314話 ムゲン VS ベルゼブル


「まさか、お前とこうして再び相対するとは思ってなかったよ」


 目の前の人物、ベルゼブルはこれまで私が歩んできた旅の道のりの中で関りがなかったことの方が少ないくらい重要な……宿敵だ。

 私の戦いはすべて裏でこの男と戦っていたといっても過言ではない。そして対峙したあの時も……。


「で、でもちょっと待ってよ! こいつ、あの時死んだ……って言っていいのかわかんなけど、とにかく終極神に体を渡したから消えちゃったんじゃないの!?」


 そう、私がセフィラを連れ出したあの日、自らを終極神の体現者だと明かしたベルゼブルはそのまま体を奪われ、意識はどこかへ消えたはずだ。

 だが奴は現にこうして私達の目の前に立っている。しかも、こんな場所で再び出会うなど誰が予想できただろうか。


「そこ、幻影神が塞いだ事象の割れ目だろ。性懲りもなくそこを開けて終極神の出入口を広げようとしてたわけだ」


「ワウン……(やっぱり、ここは幻影の森だったんすね……)」


 犬も気づいていたように、私が魔導師ギルドから跳んできたのはここ、第二大陸のさらに東にある幻影の森だ。

 もともとここは終極神が事象の内側に顕現するために最初に選んだ場所であるが、世界神の体現者である幻影神にそれを止めた。


 以降、この場所は完全に封印され終極神も諦めたものだとばかり思っていたのだが……。


『どうやら我が主はこの地がお気に入りのようでしてね。まぁ理由はそれだけではないんですけどね』


「同じ事象同士の衝突を避けるためだろ。どうやらお前もずいぶん声が遠くから聞こえるようになったみたいだからな」


『おや、気づいてましたか。あなたも私の記憶と比べると大分こちらの事情に詳しくなったようで』


 こちらの事情、というのは事象の扱いやそれを感じることができるかということだろうな。


「ゲンさん、どういうことでしょうか。わたしの目には以前までと変わらない、あの時のベルゼブルのままに見えますが」


「まぁ見た目はそうだろうな。だがこいつの声は今目の前から喋ってる姿から発されてるものじゃない……事象の外側から発せられたものをこいつが中継しているにすぎないものだ」


 こればっかりは事象力を直接操ることのできる私にしか理解できない現象だろう。

 つまるところベルゼブルの意識はここにはない。事象の外側にある終極神本体からスピーカーのように声を発しているというわけだ。おそらく、この世界に産み落とされた三つの終極神の事象も。


「そしてお前がここに訪れた理由もそれだ。私が仲間に向かわせた場所は中央大陸の中心から西南北……それぞれの極地に近かった。そして東の極地であるここにお前がいる」


 そう、つまりこいつら……終極神の事象は互いが互いに近づくことができない。いや、反発し合うといった方が正しいか。

 圧倒的な力を持つ代わりに協力するどころか互いを敵視し同士討ちを始めてしまうほど仲が悪いってことだ。


「ただまさか、一度使い終えたはずのお前を終極神が再利用するとは思ってなかったけどな」


『ええ、それに関しては私も驚きました。あの日、我が主にこの身を捧げることでその役目を終えたと思った矢先にここで目覚めたものですから』


 ただ、作戦としてはとても有効な手段だ。ベルゼブルは終極神がアステリムに進行するための先兵として2000年間この世界で暗躍していた。

 だからこそ、他の三つの事象と異なりこいつだけは"異物"として認識されずここに降り立ったわけだ。


「ま、私は気づいたけどな」


『我が主は敵のことなど気にしませんからね。ただ効率的にことを進める……だからこうして現場の私達が対応に追われてしまうのですが』


 ここで私が気づけなければこいつはここから世界を破壊し、終極神の侵略がとんでもない速度で進んでいたかもしれない。


『しかし、驚きましたね。この間、そちらの白の女神があなたの側についていたのは見ていましたが……まさか我々新魔族側の女神までもがそちら側についてしまうとは』


「こちら側についたのはわたしだけではありませんよベルゼブル。もはや新魔族は世界の敵対者ではなくなりつつあります」


「そうよそうよ! もうこの世界にとって"敵"はあんた達だけなんだから!」


『ほほう、もうそんな時代になってしまったのですね。まったく、一種の時間旅行といったところですか……まぁ我々にとって時間の概念など小さな事象の一部でしかありませんが』


 どうにもベルゼブルはその辺の事情に疎いようで、考え事をするように少々頭をひねらせるが。


『まぁそれなら、誰であろうと気兼ねなく戦っても問題ないということで、前向きにいきましょう』


 こいつにとっちゃその辺の事情なんざ些細な問題ってわけか。


「それなら、私達とこうしてくっちゃべってる暇もないと思うんだが」


『そうですね、私としては軽くここら一帯の町や村でも焦土にでもして少しずつ世界の破壊に貢献しようと思っていたのですけど……』


 そうだ、こいつの目的は終極神の事象力を増強させるために世界を破壊すること。

 本来なら私の存在など無視してそちらを優先するべき……だったのだが。


『これは……優先順位を変更する必要がありそうですね』


「……犬、変身して二人を乗せるんだ。つかず離れず、私の守れる範囲にいられるように」


「ワ、ワウ……(そ、それはわかったっすけど、どうして……)」


 すでにベルゼブルは目標を見定めている。すなわち、私の後ろにいるセフィラとクリファの二人をだ。


「な、なによあいつ、なんでこっち見てるの」


「セフィラ、わたし達はゲンさんの邪魔にならないよう立ち回らないといけませんよ。彼の狙いはわたし達……いいえ、わたし達の“女神”の力なんですから」


 正確には、女神の力の基となっている終極神の事象のカケラだ。その中にはこの一帯を破壊するよりも膨大な事象力が内包されており、効率で見れば……二人を殺す方が手っ取り早いってことだ!


ギィン!


『おやおや、こちらの行動もすでにお見通しですか』


「開戦の合図もなしにいきなり襲い掛かるのはちょっとマナー違反ってなもんじゃないか?」


 鳴り響いたのは私のケルケイオンとベルゼブルの魔力がぶつかり合った音だ。

 あちらとしてもこれ以上言葉を交わすよりもこちらの方がわかりやすいってこった。


「ムゲン! そんな奴さっさとやっつけちゃいなさいよ!」


「おうよ、任せんしゃい! これまでの因縁やら世界の命運とかいろいろ背負ってるけど、やっぱり一番やる気が出るのはかわいいヒロインの声援だぜ!」


 さて、ヒロインからパワーも貰って調子も上がってきたところだが、正直ベルゼブルがどう仕掛けてくるかは未知数だ。

 前回は初めて体験する事象操作に手も足も出ず翻弄されるがままだったが……。


『さぁ、ではまず手始めに……再びこちらで踊ってもらいましょうか』


 そういってベルゼブルが繰り出してきたのは……。


「こいつはあの時の……黒い亀裂か」


 いつか見た虚空にヒビ割れを走らせ、この世界のあらゆる事象を侵食に蝕む"外側"の力。

 以前の私はこの力に成すすべもなかった。魔術は軒並み奪われ、奴に触れることすらできず……。


「ワウ……。ワウン!?(でもちょっと待ってくださいっす……。そういえばご主人って今"枷"のせいで力が出せなかったんじゃ!?)」


「ええ、そう……。ゲンさんは力を抑えられていました……ついこの前までは・・・・・・・・


 広がる亀裂が私を囲み、迫りくる。その切っ先がその体を貫こうとするその瞬間……。


「事象力解放、『神域修繕(リカバリーアーク)』」


『おや、これは……』


 私の体から世界神の"枷"が姿を現すと、それは次第に青白い光を放ちはじめ、輝きを増していく。


「ワウ!(すげえっす! 亀裂が消えていくっす! いつの間にあんなことできるようになったんすか!)」


「ついこの間できるようになったんだって。何回も事象の外側に触れて、事象力の操り方に気付き始めたみたいなの」


 そう、仲間達が神器の扱うための修行をしていたように、私も事象力についての理解を深めていたのさ。

 そしてついに見つけたのだ、事象の内側と外側を繋ぐ流れの奔流を。


「この"枷"はただ私の力を抑えるためだけのものではなかった。事象の流れを掴み、こうして……事象の内側に解放する術を私に理解させるためのものだったわけだ!」


 鎖の光が背中に伝わり、さらに広がっていく。それらは左右に三翼ずつ、計六枚の事象力の翼が私の力として顕現する!


「もう、あの時のようにはいかないぜ、ベルゼブル」


『その翼、まるでこの世界の“写し身”そのものですね』


「そういうことは知ってんだな」


 この世界の写し身とは幻影神のことだ。確かにこの力はあの時の幻影神のそれと近いものがある。だが……。


「私は私だ、他の誰かと一緒だと思ってたら痛い目みることになると思った方がいいんじゃないか?」


『それはそれは、私も気を引き締めなければいけませんね』


 とまぁひょうひょうとした態度は相変わらずだが、こちらに向けてくる力の流れの変化を感じる。


『ならばこちらも全力でいかせていただきましょう!』


 ベルゼブルの背後に巨大な亀裂が現れ、さらにそこから小さな亀裂が飛び出すように無数に伸びていく。やがてそれらは渦を巻き、巨大な竜巻のように形を成していく。

 これには覚えがある……終極神が私達を追い詰めるために使ったあれと同じものだろう。


「ガウ!(危険っす! ぼく達はもっと離れておくっす!)」


 すでに犬は変身し、セフィラとクリファを連れてここから離れたな。前回は逃げる前に囲まれてしまったせいで、幻影神は私達をかばいながらあれを相手にしなければならなかった。

 最終的には幻影神もあれの物量を前に押し返されてしまったが。


「言ったろ、私を他の誰かと一緒にしないでもらいたいと。ケルケイオン! アルマデス! 合体、ケルケイオン・アルマ!」


 まずは毎度おなじみ私の最強武器であるこいつを取り出し、ここからさらに新たな力を加える!


「さぁ! 取り出したるはこのスマホ! こいつを先端部分の中心に……装着! そして起動しろ、事象の流れを掴む力! [UnLock]!」


 接続されたスマホから事象の外と内を繋ぐエネルギーが武装全体に伝わっていく。

 それは、これまで未完成だったアプリである[UnLock]の完成形。


「ケルケイオン・アルマアーク、それがこの武器の新たな名前だ」


「ってムゲンムゲン! 亀裂迫ってるわよ!」


 と、そんなことを言ってる間にも四方八方から亀裂の奔流が迫ってくる。


「そんじゃ、まずは小手調べだ。術式展開……『|青き炎の制裁(プロミネンスコア)』!」


『それは……以前にも見た魔術ですね。ですがその程度なら同じように侵食して……』


「ああ、そうするだろうな。だがもう、それは以前までと同じ『|青き炎の制裁(プロミネンスコア)』じゃない……事象装填、『神域(アーク)』!」


『なんと、これは魔術を侵食するどころか……逆に私の事象力がかき消されていく?』


 その魔術は私の事象力ですでにコーティングされ、あの時の幻影神の拳のように亀裂をかき消し世界を正常な状態へと復元していく。そう、私には同じ技は通用しないのさ。


『しかもこれは……受けてはいけませんね!』


 飛び込んでくる炎の球体を大きな動きで回避するベルゼブル。以前までのあいつならただの炎で焼かれようと、体を切り裂かれようと自身を亀裂に貫かせることで事象を操作し、すぐさま元の状態に戻ることができたはずだ。

 だが今回はそうはいかない。事象力の込められた私の魔術がその身を傷つければ、その体の内に事象を組み込ませ奴の事象操作を妨害することも可能になった。


「それがわかってるから避けたんだろ」


 私の炎はそのままベルゼブルが避けた先、小さな亀裂を生み出す巨大な亀裂へとぶつかり……それを消滅させていく。


『ならばこうして近づき直接あなたを貫けばいいだけのこと』


 そしていつの間にか私の背後に回っていたベルゼブルはその手に生み出した亀裂の塊を私に向けると、高速でこちらに向かって伸びてきて……。


「それも、今の私にとってはもう脅威でもなんでもない」


 事象力の籠ったケルケイオンでそれらを切り裂いていく。

 この一撃で確信した、やっぱり思ってた通りだ。


「ベルゼブル、お前は記憶も力も何もかも……あの時のまま何にも変わっちゃいない」


 こいつはきっと、本当に"あの日あの時"の状態でここに現れたんだ。つまりこれは私にとって本当にあの日のリベンジマッチ。

 何もできなかったあの日の自分を超える時だ!


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