315話 神域の戦い


 ベルゼブルの力は最後に私達と対峙した時から何も変わっていない。いや、もしかしたら力だけでなく……。


『ははは、正解ですよ。あなたの考えてる通り、私は力も肉体も記憶もあの時のまま。……というより、私の感覚としては我が主に体を明け渡してから今にいたるまで、まさに一瞬の出来事で時が経ったという実感がまったくないんですよ』


「その割にはあんまりビックリしてるようにも感じられないけどな」


『まぁこちらに再生成される際にすべてこの身に刻み込まれましたからね、私のやるべきことは』


 つまり、終極神のためにこの世界を破壊すること、ただそれだけ……だがそれがすべて。終極神はそれ以外は望まない。

 世界の事象力を削ることさえできれば、産み落とした事象がどんな手段を用いようとどうでもいいのだ。


『すでに先に生まれていた“死”の"鎧"も“飢餓”の"先生"も“疫病”の"双子"も……どれもが各々のやり方で世界の事象を破壊していました。なので私もすぐに行動を……と思ったのですが』


 そこへ私達の登場ってわけだ。

 しかし“死”に“飢餓”に“疫病”ねぇ……多分ベルゼブル以外の終極神の事象を指す名称なんだろうが。


「さしずめ黙示録の四騎士ってか? こういっちゃなんだがお前の主は日本、いやジアースに何かしらの影響でも受けてんの?」


 七大罪やら美徳やら、私があっちに転生してから見たことばっかな思春期大好き設定が盛りだくさんときたもんだ。

 ただちょっと腑に落ちない点もある。確かにアレイステュリムスはジアースと契約を交わしたことで事象を繋げたが、終極神がこちらと繋がったのは2000前のこと。


『その疑問への回答なら簡単なことです。我が主はそれこそ無数の世界を食らってきました。その中に蓄積された文化や技術をも……ね』


「なるほど、そういうことね」


 世界というのはそれこそ無限に存在する。となれば、似たような文明や思想、伝記や英雄譚のようなものが存在しててもおかしくない。

 特にジアースのように多くの世界に影響を与えているなら、様々な設定が広がっていてもおかしくないってこった。

 つまり、終極神はそん中から他の世界にも馴染みそうな設定を使って事象破壊の先兵を作り出してるってわけだ。実際に実績も十分だし、賢いやり方だよな。


 とまぁ、ちょっとした疑問からの事象のお勉強の時間はこんなところで……。


「それにしても他の3つの事象がその名前ってことは、お前の担当は……」


『ええ、それもご推察の通り……“戦争”ですよ』


 やっぱりな。こいつにとってはこれ以上ないほどお似合いの名称なこって。


「ならなおさら、お前をここで放置するわけにはいかないな」


 私は神槍をベルゼブルへと向け、先端のアルマデスの部分へと用意していた三つのカートリッジを装填していく。

 その中に込められた術式は中心のスマホを通して事象力が刻まることにより……。


「『水流渦弾(アクアブラスト)』!」


 放たれた激流が渦を巻きながらベルゼブルへと迫っていく。これも一見ではただの魔術弾にしか見えないが。


『私の亀裂は……なるほど飲み込まれてしまいますか。これは回避せざるを得ませんね』


 亀裂を向かわせるも渦の中に飲み込まれるとそれらは完全に消え去り勢いが落ちることもない。

 ベルゼブルは押し返せないと悟るとすぐに足元へと亀裂を発生させる。それが上空まで伸びると、ベルゼブルは滑るようにその亀裂の上を高速で移動し私の魔術を回避していく。


「逃がすか」


 上空へと姿を消していくベルゼブルを逃がさぬよう、私も背中の翼を広げてその後を追いかける。


 こうして戦いの舞台は空へと移る。


「お前が逃げて私が追いかける……あの時とは立場が逆だな」


『ええ、これが「悪いことをしたら罰が当たる」ってやつですかね。私も損な役回りを掴まされたものです』


「それでも、やめる気はないんだろ」


『それが私の存在意義ですから』


 すでに、ものすごい数の亀裂がベルゼブルの周囲に発生し、こちらを狙っている。


『さぁ、ではお次は……こちらでいかがです』


「むっ……!」


 気づけば私の意識は事象の外側に飛んでいた。

 これは……そうか、今まさにベルゼブルはこの世界の事象の結果系を操作しようとしている。あの時の終極神のように、自分にとって都合のいい結果を……。

 ならば……!


「術式展開! 『風神結界(ストームプロテクション)』!」


ギィン!


 事象の内側に戻った私は狙い通りに四方八方から襲い来る亀裂を風の結界で迎撃し事なきを得る。


『どうやら、このレベルの事象操作では私に選択権すら与えてもらえないようですね』


「当たり前だ。でなきゃこの力を手に入れた意味がないからな」


 ベルゼブルが行ったのは事象の外から"流れ"の原因系に干渉して結果系を選び内側に反映するというもの。だが、私がその対策として行ったのが原因系の追加だ。

 すでに確定した結果系以前に新たな原因系を差し込んだとしても事象内の結果に大きな変化は現れない。しかし、まだ確定していない結果系ならば『すでに私が防御のための魔術を発動していた』という原因系を追加することでベルゼブルが選べる結果系に大幅の制限をかけることが可能となる。


「そんじゃ、今度はこっちからお返しさせてもらうぜ。第二術式展開、『風神鞭(ストームウィップ)』!」


 ケルケイオンの先端で結界だった風をつかむと、それはほどけるように一本の線となってしなり、鞭となってベルゼブルを襲う。


『おっと、危ない。不思議なものですね、私がこうしてあなたの攻撃を必死で回避しなければならない日がくるとは。人間的な感性で言えば、これが屈辱感というものなんでしょうか』


「どうだろうな、そこはお前の言う主とやらにでも聞いてくれ」


 もっとも、終極神にそんな感情なんてないだろうけど。ただ食らうだけの存在……ベルゼブルは、そんな終極神の“写し身”だからわからないのも当然なのかもしれないな。


『しかし、先ほどからただの魔術に事象力を込めただけの単調な攻撃ばかり。それだけで勝てると考えているのか……それとも、まだまだ覚えたての事象操作でこれ以上のことは行えないといったところですかね』


 ……そういうところは相変わらず冴えてやがる。ベルゼブルの読み通り、私はこの事象操作を覚えたてで完璧に扱うことはできない。

 せいぜい魔力や物質に事象力を込めるか、先ほどのように外からの事象操作を妨害する程度のこと止まり……。


「それでも、お前を倒すには十分すぎるってなもんだ」


 だがベルゼブルもあの時のままならば、これだけでも十分対抗可能だ。

 あちらの事象力での再生が追いつかないほどに、こちらの事象力を叩き込んでやればいい!


『あなたの考えは理解できます。ですが、知っていますよ……それでこちら側の“写し身”、あなた方が“幻影神”と呼んでいた存在がどのような結末を迎えたか忘れたわけではないでしょう』


「ッ……!」


 そのベルゼブルの言葉と同時現れたのは、私の視界を覆いつくすほど圧倒的な物量の……亀裂だった。

 私の風の鞭は触れた傍から亀裂を消してはいるものの、その数が減るどころかさらに大量に、眼前に広がる幻影の森ごと飲み込んでしまいそうな規模で迫ってくる。


 あの日、辛くも幻影神は終極神に勝利した。しかしそれは奥の手ともいえる体現者の離れ業を使ったからこそであり、幻影神自体はその命を落とす結果となった。

 つまり、今の私の力が幻影神と同じ程度では……あの時の終極神と同じ力を持つベルゼブルに勝つことができない。


「確かに、私がたどり着けたのは幻影神のものとそこまで差がない……」


『ならば……』


「だが私には! あの時の幻影神にはなかったものがある!」


 幻影神は、アレイステュリムスが生み出した今の己自身を写す空っぽの器だった。その力こそ絶大だったが、あの存在にはその器を満たすものがなかった……。

 そして私にあって幻影神になかったもの、その器を満たすもの……それは、私の歩んできた旅路であり、この時代で得た大切な。



「仲間の力だ!」



 神槍の中心に装着されたスマホから鮮やかな七色の光が放たれていく。

 その光が映し出すのは、私がこれまで写真に収めてきた大切な仲間達との記録であり記憶。

 今その力で器を満たし……解き放つ!


「神域展開! 我が魔術に宿れ『皇の証明ステュルヴァノフ』!」


 その瞬間、世界が開かれた。

 亀裂によって覆われていた空は晴れ、侵食されていた森も本来の姿を取り戻す。そして、私の目の前の敵、ベルゼブルは……。


『お、おおおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!?』


 左肘から先、そこにあったはずの腕が私の一撃によって切断され、苦しみもがいていた。

 こいつのこんな困惑する顔ははじめてかもな。ようやく……一撃、届かせてやったぜ。


『これは……この力は、我が主の観測を通してでも知り得なかったこと……。いや、一つだけ……幻影神は"カケラ"を取り込むことで主に対抗しうる力を得ていた。ですがこれはあの時のものとも違う……まさか』


「そのまさかだ。私は今この世界の事象の管理者の……アレイステュリムス本来の力を取り戻している」


 私の背中の翼は今、六枚それぞれが異なる色の輝きを放っている。

 それはあの日、私が幻影神にアーリュスワイズを取り込ませたのと似ているが、あの時はその対応した一色しか輝かせることができなかった。

 だが今の私は、それを遥かに上回る力をこの身に宿していると実感できる。


「す、すっごいじゃないムゲン! なんていうかこう、バババーって一気にやっちゃった!」


「ワウ……(語彙力がねーっすよセフィラさん……)」


「そうですね……まるでディーオさんが使う神器、ステュルヴァノフのようでした」


 そう、この力は紛れもなくステュルヴァノフのものだ。

 ここで思い出してもらいたいのだが、もともと神器というものは前世で私がアレイステュリムスから抜き出した力を形にしたもの。それはこちらの力となると同時に、アレイステュリムスのそれらの力を抑制もしていた。

 だが終極神と戦う今、その抑制はもう必要ない。すべての神器が揃った際に、私はその機能を解除した。そして、代わりに組み込んだのが……。


「仲間との繋がりを通して、神器の事象力が私に流れ込んでくるようにしたのさ」


 本来なら神器そのものを取り込まなければその中にある事象力を扱うことはできない、幻影神がそうであったように。

 だが仲間との繋がりが、その想いが一つとなれば、その意思を通して私はアレイステュリムス本来の力を取り戻すことを可能としたのだ。


「さぁ、続けるぞベルゼブル。これがあの日を超える私の……いや私達の本当の力だ!」


『ッ……いくらカケラの力を身に宿したといっても、カケラそのものを取り込んだわけではないでしょう。ならば、その力は不完全ということです……!』


 切り落とされた腕を抑えながら、今度は巨大な亀裂の塊を蛇のように不規則な動きでこちらに突撃させてくる。


「わかってないなベルゼブル……この力はお前が考えてるような、ただの事象力の増減じゃ測れないモノだってことを!」


 蛇の数は一、二、三……事象の外側を通して私に見えないようにしているものも含めて全部で五つか。

 だったら、この魔術に……。


「全開術式カートリッジ装填、放て『極限五行滅塵破(エレメンタルブラスター・ノヴァ)』! さらに神域展開! すべてを食らえ『龍帝の威光エンパイア』!」


 ケルケイオンから放たれた五色の光はさらに事象の外から力を得てその形を変えていく。それは各々の属性に対応した色鮮やかな龍の姿だ。

 その龍は自らの意思を持つかのようにそれぞれが亀裂の蛇を捉え、食らいつくしていく。

 中には虚空に食らいつく龍もいるが、それはただ空を狙ったわけではなく、そこにある"流れ"を掴んで"外側"への攻撃を行ったのだ。


『内側への事象力付与だけでなく、外側への部分干渉をも可能とは……どこからそれほどの事象力が』


 ああ、お前にはわからないだろうさ。これまで紡がれてきた事象の流れをただのエサだとしか思ってないお前らには。

 確かに外側から見ればそれ自体はただの一本の流れの事象力でしかない。だがその内側には……私がこれまで紡いできた物語がある。

 その物語が神器を扱う私の仲間との記憶が幾重にも連なる原因系となり、その流れの一番先にいる私に結果系として通常の何倍もの事象力が神器との繋がりを強くしている。


 ここにたどり着くためのすべてが私を強くしてくれた。だから今の私は……。


「まったく! 負ける気がしない! 神域展開『雷狼の未来リ・ヴァルク』!」


『これは……逃げたほうがよさそ……』


 私の体が光に包まれ、神槍の先端には雷の剣がその形を形成していく。

 ベルゼブルはそんな私の変化を見て離脱を図ろうとする……が、もう遅い。奴が動くよりも早く、私はもうその眼前に現れその身を切り裂いていたのだから。


『……ちょっと……対応……しきれませんね』


 雷の剣で切り裂かれた部分からベルゼブルの体が崩壊していく。亀裂で治すことはできない、治療しようとする事象力をも雷が破壊しつくしていくのだから。


『ああ……残……念……です……』


 崩壊が全身に広がり、その体は塵も残さず消えていく。目の前のベルゼブルは消滅した……事象力すら、跡形もなく。


「お、終わったの? な、なーんだ、大口叩いてた割にはあっさり倒されてるじゃない。あ、それともムゲンが強くなりすぎちゃっただけとか……」


「……ッ!? セフィラ、浮かれるのはまだ早いようですよ。空を見てください」


 クリファが指示したのは、私の背後の上空に位置する場所。私のそちらへ振り向くと、そこには……とんでもない光景が目に飛び込んでくるのだった。


「ワ、ワ、ワ……ワウン!?(な、な、な……なんすかあれは!?)」


「あたしの目がおかしくなっちゃったのかしら……あいつ、今さっきやられた……っていうか、それもあるけど……」


 それはまるで、悪夢のような絶望的な……。


『あの一撃は要警戒ですね。狙われたら対処のしようがありません』

『いやはや想定外の強さですよ。もう少々楽に対応できると思っていたのに、困ったものです』

『まぁまぁ、無神限さんはこの程度の想定外は簡単に起こしてくれると思っていたじゃないですか。ここからは私も本気でやればいいんですよ』


 同じ顔をした三人の人間……ベルゼブルが上空で会話をしていた。そして、さらにその後ろにも……。


「十人……二十人……うそ、もっといるでしょあれ……」


「セフィラ達にも見えてるってことは、これは私の見ている夢ってわけでもなさそうだな」


 まさか私も想定してなかったよ……ベルゼブルがこんなに一杯いるなんてな。

 つまりここからが……。


『さぁ、世界を終わらせましょう』


「させるかってんだ」


 こいつとの、本当の決着をつける時ってことだ。


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