……!? これを……止めるか!」


 その渾身の一撃が炎の邪神の肥大化した腕によって防がれていた。

 根源精霊は一体でも神器に匹敵する力を持つ……。つまり、邪神が神器を扱っているようなものだ。

 無理やりその力を引き出しているため完璧なシンクロはないだろうが、私の知る限りアポロも未だにエンパイアの力のすべてを引き出してはいなかった。

 そうなるとこの勝負は厳しいものになるだろう……。


「そうか……あの時と同じ・・・・・・では打ち倒せぬなら、いいだろう! 今の我の持てる最大の力で打ち砕くのみ!」


 そう言うとアポロに更なる事象力が先から送られ、その力を増していく。そしてその力は、新たな龍の首となりアポロに付き従う。

 これは……エルディニクスの事象力だ。まさか、アポロは私も知らない間にエンパイアの力を完全に自分のものとしたのか。


「さぁ、一撃で貫かせてもらうぞ!『龍皇之息吹(ブレスオブドラゴン)-神龍終焉撃(グランドフィナーレ)-』!!」


 八つの首から放たれる龍の息吹は先ほどまでのものとは比べ物にならない強力な事象力により、炎の邪神を飲み込んでいく。

 そのエネルギーは邪神の事象力を炎神から消滅させ、その狂乱を収めていく。

 まさかここまでとは……流石の私も予想外だ。


「なるほど、これはあなたにも予想できなかったことですか。これまであなたが通ってきた事象から慎重に作戦を組んだつもりでしたが」


 そうか、ベルゼブルは私の歩んできた事象から最善手を組んでいたが、私の知らない"今"のあいつらの成長まで考慮できてはいなかったわけだ。

 そうだ……今も私の仲間達は終極神の事象と戦いながらも成長している。ありがとな、みんな。


「盟友よ、これで……いいのだな」


 アポロが空から降り立ち私にそう告げてくる……が、その顔はなぜかどこか寂しげで。


「お前のおかげでこの事象も正常に流れ続ける。だからそんな顔しなくても……」


「それはわかっている。我が言いたいのは、先の事象の我がここにいることですでにネルとの繋がりが確率したことだ。そうなれば……」


「ミネルヴァちゃんとの繋がりが……消えた?」


「あたしも……この繋がりは、アポロの」


 そうか、事象が確定したということは、ヘヴィアはもう……。


「よく……わかりませんけど。これでよかったんですよね」


 そう笑うヘヴィアはどこか晴れやかで、未練も無さそうだ。

 この事象のヘヴィアは何も知らない。だけど何か……そうだな、一言だけでも伝えておこう。


「なんですか? ムゲンさん」


「ヘヴィア、ありがとう。お前のおかげで、私は今最高に幸せだよ」


「……そうですか、それはよかったです」


 それを最後に、私はこの事象から離れていく。

 もう後悔はない。彼女に語った最高をこの先も続けていくためにも、次のベルゼブルの向かった事象へと降り立つ。


 そろそろ、あいつが引き出せる事象の限界も近いはずだ。次の事象は……。


「ぬおおおおおお!? どうなっておるのだあああああああっ!」


 そんなうるさい叫び声に意識が新たな事象にたどり着いたと理解する。

 ここは……ヴォリンレクスから少々離れた、あの時ダンタリオンとの激闘を繰り広げた戦場か。


「チックショウ……どうなってやがんだ。急に無差別に攻撃しやがって……」


「わからないよ。でも、攻撃の強さがさっきまでと全然違う」


 カロフとリィナもいる。そうか、これは私がまだダンタリオンから神器を取り戻す前のあの場面だ。

 そしてダンタリオンの力が急に増したのはおそらく……。


「……」


 あの虚ろな表情、マステリオンと同じだ。邪神が乗り移りその体を操って神器を振るっている。

 本来ならダンタリオンはステュルヴァノフの正式な所有者ではないためその真の力を引き出せないはずなのだが。


「きゃあ!」

「ぬおおお!?」


 神器から放たれる無尽蔵の衝撃が絶え間なく、無差別に襲っていく。本来なら扱えないはずの力をベルゼブルの事象力で無理やり引き出しているんだ。

 このままでは誰一人生き残ることなく結果系の大幅な改変が成されてしまう。


「ぬおっ!? なぜなのだ父上! なぜこうも敵味方関係なく……ぬおおお!?」


 だが本来ステュルヴァノフを持つべきディーオに事象力を与えてもそれをダンタリオンが手にしているため呼び出すことはできない。

 ならここは……。


「カロフ! もう一度頼む!」


「ああ!? そりゃどういう……ッ! そういうことかよ!」


 やむなく私は再びカロフへ先の事象力を呼び出しその力を覚醒させる。

 すべてを理解したカロフはそのまま事象力から自身の力を引き出し、雷と化してダンタリオンの放つステュルヴァノフの攻撃を捌いていく。


「神器同士の戦いって……こうなんのかよ! ったくやりづれぇったらありゃしねぇぜ!」


 この場にカロフがいて助かった。しかし戦力は互角、ここへ加勢しようにも生半可な力では戦いに加わることすらできない。

 それに、この事象は本来ディーオが決着をつけ、先に進まなければならない。


 だから……。


「ディーオ、いくぞ」


「ぬおっ!? い、いくとはどういう意味なのだ!」


 未だ状況を理解できてないディーオを前に、私はスマホを操作しこの事象が向かうべき結果の画像を映し、これまでと同じように先の事象の光を差し出す。


「もちろん、お前の大切なものを取り戻しに、だ」


「ぬ?」


 その事象を受け取ったディーオと私はそのまま走り出し、ある場所へとたどり着く。

 この時点ではまだ"彼女"はここに眠っているはずだ。


「うむ、そうだ、サロマはまだこの魔導要塞のなかにおるのだったな」


 この戦いの鍵だったサロマの存在。今は邪神によって事象が歪められてしまったため放置されているが、本来この先の事象には二人の絆が必要になる。


「ほれ、何をしておるサロマ。早く起きて、余らの歩む輝かしい帝国の未来のため共に戦おうぞ」


《ディ、ディーオ様。ですがわたくしは……》


「わかっておるのだ。お主の悩みも葛藤も、だがそんなものは余がすべて解決してやるのだ。今、それをわからせてやるから待っているのだ」


《いったい何を……》


 ディーオがサロマに向けて手をかざすと、そこから可視化されるほどの膨大な事象力が流れ込んでいく。

 こんなことができるのもディーオだからこそだ。『体現者』であるディーオにはもともとアレイステュリムスの力が宿っているがゆえに、私の事象操作と合わせれば今までとは違う結果が……。


「サロマ! ゆけるか!」


《そうでした、わたくしは……「はい! ディーオ様!」


「ならば……このまま出発なのだーっ!」


ゴゴゴゴゴゴゴ!


「……いやこれは私も予想外!」


 なんとディーオが呼び寄せた事象力はサロマだけでなく魔導要塞にまで作用してしまい、その形を魔導戦艦『セブンスホープ』へと変化させてしまった。

 テルスマグニアがないので飛行はできないが、ディーオの無尽蔵の魔力とサロマが核としての役割を担っているため二人だけでもこの質量を動かしている。


「ぬおおおおおお! 皆安心するがよい! ヴォリンレクス真の皇帝たる余がやってきたのだ!」


「おう! やっと来たか皇子さ……ってなんじゃそりゃ!?」


 そりゃカロフもそんな驚愕した表情にもなるわ。ただこれで、神器同士の拮抗した対決に一石を投じることとなるだろう。……一石というには少々大きすぎる気もするが。


「サロマ!」


「はい、魔導戦艦、全砲門解放完了です」


「うむ、では……全弾発射なのだーっ!」


 その掛け声と同時にセブンスホープに装備された様々な火器がダンタリオンめがけて発射されていく。

 その威力はもはやダンタリオンだけでなく周囲の地形すら変えてしまうほどの威力で。


「っておおおい!? 俺まで巻き込むんじゃねぇよ!」


「スマヌカロフよ! だがお主ならこの弾幕も搔い潜れるであろうと余は信じておるぞ!」


 カロフが戦い始めてから一般の兵士達はすでに避難しているので問題はないが、ダンタリオンと直接対決していたカロフだけは流れ弾が今にも着弾しそうなギリギリの状況で戦うこととなってしまった。


「……!」


 だが、ここまでカロフとの相手に手一杯だったダンタリオンは絶え間なく降り注ぐ砲撃が追加されたことにより対応が追いつかなくなっていく。

 一瞬でも隙が増えれば……。


「カロフ! 今だ!」


「わあってらぁ! オラよぉ!」


 一瞬の隙を突いたカロフの一撃がダンタリオンの手から神器を弾き飛ばすことに成功する。

 そしてそのままカロフはそれを掴み。


「受け取れ皇子さん!」


「うむ!」


 それを待っていたディーオが飛んできたステュルヴァノフを手に取り、神器本来の力を取り戻す。


「……ぐが……あ!」


 そして次の瞬間、ダンタリオンの中から飛び出すように黒い邪神がディーオに向かい襲い掛かっていく。

 だがもう遅い。


「よき連携なのだ、カロフよ」


「へっ、当然の結果だぜ」


 すでに放たれたディーオのステュルヴァノフと、後ろから切り抜けたカロフのリ・ヴァルクにより邪神の体は一瞬でその存在を消滅させられていた。


「予想はしていましたが、やはり体現者にしてやられましたか」


 ベルゼブルのそんな声が再び聞こえ、気配がこの事象から消えていく。どうやらもう次の事象に移ったみたいだな。

 この感覚からして、次がおそらく……。


「ムゲンよ、もう行くのであろう」


「ん? まあな。決着、つけないといけないからな」


「うむ、なら勝利の宴は元の事象に戻った余らと存分にやってくれ」


 やれやれ、まだ終わってもないのにもう勝った時の話か。なんともお気楽な考えだが……私もそういう方が全然好きなので。


「ああ、そん時はヴォリンレクスだけじゃなく世界中でな」


 そんな日を絶対に迎えるため、私は再び事象を飛び越えていく。

 ベルゼブルが引き出せる事象にも限界が近い。おそらく、次の事象で最後になるはずだ。


(あいつは……最後にどんな手でくる)


 これまでの私とあいつとの戦いには多くの物語があった。それらすべての……戦いの終着点は。


「ここ……は」


 それは、先ほどと同じような戦場。だが確実に違うのは、そこにある大きなプレッシャー。


「父さん! 父……さん!」


「くそっ、なんなんだ……あいつは!」


 そこにいたのはレイとサティ、そして……命を落としたベルフェゴルだった。


「まさか……!」


「……なぜ、事象力を持つ存在が※※の前に現れる」


 そして上空には、あの日ベルゼブルの体に顕現した終極神が……私達を見下ろしていたのだった。


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